もう一度戻りましょう
わたしの肩書きはアデリオール王国魔法省勤務の魔法書士だ。
魔法書士とは魔力の継承による法的手続きとか
魔法に関する法律全般を請け負う、いわば魔法のソフト面でのなんでも屋だ。
対して魔法のハード面を担うのが魔術師や魔術騎士だろう。
わかりにくいと思うが簡単に説明すると、魔#法__・__#でソフトで魔#術__・__#がハードである。
ごく簡単な生活魔術が扱える程度だけど、わたしにも微量に魔力がある。
そのおかげで両親が相次いで亡くなった後に
遠縁の子爵家に引き取られ、教育を受けさせて
貰えた。
そして魔法書士の資格が取れ、魔法省に勤務する事も出来た。
わたしを引き取ると決めてくれた母方の遠縁にあたる、ジョージおじ様が亡くなられるとすぐに家を追い出されたけど路頭に迷う事もなく、今まで生きてこれた。
まぁ婚約が破棄になったからそんな目に遭ったのだけれど、今となってはどうでもいい事だ。
わたしは直属の上司であるオリバー・デビス氏(38)に元婚約者から告げられた王命について話をした。
その上でこの王命に従わなくてよい術はないものか教えを乞うた。
デビス氏はこう言った。
「うーん……それはホントに今更な話だよなぁ。陛下は良くも悪くも一本気な方だから……」
「なんとかこの婚約を回避する方法はありませんか?」
「既にお下知が下されたとなるとなぁ。
直ぐには無理じゃないかなぁ」
「元婚約者もそう言ってました……」
わたしが項垂れてそう言うと、デビス氏はさらに痛いところを突いてくる。
「下知が下った時点で元ではなく、現婚約者だな。手続きも既に済まされてるんだろう?」
「……ソウデスヨネ」
わたしはなんの感情も籠もらない声で言った。
「まぁ結局は君たち本人次第なんだから、もう一度ちゃんと現婚約者の彼と話し合った方がいいだろうね」
「わかりました……ありがとうございます。あの……この事は……」
「わかってるよ、正式に決まるまでは他言無用にしておく」
「重ね重ねありがとうございます……」
ハァァァ……と盛大なため息を吐いて、わたしは上司の仕事部屋を後にした。
そうね、
実のところ彼が本当はどう思っているのかまだちゃんと聞いていないわね。
ほぼ2年ぶりに直接対面した事と、彼が口にした言葉がにわかには信じられなくて取り乱してしまったけれど、彼自身の気持ちを聞かされたわけじゃなかった。
「王命だから仕方ない」ただそれだけだった。
……ちゃんと話し合ってもそれだけだったりして。
◇
わたしは仕事帰りに彼を訪ねて王宮魔術騎士団の詰所に立ち寄った。
面会の申し出の書類に自分の名前と、面会希望者である彼の名前を記入する。
“ワルター・ブライス”久しぶりにその名を書き、
改めて彼の存在を認識した。
なんとも言えない複雑な気持ちが込み上げてくる。
二年前にあっさりと関係を断たれ、二度と関わる事のない人になったのだと、ようやく受け入れられたというのに。
それが何故またこんな事になっているんだろう。
書類を出して面会室に通される。
ここで彼が…ブライス卿が来るのを待っていればいいという事ね。
案内してくれた騎士がわたしの事をジロジロと見る。
……少々不躾じゃないかしら?
そりゃ、彼がいつも侍らしている
ご令嬢達とは毛色が違うでしょうよ。
まぁいいわ。
わたしは特上のアルカイックスマイルでその騎士に礼を告げた。
その笑顔を見た騎士が、なぜか急に慌て出す。
「……い、いえ、ごゆっくり……!」
顔を赤らめながらそう言って、騎士はそそくさと去って行った。
わたしは面会室に置かれている椅子に腰かけて彼を待つ。
だけどしばらく待ってもワルターは来ない。
アポなしで突撃して来たんだし、騎士の仕事はお役所と違って規則正しくはないから仕方ないか。
暇を持て余したわたしは、待合室の周辺を散策してみることにした。
歩いていると、ふいに話し声が耳に届く。
数名の男性の談笑。それだけなら何も思わず通り過ぎただろう。
だけど「ワルター」という名前と「婚約者」という単語を耳にして、自分に無関係な事ではないだろうと声がした方へそっと意識を寄せた。
丁度こちらは壁に隠されて、向こうからは見えない位置だった。
近くに寄ると、鮮明に話し声が聞こえた。
「しかし、陛下にも困ったものだな、今さら再婚約だなんて」
おそらく騎士であろう1人が言った。
それを他の騎士が窘める。
「おい、滅多な事を言うなよ」
「なんだよ、ホントの事だろ?なんで一年近く経った今、そんな事を言い出すのか理解出来ない。
スミス、お前だってそうだろ?」
「……それはそうだけど、でも元婚約者は既に別の男と婚約を結んでいるからどうしようもないよ」
他にも例の当事者がいるのか。
そう思ったわたしの耳に、再びその名が飛び込んできた。
「ワルターもさ、再婚約を言い渡されたんだろ?相手は遠縁の子だったっけ?」
わ、わたしの事だわっ……
「……ああ」
「マリオン・コナーもさぁ、魅了魔術に手を出すような稀代の悪女だったけどさー、それ以上に魅力的だったもんなぁ。術が解けたからといって、じゃあまた元通りに…って地味な女に戻れないよなぁ?」
「彼女は……「でもまぁ王命じゃ仕方ないよな。しばらくは従っといて、時期を見てやっぱり無理です~と王命の返上を願い出ればいいんじゃないか?」
え?そんな事が出来るの!?それって許されるの!?
「すぐに返上してしまうと、陛下の顔に泥を塗るような形になって出世に響くからな、適当な頃合いで理由を付けて辞退すればいい。それまでは我慢して元婚約者に付き合ってるふりでもしとけばいいさ」
「…………」
否定しない。
彼は、その同僚(?)の意見を否定しなかった。
つまり、それが彼の答えなんだろう。
わたしはそろりとその場を離れ、面会室に戻った。
そうか……
ワルターはそういうつもりだったのか。
今すぐ辞退出来ないなら、頃合いを見て再婚約を辞退するつもりだったのか……。
出世に響くから。
以前の彼ならそんな事はしないと思えたが、魔術学校に入ってからの彼と、わたしの知らない二年間の彼がその考えを否定してくる。
そうか、そうだったのか………
それなら、そっちがそのつもりなら、
こちらもそれを利用させて貰おうじゃないの。
どうせ期限付きの婚約者ならその間に縁談避けにして嫌なアイツを追い払える。
そしてまぁ……拗らせたままの初恋の昇華にちょこっとお付き合い願いましょうか。
なんだ。
どうしようどうしようと思い悩んで損した。
最初から期限付きのつもりだったのか。
それなら初めにちゃんと最後まで話を聞いとけばよかったな…………。
どのくらいそうしてぼんやりしていたんだろう。
ようやくわたしが待つ面会室にワルターが現れた。
「待たせてすまなかった。たった今、キミが訪ねて来てくれている事を知ったんだ」
長い事お友達と話し込んでましたもんね。
あの詰所の騎士もヤキモキしたでしょうよ。
わたしはとりあえず微笑んでおいた。
独り立ちして、わたしが最初に身につけた武装だ。
大概の事は微笑んでやり過ごす。
「いえ、こちらこそ突然押しかけてごめんなさい。先程のお話のお返事に参りました」
わたしのその言葉を聞きワルターが一瞬、拳をぎゅっと握ったのをわたしは見落とさなかった。
大丈夫ですよ。
あなたの思惑にお付き合いしますよ。
期限付きでね。
もう一度、婚約者に戻りましょう。
わたしは極上の笑顔で彼にこう告げた。
「王命なら仕方ないものね。再婚約、謹んでお受けします」




