ピリオドを打つつもりだったのに
玄関には3ヶ月ぶりに顔を見る
ボリスの姿があった。
わたしは玄関のチェーンを掛けたまま、
少しだけドアを開けて対応した。
「……新聞なら要りません」
「新聞勧誘じゃねぇよ」
「あんたはわたしの家、出禁にしたからね」
「うっ……あの時は……ホントにゴメン、
ちょっとどうかしてたんだ……」
「イヤ」
「即答かよっ」
なぜ3ヶ月前、ボリスの顔を引っ叩き、
出禁にしたかには訳がある。
3ヶ月前にもこうやって、
ボリスは突然ウチを訪ねて来た。
そして半年前、わたしと婚約破棄した後
すぐに卒業したワルターがそのまま王宮魔術騎士団の近衛騎士になった事を報告してきた。
まぁその事は実はステフに聞いて知ってたんだけどね。
問題はその後、
ボリスが唐突に交際を申し込んできたのだ。
わたしはもう、それはもうホントに驚いて
思わず紅茶を零してしまったほどだ。
ステフからもしかして…的な話を聞いて
半信半疑でいたものの、いざ本人に目の前で言われると戸惑ってしまう。
わたしが狼狽えながら零した紅茶を拭いていると、
ふとすぐ近くに影が落ちた。
何だろうと見上げるとそこにはボリスの顔が……。
あろうことかボリスがわたしに
キスをしようとして来たのだ。
次の瞬間には
わたしは無意識にボリスの顔を張り倒していた。
つい、ね、無意識なんだからしょうがない。
そしてそのままボリスを家から追い出した。
だっていきなりなんて、それも無理矢理なんて
許せない。
ボリスも女に顔を叩かれた事がショックだったのか言われるがままに帰って行って……そして今が久々の対面となる。
「また張り倒されに来たの?」
「酷ぇな。あの時は本当に魔が差したんだよ。
焦り過ぎたっていうか……」
「あなたねぇ、一歩間違えたら犯罪だからね?
……それで?今日は何?」
「話があって」
「玄関で話して」
「立ち話!?井戸端会議じゃねぇんだぞ」
「あらいやだ奥さん、
あなたは出禁だと言ったでしょ」
わたしがそう言うと、ボリスは不貞腐れてそっぽを向いた。
「……このすぐ近くにカフェがあるからそこで待ってて、着替えてすぐに行くから」
そう言ってわたしは問答無用でドアを閉めた。
聞き耳を立てていると歩き去って行く足音が
聞こえたから、了承したに違いない。
とにかくこの家にはステフしか入れないと
決めたのだ。
わたしは部屋着を着替えてすぐにカフェへと向かった。
ボリスが既にコーヒーを飲んで待っていた。
わたしはウェイターにお茶を頼んで
ボリスの向かいに座った。
「コーヒー、飲めるようになったのね。
苦いから嫌いだって言ってたのに」
「いつの話だよそれは」
そんなに前の話じゃなかったと思うなぁとは
言わないでおいた。
「それで?話って?」
わたしが尋ねると、ボリスは逡巡して、
それから話し出した。
「兄貴が魅了っていう魔術に掛けられていたらしい」
「あ、その話、丁度さっき友人から聞いたの」
「じゃあ知ってるのか」
「まぁ…だいたい?」
「兄貴が目を覚さないって事も……?」
「………」
「そうか……」
沈黙がわたし達を包む。
ボリスがボソリと言った。
「フレディ兄さんがシリスなら兄貴を
目覚めさせられるかもしれないって」
「無理よ。何故フレディ様はそんな事を?」
「だよな、無理だよな、今更だし」
「でも目覚めて欲しいとは思ってるわ、心から」
わたしのその言葉にボリスは小さく息をのむ。
「シリスは……やっぱり兄貴の事が好きだったのか?」
ボリスのその言葉に今度はわたしが息をのむ。
「………」
そんな事ないわよ、
バカね何言ってんの?、
冗談じゃないわよあんなヤツ、
そう言えればどれだけ良かったか。
でもどうしてもわたしの口から
その言葉たちは出てくれなかった。
「兄貴が婚約者に決まった時、嬉しかった?」
わたしは俯きながら静かに頷いた。
「婚約破棄された時、悲しかった?」
俯いたまま、また頷く。
「……今でも、まだ兄貴の事を?」
それには頷きたくなかった。
せっかく忘れようとしているのに、
また振り出しに戻りそうだから。
でもわたしの沈黙の意味を
ボリスは理解したようだ。
「っ……くそっ」
苦しそうに吐き出したその声と
コーヒー代を残して、
ボリスはそのまま店を出て行った。
これが告白の答えになったのだろう。
ボリスには申し訳ないけど、これでいいのだ。
ワルターへの想いは燻ったままでも
もう忘れると決めたけど、
だからといってまだ他の人と恋愛する気には
なれなかったから。
それに、ボリスの事はどうしても弟のように
思えてしまう。
ごめんね、ボリス……。
それからの日々は
職場と家とを往復する日々だった。
でも心の中でワルターが目覚める事を
祈り続けた。
目を覚ましてワルター。
せっかく夢を叶えて魔術騎士になったんでしょ。
魅了に侵されながらも
騎士適性試験には実力で合格したんでしょ。
わたしは夢を叶えたわよ。
だからあなたも………。
ワルターが目を覚ましたという知らせをステフから受けたのは、話を聞いてから半年後、
わたしの19歳の誕生日だった。
まだ魅了に掛かっていた時期の記憶の整理が
上手くいっていないそうだけど、
後遺症もなく身体面では何も問題はないそうだ。
本当に良かった……。
まぁ誕生日プレゼントととして
受け取っといてあげるわよ、ワルター。
これからよ、
わたし達の人生はこれから。
お互い頑張りましょう。
そう考えて、わたしはこの一連の過去に
ピリオドを打ったつもりだった。
それなのに……
それなのに!
まさかそれから半年後に再婚約を結ぶような
王命が下るとは思いもよらなかった。
ワルターは罪滅ぼしをするつもりで
わたしの目の前に現れたんだろう。
まぁいいわ。
これからの半年間は
思う存分、振り回して差し上げますからね。
濃いぃ半年間にして、
お互い思い残す事なく、
今度こそ別々の人生を生きて行きましょう。
ワルターくん、お覚悟を。




