シュザンヌ=ベイリー公爵令嬢
新しい法務局の局長、ベイリー公爵令嬢シュザンヌ様に呼び出しを受けたわたしは緊張した面持ちで局長室のドアをノックした。
ややあって一人の女性がドアを開けた。
30代くらいの生真面目そうな女性。
おそらく彼女が局長主席秘書官のミス・ドルク
だろう。
「法務書士課のシリス・クレマンです。お呼びと伺い、参りました」
「どうぞ」
ミス・ドルクは端的に告げて、わたしに入室を促した。
入ってすぐの部屋は秘書官さん達の部屋らしい。
そしてその隣に応接室と、一番奥に局長室がある。
わたしは応接室に通され、そして高級そうなソファーに座るように指示される。
「すぐに局長が来られます。ここでお待ち下さい」
これまた端的に告げられてわたしは軽くお辞儀をした。
ミス・ドルクが退室した後、勧められたソファーに腰を下ろす。
な、なんて座り心地のよいソファーなの……!
座面に張りがあるのにフカフカな座り心地。
沢山働いて帰っても、このソファーに座ったら一発で疲れが取れそう。
いいなぁいつかこんなソファーが欲しいなぁ……とうっとりしながらソファーに見惚れていたら、ガチャリと応接室のドアが開いた。
はっと我に返ってドアの方を見ると、そこにはもの凄く美しい人が立っていた。
ベージュブロンドの髪に翡翠色の瞳。
百貨店のディスプレイでこんなお人形を見た事がある……!と内心、感動してしまうほど綺麗な女性だった。
この方が局長のシュザンヌ=ベイリー公爵令嬢で間違いないだろう。
わたしは直ぐさま立ち上がり、新しい局長にお辞儀をした。
ベイリー局長がわたしに言う。
「どうぞ、お座りになって」
こ、声まで美しいっ……!わたしはこれまた感動に打ち震えた。
え?
元王太子殿下ってばいくら魅了に掛けられたとはいえ、この方を振ったの?
こんな美しい人を妻に迎えられていたというのに?
わたしは今、見た事も会った事もない元王太子殿下に心の底から同情をした。
逃した魚はマーメイド……。
元王太子殿下……いやモーガン公爵、ご愁傷様です……。
わたしが脳内でこんな考えを繰り広げていると、マーメイド…じゃなかった、ベイリー局長が話し出した。
「局長に就任しました、シュザンヌ・ベイリーです。よろしくお願いします」
美しいだけでなく謙虚!
「法務書士課のシリス・クレマンです。よろしくお願い致します」
わたしがそう名乗ると、ベイリー局長は柔らかく微笑まれた。
「シリスさん、とそうお呼びしてもよろしいでしょうか?」
よろしいも何も……!
「もちろんです」
「では私の事はシュザンヌと」
「えぇっ……!?そ、そんな滅相もございません!平の魔法書士が局長をファーストネーム呼びなどと……!」
「良かった……」
「へ?」
ファーストネーム呼びなどとんでもない事だと
慌てるわたしに、ベイリー局長は花のかんばせを綻ばせた。
「魔法の仕事に就いた事もないような女が急にやって来て局長の椅子に座るなんてふざけるな、と思われてるかもしれないと心配していたの。でも貴女からはそんな感情は感じられないから……」
「そんな、ふざけるなだなんて。
わたしのような女の身で働く者に取りましては、高位令嬢でありながら職業婦人の道を選ばれたベイリー局長は希望の星、まさに突然現れた期待の新星ですっ」
はっ、いやだわたしったら、やけにムキになっちゃって恥ずかしい……!
でもベイリー局長はそんなわたしに、尚も優しい眼差しを向けてくれている。
「あなたは真っ直ぐな方なのね。シリスさん、どうかプライベートな時は私の事をシュザンヌと呼んで欲しいの。……勝手にだけど、私は貴女に親近感を抱いていて……」
「親近感、ですか?」
「共に婚約者に婚約破棄を突きつけられ、その後魔法に携わる仕事に就いたから……ごめんなさい、不愉快よね」
「とんでもない、事実ですから……。では二人だけの時はシュザンヌ様とお呼びさせていただきます」
「良かった……!ありがとう」
そう言って、シュザンヌ様は再び微笑まれた。
うっ……!眩しい……!
モーガン公爵ホント、バカ。
「……勤務中にゴメンなさいね。でもこの後、引き受けて欲しい仕事があるの。それまで少しお話ししても大丈夫かしら?」
「はい。今は急ぎの案件も抱えておりませんし、これも仕事なのであれば。問題ないかと」
その時、ミス・ドルクがお茶を運んで来た。
絶妙なタイミングですね。
さすがは主席秘書官、仕事が出来る。
結婚をせずに職業婦人を続けておられると聞く。
失礼ながらわたしは勝手に彼女をお手本にさせて貰おうと思った。
お茶をひと口含まれた後に、シュザンヌ様は仰った。
「シリスさんには元婚約者だったワルター・ブライスとの再婚約の王命が下ったと聞いたけど、本当なの?」
「はい本当です。……あの、シュザンヌ様とモーガン公爵にもそのような命が……?」
わたしのその問いに、シュザンヌ様は少し困ったような顔をされて微笑まれた。
「わたしとクリストフ様…モーガン公爵とは流石に無理だと陛下もわかっておられるのでしょう、私達にそのような下知はなかったわ。もし、そのような下知が下っても、辞退したでしょうけど……」
「そうですか……」
そりゃそうよ。
わたしとワルターでさえなんで今さら感が拭えないのに。
衆人環視の下に晒された婚約破棄劇場の後で、魅了に掛かってたんだから仕方ない的な感じで元通り、と言われても受け入れられないわよねぇ。
「シリスさんは、その…再婚約を受け入れたの?」
聞き辛そうに逡巡しながら、シュザンヌ様はわたしに尋ねた。
一瞬、どのように話そうか迷ったけど、正直な気持ちを最小限に告げた。
「……受け入れました。でも、半年後にはどうなっているかはわかりません」
「それは……どういう事……?」
シュザンヌ様がわたしにその真意を尋ねようとされたそのとき、ミス・ドルクが告げてきた。
「失礼いたします。局長、お見えになられました」
「……わかりました」
「?」
お見えになった?
怪訝に思うわたしに、シュザンヌ様が向き直す。
「シリスさん、先ほどお願いしたい仕事があると言いましたよね?」
「は、はい」
「実は……今日、新しく就任された魔法大臣が来られるのです……」
「はぁ……魔法大臣……大臣…ってええっ!?」
それって、シュザンヌ様の元婚約者様ではないですかっ!!
「い、今からお会いになられるんですか?」
「ええ……」
「婚約破棄以来だったりして!?」
「魅了解術後、一度だけ……でも一瞬でしたから……」
「大丈夫ですか……?」
「わかりません……」
「ですよね……」
わたしもワルターと婚約破棄以来初めて顔を合わしたとき、平常心ではいられませんでしたもん。
「が、頑張ってください……」
「シリスさん、仕事です」
「はい?」
「私と一緒に大臣の出迎えをお願いします」
「……はい?……はいぃっ!?」
「お願いします……!」
ええぇっ!?
な、なぜわたし?
なぜわたしがぁぁ!?
っと、思っていたら、すぐにその理由を知る事となる。
モーガン公爵の護衛として魔術騎士団から派遣されている騎士の一人に、ワルターの姿があった。




