少女の生とは如何なるや?(ユキ視点)―後編
――悪魔の子。確かに少年はそう言った。
驚いた、そして恐怖を滲ませた顔でわたしを見つめながら言ったのだ。
少し考えれば分かる事なのに、何故今まで考え付かなかったのか。否、考える事を放棄していたのか。
ぐらぐらと揺らぐ思考の中、自室の鏡に自身を映し出す。
雪の様な真っ白な髪と月の様な黄色い瞳。窓から覗いた世界で一人たりとも見かけなかった異なる色。
(こんなの……分かっていた筈なのに……)
両親に頑なに拒まれた外の世界。わたしと関わろうとしないお手伝いさん達。怯えた子供の顔。全ての事柄が頭の中で繋がっていく。
(こんな幸せがあるわけないって……自ら死んだわたしに、幸せが訪れるわけないって……)
この世界に生まれた理由が分かった気がした。
これは罰なのだ。この世界で生きる事自体が罰なのだ。
(……わたしはこの世界で生まれてはいけない存在だったのに…)
思い出されるのは優しい両親。わたしを愛してくれている二人の笑顔。
でもわたしがいる事でどれだけの苦労をかけさせているのか。
わたしが生まれてしまったから……わたしが、罰を受けるようなことをしたから。
(……わたしが何もしなければ、お父様もお母様も普通の子供を産んで、普通の幸せを手に入れて……)
本来生まれる筈だった、わたしと『取り換えられてしまった』子供の命。わたしが壊してしまった両親の普通の幸せ。
(ごめん、なさい…)
体が震えていた。わたしの全てが崩れていく感覚。心臓が締め付けられ、息をするのが辛い――懐かしいと思ってしまう、この苦しさ。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――)
痛む胸を手で押さえつけながら蹲る。いっそこのまま消えてしまえばいいのに。わたしの全てが無かったことになってしまえばいいのに。
「わたしでごめんなさいわたしが死んだからこんなこどもになってしまってごめんなさいお父様とお母様の子供じゃなくてごめんなさいうまれてきてごめんなさい――」
涙が勝手に流れて止められない。泣く資格すらわたしにはないはずなのに、体は勝手に涙を流す。わたしの意思とは関係なく、この体は生きている。
生まれる筈だった命を、幸せを壊して、わたしの体は生きている。生きているから心が痛い。眩暈がする。息が苦しい。吐き気が止まらない。
「う…ぐっ……ハッ…ハァっ……」
息苦しさと吐き気に耐えながら鏡を見る。そこに映るのは顔を青白くした死にそうな顔をしているわたし。それなのに瞳だけは黄色く不気味に輝いてわたし自身を見ている。
全身に怖気が走る。わたし自身が悍ましいものになったかのような――『化け物』になってしまったような。
(ちがう、わたしはもう、うまれたときから――)
『悪魔の子』だ。それの意味するものは。
『化け物』
「あ、ああ…っ…ああああ…………あああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
制御できない叫びが喉から溢れ出る。頭が酷く痛む。涙が止まらない。息ができない。胸が苦しい。
「――レティ!?どうしたの、レティ!!」
お母様の声が聞こえる。わたしの叫びをきいて駆けつけてきたのだろうか。
心配そうな顔でわたしを見ている。そんな顔をさせたくないのに、感情が止められない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
「何があったの、レティ!大丈夫、大丈夫よ、私が傍に居るからね、何も悪く無いのよ、大丈夫よ…」
慰めてくれる声が、安心を与える為に頭を撫でる手が優しくて。でもこれに甘えてはいけない。これを与えられる資格なんてわたしにはない。
その温かい腕も、声も、与えられる全てはわたしに換えられてしまった子のものなのに。
ああ、これが罰というのなら。
(………………わたしを、死なせて)
どうしようもないわたしは、どうしようもなく再び死を望んだ。
******
それから、わたしは外の世界を望まなくなった。
窓から外を覗く事もほぼ無くなった。誰かに見られたら両親の迷惑になる。
お手伝いさんもなるべく近づかないようにした。
姿さえ見せない様に注意していると、ほっとしたような顔をしていて、ああやはりわたしはいてはいけない存在なのだと認識させられる。
両親だけはそんなわたしを見て心配そうにしていた。とても優しい両親。わたしには勿体ない、素敵な人達なのに――。
(……また謝ってる…)
注意深く見ていたら分かる事。わたしを部屋へと促す時は、誰かからわたしの事で文句を言われている事が多い。
耳を澄ませば早く出ていけと、不吉なものを追い出してしまえと何度も何度も言われている。その度に両親はわたしを庇って謝ってくれている。
存在しているだけで苦労をさせて、傷つけているわたしはいったい何故生き続けているんだろうと疑問が尽きない。
(早く、死ねたらいいのに)
でもこの家で死ぬ事は駄目だと思った。この家を穢してはいけない。両親の前で死んではいけない。
死ぬならだれもいないところで、ひっそりと死なねばならない。誰にも迷惑をかけない様に、なるべくあの人達を傷つけないように。
(それまでは、なるべく迷惑をかけない様に生きるしかない)
だからわたしは勉強をする。今までお母様に文字も習っていたから、お父様の部屋にある書物も読むことができた。
わたしのこと――『悪魔の子』という存在を記してある書物を。
『悪魔の子』はその名の通り不吉を示す白い髪の子供。悪魔が母の胎内で生まれたばかりの子供の魂に特別な肉体を植え付け、将来自分の器になるように産ませる。
わたしは将来、悪魔に乗っ取られる予定の肉体で育っているのだ。
そして、もうひとつ。その中でも黄色の瞳の子供は別格だということ。
わたしの瞳――通称『月の瞳』と呼ばれるソレは、魔を惹きつける。
魔族と呼ばれる種族、土地の魔力に影響されて生まれてくる魔物、それらを惹き寄せる魔力がこの瞳に宿っているらしい。
大悪魔もしくは魔王とも呼ばれる者が持つ、魔を従わせる力の予兆。
それがわたしの全て。今まで生きてこれているのは両親のお蔭だろう。生まれた瞬間殺されても仕方ないのに、こうして生きながらえている。
わたしを外から出さない様にするのも守る為だ。改めて家を見て回ると魔除けの品が至る所に置いてあった。魔の者を避けるために最大限の事をしてくれている。
(それでも、わたしが生きているだけで怯える人がいる)
『悪魔の子』自体はその可能性がある、という曖昧な話でわたしが住まう土地にしか言い伝えられていないらしいが、それでも実物が生まれてしまえば不安は生まれる。
近隣住民たちもさぞ恐ろしかろうと申し訳なくなる。いつ悪魔がわたしの肉体を奪って暴れるのかわからないし、被害を受けるのは近くで住まう自分達なのだから追い出せと詰め寄るのも仕方のない事だ。
それでも、それによって傷つけられるお父様とお母様のことを思うと胸が苦しくなる。
(ああ、はやく死なないと…)
みんなの為に、死なないと。そう何度も強く、強く心に刻む。
しかし中々その好機に恵まれないでいた。心配性の両親は常にどちらか傍にいるようになっていたから。
機会を伺い、はや12歳。わたしが育つにつれ、両親の警戒も増した。
それと同時に周りの住民の危険人物への嫌悪と焦燥も。それはいっそ殺意といった方が良いのかもしれない。殺してもらえるのならと思ったが、それは駄目だと思い直す。罪のない人達の手を汚させるわけにはいかない。
わたしはひとりで死ななければならない。それは絶対だ。
だから、両親がこの土地から離れると言った時、わたしは素直に頷いた。
土地が違えば、国が違えば、『悪魔の子』と呼ばれる人間も普通の人間になれるのだと両親は期待したのかもしれない。
事実、引っ越してしまえばそこにはわたしを見ても珍しい色だと笑う人こそいれど怖がる人はいなかった。
安心しきった顔のお母様の笑顔を見れて嬉しかった。良かったとわたしを抱きしめてくれたお父様の腕に思いきり甘えたかった。
(それでもわたしは死にたい…死ななきゃいけない…この体を、ちゃんと返さないと)
何時『悪魔の子』だと言われるか分からない恐怖。両親は変わらず庇ってくれるだろう、躊躇いもなく傷つく事を受け入れてしまうだろう。
その優しさが辛い。わたしが二人の子供ではないのは分かっているから。愛される資格がない存在だと知っているから。
それにもし、悪魔に乗っ取られたら。一番に被害にあうのは、両親だ。それがわたしには受け入れられない。
だからこそ……わたしは新しい家から逃げ出した。安心しきった両親の目を盗んで外へ出るのは容易だった。すぐ捜される可能性も考えて、なるべく他人の目に見られない様に町の奥へ、森がある方へと走っていく。
森へ近づくにすれ、家がまばらになり、目が淀んだ人たちが多くなっていく。それが怖くて、でもこの機会を逃したくなくて、全速力で森へと駆け抜けた――。
――森の中はとても静かだった。必死に走ってきたから既に道など分からなくなっている。
この森でそのまま野垂れ死ぬか、獣に襲われて死ぬか、どちらでもいいと思った。両親は探すだろうが、何時かは諦めてくれる。
それにわたしが死ねば、今度はちゃんと二人の子の命がすぐにでも宿るかもしれない。それは良い事だ。きっと二人の子供は可愛いだろう。見れないのが少しだけ残念だと思った。
(ん……川の音?)
しばらく歩いていると水が流れる音が聞こえる。おそらく川が近いのだろう。全速力で走ってきたせいで酷く喉が渇いていた。
これ幸いに川の音がする方へ歩いていく。何度も茂みをかき分け、川辺が見えたと喜んだ瞬間――。
そこには、とても美しい『ヒト』がいた。
川の中で水浴びをしているその『ヒト』は惜しげもなく裸を晒している。その姿かたちから見て女性であることは間違いない。
しかし人間ではないと確信できるもの――頭から生えた猫の耳と臀部の上辺りから生えた長い尾。噂でしか聞いたことのない『半魔』という存在である事に思い当たった。
人と魔の間に生まれた禁忌の存在。それでも彼女はとても美しかった。
背は高めで褐色の肌、形の良い胸、引き締まった肉体。腰まで届く黒の髪は濡れながらもその艶やかさを失わず、柔らかそうな髪質は触れれば気持ちよさそうだと思った。
耳と尾もその髪と同様に柔らかな黒い毛で覆われ、濡れていても美しさは損なわれていない。
正直に言うと、とても触りたかった。元々猫は大好きである。気高さと美しさ、愛らしさを兼ね備えた素晴らしい生き物だと思っている。
「……だれだ?」
ぼんやりと見惚れていると、気配で分かったのかその『ヒト』はわたしのほうへと振り向いた。
少しツリ目気味の――いわゆる猫目の、大人びた中性的な顔立ち。美人かと問われれば誰でも美人だと太鼓判を押してくれるだろうその美貌。
そしてその瞳。海の底の様な深い藍色。今は少し警戒して形の良い眉を顰めているようだが、わたしはその瞳に魅入ってしまって動けない。
深く、海の底に引きずり込まれたような感覚。胸が何度も何度も強く脈打って苦しい。顔に勝手に熱が集まっていく。きっとわたしの頬も耳も真っ赤だろう。
(ああ、そんな……こんなタイミングで……)
いざ死のうと。やっと死ねると思ったその直前で。
悪魔の子供は、半魔の女に恋をした。
アイ「やっと出てきたと思ったら裸である」
ユキ「ご褒美です」
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ユキ視点、もうちょっとだけ続くんじゃよ…。




