第6話 白の少女
「上月ユータ様、ですね」
「あっ」
上を見上げた俺は、さぞ滑稽な顔となっているだろう。口は半開きだし、何度も瞬きをしている。その瞬きの度に、目の前の映像は消えることなく鮮明になっていく。
女の子だ、ということはかろうじて認識できた。
汚れの無い、まっさらな純白の衣を身につけた少女が、まっすぐにこちらを見ていた。腰までのびる長い白髪の毛先が風で揺れている。外国の子、だろうか。肌の色も、透き通るように白い。
そんな、現実感すら薄れさせる白の中にいて、一際映える色があった。
朱だ。
彼女の瞳は、まるでルビーのように朱く輝いている。背景の空に溶けていきそうな白の中で、その朱だけが強く主張していた。
「あ。うん。そうだけど」
結果、俺は彼女の問いに間抜けな声で答えるしかなかった。
その答えに満足いったのか、少女は何度か頷いた後に言い放った。
「お話ししたいことがあります」
「お話?」
俺のオウム返しに、こくりと首を縦に振る。
「少々、お時間よろしいでしょうか」
俺と話がしたい、と申し出た少女を家に連れ帰ったのが数分前。
あのまま、あんな目立つやつと立ち話をしていたら誰に見られるか分からないと思って、家の近くだから招待したけど……この選択、よかったのか?
冷静で無かった俺は、頭が冷えてから後悔している。あいつもあいつで、素直に応じるもんだから、考える暇もなかった。
「それに」
また、忘れていた。
俺は誰かに襲われて入院していた可能性があるんだ。そんな状況の中で、得体の知れないやつを家に招き入れるって、どうかしている。
心臓が強く鼓動する。自覚したら、緊張してきた。呼吸も、おかしい気がする。
とはいえ、もう、家にいれてしまったのは事実だ。そして。
「受け入れなきゃ、ダメな気がするんだよな」
きっと、彼女は俺のもやもやを解消する何かを握っている。直感だけど、たぶん、確かだ。
俺は覚悟を決め、彼女の待つ部屋に戻ることにする。
「ずいぶんゆっくりされてましたが、用事はもう済ませたのですか?」
荷物を置いてくるから待っていてくれ、と伝えたからか、彼女は首を傾げてこちらを見上げていた。
「ああ、うん。まぁな」
その光景に、なんか頭からぷしゅっと何かが抜けていく音がした気がした。
彼女が待っていたのは和室だ。俺と母さんが住んでいるマンションの一室には、畳がしかれた部屋がある。
最初、リビングに案内したら、彼女はキョロキョロと周囲を見渡した後に「あちらがいいです」と要望を出してきた。そのときの俺は、あまり冷静で無かったから、「どうぞ」なんていってみたけど。
何で、そんなアンバランスなのに馴染んでるんだよ、こいつ。
彼女の見た目は、西洋人形のようだ。着ている白の服も、よく見たら洋装のドレスだ。遠目で見ると白いワンピースにしか見えなかったが、実際には細かい装飾がされていて、貴族のお姫様を思わせる。高貴さに気圧されるほどだ。
それなのに、だ。
緑の畳のうえで、ちょこんと正座をして待っている彼女は大変愛らしい。今まで感じなかったが、たぶん年下だ。その雰囲気は、幼ささえ感じる。そして、そんな和の空間の中にいる異物のくせして、排除されずに調和を保っていた。
いや、むしろ、映えてるか。消えそうな印象だった白が、はっきりと目に映る。
なんか、どうでもよくなってきたな。
「よかったら、どうぞ」
すっかり毒気を抜かれた俺は、彼女に煎れてきたお茶を差し出す。こくりと彼女が頷くのを確認して、彼女の前に座った。
「まずはユータ様。お時間をいただき、ありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げる。つられて、俺も丁寧に頭を下げてしまった。
「それでは、さっそくですが」
「ちょっと待って」
彼女の存在に慣れてきた俺は、その話を遮った。彼女は小さく首を横に傾けた。その表情は、本当に人形なのかと疑うくらいに動かない。
「はい、なんでしょう」
「君は何で俺の名前知ってるの?」
彼女は最初から、俺の名前を知っていた。少なくとも、こんな知り合いは記憶に無い。彼女は表情を動かさないが、どうやら納得したようだ。「なるほど」、と小さく呟いてから彼女は続けた。
「勝手ながら、病室で名前をあらためさせてもらいました」
「ああ」
なんか一瞬で理解できた。そっか、こいつ、俺が入院していた時にも一度会いに来たのか。たぶん、そのときの俺は、まだ意識が戻ってない。
「そして、失礼しました。名乗りもせずに。私も、相当緊張しているようです」
緊張? ほんとに?
やはり表情を変えずに、彼女は言った。よく見れば、膝の上に置かれた手がぎゅっと握られている。
それで、「私も」ということは俺が緊張しているのはバレていたのか。ちょっと恥ずかしい。
もともと姿勢のよかった彼女はさらに背筋を伸ばし、こちらを見た。俺もつられてビシッとする。
「私の名前はリィナと申します」
リィナ。
不思議な響きを持つ名前だな、と思った。
「私がこれから話すのは、貴方が巻き込まれたある儀式についてです」
「ぎしき?」
こくり、と小さく首を縦に振ってから彼女はふところから何かを取り出した。それを、畳の上に置く。
それを視認した瞬間、俺は目を大きく見開いた。
「こちらを、貴方はご存じのはず」
俺は、リィナに言われるまでもなく、ポケットに入れていたそれを取り出して、彼女が置いたそれと並べた。
「……同じ?」
リィナが取り出したのは、まさしく俺が病院で見つけたカードと同じものだった。
いや、厳密に言えば同じでは無い。縁のデザインはそっくりだが、中央に描かれている図柄が違う。俺が持っているのは、紅く揺らめく鳥の羽。
対してリィナが取り出したのは、金色に輝く数本の針だ。俺に向かってぎらり、と光った気がして背筋に冷たいものが走った。
「こちらはもともと、貴方を傷つけた者が所有していました」
「……はい?」
リィナの言葉の意味がわからず、俺は聞き返した。しかし、彼女は言葉を続けず、畳の上にあったカードを、また懐にしまってしまった。
俺も、渋々、カードを引き寄せた。
「順を追わねば、貴方も混乱するでしょう」
いきなりカードを見せて混乱させたやつが言うことじゃないと思うけどな。俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
どうも、よく分からないが彼女は本当に緊張しているようだ。色々と先走っている感じが、確かにする。
さっきの言葉も、俺に言うというよりも、自分へ言い聞かせてるんだ。ほら、今も、能面のまま視線を空にさまよわせている。
リィナは再び俺の方を見た。彼女を観察していた俺は思わず目をそらした。そんな俺のことは気にせず、リィナは話し出そうとして。
「さて、何からお話しすればいいんでしょうか?」
「俺に聞くな」
思わずつっこんでしまった。
もう、何でも良いからとにかく教えてくれ。たぶん、俺の知りたいことを彼女は知っているし、俺の不可解な状況を説明できるのも彼女だけだ。
ただ、この状態だと知りたいことまでたどり着くのに時間がかかりそうだよな。さて、どうするか。
「じゃあ、何で俺は血だらけで倒れてたんだ?」
とりあえず、俺は聞きたいことからたずねることにした。
「ああ、それなら」
ようやく話し出せたリィナから聞いた真実。それは、俺の運命を告げるものだった。




