番外編 そして続く幸せの日々4
*アルフレッド*
うちの奥さんが可愛い。
いや、カッコいい。
可愛くて、カッコよくて、綺麗で、素敵とか、もう最強じゃない?
『生憎と、アルフレッド様の髪の毛から爪先まで全て私の物ですので、魔王陛下にお貸しする部分など一欠片もございませんわ』
魔王陛下相手に切った啖呵に痺れた。
否やはありません。この体も心も余すとこなくマグノリアの物でいい。
夜会を速攻で抜け出して二人っきりになりたい。
もう本当にどこまで惚れさせる気なんだろう。
夜会を終えて、王城に宿泊した翌日に魔王陛下に辞去を伝えて次の目的地へと向かった。
帰り間際まで魔法師団の連中が、手合わせだの弟子志願だのとやってきたけど振り切ってきた。
これ以上の面倒はごめんです。
何よりマグノリアとゆっくりゆったり旅行が楽しめないじゃないか。
その為に魔国に来たと言っても過言じゃない。むしろそっちがメイン。
向かった先はケルミン大使お勧めの温泉宿。
青色の温泉がとても綺麗なんだって。
それと、ここの温泉は専用の服を着て男性も女性も一緒に入れる。魔国では混浴って普通らしいよ。
だからと言って、マグノリアの綺麗な肌を見せる気は毛頭ないし、彼女だって恥ずかしいだろうから『離れ』というこじんまりとした家一軒を借りた。
僕とマグノリアの侍従と侍女は一緒だけど、他のみんなは本館に泊まってもらっている。
ゆっくり温泉を堪能して欲しいところです。
案内されたのは予約してたものより上のクラスで、案内の人に問い合わせたら宰相様の差し金だった。
息子のケルミン大使に聞いたんだろうね。
これは、試合やら陛下のアレコレのお詫びだろうと遠慮なく甘える事にした。
いい宿に3泊無料宿泊。宰相さん太っ腹!
こういう『離れ』っていいよね。うちでも採用してみようかな。仲のいい夫婦とか恋人同士に人気が出るかも。後、子供連れとかにもいいな。
帰ったらクラウドと相談してみよう。
2階建の建物はどの部屋も広くて、特にお風呂は外への扉を開けると岩造りの露天風呂があり、海のように青い色の温泉が張られていた。
露天風呂を見たマグノリアは温泉の青さに驚きつつも嬉しそうにしていたけど、一緒に入ろうと誘うと真っ赤になって「入りませんわ!」と断られてしまった。
仕方ない。夜までになんとか説得してみよう。
だって、僕の目的はそれだし。
その為に魔国に旅行に来たと言っても過言じゃないし。
よし。頑張ろう。
マグノリアの隙を見て侍女のシャーリーに相談してみたら「かしこまりました」と請け負ってくれた。
何気に有能そうな侍女さんです。
僕の方からもまた誘うけどね。押したら行けそうな気がするし。
とりあえずは庭を眺めながら一緒にお茶をして、のんびりする。
明日は観光の予定。
珍しい遺跡とか温泉を活かした温室とか地面から温泉が噴き上がる間欠泉って言うのがあるらしい。
温室では珍しい植物や果物を栽培してるんだって。楽しみだよね。
そんな話を二人で楽しく話す。
領地だと仕事もあるし、魔獣の討伐なんかがあるから、丸一日もゆっくりするなんて無かったんだよね。
初めての国外旅行を一緒に楽しめるとか、本当に嬉しい。
それにはしゃいでるマグノリアが可愛くて仕方ない。
「可愛いなぁ」
無意識に口にしちゃったみたいで、マグノリアがキョトンとした後に顔が赤く染まっていく。
やっぱり可愛い。
「アルフレッド様は事あるごとに『可愛い』とおっしゃいますが、私のどこを見てそんな風に思えますの?」
ジト目で見られたけど、自分では自分の可愛さが分からないものかもしれない。
いい機会なので、その可愛さを自覚してもらおう。
「マグノリアはもう存在が可愛いよね。
褒めると照れるとことか、照れて怒った時とか、怒ってるのに気にしてチラ見するとことか本当に可愛いよ。素直になれないで口籠る唇に何度キスしたいと思ったか知らないでしょう?
それに、美味しい料理を食べてる時の嬉しそうな顔とか、苦手な食べ物でも澄まして食べるとことか、デザートを見て一瞬だけ嬉しそうにするとことか、孤児院でピアノを弾いて危うく演奏会になりそうなとことか、領地の勉強を頑張ってくれてるとことか、僕を気遣ってくれる言葉や態度も全部、全部愛おしくて大好きだよ。
後はね……」
「もういいですわ!!」
ええー。まだあるよ。夜まで、いや、朝まで語れる気がするんだけどな。
マグノリアは両手で顔を覆って俯いているけど、隙間から真っ赤に染まった肌が見えている。
そういうとこが可愛いんだって。
「分かりましたから、もう結構ですわ」
残念。
続きは夜にしようかな。
ちょっと意地悪をしたくなったが、シャーリーが夕食の準備が整ったと知らせてくれたので、マグノリアの手を取って促した。
食事は豪華だった。
ピリ辛で旨辛な魚介の料理に、もちもちした太麺の野菜たっぷりスープ、メインの牛肉ステーキに添えた岩塩が味を引き出している。
どれも美味しくて、マグノリアと料理の話が尽きない。
残念ながらマグノリアからあーんはしてくれなかった。
残念。
でも可愛く怒る姿が見れたから良し!
マグノリアはワインだけど、僕は地酒を貰ってみた。
ワインと違って、スッキリとした清涼感の中に甘味と喉奥をぐっと焼くような辛味があって美味しい。
これ何本か買って、王家のお土産にしよう。
「美味しゅうございますか?」
僕が美味しそうに飲むせいか興味を持ったようだった。
「ご婦人用に少し甘めのものがありますのでお持ちしましょうか?」
給仕係の提案にお願いすると、小さなグラスに注がれた琥珀色の地酒が運ばれてきた。
軽く口付けると、マグノリアが驚いた後、花のように笑った。
……可愛い。
やばい。誰か絵師を呼んできて。
嘘。ダメダメ。
もったいなくて見せたくないからダメだ。
「美味しゅうございます。花のような香りがして、透き通った甘さがありますのね」
口当たりが良いのか早くも飲み切ってしまったようだ。
気に入ったのならとお代わりを頼む。
今度はゆっくりと食事を楽しみながら飲んでいたのだが、最終的にデザートの蜜菓子が出た頃には4杯目を飲み干していた。
心なしか顔が赤いし、目がとろんと溶けている気がする。
「マグノリア?大丈夫?」
目の前でひらひらと手を振れば、何がおかしかったのかクスクスと笑い始めた。
酔ってる?酔ってるよね、これ。
「だいじょーぶ、ですわ。とっても、いい気持ち、ですもの」
うん。酔ってる。
脇に控えていたシャーリーが表情だけで謝ってくる。
給仕を宿の者に任せていた僕にも落ち度があるから気にしなくていいよと苦笑いで返すと、顔をぐいっと反対側に向かされる。
そこには不機嫌なマグノリアがいた。
あれ。さっきまで対面にいたよね?いつのまに移動したの?
「あるふれっど様、浮気しちゃダメです」
ムスッとした顔で唇を尖らす仕草がいつものマグノリアからは想像できないほど幼く見えて、胸がキュンとした。
乙女か。
乙女でもいい。マグノリアが可愛い。
「浮気なんかしないよ」
「だって、シャーリーを見てました」
「それは違うから」
「うそ。まおう陛下も、まほー師団長も、他の令嬢もアルフレッド様を見てました。アルフレッドさまは、私の旦那さまなんですからね?」
コテンと首を傾げる。
魔王陛下はともかく魔法師団長ってなに?髭のおっさんだよ、あの人。
「聞いてますか?アルフレッド様は私以外を見ちゃダメなんですからねっ」
人差し指で唇をふにっと押された。
え?こんな事されたら、その可愛い唇にキスできないじゃない。
ちょっとした悪戯心で、マグノリアの指をちょっとだけ舐めてみた。
でもピクッと動いただけで、外れない。
逆にぐっと中に入ろうと押された。
「もぅ。私の指、美味しいのですか?お食べになります?」
ちょっと!誰だよ、マグノリアを酔わせたの!?
間接的に僕だよっ!
ああ!もぉ!
チラッと見て、シャーリーと僕の侍従に下がっていいよと手で合図すれば目礼して下がってくれた。
足音と気配を読んで部屋に2人っきりなのを確認してから、マグノリアが差し込んできた指をちゅうと吸ってみると可愛い吐息を漏らす。
面白くなって、その手首を取って指を舐めたり甘噛みして遊んでしまった。
視線を上げてマグノリアを見ると、お酒とは違う酔い方をしてるみたいに目や表情が蕩けてる。
可愛い。
マグノリアの腰を抱き寄せて、僕の膝の上に座らせる。
甘噛みしていた手の平にチュっとキスを落として、僕の指をマグノリアの唇に触れさせる。
「僕のも食べてみる?」
試しに言ってみれば、小さく口を開けてちゅうと同じように吸ってくれた。
よし。
同じ地酒を樽で買って帰ろう。
「ねぇマグノリア。お願い、聞いてくれる?」
「アルフレッドさまのおねがい?」
「うん。そう。聞いてくれたら嬉しいな」
マグノリアは僕の指にもう一度キスをしてから蕩けるような笑顔で「いいですわよ」と了承してくれた。
聞いたからね。無しになんてしないよ?
明日、記憶があろうがなかろうが、一緒にお風呂決定!今日は酔っちゃったから無理だしね。
「私のお願いも、きいて、くださいませ?」
首筋まで赤く染まったマグノリアがずいっと迫ってくる。
酔ってるマグノリアも可愛いし、ゆったりとしたその話し方も可愛いし、上目遣いも可愛い。
なに、この凶器。
もう死にそうなんですけど。
「聞いてますの?私、すごく、すごく、すごく、欲しいものが、あるんですのよ」
「うん。聞いてる。ちゃんと聞いてるよ。何が欲しいの?」
間近まで顔を近づけて、僕の目をじぃっと凝視してくる。ぽつりと溢れた言葉は
「赤ちゃん」
「…………はひ?」
予想外の回答に、変な声が出た。
え?赤ちゃんって言った?
「赤ちゃん、ですわ。魔王陛下だけずるいですわ。私も可愛い赤ちゃんがほしいのに」
ぷくっと頬を膨らませる。
なに、この可愛さ。
「赤ちゃん…」
「だからぁ、アルフレッドさま?赤ちゃん、くださいませ?」
「精一杯、頑張ります」
酔ってるから自制しようとしたのに、そんな可愛いお願いする君が悪いんだからね。
マグノリアはなぜか上機嫌で首に両手を回して密着してくる。
嬉しそうに肩に顔を擦り付けてこないで。
もういろんなところが密着していて、上半身の隙間がない。
嬉しいけど!嬉しいんだけど、さ!
理性が保たないから。
頬を両手で挟まれて、無邪気な顔で笑うその顔が近づいてきたので誘われるままにキスをした。
ほんのりと酒気を帯びた唇、色づいた目元、ピンク色の頬、熱を持った首筋、次々とキスしていく。
吐き出された吐息の色っぽさに我慢も限界に来たので、横抱きにして寝室へ向かう。
優しくベッドに寝かせると、僕の首に両手をかけたまま「赤ちゃん…」と、物欲しそうな顔で呟く。
そんな顔されたら優しくできないでしょ。
「僕も欲しいよ。僕とマグノリアの子ども。生んでくれる?」
顔中にキスをして耳元で強請ってみる。
彼女は蕩けるような笑顔で「はい」と答えてくれる。
ああ。本当に可愛い。
愛おしくてギュッと抱きしめた。
結婚する前までは考えたことも無かった。結婚しなくても、子どもがいなくても、クラウドがいるからいいと思ってた。
けれど、マグノリアと結婚して一緒に暮らして、将来の事を色々と考えた。
僕らの間に子供がいたらどんな感じなのだろうと。
それはとても幸せな未来に感じた。
魔国から戻って4ヶ月が経った。
ケルミン大使は相変わらずふらりとやってくるが、たまに魔法師団長が付いてくる時がある。
そんなに頻繁に来ていいの?
ドラゴン借りて来てるんだ。へぇそうですか。
そのドラゴンとキュイが番?え?キュイ妊娠してんの!?
いつのまに……。
ああ、披露宴の時に知り合って、それから行き来してたんだ。へぇ。
友人の結婚と妊娠を人伝てに聞く寂しさを味わったよ。
どうりで最近見かけないと思った。妊娠中は気が立つからあまり巣から出ないらしい。
そっか、春になる前に生まれるのか。
子どもドラゴンって可愛いだろうね。会えるといいな。
夜にマグノリアにキュイの話をしたら喜んでくれた。
ドラゴンの生態は魔国の方が詳しいから、また魔法師団長とか他の人が来るかもしれない。
魔王陛下でない事を祈ろう。
陛下も子どもができたんだから、そう頻繁にうろちょろはしないと信じたい。止めろよ、夫共。
「そうですの。キュイに赤ちゃんが…」
「うん。生まれて落ち着いたら会いに行こうね」
「ええ。私たちの子とも仲良くしてくれたら嬉しいですものね」
「うん。そうだ、ね………え?」
マグノリアを見ると、嬉しそうに微笑んでそっとお腹に手を当てる。
え?いや、でも、勘違いだったら傷つけちゃうし、どう聞こうかと頭の中がぐるぐると回ってうまくまとまらない。
そんな僕の手を取って、照れたように笑うマグノリアは誰よりも可愛かった。
「春には家族が増えますのよ」
その日、ベイエット領に金色の光が舞い散る現象が起き、領主館にたくさんの問い合わせが殺到した。
対応に追われたクラウドと執事からかなり怒られたけど、仕方ないじゃないか。
幸せすぎたんだから。
マグノリア。
僕の大好きな奥さん。
これから幾度も季節を巡って、共に歳を取っていこう。
ずっとずっと愛しているよ。
そして、みんなで幸せになろう。
*終わり*
お付き合いありがとうございました。
アルフレッドがちょっと変態っぽくなりましたが、大丈夫でしょうか。
ここまで書けたのは、読んでくださった方のおかげです。ありがとうございました。
リクエスト頂きました、子ども編、他者視点等は『マークロウ家の茶会』に書いていく予定です。
活動報告に書いていた短い話なども入れておきますので、良ければ今後もお付き合いください。