本音
顔を合わせた私と殿下の間には気まずい沈黙が流れた。
あの言い合い以降直接的に顔を合わせることなんてなかったので、今更何を話せば?ともやもやした考えが頭をしめる。
そもそも今までこんなふうに弱ったところを見せたことがなかったので、どうしたらいいのかがわからなかった。
「あー…。その、…気分はどうだ?」
「…普通ですわ。」
「そうか…。」
そしてまた訪れる気不味い沈黙。
どうして体調が優れないのにこんな重苦しい空気に耐えねばならないのか、と早く殿下と離れたくてベッドから降りてお父様達を呼びに行こうとするが、あまり食べていなかったことが原因なのか足元がふらついた。
倒れる…、とそう頭で理解したとき、バッ!と目の前に何かが飛び出してきた。
「大丈夫かっ?…無理はするな。」
飛び出してきたのは殿下の腕で、倒れそうになった私を抱き止めてくれたようだった。
がっしりとした腕に包まれて、思わずかぁーと顔に熱が集まる。だけどそれよりもこの腕で私以外の女も抱いているのかと思うと、胸が締め付けられた。
「…あ、…ありがとう、ございます…。」
いつもなら偏屈な言い方をするのに、今はそれだけ言うのに精一杯であった。
どうしてこんなに胸が苦しいのかしら。やっぱり何か重い病気にでも罹っているのね。殿下と婚約して10年、こんな思いしたことないもの。
初めて体験することばかりで、きっとストレスからくる病に自分は知らず知らずのうちに罹ったのだろうと自分の気持ちに蓋をして、殿下から離れた。
しかし、意外にも沈黙を破った殿下の言葉に私は目を瞬かせることとなる。
「…すまなかった。アイリスがそんなに思い悩んでいたとは知らずに…。俺はずっと自分のことばかりで。」
「い、いえ…。私も、言いすぎたところがありますので…。」
「だけど一つだけハッキリと言わせて欲しい。
俺は本当にリリアンヌとはただの友人で…、そのっ…。」
顔を赤らめ目を逸らす殿下にまだそんなことを言い張るのか、と自分の心の中で何かがひび割れるような音がした気がして、目を伏せた。最早殿下の言葉を聞くことすら億劫だった。
「そのっ…。こんなこと言ったら、減滅されるかもしれないが…、…リリアンヌには、アイリスのことを相談していたんだっ!」
……………は?
「…ずっと、婚約してからアイリスは俺というより、王子妃としての立場から王子としての俺しか見ていなかったから、どうにかして振り向かせたかったんだ。
だけど、誕生日や記念日に花を贈ってもアクセサリーを贈ってもどうせ王子妃になるのだから今無駄なお金を使う必要はないと断られるし、そんなことにお金を使うよりも民に回した方が賢明だと言われたので、それ以降贈るに贈れず…。
ならばと思ってデートに誘ったが今は王子妃教育と魔法の練習に忙しいからそんな時間はないと言われるしで、少しべそをかいていたんだ。」
…え?そんなことあったかしら…。…確かに婚約したての時は花束やネックレスなど貰った気がするが、あの時は王子妃教育が本当に大変で、しかも他のものよりも優位に立たなくてはならなくて、苦手な魔法も必死で覚えようとしていたから、あまり記憶がない。
「魔法学園に入る頃には王子妃教育も魔法習得もひと段落したと聞いていたので、今度こそ、と思ったが今までと同じように断られるような気がして…、な。しかも何だか俺ばかりが求めているようで悔しくて、冷たい態度をとってしまったんだ。」
なるほど?だから私が挨拶しても返してくれなかったわけですわね。
「そんなときに出会ったのがリリアンヌで、彼女は俺の悩みを一発で言い当てたんだ。しかも自分がアイリスと仲良くなるように協力すると言ってくれてな。自然な会話の仕方とか、盛り上がる話題とかを教えてくれて…。…そのっ、アイリスが俺を意識してくれるような、…その、…接触の仕方とか…っ。」
そう言って殿下は真っ赤な顔をプイと晒せた。
殿下の話を聞く限り、何だか私のことを好きだと言われているような気持ちになる。だけど婚約してから一度たりともそんなことを言われたことはないので、これはなんの弁明なんだ?と頭を悩ませた。
「子どもみたいなことをして、悪かった。もう、俺には愛想をつかしただろうか…。」
眉毛を下げてそう言う殿下に何が何だかわからないのでとりあえず核心となることを聞いてみる。
「あの…。何だか私のことを好いているような言い方ですが…?そんなことを仰らなくてもはっきりと言って頂いてよろしくてよ?」
殿下はリリアンヌさんを好きなのでしょう?ならばごちゃごちゃ言わないでそう言えばいいのに。そう思ってはっきりさせようとした私は殿下の一言に開いた口が塞がらなくなった。
「俺が好きなのはアイリス、っ君だけだ!」
「……は?」
「わかってる!わかってる!俺があんなことをしたから誤解をさせたってことは。だけど、本当なんだ。
10年前、婚約する前からずっと、好きだった。」
真っ直ぐな視線を向けられてそう言われると、途端にかぁーーーっと顔から火が出そうになる。
「まっ!待ってください!だって、…貴方様は、その…リリアンヌさんに、腕や身体を触ることを許していたではありませんか!」
「そ、…それは、…俺がいつもアイリスとダンスをするときに緊張してしまって、思うように動けないと、リリアンヌに言ったら、まずは自分で異性に触れることに慣れるといい、と言われて…。」
は?………はぁ?!
「なら、私がリリアンナさんに物申した時に私を責めたのは?」
「あれは、普通に友人を侮辱されたら誰だって怒るだろう。」
「はぁー?!」
「だ、大体アイリスだってエデュラスと親しくして、え、エディなんて、愛称で呼んでいたじゃないかっ!俺はいつも『殿下』としか言われないのにっ!」
「そんなことありませんわ。ユリウス殿下がいらっしゃるときにはきちんとアルベイユ殿下とお名前をお呼びしております。」
「名称がただついただけだろうっ!
それにあんなに止めたのにイディオに喧嘩を吹っかけるし、かと思えば師弟関係とか意味がわからない仲になって、俺には使ったことのない、あんな、砕けた喋り方で、名前も呼び捨てで、ずーっと一緒にひっついて回っているじゃないかっ!挙げ句の果てには俺には内緒で密会しようとしているしっ!」
「そっ!それこそ言い掛かりですわ!私は殿下の横に立って遜色ないように魔法を完璧に学ぼうとしただけですし、イディオを鍛えているのもこの先貴方を守るための盾として強くなってもらわねばと思っただけですのよっ!」
お互いが叫ぶように言葉を吐き出して、はっ、はっ、と息を弾ませると、目が合い、自然と笑みが溢れた。
「ふっ、ははっ!」
「ふふふっ!」
「何やっているんだろうな俺たち。」
「ふふっ。そうですわね。」
互いが互いのためにした行為でこんなことになるなんて誰が思う。
「改めて言わせてくれ。俺は一人の女性として君を、
アイリスを愛している。」
「ふふっ。私も殿下を…、
アルベイユ様をお慕いしておりますわ。」
私達は婚約して十年、初めて自分の気持ちを伝えあった。
昨日投稿し忘れてしまいました!
楽しみに読まれていた皆様大変申し訳ありません!




