第10話 意志は焔と成る
「どうやって!?」
俺の叫びに、そいつは笑った気がした。顔も分からない、得体の知れない、しかし、確かにそこにいると感じられる。
その同居人は、また意味だけが受け取れる言葉で俺に伝える。
『想像しろ、創造しろ。汝の敵は、彼の者に非ず。汝の敵は己の中にあり。想像しろ、創造しろ……』
壊れた機械のように同じ言葉を繰り返している。
想像と創造。音は同じでも、漢字が違うことが理解できた。
いや、理解ができてもわからんよ?
こう、もう少し手心を加えてください。初心者にする教え方じゃ無いです。
『想像しろ、想像しろ。創造しろ、創造しろ……』
俺の抗議は届かない。むしろ、強調するかのように音が大きくなる。俺の頭の中で、縦横無尽に走り回る声は正直うるさい。
それをするしかないってか。こうしている間にも、少年は近づいてきている。
やるしかないか。俺は、大きく息を吐いた。
「敵は己の中?」
どうしても、目の前の脅威を気にしてしまう。己だけを見るには……俺は、そっと目を
閉じた。
うわっ、こわっ。静かだから、まだ遠いのに足音が聞こえる。
「あれ?」
その音より、大きな音に俺は気づいた。心臓の鼓動。恐怖で高鳴るそれが、暗闇の中ではっきりと認識できる。
その心臓に注意すると、どうも血液とは違うものを送り出している感覚がある。
――貴方の精霊符、治療の術式の際に貴方の心臓と強く結びついています。
……もしかして、心臓にいるのか。本体みたいなのが。
俺の推測は合っていたのか、ポケットの精霊符が一際強い熱を発した。
その流れ、おそらくは精霊符からあふれ出る魔力。それを、未だに俺を拘束している足首の手へと向ける。全身から、熱いものが俺の意志で足に流れ込んでいくのを感じる。
不思議な感覚だ。気持ち悪くも無い。むしろ、高揚を覚える。
足に集まったそれは、ぐるぐると流動を始めた。ここまでは、おそらく順調だ。なんとなくわかる。
想像。
この手を振りほどけるほどの強さがほしい。単純にぶつけても、今の俺では足りない。一点に集中して、この固き戒めを破る。そうだな、例えば杭だ。あの灰色に、杭を打ち込んでやる。
創造。
固まったイメージが、頭の中で言葉へと変換されていく。まるで、パズルのように徐々に浮かび上がってきた。それが、はっきりと意味のある言葉へと生まれ変わったとき、俺は目を開いた。
近っ。
子どもは、目前に迫っていた。ただ、もう走り出したものは止まらない。俺は息を吸い込んで、叫んだ。
「『炎よ、戒めを貫く楔と成れ!』」
瞬間、紅い輝きが俺の足からほとばしった。
爆発的な炎。それが、俺の内から生まれ、灰色の手を貫く。コンクリートが、もとの形を思い出すように溶け出した。
パチン、と何かが弾けた音がした瞬間、俺の視界はぐるっと回った。
「どわっ」
拘束が解けた瞬間、噴出する炎が目標を見失ったんだ。その勢いで、俺は地面を転がった。回る視界、何が何だかわからないままアスファルトを転がり続ける。
「いってぇ……」
ようやく止まった時、俺は体のあちこちに痛みを感じた。ただ、痛いのなら生きている。生き残っている。
俺は手の擦り傷を一目見た後、何とか立ち上がった。
足下には、もう輝きはない。静かな夜が戻っていた。炎の熱さは残っているが、焦げたりとかそんなことはない。結構盛大に燃えた気がするんだけど、普通の炎とは違うんだろうな。
あ、ズボンの膝が破れてる。まぁ、裁縫で何とかなるレベルか。
前を見る。少し離れた場所で、少年が目を丸くして立っていた。初めて見る人間らしい表情に、少しだけ心が軽くなった。
「あはは、すごいすごい」
だが、すぐに光のない目に戻ると少年は手を叩いた。
「花火みたいだったよ、お兄ちゃん」
「そりゃ、どうも」
俺はあごを伝う汗をぬぐって、一息ついた。動けるようになったとはいえ、脅威は去っていない。
「やっぱり、お兄ちゃんも適合者だったんだね。じゃあ、もっと遊べるよね」
新しいおもちゃを見つけたかのように嬉しそうに笑う。相変わらず、目は淀んでるけど。
少年は、しゃがみ込んで地面に手をつけた。その手が、褐色の輝きをまとっている。今なら、わかる。あれは魔術行使の準備だ。今、あいつは創造している。
にこっと笑った後、少年は口を開いた。
「『おいで、僕の土人形』」
「ん?」
微かに地面が揺れる。地震か、そう思った瞬間に俺は息を飲んだ。
子どもが地面から手を離すと、アスファルトは隆起し、噴火する山のように盛り上がる。その噴火口から、俺をつかんでいたものと同じような手が現れた。
いや、手だけじゃ無い。その手は、プールからあがる時のように地面を押すと中から本体が飛び出てきた。頭の無い、人型のそれは少年の横でゆっくりと立ち上がる。
「いや、それは有りなのか」
それはギシギシと、こすれるような音を出して直立した。背丈は、二メートルほど。灰色の人形が、明らかに意志をもって俺の方へと歩き出した。ひび割れた腕、ゆらりゆらりと現実感なく、しかし、足はがっしりと地面を踏みしめて俺に向かってくる。
あんなのどうしたらいいんだ。さっきのでも精一杯なのに、あんなのを相手にするイメージなんて。なんか方法は無いのか。
「……いや、答えろよ!」
俺は思わず口に出した。先ほどまでうるさかった頭の中は静かになっている。体に流れていた熱も、今は感じない。心臓は、なぜか鼓動を落ち着かせている。
これは無理だ。俺はそう判断して、後ろを振り返り。
「うわぁ」
立ち止まった。
目の前には、無言で立ち尽くす灰色の人形。一体だけじゃなく、もう一体俺の背後に生み出していたんだ。
昔見た妖怪図鑑の塗り壁のように、俺の進路をそいつは塞いでいる。
「鬼ごっこはつまんないから。ほら、遊ぼうよ」
背中からの声に反応して、目の前の土人形は腕を振るう。横薙ぎのそれは、たぶん俺の体なんか粉々にするくらいの勢いで迫ってくる。
空気が重い。静まったはずの鼓動が、大きく響く。
ちかっ、と頭に映像が浮かぶ。
金色の針が、俺へとめがけて飛んでくる光景。あ、もしかして、これってあの夜の記憶? 今更思い出すのか。
死ぬ間際に、生き残る方策を探るために周囲がゆっくりになるって聞いたなぁ。それが、これか。あいにく何も思いつかないけど。
ああ、俺は死ぬのか。命の使い道が、こんなのでいいわけないんだけど、諦めるしかないのか。父さんに顔向けできない。
そんな諦めの局地で。風が、一瞬だけ舞い上がった。
「『我が双脚は鉛の如く』」
ゆっくりと死を待つ時間の中、それがはっきりと見えた。俺の視界に降り注ぐ、白い影。それは文字通り、土人形の腕を踏み抜いた。
大きな音に、意識の速度が戻った。
「ぷはっ」
ずっと止まっていた呼吸が再開する。
細かいつぶての煙が周囲を舞う。土人形は、腕を失ったせいで背中側へと倒れてしまった。その体が起こした風が、土煙を吹き飛ばす。
「ふぅ」
月明かりに、その白い髪が輝く。夜中出会っても、輝く朱が強い意志を感じさせた。その目に、俺が映る。能面のような顔が、口元が、少しだけほころんだ気がした。
「今度は、間に合いました」
息が上がって、肩が上下している。リィナはそれでも涼やかな声で、安堵の声を口に出したのだった。




