法務局の新局長
「え?もう来たの?早すぎじゃない?もしかして家ってすぐ近所なの?」
わたしは自分で呼び出しておいて、ワルターのあまりにも早い到着に驚いていた。
「…っだって……ハァハァ、いきなり念書鳩を寄越して、すぐに来いなんて言うから何かあったのかと思って‥‥ハァハァ」
ダッシュで走って来たのか、ワルターは膝に手をついて肩で息をしている。
ちなみに念書鳩とは魔術で形作った鳩に手紙を持たせて相手に届けるという魔術の一種である。
魔力を持つ者なら大抵は扱える簡単な魔術である。
「あぁゴメン、ゴメン、だって今日はこの区間の溝掃除の日だから」
「……へ?溝掃除?」
「そう、溝掃除♪もちろん、手伝ってくれるよね?病める時も健やかなる時も、だもんね?」
「それは結婚式の時の誓いの言葉だけども……まぁいいよ、もちろん手伝うよ」
「そうこなくっちゃ」
◇◇◇
「………で、そうやって毎回呼びつけては、やれ近所の清掃だのやれ特売日だのに付き合わせていると……」
わたしのアパートに遊びに来た友人のステフが
ジト目でわたしを見た。
「そうなの。何故か毎回走ってくるの。いい加減、碌でもない用事だとわかってもいいのにね?」
「あんたがソレ言うの……?」
「だってイヤなら断ればいいのよ。それなのに律儀に手伝うのよ」
「でもシリス、あなた初恋の昇華をしたいんじゃなかったの?これじゃ婚約者同士らしい事何もしてないじゃない」
「え?溝掃除や特売日の買い出しは?」
「婚約者同士のする事じゃないわよ」
「あはは」
まぁこんなのまだ序の口ですわよ。
「ったく……まぁあなたがいいならそれでいいけど。今日来たのはちょっとした情報を手に入れたから教えとこうと思って」
「ちょっとした情報?」
ステフのその言葉に、わたしは前のめりになって話の続きを待った。
ステフの実家、ラーモンド家の情報網はホントにすごい。
「今度の人事移動で、法務局局長と魔法大臣が一新されるわよ」
「え?二人も同時に?」
「この人事、国王陛下の肝入りらしいから。なんと法務局局長にはベイリー公爵令嬢が就任されるらしいわ」
ベイリー公爵令嬢といえば……
元王太子殿下の婚約者だった方で、魅了に掛けられた殿下に衆人環視の下で婚約破棄を突きつけられたお方よね。
……同じ婚約破棄された身としても、わたしは精々家族の前だけだったけど、大勢の前で……というのはキツイなぁ。
「ベイリー公爵令嬢シュザンヌ様はかなりの高魔力保持者らしいわよ。その特性を活かして魔法省に勤められる事になったみたい。なんでも本当は昔から魔法に携わる仕事がしたかった……とかで。でもそれでいきなり局長なんて、さすがは公爵家の威光ね。まぁ尤も、王家は今は公爵家に対して頭が上がらないわよねぇ」
ステフはなんとも愉快そうに話す。
「それでね、ここからが今回の人事の真骨頂よ。新しい魔法大臣は、な、な、なんと!元王太子のモーガン公爵らしいの!!」
「えぇっ!?」
「その反応が見たかった!!」
ステフはパァンと自分の膝を叩いた。
元殿下に掛けられたのは王族でも、そして超が付くほどの有能な魔術師でも抗えないような
強力な魅了魔術だったらしい。
太古の強力な魅了魔術の一つで、マリオン・コナーは自らの臓器の一部を呪物として捧げ、術を手に入れた。
術の出処は公表させていない。
かなりヤバい組織らしいと、先日魔法省で噂されているのを耳にした。
魔力売買にも関わっているとかで、魔法省と騎士団が協力して調査に当たっているとか。
しかしマリオン・コナーよ……。
そこまでして王太子妃の座が欲しかったのか。
でも魅了に掛けられるような状況を作り出したのは元殿下ご自身。
加えて公爵令嬢を人々の前で辱めた……。
その責を負って、王位継承権を返上して
臣籍に降りられたらしい。
当然といえば当然だけど。
絶対君主制国家の我が国としては珍しい顛末だという。
その際に無報酬でよいので、と魔法大臣のポストを熱望されたとか……何故?
「国王陛下は息子たちに甘いからね。責を負って臣籍に降りる事は致し方ないとしても、何か一つは願いを叶えてやりたいと思った……と、宰相閣下に言っていたと小耳に挟んだわ」
……ラーモンド家の小耳は大耳でしょうよ。
「まぁ王妃様がせめてケジメとして無報酬でいいと自ら言ったのだから、ただ働きでやりなさいと珍しく口を挟まれたそうよ」
王妃様の発言まで大耳に挟んだの!?
……この国で一番怖いのは魔力売買を疑われる悪の組織ではなく、ラーモンド家なのでは
ないかしら……。
いつもわたしに関わる情報を教えてくれる頼もしい友人に、心から感謝した。
それから数日が過ぎ、ステフの言っていた通り
魔法大臣と魔法省法務局局長の新しい人事が
公表された。
まぁわたしが大臣にお目にかかるような事は滅多に……いや全く無いだろう。
精々新聞で見るくらいか、何かの式典の際に有り難いスピーチを聞くぐらいだろう。
しかし法務局の局長となると話は別だ。
わたしの職場のトップに立つ人だから。
いやでも一介の平魔法書士と直接話をするような事はまずないか、と思っていたら……。
「ミス・クレマン、局長がお呼びらしいよ。キミ、何か不始末でも仕出かしたのかい?」
と、キモールが告げてきた。
「きょ、局長がっ!?」
な、何故……?
わたしは慄きの表情を隠せないまま、局長室へと向かう事にした。
「ミス・クレマン、凄くユニークな顔になっているよ、そんな表情も素敵だね」
キモール、うるさい。




