告白の準備と覚悟
次の日、朝一番に登校した俺は、靴を履き替えると、サトシの靴箱に向かう。生徒の登校時間より随分と早いせいか、誰もいない。
靴箱は、一人分の正方形のスペースが上下の2段に分かれていて、扉がない。出席番号順に振り分けられているので、目的の靴箱を見つけるのは簡単だ。昨夜、D組の友人から入手したサトシの出席番号を探すと、靴箱の真ん中あたりに、サトシの靴箱を見つけた。
誰もいないことを確認して、俺は鞄から紫乃の書いた手紙が入った封筒と、セロハンテープを取り出す。そしてサトシの靴箱を覆うように封筒を貼り付ける。
「よし」
少し離れて見てみる。
靴箱の灰色の中に、白い封筒が浮かび上がって見える。
・・・これは、とても目立つ。
ここまで目立っていれば、サトシも無視はできないだろう。
「さて、次だ」
俺は小さく呟いて、脇に置いていた白い紙袋を持ち上げ、目的地に向けて足を進める。
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それから小一時間で諸々の準備を終えた俺は、紫乃との待ち合わせ場所の階段に一人で座っていた。
『サトシたちが手紙を見つけて、昇降口で騒いでいたぜ』
『教室に着いてから手紙を見るようだ』
『手紙開封。「放課後4人で差出人の顔を見てやろう」と話してる』
「了解、ありがと、っと」
俺は、携帯端末のSNSを通じて、連絡をくれたD組の友人たちに返事を打つ。
手紙を読ませる作戦は成功だ。手紙をあれだけ目立つように配置したのは、サトシが手紙を無視しようとしても、周りの3人がきっと茶化して手紙を読もうとするだろうと予想してのことだ。
「・・・おはよう、大介君・・・」
到着した紫乃が小さい声で挨拶をしてくる。
「おはよ。D組のメンバーから連絡はもらった。座れよ」
「う、うん」
紫乃はしきりに周りの様子をうかがっているが、他の生徒が近づいてきている気配はない。ここは屋上へ向かう階段。屋上に出る扉の前は施錠されているため、ここにくる生徒はあまりいないのだ。さらに3年の教室から離れているため、安心して打合せができる。
紫乃は階段が汚れていないか確認して、二人分ほど空けて、俺の隣に座る。
「大丈夫。今のところ予想通りだ。
手紙は匿名で出したから、告白前に何か言われる心配もない」
もし名前つきで出していたら、サトシの柄の悪い友人たちが、「お前、サトシのこと好きなの?」などと紫乃に声をかけたことだろう。告白前にからかわれて、紫乃が萎縮してしまわないようにという配慮だ。
「それで、気持ちの準備はできているか?
二人きりになっても紫乃が何も言えなかったら、俺はどうしようもないぞ」
「わ、分かってるよ・・・」
「大体、サトシが話を聞いてくれるかも分からない。
悪ぶって、酷い言葉を言われるかもしれないな。「お前なんて知らないんだけど?」とか「地味女」とかな」
「うう・・・大介君、痛いところを・・・」
俺の知っている最近のサトシは、口も悪いし、素行も悪い。「人の気持ちを考える」という言葉からかけ離れた存在だ。紫乃に冷たい対応をすることは、簡単に予想がつく。
「それでも、伝えるのか?」
「・・・うん」
「傷つくかもしれないぞ?」
「・・・わかってる」
「今のところ、サトシたちは手紙の相手を探しに、卒業式後に体育館裏に向かう予定だ。
俺は全力でサトシだけが体育館裏に行くように仕向ける。
だが、どうしてもダメだった場合は連絡する。サトシが友人を連れて来たら、その時はどうする?」
確かめるような視線を紫乃に向ければ、まっすぐに俺を見つめ返してきた。
「・・・手紙を渡して逃げる作戦で・・・って言いたいところだけど、
他の人がいても、頑張ってみる。
大介君がつくってくれた・・・最後の、チャンスだから」
声は相変わらず弱々しいが、ぎゅっと拳を握り締める紫乃の瞳には、決意の光が宿っていた。
「分かった。あとは卒業式後だな」
紫乃とはクラスが違うので、話ができるのはここまでだ。
悔いが残らないように頑張ってほしい。
その気持ちを言葉に込める。
「健闘を祈る」
そう言って立ち上がり、階段をゆっくり下る俺に、
「だ、大介君、・・・ありがとう。頑張るね」
紫乃が、彼女にしては大きな声でそう言った。
俺は振り返らずに、片手を上げて応えた。
大介&紫乃とサトシは別の小学校です。
※1話目に別の学校だったという文章を足しています。
※2話目の頭にエピソードの追記をしています。
追記前に読んでくださった皆方、ごめんなさい;;