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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
33/38

悪魔の話(ユキ視点)―前編

「せっかく来てもらったっていうのに……本当にごめんなさいね」


気絶してしまったテルマさんをソファに寝かせ、とりあえず一息ついたわたし達にサラさんは申し訳なさそうに頭を下げた。

サラさんが悪いわけではない。というよりも、誰も悪い人はいない。テルマさんだって驚いてパニックになってしまっただけなんだと思う。

テルマさんは魔王から逃げてきた悪魔らしい。それならば『魔王候補』なんて言われているわたしを見て取り乱すのも無理はない。何だか怯えさせてしまったわたしの方が申し訳なくなってしまった。


「すぐ目覚めると思うけど、次もパニックになったら困るわね」


「うーん、さっきの様子から見ても大丈夫とは言い辛いな……それにしてもサラ、私達の事言ってなかったのか?」


それはわたしも気になった事だ。扉越しに途切れ途切れに聞こえてきた会話やわたしを見た時の反応を見るに、何も知らせずにつれてきたのかもしれないと思っていた。

会わせたいと言うなら、普通ならばわたし達のことを知らせていても良いようなものなのに。サラさんが知らせ忘れていたというような凡ミスをする可能性は少なそうだし、そもそも時間を知らせてきた時点で場は整えていた筈だ。


「客人が来るとは言ったし、昼は時間空けといてとも言ったわよ。ただ会わせたい人がいるとか…それこそ『魔王候補』が来るとか言ったらあの子真っ先に逃げるだろうから、実力行使の方が良いと思って」


「あぁ……まぁ、逃げそうだよな」


やはりテルマさんの性格を考えての事だった。逃げるか逃げないかで考えれば、わたしでもテルマさんなら逃げそうだなと思ってしまう。

それならば下手に知らせるよりも直前で教えて逃げられる前に会わせてしまった方が良いのかもしれない――その結果、こうなってしまったのだけれど。

それでも会う事は出来た。会う前に逃げられるよりはずっと良い。


「うぅ…ん…」


そんな事を考えていたからか、タイミング良く意識を失っていたテルマさんから声が上がり、全員の注目が彼女へと集まる。

わたしはあまりテルマさんを刺激しない様にフードを被り、その髪と目を隠した。あまり変わらないかもしれないけれど、堂々と晒しているよりもマシかもしれない。


「あ、あれ…ここは…?」


「起きた?さっきの事、覚えているかしら?」


ぼんやりと天井を見つめるテルマさんにサラさんが声をかける。

何だかまだ意識がはっきりとしていなさそうで、大丈夫かどうか心配になる。


「サラ様………さっき、とは?………あ、ああ!?」


テルマさんが突然大声を上げて身を起こし、青ざめた顔でわたし達の方へと顔を向けた――正確には、わたしの方へと視線を向けた。

今のわたしは白い髪も黄色い目もフードで大部分が隠れてしまっている。しかしテルマさんはそれで充分だった様だ。

ソファを飛び下りる様に降りて、わたしの足元で片膝をつき頭を垂れた。何処からどう見ても、臣下の礼というものだ。ただ体は怯えた様に震えている。

パニックになられて五体投地されるよりもまだいいけれど、何だか居心地が悪くなってしまう。


「ま、魔王候補様!ももも申し訳ありません!こんなお見苦しい所をお見せしてまい、何たる不敬!!!」


「い、いえ、そんな」


「テルマは出来そこないの悪魔で御座います!何卒、何卒、ご慈悲をぉおおお!!!」


「はいはい、落ち着きなさいテルマ。レティちゃんは貴女を罰そうとして来たんじゃないんだから」


何と言えばいいか困ってしまったわたしの代わりにサラさんがテルマさんを宥めてくれる。

わたしが何を言っても怯えられてしまう今、テルマさんと同じチームであるサラさんが頼りだ。アイさんとお母様もそれが分かってるのか、静かに場を見守っている。

下手に初対面の人物から声をかければ余計に怯えさせるだろうし、正しい選択だと思う


「で、でも!」


「今こうして謝られる方がレティちゃんは困るのよ。それとも貴女は『魔王候補様』を困らせたいの?」


「めめめめめ滅相もない!!!!」


壊れた玩具のように勢い良く首を横に振り、恐る恐るわたしの様子を伺うテルマさんは叱られた子犬の様な顔をしていた。ちょっと可愛く思えてしまう。

わたしもテルマさんに安心して貰える様に「優しく、優しく」と意識しながら笑みを浮かべてみた。それを見たテルマさんは、まだおどおどとしていたけれど先程よりは落ち着いた様だ。

これでやっと話を聞いて貰えると密かに息を吐く。アイさんがそっと背中を撫でてくれたのが、褒められたような気がして嬉しかった。未だ人見知りの部分が「怖い」と訴えかけてくるけれど、それでも頑張ろうという気力がわいてくる。


「テルマさん」


「ふぇい!?あ、いえ、は、はい!!!」


「あの、わたし、レティシア・シュベストっていいます。どうか、レティと呼んでください」


「へ?」


何を言われたのか分からないと言うような、ぽかんとした顔をされた。おかしなものを見るような目を一瞬された気がして、少し怯む。

それでも『魔王候補者』と呼ばれるのは何だか嫌だった。それが事実だとしても、わたしには似合わない名前だ。

わたしにはお母様とお父様につけてもらった『レティシア』という名前とアイさんが呼んでくれる『ユキ』という名前がある。その2つでわたしには充分だ。


「し、しかしそんな不敬な…!」


「お願いします」


「ひぇ、う、ううう――レ、レレレ、レ、レティ様……?」


「はい、ありがとうございますテルマさん」


本当は『様』もいらないのだけど、これ以上要求するのも酷というものだろう。

怯えながらもわたしのお願いを聞いてくれた事が嬉しくて、その頑張る姿が可愛らしくて、ついつい身を乗り出し、手を伸ばしてその短い銀髪をサラサラと撫でてしまった。子供を褒める様に『いいこいいこ』と。


その瞬間、様々な事が起きた。


まず、テルマさんの顔が沸騰しそうなほど真っ赤に染まってまるで石像のように固まってしまった。

次に、アイさんから凄まじい嫉妬の感情が流れ込んできた。

さらにそれに驚く間もなく、わたしの体が後ろから回された腕により抱き上げられた。


そして今、わたしはアイさんの膝の上に居る。がっちりと腰に回された力強い腕のせいで膝の上から降りるのはわたしの力では不可能だ。

ベシン、ベシンと後ろから音が聞こえるのは、ソファを打つアイさんの尻尾の音だろう。普段のアイさんからは考えられない子供っぽい不機嫌の表し方だ。


(これは、ちょっとしくじったかも……)


普段、わたしの方がアイさん関連でよく妬いたりしているので忘れていた。アイさんもかなり妬くタイプなんだと忘れてしまっていた。

流石にわたしの両親や猫さん達、おじ様は近しい人なので接していても平気みたいだが、それ以外はこの有様だ。わたしも似たようなものなので気持ちはよく分かる。

そんなアイさんの目の前で他人の頭を撫で、しかもその人が真っ赤になった光景など面白くないだろう。わたしだって目の前でアイさんがそんな風になったら妬く。とても妬く。

だからこそ、己の軽率な行動を悔やんだ。


「ひええええ…」


「猫さん、ほらテルマが青白い顔になっちゃってるから落ち着いて?折角の美人なのに恐い顔になってるわよ?」


「そうよアイさん、テルマさんすっかり怯えちゃってるからそんなに睨まないであげて、ね?」


お母様とサラさんがフォローをしてくれている。テルマさんは真っ赤だった顔が今は可哀想なぐらい真っ青だ。

アイさんに睨まれたら普通の人ならそうなる。人並み外れた美人なだけに、不機嫌な顔をするとより一層凄味が増して恐ろしいのだ。

でもテルマさんを睨むのは筋違いだ。怒られるのはわたしであって、テルマさんではない。わたしがお願いしたことを聞いてくれた、そしてわたしが撫でてしまっただけなのだ。

テルマさんは何も悪い事をしていないのに、この扱いは可哀想だ。


「アイさん、ごめんなさい。でもテルマさんを睨んじゃ駄目です」


「む……」


わたしの言葉に、少し迷った顔をしたけれど、それでも不機嫌そうだと言う事は感情で伝わるしそもそも尻尾で分かる。

バシンっと尻尾がソファを打つ度にテルマさんの体がビクリと震えた。これ以上怯えさせるわけにはいかない。テルマさんにも申し訳ない。

それに何より、アイさんが怖い存在だなんて思われたくなかった。


「アイさん、めっ!」


「!?」


アイさんの尻尾がぶわりと膨らんで、動かなくなった。驚いた様に目を見開いて、その後じわじわと頬が赤く染まっていく。

幼子に対するような叱られ方をして恥ずかしいのだろう。実際に子供っぽい怒り方をしていたから、余計に。

お母様とサラさんがとてもニヤニヤしているのも原因のひとつだろう。絶対あとでからかおうと思っている顔だ。その辺り、この2人は容赦なさそうだ。


「もう睨んじゃ駄目ですよ」


「………ん」


頬を赤く染めたまま、微かに頷くのを確認してほっとした。尻尾ももうソファを打つ事はなく、力なくだらりと垂れてしまっている。

それでも腰に回る腕を解かないのはせめてもの反抗なのかもしれない。

こちらとしてもアイさんの膝の上が落ち着くので構わない。甘える様に背を寄りかからせてば、垂れていた尻尾が嬉しげに少し揺れた。


「テルマさんもごめんなさい、びっくりさせちゃいましたね」


「い、いえ、いえ、いえ!!!こちらこそ申し訳ありません!!!!」


「テルマさんが謝る事なんてひとつもないですよ。でもアイさんの事、恐がらないで下さいね。とっても優しいヒトなので」


「は、はい…」


アイさんが居心地悪そうに身じろぎしたのが分かった。自分がした事を恥じている罪悪感も、一緒に伝わってきた。

睨んできた相手を恐れるなというのはすぐには無理かもしれないけれど、アイさん相手なら大丈夫だろう。自身を省みれる人であり、なんだかんだでテルマさんみたいなタイプを放っておけないヒトだから。

アイさんを知っていけばとても優しい人だと分かる筈だ。それに関しては、本人よりも言い切れる自信がある。


「それじゃもう今更だけど改めて紹介しておきましょうか。うちのアゾーネのメンバーであり、夢魔のテルマよ」


「て、テルマです、宜しくお願いします」


テルマさんが深々と臣下の礼を取ったまま頭を下げる。あまり畏まらないでいてくれるといいのだけど。今はまだ無理かもしれない。


「改めて、わたしはレティシア・シュベストです。それで、えっと……アイさん、です」


わたしの紹介に、恐る恐るという様にテルマさんがアイさんへと視線を向けた。

アイさんはその様子に申し訳なさそうに苦笑して、軽く頭を下げた。もう不機嫌な気持ちは無いようだ。逆に気遣うような優しい感情が伝わってくる。


「アイだ。さっきは睨んですまなかった」


「ふぇ!?あ、いえ!いえいえ!!此方こそ、レティ様に撫でてもらうなど過大な扱いを受けてしまい申し訳ありません!!!」


「いや、レティが誰を撫でようと自由だし、テルマもそう自分を卑下にするなって……ちょっと、妬いただけだから、ごめんな」


「――なるほど、アイ様はレティ様に好意を抱いているのですね。以後気をつけます!!」


「う゛っ…ま、まぁ、そう、だけどな、うん、いや、あまり気にしないでくれ」


テルマさんはとんだ伏兵だったみたいで、はっきりと好意と言い切った言葉にアイさんが忙しなく尻尾を揺らしていた。照れている証拠だ。

照れていても、咄嗟にでも否定せずにちゃんと肯定してくれるアイさんが好きだ。気持ちを隠さないでいてくれることが嬉しい。

そしてニヤニヤという笑みを深くして最早ニマニマの域に達してるお母様とサラさんは少し自重して下さい。


「そして、レティの母でありアイさんの未来の義母でもあるレイラと申します。宜しくお願いしますね」


「おおおおお母上様で御座いましたか!?此方こそ宜しくお願い申し上げます!!!」


「テルマさんは礼儀正しいわね、いいこいいこ」


「あわわわわわ!?」


お母様に対してもわたしにした様な礼を返すテルマさんに、今度はお母様が頭を撫でていた。

先程と同じように真っ赤になって固まるテルマさんが可愛い。お母様もきっと同じ事を思っているのか、慌てるテルマさんを眺めながらとても楽しそうに撫でていた。


「未来の義母って何だよ…」


「あと4年したら嫁になるからでしょ」


「………どっちが、とは聞きたくないな」


アイさんがサラさんの言葉に遠い目をしていた。わたしがアイさんのお嫁さんになるとばっかり思っていたけれど、成程確かにアイさんをお嫁にもらってもいいかもしれない。

もしそうなったらアイさんはアイ・シュベストと名乗るのだろうか。想像してみたら、とても良かった。早く大きくなりたい。


「――はい、それじゃ紹介は終わったことだし。テルマももう落ち着いたでしょう?」


「は、はい」


こくりと頷いたテルマさんを確認して、サラさんがわたしの方へと視線を投げかけてきた。後は貴女次第と言っているようで緊張する。

ぎゅっと腰に回された腕に力が込められて、アイさんが励ましてくれる。

本当は聞く事が恐い。わたしが何なのか、どうなるのか、とても恐い。それでも、傍にいてくれる人がいるから頑張れる。


「あの、テルマさん。わたしは、わたしの事を聞きに来たんです。わたしの身体の事を何も知らないから、教えて貰いにきたんです」


「へ?え?」


「テルマさんが呼んだ『魔王候補』のことや、最終的にわたしがどうなってしまうのか、全て聞きたいんです」


わたしの言葉に、何を言われてるのかわからないような、ぽかんとした顔をして。そしてその後、怪訝そうに眉を顰めて、考え込む様に目を伏せて。

緊張してテルマさんの言葉を待つわたしに、やっと伏せた目を上げたテルマさんは。


「……もしかして、とは思っておりましたが。レティ様のもとに『教育係』は来ていないのですか?」


「え?」


何を言われてるのかわからなくてきょとんとしてしまう。

教育係とは何だろう、と考えているとテルマさんの翼がぶわりと広がった。それは怒りを表す様にぶるぶると震えている。


「悪魔どもは何をやっているのですか!お小さいながら既に『覚醒』していらっしゃるのに、教育係も寄越さないとは!!」


「いやそれを言えばテルマは逃げ出してるけど」


「そ、それはそれ、これはこれです!!!」


サラさんの冷静なツッコミにテルマさんはギクッとした様に身を強張らせたが、それでも怒りは治まらないらしい。

とりあえずテルマさんが激怒する意味が分からなくて困惑してしまう。教育係?そんな人は来た事はない。勉強はいつもお母様とお父様が教えてくれていた。


「おい、テルマ落ち着け。ちゃんと説明してくれ、教育係って何だ?」


「う…も、申し訳ありません、気が昂ぶってしまい…そのですね、『教育係』というのは『魔王候補』様がそのお力に『覚醒』した時に、その魔力を標にして候補者様の下に馳せ参じる役目を持つ悪魔の事で御座います」


「力って『月の瞳』のことか?」


「はい。魔を惹き、操り、途轍もない魔力が宿る『月の瞳』、それが魔王様が魔王様たる印なのです。そして、その力に目覚めし魔王候補様を導き、その力の使い方、ご自身の在り方をお教えするのが『教育係』の役目。それなのに、未だ馳せ参ぜず、あまつさえ魔王候補様自らが尋ねにくる事態を作る等何たること!!!」


説明しながらも、テルマさんは再び怒りが再燃したのかバサバサと激しく翼を揺らしている。

そんなに怒らないでもいいのにと思ってしまうのは、何となくこの瞳の扱い方が分かっているからかもしれない。それにアイさん達が傍にいてくれるお蔭で心細くなどなかった。


「レティがその力に覚醒してるってのは、はっきり分かるのか?」


「はい、テルマは…悪魔は、魔王様の魔力によって作られた『意思を持つ魔力の塊』が人に憑く事によって生まれます。だからこそ、魔王様の魔力を感じ取れる。しかし、覚醒しなければ魔力は感じられません。今のレティ様からはっきりと魔力が感じ取れますので、そのお力は『覚醒』している事が分かります」


「なるほどな」


「それに、アイ様がレティ様と『繋がり』を持たれている事も分かりますよ。既に従者を作っていらっしゃるのかと思いましたが、先程の事を思うと『愛』故になんですね」


「……あぁ、うん、そう、だな」


「アイさん、顔真っ赤ですよ、可愛い」


「レイラ、ちょっと黙ろうか」


「アイさんが可愛いのは当たり前です」


「レティもちょっと黙ろうか」


お母様と一緒にアイさんを褒めたら怒られました。照れてるアイさんは本当に可愛いのに。

サラさんが笑いを堪える様にぶるぶる震えていました。楽しそうですね。


「と、とりあえず!うちには教育係も来ていないし、何がどうなるのかさっぱり分からないんだ。だから、テルマに色々と教えて欲しい」


「………魔王様から逃げ出したテルマにそんな資格など…」


「お願いします、テルマさん」


「うぅうう…」


「テルマ、私からもお願いするわ。それに色々と懸念材料もあるしね。色々と聞きたいの」


「う、ううううう……わ、分かりました!テルマに分かる事なら何でもお話しいたします!!」


テルマさんが意を決した様に頷いてくれた。

不安はある。それでも、わたしはわたしの事が知りたい。それにわたしの事以外にも気になる事があった。


「それじゃひとつ気になったことを聞くわね――魔王候補は複数いるの?」


サラさんも気になっていたのだろう。

――ツェッビラルダさん。もう1人の『魔王候補』であり、帝国に属する人。

その問いにテルマさんは怪訝な表情を浮かべた。しっかりと首を横に振って、ありえないとばかりに。



「魔王様は代々1人だけ。つまり魔王候補様もただ1人だけで御座います」


「……え?」



ツェッビラルダさんは、わたしよりも年上で、既に瞳の使い方も分かっている。それはアイさんが身に沁みて理解している筈だ。

だから彼女は『魔王候補』に間違いない。わたしよりも早く『候補者』になった人。


ならば。それなら。




―――それなら、わたしは?

謎が謎を呼ぶお話し。前編で御座います。


ブックマーク、アクセス、感想などなどありがとうございます!とても励みになっております!

評価、感想いつでも大歓迎です、お待ちしております。後編もどうぞよろしくお願いします!

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