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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
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少女の生とは如何なるや?(ユキ視点)―前編

視界が真っ暗になって、思考が沈んでいく。全身に酷い痛み。体中からすべてが抜けていくような感覚。

ああこれが死ぬということか、思った以上に酷いものだ。早く何も感じなくなってしまいたい。


でも、最後まであの月の姿が頭にこびりついている。

もう一度見たい。

きれいなきれいなつきのいろ。


段々思考ができなくなっていく。痛みが溶けていく。嬉しさに涙が頬を伝う。


最期に全てが溶けていく。


あぁ、わたしは、やっと自由になれたのだ。


……………………。


………………。


…………。




………最期の一瞬、白く輝く月が見えた気がした。



******



(………?)


気が付けば痛みが消えていた。意識も段々とはっきりとして、目を開けば知らない天井。

身体は思うように動かない。どうやらわたしはベッドに寝かされているようだ。

何故?あの高さならまず間違いなく死ねるはずなのに。何故ここに?


(……わたし…死ねなかった?)


ぞっとした。わたしはわたしになれなかったのか。親から、全てから、自由になれなかったのか。

きっと今度は同じように逃げられない。待つのはきっと親達に逆らったことによって更に縛り付けられる日々。


(…いやだ……)


(いやだいやだいやだ!!!)


(わたしを死なせて!!おねがい!!!わたしは!!!!!)


がむしゃらに体を動かす。力が入り難い。拘束されているわけでもないのに、もがいてももがいてもその場から動けない。

声は上手く出せなくてまるで赤子のように意味のない声を上げるしかできない。

心の底から怖いと思った。わけのわからない状況、堪えきれない恐怖に涙が流れる。わたしの泣き叫ぶ声が部屋中に響き渡った。


「****!!****?***??」


聞こえてきたのは女性の声。その後すぐに心配そうな顔でわたしを見つめる女性の顔が見えて驚く。

いきなり現れた女性をわたしは知らない、それどころか喋っている言葉もわたしの知っている言葉ではない。

聞き覚えのない言葉の羅列に思わず黙ると、泣き止んだと思ったのか女性はほっとした顔になった。


「***、****」


女性の手がそっとわたしの頬に触れる。慈しむ様な、優しい手。なんだか無性に恥ずかしくなってしまう。

今わたしがどうなっているのか、ここはどこなのか、あなたは誰なのか、色々と聞きたい事があるのにやはり声は言葉にならない。

それでも女性は優しく微笑んでくれた。頬を撫でていた手を頭の後ろに、そしてもう片手でわたしの体を包む様にして抱き上げ―――。


(――待って、おかしい、わたしも決して重くはないだろうけど普通の女性に抱きあげられるほど軽くもない筈!)


それどころかすっぽりと腕の中に納まってしまうそのサイズ感がおかしい。これでは赤子同然だ。巨人の国にでも紛れ込んでしまったのだろうか。

そんな馬鹿なと心の中で否定しつつもいったい何が起こっているのかわからない。


わたしは確かに死んだ筈。全身の痛み、体中から力が抜けていく虚脱感、そして思考が閉じる瞬間。すべて覚えているのに。


ぐるぐると必死に状況を見極めようと限界までまわる思考。

しかし、それと同時に抱えられている腕から伝わる温もりと女性の柔らかな笑顔。全てがわたしの思考を溶かしにかかる。

要するにとても眠いのだ。抱えられ、リズム良く揺らされ、口遊むのは聞き慣れない歌の様なもの。

まるで赤子をあやす様に―――。


(………というか、これはもう完全に赤ちゃんですよねなんとなくわかってた……)


あまりの眠さに負けて、思考は瞬時に諦めの境地に達した。

そう、わたしはあやされて寝かしつけられてるのだから仕方ない。当たり前だ。


今のわたしは完全に赤子そのものなのだから――。




死んだと思ったら赤子になっていた。

そんなショッキングな出来事からはや数日、わたしは既に順応しかかっていた。

というのも、やる事が無さすぎてこの赤子の生活に慣れるしかないのだ。自分で動けないと言うのは中々に辛いし、頑張ってどうにかなる問題でもないので諦めるしかない。

出来る事と言ったらわたしに投げかけられる言葉を聞きとるぐらい。

わたしが今いる部屋には度々人が訪れる。目覚めた時にわたしをあやしていた女性を筆頭に、お手伝いさんの様な人が数人。男の人も何度か顔を見せている。

最近はその人達が話している言葉を必死に聞いて覚えようとしている。何事も勉強だ。

言葉そのものが分からない以上、それを覚えるのはとても難しい。しかし何度もその言葉の羅列に耳を澄ませていると何となく感じ取れることもある。


「****。レティ*****」


「**レティシア***、****!」


そう、この『レティ』または『レティシア』、もしやこれがわたしの名前ではないのだろうか。

何度も何度もその言葉を投げかけて頬を撫でられると嫌でも『名を呼ばれている』と感じる。


「レティ…*****」


とすると、目の前にいるこの女性はもしや母親なのではないか。

わたしが泣いた時もすぐさま駆けつけ、あやしつけ。恥ずかしながらおしめを取りかえられたり乳を与えられたり――仕方ないとはいえ、いつも心を無にするしかなかった。何も考えない。それが一番。

と、まぁ、そんな母がするような事をしてくれるこの女性が母親だと思うのだ。母親じゃないとわたしが恥ずかしすぎて耐えられない。


(……それにしても、いつみてもすごい美人ですよねお母様……)


母という可能性がなければ惚れていたかもしれないと思う。

上品な雰囲気の美しく、柔和な笑顔はとても素敵だし、頭の後ろで緩く纏められた栗色の髪も良く似合っている。

優しげな声で呼びかけてくれるのも好みで――この状況がとても残念だと思った。


(こんな状況なのに何を考えているんでしょうねわたしは……)


身体が赤子になっただけで、わたし自身は『雪』という存在のままだ。年上の女性が好きというのも全くブレていない。

今の状態だとほぼすべて年上になるだろうけれど。いや、そういう事ではなく。


中々考えるだけの生活というのはわたし自身の『らしさ』というか、なんというか、あの大人しくて鬱々とした思考が変わってきている。

主にちょっとフリーダムというか、はっちゃけてしまいそうというか、押さえつけられていた分テンションが上がると思考がとっ散らかって斜め上の方に行ってしまうというか。


要するにちょっと楽しんでしまっていた。何せこの世界ではわたしは赤子で、しかも母は優しくて美人。

部屋に何度か訪れる男の人は父親の様でいつも抱き上げてくれるその腕はとても優しい。あとイケメン。髪は赤色、凛々しい目と細マッチョな体型が美人の母と並んでも見劣りしない。

兎にも角にも顔面偏差値の高い夫婦である。わたし自身の容姿は全く分からないが、悪くはないと祈りたい。


そしてわたしはこの二人に愛されていると感じている。それがどうしようもなく嬉しくて、切なくて、初めて親子という存在を感じていた――。




――子供の成長というのは早いもの。それは自身の事であるにも拘らずそう感じてしまう。

数年の年月は決して短いものではない、しかしわたしには覚える事が沢山ありすぎて時間なんてあっという間に過ぎてしまった。

今や6歳のわたしは猛勉強のお蔭で言葉にあまり苦労する事もなく、家の中も走り回れるようになっていた。


「お母様!」


「あら、レティ。どうしたの?」


家のソファで静かに読書をしていたお母様を見つけて駆け寄ると、嬉しそうな顔をしてわたしを見てくれた。

お母様の優しい指がわたしの頬を撫で、そのままわたしの髪へと絡ませるように動いた。

お母様はよくわたしの髪を触る。今のわたしは、前のわたしと正反対の雪の様な真っ白な髪をしていた。その髪を彼女はさも宝物の様に優しく触れるのだ。

なんとなく照れてしまうのはいつもの事で、でもこの瞬間は何より好きだった。でも――。


「お母様、今日はとてもいい天気ですよ」


「そうね、雲ひとつない空をしているわ」


「……だから、お母様。その、わたし…お散歩してみたいんですが」


「それは――ごめんなさい、レティ。もう少し、我慢してくれないかしら」


「…はい、わかりました」


やはり今日も駄目かと肩を落とす。この家の中で生きてきて、わたしは未だ外の世界を知らない。

窓から見える世界は前のわたしがいた世界でいう中世時代のような街並みをしていた。一度ちゃんと見てみたい。それなのに何度お願いしても外出だけは駄目だった。

勉強などはお母様が教えてくれたし、お父様と運動がわりに広い家の中で遊びまわったりしていた。不自由があるわけではないが、気にはなる。

わたしの体が病弱なのだろうかと思ったが、家の中を走り回っても平気だし体調不良等という事はあまりない。

それならば何故――理由を聞いてみても困った顔をして濁されるだけだった。お父様もその事に関しては口を噤んで話してくれない。お手伝いさんに限っては近寄ってすらこないのだから聞きようもない。

ただわたしはこの二人が大好きだから困らせるようなことはしたくなかった。愛すべき両親、やっとわたしを愛してくれる人達。だからこそ、あまり我儘を言わないようにした。


それでも外の世界に憧れを抱くのは止められなくて、今日も自室の窓からずっと外の様子を眺めていた。3階から見える景色は遠くまで見渡せて気持ちが良い。


(あ……わたしと同じぐらいの子達だ)


窓から見下ろせる道の端で子供たちが集まって遊んでいた。この世界の子達は茶色の髪や赤、青と中々に髪の色がカラフルな子達が多い。

わたしのように真っ白な髪は未だ見た事が無いので珍しいのかもしれない。それを心配して両親は外に出さないのかも――子煩悩のあの人達ならありえそうだなぁと思ってしまった。

無邪気に遊んでいる子供達はとても楽しそうで、少しだけ羨ましい。今のわたしは言うに及ばず、前のわたしは友達と遊んだ記憶があまりない。何だかちょっと辛くなってきた。

ほんの少し泣きそうになりながらも遊びまわるのを眺めていたら、その中の一人――青色の髪をした少年ががふいに顔を上げて、目が合ってしまった。


(あ……えっと、こういう時どうすれば……)


ぽかんとわたしの事を見つめ続けている青髪の少年に軽く手を振ってみる。愛想笑いも忘れずに。何分こちらも初めてのことで若干ぎこちないのは許してほしい。

しかし少年はそれをみて、明らかに怯えた顔をした。


そして確かにこう言ったのだ。


「あくまのこ」


――『悪魔の子』と。

ユキ「アイさんが出てこない話…だと…」


ブックマーク、ポイントありがとうございます!!

長くなりそうだったので前編後編に分ける事になりました、次回もお付き合い頂けたら幸いです。

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