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キモいんです

「やあ、おはよう。ミス・クレマン。

今日もキレイだね」


「おはようございます。

キモ…ラモール様、昨日お願いしていた書類、

提出して頂けました?」


「いやだなミス・クレマン、キミとボクの仲じゃないか。そんな紙切れ一枚のために朝の交流のひと時を

仕事の話で台無しにするものじゃないよ」


「どんな仲なのか存じませんし、

紙切れ一枚ではなく重要書類15枚なのですがね、

一向に提出して下さらないのでわざわざ朝イチで

お願いに伺っているのですが?」


「あぁ……仕事のために熱くなるキミも本当に素敵だ……!早くボクの求愛を受け入れてくれ……!」


キモっ


ダメだこいつ。


一体ここに何しに来てるんだ。


こんなアホが魔法省の役人なんて度し難いわ!


間違いなく縁故採用のクチでしょ、

こんなやつ。



わたしはこのところ毎日続く同じ部署の同僚、

キモール…じゃなかった、ロダン=ラモールとの

やり取りに辟易としていた。


「ところでミス・クレマン、

今夜一緒に食事でもどうかな?キミが普段入れない

ようなレストランに連れて行ってあげるよ」


「何がところでなのかわかりませんが、

お断りいたします」


「何故だい?そうかわかった、気後れしているんだね。大丈夫だよ。キミにとっては敷居が高いかもしれないが、ごく普通のカジュアルな店だからね」


ホントこいつムカつく。


でもこんなのでも貴族だし、


同じ部署だし同僚だし、


殴ったり蹴ったりしては今後の仕事に

支障をきたすかもしれない……。


我慢、我慢……。


わたしは鉄壁の武装、アルカイックスマイルで

キモール氏に告げた。


「申し訳ありません。わたし、婚約しましたので、

彼以外の男性と食事には行けませんの」


先日の再婚約をさっそく利用させて貰った。


だってコイツ、交際の申し込みを何度断っても

全然聞き入れてくれないんだもの!


男慣れしていないから

照れてるんだね、とか


ボクが男爵家の息子だから

気後れしてるんだね、とか


身寄りがないから

遠慮してるんだね、とかもう!


照れてもないし気後れもしてないし

遠慮もしてないわっ!!



でもさすがに婚約が決まったとなると

諦めてくれるだろう。



「……ミス・クレマン」


「はい」


「ボクの溢れる愛を受け止めきれないからって

嘘を()かなくてもいいんだよ」


「はい?」


「キミに恋人どころか縁談が一つもない事は

調査済みなんだよ。そんな急に婚約なんて決まるわけがないよ」


は?今、調査って言った?


いやもうホントにキモいんですが……。



「急に決まる婚約もあるんです」


「またまたぁ!とにかく今日、仕事が終わったら二人で食事しながらゆっくり将来の事を語り合おう」


「語りません!語りませんから!」



そう言ってわたしは思わず逃げ出した。


魔法省法務局のフロアをずんずん歩いて行く。


目的地があるわけではない。


でもとりあえずキモールのいる部屋には

戻りたくなかった。


婚約が決まったと言ってるのになぜ聞き入れて

くれないの?


嘘だなんて……やっぱり実物を見せなくては

いけないのかしら?



……ダメだ。


期限付きの婚約者の存在を職場の人に

知られたくない。


期限が切れてフラれた暁にはなんて噂されるか……。


………職場の人に知られなくても、


しばらくは王都にいたくないかも。



「………決めた」



わたしは目的地を定めた。


向かうは直属の上司、オリバー=デビス氏の

オフィス。


お給料を貯めて購入した

お気に入りの靴の硬質な靴音を響かせて、

わたしは法務局のフロアを闊歩した。




ワルター=ブライスと再婚約を

結んで早1週間。


それ以降、向こうからなんの連絡もない。


まぁ形だけの再婚約で、しかも期限付きなら

出来るだけ接触しないで済ませたいと

思っているんだろうな。


迷惑だとわかっているので当然こちらからは

連絡するつもりはない。


もうこのまま顔を合わさずに

再婚約辞退になるのかもしれないけど、


その後の事も考えて、手は打っておこう。




コンコンコン

ドアを3回ノックする。


ややあって中から返事が聞こえた。


「はい、どうぞ」


わたしは静かに扉を開ける。


「失礼します、おはようございます。

ミスター・デビス」


「やぁおはよう。

あの後どうなった?ちゃんと()婚約者の彼と

話が出来たかい?なかなか話を聞く機会がなくて、

気になってたんだ」


デビス氏は柔らかな笑顔で出迎えてくれた。


デビス氏はわたしが魔法省に入省した時からの

上司で、

なんとなく雰囲気が亡き父に似ているためか

なんでも話せてしまう……。



「ご心配をおかけしてすみません。

……彼もこの婚約は受け入れ難いと。

でもやはりすぐに辞退は出来ないので、

ある一定の期限付きで婚約を結ぶ事になりました」


デビス氏はプライベートな事をベラベラ喋る

人柄ではないので、わたしは思い切ってこの婚約が

期限付きであると打ち明けた。


「えぇ!?……そうなの?…二人とも結婚したくないんじゃ、それしか方法はないか……?」


えぇ~とか

うーん……とか言いながら、

デビス氏は顎に手を当てて考え込んでいる。


「ミスター・デビス」


「なんだい?」


「以前、打診されていた地方の法務局への長期出張、お受けさせていただきます」


「えぇ!?確か以前は断られたよな?

どういう心境の変化?」


「心境と環境の変化によるものです」


「……そう、か……。

半年後に出向だけどそれでいいのかい?」


「半年後であれば、

再婚約の辞退を申し出るのにも良い頃合いかと」


「うーん……そうかもしれないけど。

ホントにいいのかなぁ……」


結論を出し渋るデビス氏に

わたしは念押しで頭を下げる。


「お願いします」


「……わかったよ。でも後悔のないようにな」


「ありがとうございます」


そう感謝の意を告げて、


わたしはデビス氏のオフィスを後にした。



これでよし。


これで再婚約解消後に地方で

ワンクッション置いてから王都に戻れば

身辺も落ち着くだろう。



その日は心配事が一つ消えたおかげか

テキパキと仕事が捗った。


魔法省の館内に業務終了の鐘が鳴る。


お役所なので、一定の部署以外は定時で帰れるのだ。


今日はわたしも残業なく帰宅出来る。


今日の晩ごはんは何にしようかな?


シチュー?

グラタンもいいな♪

帰りに市場に寄って、本屋にも寄って……。

なんてルンルンで魔法省の正面玄関から出ようと

したその時、目の前にロダン=ラモールが

立ちはだかった。


……忘れてたっ!!


断ったけど、

こいつの中では食事の約束をした事になってる

はずだっ!


どうしよう、裏口から出れば良かった……。


「ミス・クレマン、そんなに食事を楽しみに

してくれていたんだね。さあ、行こうか」


ほらぁぁ……!


わたしは意を決してキモールに言った。


「キ…ラモール様、食事にはご一緒出来ないと

お断りしたはずですがっ?」


こうなったら裏口へ走るか。


わたしは鞄をしっかり握り締め、

少しずつ後退りをする。


それを感じ取ってか

キモールがわたしの手を掴んだ。


「気後れしなくていいと言っただろう?

ボクが馬車までエスコートするよ」


そう言ってキモールは

わたしの手を引いて歩き出す。


「ちょっ……離して下さいっ」


「その店はね、美味い肉を食べさせてくれるんだ」


は、話を聞いてないっ!!


もう殴っていい?


殴っていいよね!?


わたしが拳に少量の魔力を込めたその時、

誰かが凄い力でわたしの腕から

キモールの腕を引き離した。



「………っ!」



バランスを崩して倒れ込むキモールを他所に

その人がわたしを引き寄せる。


身を寄せた瞬間、

見知った香りがわたしの鼻孔をかすめた。


この香り、

以前と変わらない。

シダーウッド……彼の愛用のコロンの香りだ。



わたしはその人の名を呼ぶ。



「………ワルター」



「遅くなってゴメン。リス、迎えに来たよ」



泣きたくなるくらい懐かしい愛称でわたしを呼ぶ

ワルター=ブライス。



なぜ彼が今ここに?


わたしは戸惑い、


ただ彼の顔を見つめる事しか出来なかった。

























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