かぞく
「―――ん」
誰かに呼ばれた気がして、目が覚める。窓から降り注ぐ日の光に目を細めた。
温かい寝床に落ち着く匂い、再び眠気が襲ってきて、うつらうつらとしてしまう。
「アイさん、アイさん、朝ごはん出来てますよ」
「………ユ、キ?」
「はい、アイさんの大好きなユキですよ。だから起きましょう?」
顔を覗き込んできた黄色の瞳。白い髪に白い肌。その頬に手を伸ばせば、自ら擦り寄る様に頬を寄せてくれる。
起きましたか、と微笑むその表情がとても愛らしい。もっと触れたいと思わないでもないが折角起こしに来てくれたのにこれ以上手を煩わせる訳にもいかないだろう。
微睡む意識を叱咤して身を起こす。それを見て嬉しげに笑ったユキが可愛い。
ユキ達の家に世話になる様になってから、既に四日。平和な日常を満喫していた。怪我もほぼ良くなってそろそろ体も動かしたい。運動ついでにおっさんに会いに行ってみようかと考えてみる。
「おはようございます、アイさん」
「ん……おはよ、ユキ」
ここ数日、ユキと朝になる度に交わす言葉。未だにむずむずと照れくさい気持ちになってしまう。
それはユキにも確りと伝わっていて、くすくすと笑われてしまった。恥ずかしい。
「……あんまり笑うなよ」
「ふふ、ごめんなさい」
謝りはするものの顔は笑っているし、楽しげな感情が伝わってくる。全然悪く思ってないなこいつ。
悔しくなって未だ笑みを浮かべるユキの腰を抱き寄せる。顔が近づければ仄かに赤らんだユキを見て少し満足する。
「ア、アイさん、その、朝ご飯が……」
「知ってる、でもユキがよくねだる『おはようのキス』がまだだよな?」
もう少しその顔を見たくて、逃がさない様に強く抱きしめる。
普段なら滅多にしない『おねだり』も、ユキの恥ずかしそうな顔を見る為ならしてもいいかと思えた。
「……まだ、ですけど。アイさんからは、珍しいですね?」
「たまにはいいだろ」
「はい、嬉しいです」
頬を赤らめたまま、ユキの顔が近づいて唇に柔らかで暖かい感触。しかし、堪能する間もなくすぐに離れてしまって少し物足りない。
ユキの顔を見れば、ユキも同様に物足りなさそうな顔をしていた。もう一度しようと顔を近づけると、間に手を挟まれて阻まれた。
「……ユキ」
「あ、あの、止まらなくなりそうなので!ご飯を食べた後にしませんか!」
真っ赤な顔で言われてしまえば仕方ないと思いつつもやはり名残惜しい。
悪戯心で唇に当たった掌を軽く舐めてみる。ユキから上擦った可愛い声が聞こえたので満足した。
「アイさんって時々すごい意地悪ですよね…」
「それはお互い様だろ」
ベッドから降りて、拗ねた顔をするユキの頭を撫でる。サラサラの白い髪が指に心地良い。
口元が緩みはしたものの、いまだ不満げにしているので今度は抱き上げると頬を軽く抓られた。痛い。
「子供扱いしないで下さい」
「恋人扱いはしてるよ」
「~~~~!!」
今度はぺしぺしと力の入っていない手で額を叩かれる。耳まで真っ赤にして恥ずかしがる顔はとても可愛い。
後で自身の言葉が恥ずかしくなるとしても、今のユキの顔が見れてとても満足だ。上機嫌で抱き上げたまま食卓へと向かう。
「あら、朝から仲が良いわねぇ」
「レ、レイラ、おはよう」
「はい、おはようございますアイさん」
その姿を部屋から出てきたレイラに見られて、くすくすと笑われた。少しだけ恥ずかしい。それでも肩に顔を埋めて動かなくなってしまったユキに比べればまだマシかなと思う。
「朝ごはん出来ましたよ。冷めないうちに食べましょう?」
「あぁ、ありがとう……ほら、レティ」
「……はい」
ぎゅぅっと一度強く抱きしめられて、それから顔を肩から離したのでユキを床へと降ろす。
即座にユキはレイラの下へ駆け寄って、今度はレイラの腰に抱きついていた。ちょっと寂しい。
「あらあら、何か意地悪しました?」
「いや、そんなには…………はい、すみませんでしたレティごめん許して」
レイラの目が笑ってない笑顔を向けられるのはとても恐い。調子に乗りましたすみません。
尻尾が縮こまる思いで謝れば、ユキが拗ねた顔を浮かべたまま、仕方ないですねと私に抱きついてきてくれたので安心する。すぐに許してくれるユキが優しい。
「はいはい、いちゃいちゃしてないで早く朝ご飯食べて下さいね」
「う、わ、分かってる」
最近なんだかユキと一緒にいる時のレイラの視線が常に生暖かい気がするのは私の思い違いだろうか。凄い観察されてる気がする。
そんなレイラに促されて食卓に着けば三人分の食事。私とユキとレイラの分だとすると1人分足りない。
「あれ、カインは?」
「お父様は今日お仕事が早出らしくて、アイさんが起きる前に行っちゃいました」
「あぁ、そうなのか……大変だな、衛兵ってやつも」
カインはこの街で衛兵をしている。前の街でもそうだったようだ。細身ではあるが確りと鍛えられた体をしているから、そうだと聞いた時は納得してしまった。
時折、今日の様に早出の時もあれば、遅出で夜遅くまで帰ってこない時、そして夜勤の時もある。休みを確りもらえるとはいえ、その生活時間の不安定さは少し心配になってしまう。
それでも衛兵という存在は街にとっては必要不可欠だ。街で何か起こった時にいち早く駆けつけてくれる彼らは住民にとっては頼もしい限りだろう。
「カインもこの街では新入りだからって張り切って早めに出掛けてるみたいですよ」
「何というか、カインらしいな」
「頑張り屋さんですからね、お父様」
それなりの腕を持つカインは街の衛兵長に歓迎されたと聞いているが、期待されればそれに応える為に全力を尽くすのがカインだ。
ユキもいつもはちょっと情けない所ばかり見ているけどそういう所は尊敬できると言っていた。それを恥ずかしいからと本人には言ってない辺り、ユキも素直じゃない。
そんなころを思いながら、いただきます、と食事に口をつける。まずは美味しそうな匂いを漂わせていた魚のスープ。
白身魚と野菜が程よく煮込まれて、しっかりと旨味がスープに溶け出していた。魚も口の中にいれるとほろほろと崩れて美味しい。
「このスープ、美味いな」
「ほ、本当ですか!?」
「あら、良かったわねレティ」
ぱぁっと輝かんばかりの笑顔で見つめるユキに軽く心がきゅぅと締め付けられて動悸がする。いきなりこの笑顔を直視するのはきつい。可愛い。とても可愛い。天使か。
嬉しいという感情もビシバシ伝わってくるものだから、何だか心がふわふわとする。
「レティが作ったのか、凄いな」
「いえ、お、お母様に教えてもらいながらでしたので……」
「今日、カインとアイさんに朝ご飯作ってあげたいから教えてって頼まれちゃって。一緒に早起きして作ったのよね」
「お母様!そういう事はあまり言わないで下さい、恥ずかしいです…!!!」
恥ずかしそうに慌てるユキを見るレイラの目が優しい。成長を見守る母の目線とでも言うのだろうか、見ているこちらも何だか心がじんわりと温かくなった。
だからだろうか、なんだか無性に撫でたくなって手を伸ばす。優しく撫でれば驚いた目でこちらを見上げて、口をきゅっと噛みしめた。恥ずかしさと嬉しさと、色々なモノが混ざった感情が伝わってくる。
「ありがとな、レティ。美味しいよ」
「……はい、良かったです」
だから、私の想いも伝えておく。もう伝わっているだろうけども、確りと言葉に乗せて。言葉で伝える事も大切だとユキから教えてもらったから。
そうすればほら、恥ずかしさで潤んだ瞳をしながら、嬉しそうに、照れくさそうに、俯きがちに微笑むユキが見れて私も嬉しい。
「カインも喜んだだろうな」
「カインは泣きながら食べてましたね」
「……それもカインらしいな」
「見てて恥ずかしかったです」
ユキを溺愛するカインだ。早起きして自分達の為に母に習いながら食事を作ったと聞いたらそれはもう大喜びしただろう。嬉し泣きする姿も容易に想像できた。
そしてそれを恥ずかしさと照れ隠しでつれなく対応してしまうユキも。素直じゃないユキもそれはそれで可愛いので見てみたかった。
「ご馳走様。ほんとに美味しかった」
「ありがとうございます、またアイさんにご飯作ってもいいですか?」
「あぁ、勿論。楽しみにしてるよ」
他にもサラダやオムレツなどなど、レイラとユキが作った朝ご飯はとても美味しくて、中々のボリュームではあったものの綺麗に平らげた。
それにしても魚のスープといい、所々アクセントとして小魚が散りばめられてたり、卵料理が多かったのは前に何気ない会話で私が魚と卵が好きだと言った事があるからか。
ユキの何気ない言葉を覚えている事は私もあるが、ユキもそうならとても嬉しい。無意識にニヤニヤしていたらしく、レイラに顔を見られて「嬉しそうですね」と言われてしまった。恥ずかしい。
「お母様、またお料理教えてください」
「えぇいいわよ。今度は晩御飯でも一緒に作りましょうか」
「はい!頑張って覚えますね!」
ユキとレイラが喋っている姿を見るのは結構好きだ。二人とも親子らしく何処となく似ていて、ユキが家事をレイラと一緒にしている姿やこうして二人で笑いあってる姿を見ると癒された。
それにユキが美少女なのは勿論のこと、レイラもかなりの美人で正直とても目の保養になっている。こんな妻と娘がいるカインが羨ましい。溺愛しているのも頷ける。
とはいっても、レイラに対してはユキに対する感情を抱く事はない。根本的に違うのだ。レイラも大切な人である事には変わりないが、ユキは既に私の『一部』になっている。
離れればきっと体を抉り取られるような痛みを感じるだろう。いなくなれば私の心は恐らく潰れてしまうだろう。そんな予感がする。きっとそれは間違いではない。
それが依存と言うのならばそうだろう。それでも私は彼女が、ユキが大切だ。『前』のユキも、『今』のユキも、『レティ』としての彼女も、全部含めて大切だ。
時折『前』の記憶を話してくれるユキが好きだ。『今』のユキを見ると抱きしめたくなる。『レティ』としての彼女をレイラ達と一緒に守りたい。全てが愛しいと思う。こうして近くに居られることが幸せだと思う。
「――アイさん?」
「どうしたんです、ぼんやりとして」
「あぁ、いや、良いなぁって」
「「?」」
揃って首を傾げるところがますます似ていて、それが面白くて笑ってしまう。あぁ、温かい。じんわりと心に染み入る様なこの感覚。家族というものはこういうものなのだろう。懐かしく、温かな空気、人、想い。
母がいれば、爺さんがいれば、今の自分を見たら如何思うだろう。驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。喜んでくれると嬉しい。いつもいつも、心配ばかりかけていたから。
懐かしい、愛しい、最初に愛してくれた、救ってくれた、私の『家族』――――あぁ、会いたい、なんて。
「アイさん、ご飯食べ終わったなら部屋へ行きましょう」
「え、ちょ、レティ?」
「あら、もう行っちゃうの?」
「ごめんなさいお母様、ちょっとお話したいことがあるので」
「そう、わかったわ。いってらっしゃい」
「ありがとうございます。ほら、アイさんはやく」
「わ、わかったから!そんな引っ張るなって!」
ユキらしからぬ力強さで腕を引っ張られ、抗う理由もないので困惑しながらもユキの後ろについて行く。
レイラがやけに生暖かい笑顔で見送っていた様な気がしたけど、それはそのまま気のせいにしておこうと思った。
ユキに引っ張り込まれる様にユキの、今は私とユキの部屋に入り、一息つく。
なんだかユキらしくない。どうしたんだと思って尋ねる前に、強く、それこそ飛びつく様に、抱きしめられた。
「……ユキ?」
「アイさん、すごく寂しそうでした」
ユキの声が何だか泣きそうな色を含んでいて、胸が締め付けられる。その言葉に思い当たる節があって、申し訳なくなる。
体に顔を埋める様にして抱きついたままのユキの頭を優しく撫でる。大丈夫だと、辛いわけじゃないのだと伝えたくて、ゆっくり、優しく。
「……ごめん、心配かけたか」
「心配もしてますけど…でもアイさん、ただ寂しいって感じじゃなくて…すごく、すごく、誰かに会いたいって、寂しいって…」
「うん、そうだな……この家にいると、よく母さんや爺さんの事を思い出すんだ。今も、なんとなく思い出して…すごく、会いたくなっただけなんだ」
撫で続けたまま、言葉を紡ぐ。ユキの抱きしめる力が強くなった気がして、顔を伺おうにも私の体に埋めたままでその表情は見えない。
感情も、色々と――寂しさと、心配と、そして、強い罪悪感。ここまで強く罪悪感を感じる必要はないのに、何故、どうして。
「ユキ、どうした?何かあったのか?」
「………わたしも……なんです」
「…ユキ?」
「わたしも、寂しいんです。何で、どうして、今頃!!!あんな……あんな親……!!!!」
血を吐くような、苦しげな声。しがみつくように私の服を掴んで、顔は見えないけれどきっと泣き出してしまいそうなのを堪えている。
きっと、ユキのこの感情は私の感情にあてられてしまったものだと思う。懐かしいと、大切にしていた人の思い出に浸って、寂しくなって。
「ユキ、ユキ、落ち着いて、それは私が――」
「違うんです!だって、あんな親!わたしが勉強を頑張っても、お稽古事を頑張っても見向きもしてくれなかった!話さえ満足に聞いてくれなかった!少しもわたしのことを見てくれなかったのに!まだ…まだ、見てほしい、だなんて!お母様達がいてくれるのに、こんなに会いたいだなんて!今のわたしを見てほしいだなんて…!!何も、期待してくれなかった、あの人達なんか…!!」
「私もだよ。私も、見てほしいと思ったんだ。今の私を見て、如何思ってくれるかなんて、考えていたんだ」
罪悪感、寂しさ、後悔。色々なモノが混ざって、強い感情として私に流れ込んでくる。
ああ、そうだ。この子のは優しい子だから、自分の親を本当に嫌いになれる筈なんてない。両親に好かれようと頑張っていた彼女が、会わなくてももう平気だと思える筈がない。
きっと、ずっと、忘れられる筈なんてない。自分の大切な人達を、会えなくなった人達を、忘れられる筈がない。
「ユキ、罪悪感なんて感じなくていい。寂しいのは当たり前だ……最初にユキを産んでくれた、大切な親なんだから」
「大切だなんて…!」
「大切だろ、『前』のユキの両親がいなかったらユキは生まれてこなかった。ここにはいなかった―――私はずっと独りのままだった。私にとって、『前』のユキも大切だから。だから、そんなに否定してやるな」
今までの時間。独りだった時の家。何もない、ただ生きるだけだった時間。それに温かみをくれたのはユキで。ユキの家族で、おっさんで、猫達で。皆がいたから、こうして今この温もりを感じられている。
あの時、出会っていなければ――ユキがいなければ、私はどうなっていただろう。想像もしたくない。
「でも…!」
「親の事を全部許してやれとは言わないよ。ユキが沢山傷ついたのも分かっているし、許せない事だってあるだろう。でも……それでも、会いたいと思う自分の心ぐらいは許してもいいんじゃないか?」
「……っ」
「少なくとも、私は感謝してる。『前』のユキを産んでくれたから。レイラ達にも感謝してる。『今』のユキを産んでくれたから。『前』の親に会えるなら、私も会ってみたいよ。それでレイラ達や私とこんなに幸せになってるって自慢してやりたいな」
「……じまん、ですか」
「あぁ、自慢。どうだーって。自分達の娘が、ちゃんと幸せになってるぞーってな」
「……それなら、会ってみてもいいかもしれませんね」
やっと私の体から顔を離して私の顔を見上げたユキは、やはり瞳が潤んでいて。それでも、ぎこちなくはあるけれど笑みも浮かべていて。泣くのを必死で我慢していて。
額を合わせる様に顔を近づける。笑っている顔が好きだ。泣いている顔は辛い。でも、一緒に悲しみも分かち合えるなら。ユキの寂しさも、悲しさも、半分にできるなら。
「……会いたいな、ユキ」
「…はい、会いたいです」
私の言葉に、ぽろりと一筋涙が零れて。それから溢れる様にユキの目から涙が流れ出して。
「会いたい…会いたいです…もう一度、名前を呼んでもらいたい、今度はちゃんと…『わたし』を、みてほしい、です…!」
「私もだよ。私も、もう一度名前を呼んでほしい。母さんにもう忘れてしまった名前を、爺さんに『猫』と、笑って呼んでほしい。今の私を、ユキと一緒にいる私を見てほしい」
泣いてるユキの目尻にそっと唇を寄せて、しょっぱいだなんて笑って。ユキも同じようにして、本当ですね、なんて笑って。私も泣いている事に気付いて。
「会いたい」
「会いたいな」
大事な想いを、大切な思いを決して忘れない様に。
胸を突き上げる寂しさを埋める様に。もう二度と愛しい人と離れぬ様に。
涙で濡れた、少ししょっぱいキスをした。
忘れられない人達の話。
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