第49話「天を目指す」
【前回までのあらすじ】
・そもそも『無限ホットドッグ』って何だよ
宗聖「はっはっは」
アイン「……」
宗聖「はっはっはっは」
ヘルツ「……」
宗聖「あーはっはっはっは!」
男「うるせぇ!!」
──邪無とマーガレットのパン工房で"あんぱん"を美味しく頂いた男達が次に向かったのは、遠く東の山脈にある秘寺・宗聖寺。別れ際、邪無は再度深くお辞儀をすると、男に言った。『長老様であれば、貴方の異能のことを知っているかもしれないし、きっとその力の正しい使い方を導いてくれるでしょう』。そのような理由で、男は世話になった僧の中でも、長老に会うことを目的に宗聖寺へ向かった。
さてしかし、馬車では長い道のりも、移動魔法を使えばほんの数秒……という訳にはいかなかった。魔法は際限なく使える神の力などではなく、人間の叡智の結晶である。それは、細胞が生み出す"魔素"と人族が生み出す"想像"を、言葉という媒介によって世界に具現化させる術。故に、体内の魔素量が減ったり、疲労やストレスで集中力が減退すると、途端に使えなくなってしまう。
ただでさえ高等魔法に分類される移動魔法。その魔素消費量は移動距離に比例して指数関数的に増加していく。そんな魔法を一人で三人分使うのだ。いくら魔素量と体力が人間より多い鬼人でも、移動できる距離は一日数百キロに留められた(パン工房程度の距離ならば一度の使用で到着できるが)。結局、男達が宗聖寺まで移動し終えたのは数日後だった。
男『さて、長老はどこに居んのかな?』
宗聖『久しぶりじゃな、法洞』
男『うぉッ!何で印の!?』
宗聖『ここ儂の寺』
早速、宗聖を探そうとする男。しかし、宗聖はまるで彼が来ることを知っていたかのように、男達の前に現れたのだった。
宗聖『まぁ立ち話もなんだ。話ならお茶でも飲みながら聞いてやろう』
トントン拍子に客間に案内された男たち。羊羹と緑茶で一息ついたところで、男が事情を一通り話したところ、宗聖の大爆笑を引き起こした所で冒頭に戻る。
男「ったく、真面目な話を笑うのは酷いんじゃないか、長老?」
宗聖「失敬。いかにも猪武者なお主らしい最期だと思っての」
男「まだ終わってねぇよ」
宗聖「まぁそうだが。しかし法洞よ、お主は何故その味王とやらに言ってやらんかった?『私は宗聖寺にて修行仕った。そこで得られた貴重な経験は今や私の血肉となり、決して無駄なものではない』と。さすれば、味王もお主の旅を"失敗"の一言で片付けるようなことはせんかっただろうに」
男「けど、結局俺は味王の求める"ホッドッ”を作れなかったんだ。味王にとっちゃ、重要なのは俺が作った料理であって、その過程なんて知ったこっちゃない。だから失敗なんだ」
男の言う通り、選考会の評価基準は『味王』。これは絶対であり、味王は"料理"のみを判断材料に評価する。だからこそ、味王は男の旅路さえも失敗と断じたのだ。「それが味王という王だ。仕方ないとも思うが、だからと言って納得もできねぇ」
宗聖「なるほど。それ故、儂の説教を受けにここへ帰ってきたという訳じゃな。であれば、儂の答えは先の通りじゃ。月並みじゃが、どのような旅であれ、経験は決して無駄にはならんからの」
男「いや、説教はいいです。それより……」宗聖「怕無や印奈ではなく、わざわざ儂に会いに来たのには、他に理由があってのことだろう?」
男「……なんで分かったんです?」
男の眉間に皺が寄る。宗聖に会いに来たとは今日一度も言っていない。しかし、長老はお茶を一口啜ると、彼の疑問には答えないまま話を続けた。
宗聖「大方、お主の不思議な力についてじゃろう。邪無から何を聞いたのかは知らんが」
アイン「もしかして、アンタも方術って奴を使えるのか?」
話していないはずのこちらの事情を言い当てていく長老に、つい声を出してしまったアイン。すると、彼は「あのような仙人と一緒にされては困る」とアインに苦言を呈した。
宗聖「儂は人間じゃ。これは"通"。人間も長い時を生きていると、こういう力に目覚める」
ヘルツ「邪無様の言ってた通り、未だ知られていない力が世界には沢山あるんですね」
宗聖「その通り。自分が世界の中心かのように物事を見てしまうのは、人や神仙の傲慢じゃの。そもそも方術とは……」
よほど兄と同列に扱われたくないのか、彼は方術と"通"の違いを事細かに説明を始めた。簡単に言えば、方術は神仙が世界を自在に操る為の力であり、"通"は世界を観、悟りに至る為の力である……らしいが、やはり男にはあまり理解できなかったようで、ただ小首を傾げるばかりであった。
男「結局、俺の力は方術なんですか?」
宗聖「いいや。お主のそれは方術でも、まして"通"でもない」
男「はぃ?」
ヘルツ「え?」
アイン「ん?」
思わず素っ頓狂な声を上げる三人。まさか、あれほど「はいはい、全部分かってましたよ」的な雰囲気を全面に醸していた邪無の仮説が全部間違っているとは。
男「じゃあ、これは一体何なの?」
暫くの沈黙の後、宗聖はおもむろに口を開いた
宗聖「全ての結果には原因がある。しかし、結果から原因を遡ることは難しいものじゃ。桶を売って儲けた桶屋は、それが大風のおかげだと気づくに及ばず。その結果の原因は、時代や国を越えた所……いや、もしくは我々の認知など及ばぬ所にあるのかもしれん」
アイン「つまりは知らねぇってことだな」
宗聖「平たく言えばそうじゃな」
ヘルツ「それでいいんですか?」
宗聖「儂も法洞が下山した後色々と考えたがの、結局は生み出された『ホッドッ』と同じじゃと考えることにした。美味で腹を満たせられれば、それで善し」
ヘルツ「……たしかに。どうやって作られたにせよ、ホッドッが最高の食べ物ってことには変わりはありませんね」
男「しかし、一転して答えが分からないとなると、釈然としねぇな」
宗聖「別に全てを知る必要などなかろうて。お主も邪無から問われるまでは、その力がどこから来たのかなど、気にもしていなかっただろう?」
男「そう言われると……そうかもしれないな」
結局、宗聖に諭されて、男は『ホットドッグ無限生成』に対する判断を停止することにした。自分の異能が何なのか、解答を急ぐ必要など無いと判断したのだ。どちらにせよ、使えば旨い『ホッドッ』が生まれ、腹を満たしてくれることに変わりはないのだから。
男「じゃあ、この力の使い方みたいなのも、分かんねぇよな」
宗聖「使い方?どういうことだ?」
男は続いて、邪無から伝えられたことを宗聖に打ち明けた。『ホットドッグ無限生成』を飢えに苦しむ人の為に使えばどうだと勧められたこと。そして、宗聖にであれば、それに良い助言をくれるだろうということ。
宗聖「全く……邪無の奴め。手の焼ける弟子じゃわい」しかし、彼は男の話を聞くと、やれやれとため息をついた。「あやつの言い分は分からんでもないが……お主はどうしたいのだ?」
宗聖曰く、確かに無限に湧く食糧を飢える民に分けるというのは善い考えだが、しかし、結局それを実行するかどうかは男の意志一つである。覚悟と力があれば実行すれば良し、それらを伴っていなかったり、意志がなければやるべきではない。
宗聖の話を聞いた男はしばらく悩んでいたが、やがてこめかみの辺りを掻きながら答えた。
男「いやぁ、俺も昔は貧乏だったからよ、飢えの経験はあんだ。だから、同じような奴らに、腹いっぱい食わしてやりたいっつー思いはある」男は少し頬を赤らめながらも口を動かし続けた。「この力を使えばいくらでもホッドッを生み出せる。だから、今このタイミングでこういう話が出たということは、それをすべきという天啓なんじゃ無いかとか、この為に、俺はこんな能力を与えられた……なんて」
「法洞」男の語りは、しかし、宗聖に依って遮られた。語気こそ落ち着いてはいたものの、芯の通った声だった。「それは自惚れだ。飢える人に食糧を与える。その考えは尊い。だが、それは決して天啓ではないし、自分はその為に力を与えられたなどと、都合良く解釈してはならん」
宗聖「池泉の鯉は、その鰭で天に登ることはできぬ。当然だ、鰭は水を掻くものであって空を翔くものでは無い。それなのに、お主はまた鰭で天を目指そうというのか」
宗聖「その異能でお主は、宮廷の料理人になることも、飢えた人々を救うことも出来ぬ。反対に、異能を使わずとも、宮廷の料理人になることも、飢えた人々を救うことは出来るだろう。なぜなら、そう言った結果の原因は、全てお主の意志と行動にあるからだ」
結局、男は宗聖から説教を受けることになった。だが、その説教は、決して男を否定するものではない。能力というものが事物を解決に導くという因果を無視した誤謬を否定するものであった。
宗聖「異能によって起こる結果は、ホッドッが掌に生まれる、ただそれだけだ」
男「結局、俺にできるのは……屋台でホッドッを売ることってか」喉を潤すようにお茶を飲む宗聖を見て、やっと説教が終わったと見た男は深い溜め息をついた。「大陸を横断して、オーナーと同じことを聞く羽目になるとは」
アイン「よかったじゃねぇか。それほど姉御は、お前のことをよく分かってたってことだ」
項垂れる男と、その背中をバシバシ叩くアインを見て、宗聖はからっと笑った。
宗聖「はっはっは。なぁに、滝を登りきった鯉は龍に成れるとも言う。因果応報、人の腹を満たす為にホッドッを作っていれば、やがて報われるじゃろう」彼はそう言うと、男の前に一枚の銀貨を置いた。「まずは、儂にそのホッドッを一本売ってくれんか。喋り疲れて腹が減った」




