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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
24/38

幕間・愉快、不愉快

今回は幕間です。髪の長いあの人視点。

性的描写があるのでご注意ください。

「あぁ、消されちゃったぁ」


軍備についての書類を書いていると、いきなり間抜けな声が耳を刺激して眉を顰めた。

見れば、人が机に向かって真面目に仕事をしているのに声の主である女は私のベッドで惜しげもなくその白い肌を晒して呑気に寝転んでいた。

今はまだ夕方になったばかりの時間帯の筈だが、こいつは露出癖でもあるのか。理解に苦しむ。


「……ツェビ、部屋にいたいなら私が仕事をしている時は絶対に喋るなと言ったはずだが。それと人のベッドで勝手に裸になるな、不愉快だ」


「あは、ごめんってばクロちゃん。でもクロちゃんのお仕事にもちょっと関係あることだよ?」


「……それと、裸と何の関係がある」


「クロちゃんとベッドの中でお話ししたいなぁって」


生意気な言葉を吐きながら、ツェビは体を起こして一糸纏わぬ姿を私に見せつける様に笑った。

その白い髪が、黄色の瞳を細めた美しくも歪んだ笑みが、年相応に膨らみ括れたゆるやかな曲線が、柔らかそうな肌が、目にこびりつく様で不愉快だ。

わざと聞こえる様に大きく息を吐く。私の仕事に関係があるのなら、何は如何あれ聞かねばならない。しかし、所有物の為に自らが動くのは不愉快だ。


「主人にわざわざベッドまで足を運ばせるつもりか」


「えー?そっちでするの?机固いからやだなぁ」


「お前に拒否権があると思うか?」


「あはは!ないよね、わかってまぁす!」


何が面白いのか、にやにやと歪んだ笑みを絶やさずにベッドから降りたツェビは私の傍まで歩み寄ってきて。


「よっと」


「………おい、何をしている」


机に座らずに、椅子に座っている私の太腿に跨る様にして体を密着させてきた。首に腕を回して押し付けられた胸の膨らみが、私の胸と合わさる様にして形を変えている。細い腰をすり寄せ、その口から熱い息を吐く。

鎧を着こんでいない今、服越しに彼女自身の柔らかさを、熱を、欲を触れられている箇所全てから感じた。気に入らない。不愉快だ。


「机は固いもん、お尻痛くなっちゃう」


「その程度の痛みなど慣れたモノだろう」


「クロちゃんは乱暴だからねぇ、でも今はこうした方が気持ちいい気がするよ?」


私の前髪がツェビの細い指で除けられ、視界が広がる。彼女の体の全てが良く見えるようになる。不愉快だ。白く、きめ細やかな肌が誘う様に体に擦り付けられる。とても不愉快だ。

チリチリと蟀谷から疼きが走る。苛つきが私の嗜虐心を呼び起こす。ツェビが満足げに笑った。


ああ、本当に不愉快だ。


「んぁっ…ふ、ぁは…!」


身体を弄る私の指に、嬉しげに喘ぐツェビの声が気に入らない。私の指に馴染みきった、吸いつくような肌が気に入らない。

首に回された腕に力がこもって、彼女の荒い息遣いが耳元で聞こえる。耳障りに思って彼女の華奢な首にきつく咬みつけば、痛みで苦しげに呻いたので多少苛つきは収まった。


「っ…はぁ…そのまま噛み千切っちゃえばよかったのに…」


「死にたいなら私の役に立ってから死ね」


「あっははは!やっぱりクロちゃんってばほんとひどい、ひとでなし」


ギリッと音がした。無意識に噛みしめた歯の音だと遅れて気付く。

その言葉は私が嫌う言葉だと知らぬ相手ではない。つまり、わざとだ。自分の主人に対して、煽る様に彼女は言葉を紡ぐ。それが無性に癇に障った。


「………相変わらずの減らず口だな」


「ん、ふふ、嫌なら塞げば?」


むしろそれが目的だろう。期待を含んだ歪んだ笑みがそう言っている。ああ、気に入らない、不愉快だ。

キスをねだるのも私を不愉快にさせないとできないようなそのやり方が、彼女の歪みが、気に入らない。


「…下らん。萎えた、仕事のことについて話せ」


「えー?私、結構盛り上がってきたんだけどぉ」


「さっさと言え。……言ってる間は望む様に触ってやる、それともそのまま部屋から叩き出されたいか」


「…はいはい、わかったわかりました、もぉクロちゃんは意地悪だなぁ」


わざとらしく頬を膨らませた後、私の指を掴んで自らの濡れた中心へと導く。話すからそこを触れと言う事か。

爪を立てる様に引っ掻けば息を詰め、白い体が震えた。ぬるりと濡れた指が不愉快だが、彼女が悶える姿を見るのは嫌いではない。


「ふぁ、ぁ、あ!」


「早く話せ、指が疲れる」


「ん、くぅ!あ、あの、半魔のおねーさんに、拒まれた時、わざと、魔力の痕つけたの、消された、みたぃ、ひ、ぁ!!」


甘く蕩けた声でツェビが鳴く様に話す。その声に応じて指を動かせば嬉しそうな顔をした。

半魔という言葉に不愉快さが増すが、その内容は興味深い。ツェビの駒にもなれない様なゴミを、好き好んで囲う者がいようとは。


「もしかすると自分と『同類』がいるかもしれないと逃がした奴だな。つまり、それを消せるような奴がいる、と」


「うん、うん、予想当たってた、よ…っ…私と、同じのが、いる…私と同じ…『魔王候補』が……っ…あの拒まれ具合から見るに…随分と、お姉さんに、ご執心みたいだけど…」


掠れた声、歪んだ笑み。楽しそうに笑って、何を考えているのか私にわかる筈もない。しかし、私の指の動きに合わせて腰を振る浅ましい姿が魔王候補の姿だと言うのなら笑わせる。

悪魔が慕う瞳の持ち主。魔の者を虜にする瞳を持つモノ。魔王の生まれ変わり。魔王が死んだ時、特殊な瞳を持つ子供が生まれる。それがツェビであり、『悪魔の子』と一部の土地で呼ばれる者の正体。


とはいっても、それを私が知ったのは彼女を慕う悪魔から聞かされたものだ。ツェビを乱暴に扱うなと言われたが、悪魔の言う事など知った事か。


「そうか、相手も魔物を操れるならば少し『作戦』を考え直さねばならないな」


「ん、ん、まぁ、その子がそれを、自覚してるかは、知らないけどぉ…私も、エルマ、に教えられ、た、から…知ってるだけ、だし」


エルマ。その名は不愉快だ。いつもツェビの傍に侍る目障りな悪魔。

帝国では未だ治療法がない『無気力病』の原因の一人。夢魔と呼ばれる悪魔に精も根も絞り尽くされ、あとはただ廃人として寿命を使い潰すだけになってしまう。

この前は私の同僚がその廃人に成り果てた。後処理が面倒だったが、元々目障りな奴だったからその辺りはどうでもいい。


あの悪魔はツェビを慕い、彼女に瞳の知識を授け、私に対してツェビの保護者面をする。ツェビには他にも複数の悪魔がいる筈だが、特にあいつは過保護だ。気に入らない。

ツェビの全ては私のモノだ、私が奪い、私が壊した。私以外にこの蕩けた声も、顔も、私以外の誰かに与えてなどやるモノか。刻む様に深く指を差し入れてやると悲鳴のような声が上がった。悪くない。


「……お前がいるのに、候補者が新たに生まれるモノなのか?」


「わかんな、い…けど…多分、例外、だと、あ、ふ、んぅ…!!」


ハッ、ハッと荒く、短い間隔で息をしながら懸命に言葉を紡いでいたツェビが唇を噛みしめた。そろそろ限界が近いのだろう。黄色の瞳が潤んで、強い煌めきを放って私を見つめた。

それに惹かれる様にその噛みしめた唇に咬みつくように唇を合わせる。ぷつりとした感触と共に血の味がした。ツェビの歯か、私の歯で唇が切れたのだろう。一瞬眉を顰めたツェビが大きく震えた。


「んん!んー…!!んぅうう!」


塞がれた唇から洩れるくぐもった声、私の指を締め付けるその動きが彼女が果てたのだと示していた。

唇を離せば、彼女の下唇から血が滲んでいた。蕩けた顔にその血の赤さが映えて悪くない。舐めれば痛そうに顔を歪ませるのが愉快だ。

舐めた事により更にツェビの血の味が舌に広がる。これも悪くない。下手な酒よりも美味なものだ。


「クロちゃ…は、どうする、の…」


「何がだ」


荒げた息のまま、ぽつりと呟くようなツェビの声。はっきりと要領を得ない問いは嫌いだ。


「私の『同類』……私みたいに、奪うの?」


「帝国の利益になるようなら、それもいいかもしれないな」


魔を惹き寄せ、従わせる力は魅力的だ。だが、その候補者は半魔如きに執着するような愚か者らしい。そんな者が帝国の役に立つとは思えない。


「私みたいに、壊すの?」


「ふん、目の前でそのご執心とやらの半魔を殺してやれば愉快だとは思うがな………何が言いたい、ツェビ。はっきりと言え、不愉快だ」


「えー……私以外の誰かに触れるのが嫌だなぁって思っただけだよぉ」


へらりと軽く笑ったその顔にチリチリと再び蟀谷が疼く。苛つきが増す。暴力的な衝動が体を巡り、その細い首に手を伸ばして握り絞める。


「かっ…はっ…!!」


「お前は私の何だ。私の所有物だろう。私が誰に触れようと、お前に何も言う権利はない。誰を壊そうが、私の勝手だ」


「ぅ、ぐ…わか、ってる…」


「いいや、分かってないな。抱かれた程度で勘違いしたか。お前は私のものだが、私はお前のものではない」


「……しって、るよ…わたしは、クロちゃ…の…」


「所有物は所有物らしく、黙って私の傍にいて、私の役に立ち、私の為に死ね。それがお前の役目だろう」


「………う、ん、そう、だね…」


苦しげに酸素を求めて喘ぎながらも、抵抗などせずにその暴力を受け入れるツェビにチリチリと蟀谷が疼く。歪んだ笑みを浮かべて、まるでそう望む様に私の手に自分の手を重ねるツェビに苛立ちが増す。

自分の全てが肯定されているのに、自分の全てが否定されている様で胸の奥がざわついた。


「――気が変わった。私の怒りがおさまるまで、相手をしろ」


首を絞めていた手を離し、自分の太腿の上から振り落とす。咳き込みながら倒れたその姿が嗜虐心をそそられた。


「げほ、が、はっ……書類、は、いいの?」


「お前が気にすることではない」


急ぎの仕事ではないし、元々終わりかけていたものだ。それよりも今は優先するものがある。

ツェビのもので汚れてしまった服を脱ぎすてる。彼女の視線が、瞳が、私の背中をじっと見ているような、そんな気がした。


「何を見ている、ツェビ。さっさと来い」


「…はぁい」


ベッドへと向かう途中、後ろからついてきたツェビの指が背中に触れて、その背に在る『傷』をなぞる様に動かした。

ぞくりとした感覚が体に走って不愉快だ。振り返り、その手を掴む。


「……私は今機嫌が悪い、容赦などないと思え」


「それ、いつもじゃん、クロちゃんが優しくしてくれた事なんてないでしょ」


歪んだ笑みを浮かべたツェビの首に赤い痕が見える。手の形に残った痕。すぐ消えてしまうモノではあるが、その赤い痕が首輪の様で少し愉快になった。

掴んでいた手を引いて、ベッドへと倒す。軽く、華奢な身体が私の目の前に無防備に晒された。

その身体を幾度も、それこそ数え切れぬぐらいに抱いているのに。その肌が、声が、瞳が、私の欲を誘い、体の奥を疼かせる。


「当たり前だ、お前に優しくする必要が無いからな」


「クロちゃんにひどくされるの、好きだからいいよ。あのクロちゃんの事しか考えられない時間が好き」


「………不愉快だな。お前は常に私の事を考えているべきだろう?まだ躾が足りなかったか?」


「あは!そうだね、そうだ、ごめんね、クロちゃん…いっぱいひどくして?」


「言われるまでもない」


ツェビに上に跨れば、求める様に腕を伸ばされる。その腕を掴んでベッドへと押し付け、肩へと噛みついた。


「――っ!!」


痛みで息を詰める姿が愉快だ。悪くない。それでもその潤んだ瞳が、私を誘うのを止めない。惹かれる、その煌めきが不愉快だ。


「精々、泣き叫べ。私を楽しませろ」


「……ほんと、ひとでな――」


不愉快な言葉を言わせぬ様に、唇に咬みついた。くぐもった喘ぎが愉快で、褒美とばかりに歯を立てる。



ああ、やはり。こいつの血の味は悪くない。



*******



「………」


自然と目が覚めた時、もう既に夜の帳が下りていた。

隣を見ればツェビが眠っていた。月の光に白い肌が美しく照らされている。そして、至る所に赤く残る噛み痕。

今日は噛むことが多かった。噛めば良い声で鳴くのだから興が乗っても仕方ない事だ。肩に残る痕に軽く触れても起きる気配はない。

いつもベッドで抱く時は意識を失うまで続けるのだから疲れ果ててしまっているのだろう。まだしばらくは起きない筈だ。


音を立てない様にベッドから降りる。ツェビが静かなうちに仕事を終わらせておきたい。どうせ起きればまたうるさいのだから今のうちに片づけておくべきだ。

クローゼットから服を出して着ていく。朝になればすぐ風呂に入り着替えるのだから適当なもので良いだろう。


『また手酷く抱いたものね。もう少し大切に触れないものかしら?』


「………」


耳障りな声が私の耳を刺激する。聞かなかったことにして仕事を始めようと椅子に座れば、その机に悪魔が腰掛けてきた。


「…邪魔だ」


『じゃあ無視しないでくれる?結構傷つくものよ?』


「悪魔と話す事などない」


『私はあるの』


ひやりとした指が私の顎を捕らえて、無理やり顔を向けられる。悪魔の女――エルマはその朱色の目を細めて私を見つめていた。


「触るな、不愉快だ」


即座に手を振り払う。不愉快だ、とても不愉快だ。ツェビの保護者面した鬱陶しい悪魔が、とても不愉快だ。


『貴女も少しは素直にならないかしら。貴女だって愛しい人以外抱くつもりも、囲うつもりもないんでしょう?』


「何を言っているのかわからないな」


『貴女が愛しい人を――ツェッビラルダ様を奪ってから。ずっと、あの方を抱いても、他の子は抱かない。いくら『上』からあの方を差し出せと言われても、頑なに手元に置いて離さない。所有物にしては、大事にしすぎよね』


「まるで全て見ていたかのような言い種だな。それに大切にしろと言ったのはお前ではなかったか」


『あら、あまり痛めつけない様にして、と言っているだけよ。『貴女と違って』、か弱い女の子なんだから。私はただ、あの方が幸せならいいのよ』


「あいつは私を殺せれば幸せじゃないのか」


『……自分で言うのね、それ』


「誰があいつを壊したと思っている。あいつの目の前で、自分が『体を張って』守ってきた母も仲間も、兵達に嬲らせ、一人残らず殺した。それからずっとあいつを犯して、犯して、私のモノだと刻み付けた。殺意ぐらい持たれなければおかしいだろう。お前が来た時、私はいよいよ殺されるのかと思ったものだがな」


『貴女のそういう所は嫌いじゃないけど、殺してやりたいとは今も思ってるわよ』


「知っている」


ツェビが私を心の底から憎んでいる事も、この悪魔が私を本気で殺したいと思っている事も知っている。そうでなくてはおかしいのだから、今更何を思う事もない。


「だが、私が死ぬまでは――殺されるまでは、あいつは私の所有物だ。私の好きに扱わせてもらう。私だけがツェビを抱き、傷つけ、憎まれる権利がある。この権利を誰にも渡すものか」


『……愛しい人も大概歪んでいるけれど、貴女も相当歪んでるし不器用よね。もうちょっと何とかならないの?』


「何を如何しろと言うんだ」


『憎んでもいるけれど、愛してもいるのよ。それを少しは受け入れなさいな』


「あの愛は憎しみと同義だろう」


『それは少し違うと思うのだけどね』


「……どうでも良い事だ、どうせ私の所有物である事には変わりない。お前は精々『魔王候補』が死なない様にすればいいだけだろう」


『まぁ、それはそうなんだけど。その魔王候補を生かすも殺すも、貴女次第なんでしょう?』


「あいつが私の為に死ぬはずがない」


『いいえ、死ぬわよ。貴女の為なら』


はっきりと言い切ったエルマに苛立ちが増した。お前はツェビの事を分かっているとでも言うのか。気に入らない。だからこいつは大嫌いだ。


「………戯言もいい加減にしろ。仕事の邪魔だ。今すぐ消えるか、私に斬られて消えるか選べ」


『物騒ねぇ。どうせ貴女だってあの方の為に死ねるでしょう?』


「うるさい、早く消えろ」


『あの方の瞳に惹かれてる癖に。離れられない癖に。人間に限りなく近いのに、人間になりきれない『ひとでなし』、それが貴女なんだから――』


「うるさい!!!」


机に立てかけていた剣を掴み、立ち上がり様に抜刀する。その一瞬でエルマは消えていた。忌々しい悪魔め。怒りで荒くなる息を抑えつける。ここで暴れても仕方のない事だ。

剣を鞘へと納め、力なく椅子に座りこむ。蟀谷が疼く。苛立ちが、怒りが、腹の底で沸々と煮えたぎるようだ。


「私は人間だ」


ぽつりと零れた音は、私の声で。


「人間だ。人間だ。人間だ。―――私は『人間』だ」


背中が疼く。傷が疼く。そうだ、あの時、私は人になった。父の目の前で人間に『させられ』たのだ。だから、私は『人間』だ。

机に置いてある小鏡を引き寄せ、自分の顔を映す。澱んだ赤の瞳。赤はウルフェリュート家の瞳の色だ。澱んでいるが父と同じ瞳の色だ。


「私は――」


「………クロちゃん?」


眠たげな声が聞こえた。いつ起きたのか、ツェビは微睡んだ瞳で私を見つめていた。

エルマの言葉がよみがえる。違う、私は違う、お前達とは違う。あの半魔とは違う。私は、私の意思で、ツェビを私のモノとしているだけだ。


「起きたのか」


「なんか、大きな声が聞こえた気がして…エルマでも来てた?」


「……あぁ、あの忌々しい悪魔がな」


「そっかぁ、エルマってばクロちゃんの事すぐ怒らせるからなぁ…ごめんね?」


「謝るのなら、二度と私の前に出てくるなと言っておけ」


「あはは、それは難しいかなぁ…」


まだ身体は怠いのだろう、うつらうつらと答える様は間抜けだ。

無性にその肌に触れたくなって彼女へと歩み寄る。細められた黄色の瞳が私をぼんやりと見上げていた。


「クロちゃん、どうしたの?嫌な事でも言われた?」


「……黙っていろ」


頬に触れる。それを彼女は言われたとおり、黙って受け入れた。瞳だけは変わらずに私を見つめている。


私は違う。私は違う。この瞳に惹かれて触れているのではない。私は違う。


「……私は人間だ、魔族じゃない」


「……うん、知ってるよ」


黙っていろと言ったのに、彼女は私を肯定する。


「悪魔も、半魔も、魔族も、全部嫌いだ」


「うん、そうだね。クロちゃんは人間以外嫌いだもんね」


頬に触れていた手に、ツェビの手が重ねられる。細く、柔らかい手。


「クロちゃんは私を壊した『ひとでなし』だけど、私が愛する『人間』だよ」


歪んだ笑みで。それでもその瞳だけは穏やかで。

愛など空虚な言葉を使って、それでも彼女は私を肯定する。


「私を抱いてよ、クロちゃん。目が覚めちゃった。責任とって?」


「それが自分の主人に言う言葉か」


「クロちゃんの事を知ってるから言う言葉だよ」


そんな生意気な言葉を吐いて彼女は笑う。だが、今は良いだろう。

下手な慰めを言われて苛つくよりも此方の方が良い。それに、肌に触れたい衝動が未だ身体を疼かせている。


望み通りに、彼女の体に圧し掛かる。押し倒されたツェビの顔が喜色に歪む。


「クロちゃん、大好きだよ」


「…調子に乗るな。お前は喘いでいればいい」


そうだね、などと笑って頷きながら、彼女の唇が私の唇に近づいて。触れて。


「私はクロちゃんのものだよ、最期まで、ずっと、あなたのもの」


「憎くて、殺したくて、でも好きで、好きで、たまらないくらい、愛してるから、私はクロちゃんの傍にいるよ」


エルマとの会話を最初から聞いていたのかと疑いたくなるぐらい、彼女の言葉は私の胸を抉って。


「憎んでいるのに愛しているのか、歪んでいるな」


「そうだよぉ、私ってばすっごく歪んでるからぁ」


楽しげに笑って。笑って。笑って。

私の首を両手でそっと握って。そこに力はないけれど、ぞくりと怖気に似た何かが背筋を駆け上る。


「クロちゃんを独り占めしたいから私は傍から離れないよ。私を一番に見てもらわないといけないから私はクロちゃんの役に立つよ。クロちゃんの全部が欲しいから私はクロちゃんを愛するよ」


「クロちゃんを殺したいけど、クロちゃんを殺しちゃったら私には何もなくなる。クロちゃんがいれば、私は私でいられる。ねぇクロちゃん私を壊した責任を取ってよ、私だけを見てよ、私は貴女の物だから、全部あげるから――」


言葉を塞ぐように、首に両手を巻きつけたまま、唇を奪う。耐えられない。私を揺るがすその想いは聞きたくない。

舌を押し込み、蹂躙するように動かす。すぐにツェビの舌は私の舌に絡みついて、離れるのを拒む様に擦りつけた。分かっている。お前の言いたいことは、全部分かっている。


「ふ、ぅ……ツェビ、お前は私のモノだ。私だけのモノだ」


「…うん」


「お前が、私を殺すまで。私が、お前を殺すまで。私の傍にいろ、離れる事は許さない」


「うん、うん」


彼女の肌に触れる。柔らかい、その体。胸の上に、心臓の上に手を置けば満足げにツェビが笑った。


「心配せずとも、お前の世話だけで私は手一杯だ。他の者を囲う余裕などない」


「あはは、そうだよね、クロちゃんは私に振り回されて大変だもんね」


トクトクと鳴る心臓を感じながら、生意気な口を塞いで軽く咬みつく。ドクリと大きく心臓が動いたのが愉快だ。


「分かっているなら、少しは大人しくしろ」


「ん、ふふ、どうしようかな」


口付けの合間に言葉を交わす。嬉しげなツェビの声が、喘ぎが、耳を刺激する。

悪くない。自身が昂ぶるこの感覚も、悪くない。


「主人に生意気な口を利くな」


「あはっ!でも、嫌いじゃないでしょ?」


私の手が動く度に、体が、細い腰がくねり、熱い息を吐き出して。

そんな姿が。その生意気な口が。歪んだ笑みが。潤んだ瞳が。




「―――あぁ、悪くはないな」

ツン×10の後に少しデレがくる人とヤンデレの人の話。


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