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第48話「腹が減ってる奴には飯くらい出してやれ」

アイン「掌(てのひら)から『ホッドッ』?アンタ、何を言ってんだ?」



 邪無「言葉通りだ。そちらの彼は、何もないところから『ホッドッ』を生成できる」邪無はそう言うと、三人に見せるように掌にパンを出現させる。焼き立てフカフカの「まるで、このようにな……コレは単なる"錬成魔法”によるパンの焼成だが」



  男「なな……何故それれを?」



 邪無「魔道士の観察眼を甘く見てもらっては困るな。事実、私は目の前でその光景を見ている。貴方が地下室でウォーにホッドッを与えた時だ──それはたしかに、"何もない"空間から生み出されていた」



ヘルツ「魔法なのでは?……"取寄魔法(アポート)"や"召喚術(サモン)”など……方法は色々と」邪無に反論するヘルツだったが、男のアホ面が視界に入ると、悔しそうに目を伏せた。「いや、普通、一般人は魔法を使えませんか」



  男「ちょっと、俺が隠れた超高等魔道士の可能性だってあるだろ!?」



アイン「はい、じゃあ問題。7×8は?」



  男「えっと、56?」



アイン「58だよアホ。お前にゃ魔道士は無理だ」



ヘルツ「56で合ってますよ」



  男「アインさん、アホなのによく研究者名乗れますね」



アイン「あ?アホって言う奴がアホなんだが?」



  男「ほら、やっぱりアホじゃないですか」



 突然始まったアホ同士の掛け合いに邪無は怪訝な顔になる。彼は知らぬ者など居ない超高等魔道士、自分を訪ねてきた恩人とその友人の愚かさへ言及などしない。だが、このままアホみたいな会話を続けられたのでは話が進まない。「ん゛っんん」彼は咳払いをして、話を横道から戻す。



 邪無「……どちらにせよ、魔法ではありえない。魔道士にとっては基礎的なスキルだが、私達は魔法を使った時の魔素の動き……魔力とも言い表されるがね、それを感じ取れるだろう?あの時、彼の周りに魔力は全く感じ取れなかった」

 

 

 彼は魔法では無いかというヘルツの論を否定すると、男に視線を戻す。考えるに、男は意識して自分の異能力(ちから)を隠している。その理由までは思い至らないが、しかし、邪無は研究者として、未だ見たことのない男の異能力への知的好奇心を留められなかった。



 邪無「恐れる必要はない。私は知りたいだけだ──あわよくば自分の仮説との一致を求めてはいるが──それだけだ。貴方や、その異能力をどうこうするつもりはない。望むのなら、機密魔法(フィデス)でも使って、これからする話はこの応接間だけに留めよう」



 「いいかね?」邪無がアインとヘルツにそう訊ねると、二人は二つ返事で頷く。機密魔法(フィデス)は情報漏えいを防ぐ高等魔法。これで、応接室に居る男以外の三人は、彼の異能についての情報を口外できなくなった。「これで、貴方の心配していることは起こり得ない」



  男「……この力は、『ホッドッ無限生成』」邪無がその旨を伝えると、男は三人を見回し、この異能力を手に入れた経緯をおもむろに話し始めた。「……酒場で知らないおっさんに貰ったんだ」



ヘルツ「なんで知らないおじさんから貰っちゃったんですか?」



  男「なんか……おっさんの趣味らしくて」



アイン「趣味悪ぃな」



 その後、男の話がホッドッでボロ儲けした所まで及ぶと、邪無は彼に一つ訊ねた。「一度、力を見せてもらってもいいかな?」



  男「え?まぁ、いいけど」



 邪無に言われ、男はなんとはなしにホッドッを生成する。「マジだったのか」「すごい……ホントに魔力を感じません」しかし、初めて見る異能に驚く二人とは別に、邪無だけは何か納得したような笑みを浮かべた。



 邪無「なるほど。これは魔法ではなく……方術(ほうじゅつ)に近いものかもしれんな」



ヘルツ「方術?」



  男「なんだそれ?」



 邪無「仙術や神通力とも称される、神仙の使う人知を超えた力だ。宗聖寺で修行していた頃、何度か見たことがある」



  男「仙人……あぁ、俺もある!修行してたら、なんか仙人が現れて筋肉モリモリさせられた!数日で元に戻ったけど!」



 邪無「……まぁ、私はそのような経験は無いが、知っているのなら話が早い」邪無は、恐らくは当たっているのだろう彼の仮説を話し始めた。「酒場に現れたのは老人の姿に顕現した仙人の類だろう。仙人や神は不可思議で不条理な存在だ。気分で人を助け、気分で人を死に至らしめる。趣味と称して、そのような意味不明な異能力を押し付けたと考えても不思議ではない」



ヘルツ「す、少しよろしいですか?……邪無様は神や仙人など、そんな伝説を信じておられるのですか?」ヘルツがそのように訊ねるのも無理はない。一般人にとって神や仙人など想像上の存在だ。大魔道士である邪無が、当たり前のようにそれらが存在することを前提に話していることこそ、ヘルツにとって不可思議であった。



 邪無「鬼人(オグレス)がそれを言うとはな」邪無は、ヘルツの反論が予想外だったのか、少し眉をあげた。「たった数百年前であれ、君達鬼人族は人間にとって『人食い(カルニヴァラス)』の化物(フリークス)であったのだ。今の君の言葉は、その伝説(へんけん)を打ち壊し、人間と同じ種であると解明し、分類し、他種族との平和的統合を成し遂げた先人達の努力を踏みにじるように聞こえるがね」



 何が琴線に触れたのか、彼の反論はまさに怒涛の勢いであった。「す、すみません……」口を滑らせた彼女は速攻で後悔した。魔道士という立場である為か、ヘルツに対する邪無の態度は厳しかった。



 邪無「それに、別に私は科学主義者(モノセスト)では無い。"魔力"、"重力"、"電磁気力"……過去の人間によって解明されている"力"以外に、自然界には未だ多くの作用が働いていると考えるのは、おかしいと思うかね?」



ヘルツ「い、いえ……おかしくはないです」



 さて、ヘルツが魔導学院の担当教授に詰められた時のことを思い出す一方、その小難しい会話を聞いていた男は、こそこそとアインに訊ね事をしていた。



  男「アインさん、重力って知ってる?」



アイン「知らん。アレだろ、重いんだろ。重いやつは力も強いからな」



  男「なるほど」



アイン「しかしよぉ。お前、そんな能力を何で今まで黙ってたんだ?」



  男「男の掌から生み出される謎のパン食いたいか?」



アイン「いや、なんか怖ぇし食いたくねぇ」



  男「それだよ」



 またしてもアホみたいな会話をし始めた男とアイン。すると、ヘルツが邪無からのダメ出しから逃れるように、二人の会話に割り込んだ。



ヘルツ「でも、ホッドッの美味しさが十分に伝わった今、特に隠す必要も無いのでは?」



  男「ダメだ駄目だ。無限に生み出せると知られたら、ホッドッが売れなくなるか、端銭(はしたがね)で買い叩かれるのがオチだからな」



 邪無「しかし、生み出した『ホッドッ』をただ売るだけではなく、もっと活用できる方法もあるのではないか?」話を脱線させてしまったと思ったのか、邪無は少し恥ずかしそうに咳払いをした。「例えば、世界各地には未だ戦争が絶えず、飢えに苦しむ人々が多くいる……そのような者の為にその異能力を使うというのは?」



 邪無の提案に、男はハッとしたように息を飲むと、顎髭を弄び始めた。「あー、なるほど。そうか……考えたこと無かったな」



 彼の性格に鑑みると、「そんな儲からないことやってられねぇよ」とでも言いそうなものだが、この話に限っての彼は素直だった。彼の脳には「腹が減ってる奴には飯くらい出してやれ」という、女オーナーの教えが根付いているのだ。



 邪無「……妻がパンを作り始めたのも飢えた人を救う為だった。美味しいパンを食べて、生きる幸せを感じて欲しいと、彼女は言っていたよ」



 邪無が机上に飾られた彼の妻の写真を手に取り、彼女について語り始めたその時だった。



 マガ「はーい!美味しいパンが焼き上がりましたよー!」話が再び横道に逸れる直前、マーガレットが焼きたてのパンを持って応接室に入ってきたのである。「……あれ、どうしたのですか?なんだか神妙な雰囲気ですけれど」



 邪無「いや、なんでもない。私が少し難しい話を挟んでしまったようだ」邪無はそそくさと写真を机に伏せると「さぁ、お客様にパンを」とマーガレットを促した。



 マーガレットが言われた通り三人の前にパンを配る。提供されたパンは小麦色にこんがりと焼き上がった丸パンだ。しかし、触感はブールとは違いもっちりとしている。



  男「初めて見るパンだな」



ヘルツ「甘くて芳ばしい香りですね。こちらは?」



 マガ「この前、商人の方から小豆餡(あんこ)という甘味(かんみ)を頂いたので、それをパンで包んで焼いてみたんです。どうぞ、召し上がって下さい」



 マーガレットに勧められるまま、三人はそのパンを口に含める。ふかふかとした柔らかい食感、ほんのりとしたパン生地の甘さ、そして具材となる小豆餡(あんこ)の上品な甘さが絶妙な調和(マリアージュ)を醸している。



  男「旨ぇ!こりゃあ売れるぞ!」



 マガ「そうですか?よかったです。本当は、饅頭(マントウ)という蒸しパンに包むらしいのですが、製法が分からなかったもので」



アイン「ちょっと、これおかわり無いか?もっと味を知りたい」あまりの美味しさにパンをペロリと食べきってしまったアインは、図々しくもマーガレットにおかわりを要求する。そんな彼を呆れたようにヘルツがたしなめる。



ヘルツ「ちょっとアインさん。はしたないですよ」



 マガ「いえいえ……『おかわり』だなんて、料理人にとっては最上級のお言葉ですわ。しかし困りましたわ。なにしろ試作品なので、人数分だけしか……あ!」



 マーガレットは何かを思い出したのか、バタバタと応接室を出ていくと、やがて一体のパンゴーレムを連れて帰ってきた。



 一号「ドウモオ客様ガタ、本日ハオ日柄モ良ク……」



 マガ「仰々しい挨拶は抜きですわ、一号(アン)」



アイン「な、なんだコイツ……人じゃねぇのか?」



 いきなり現れた等身大の、勇敢さの中に優しさが溢れる丸顔のパンを持った人形のゴーレムに、アインは度肝を抜かれたようで冷や汗を垂らす。



 邪無「私が生み出したパンゴーレムだ」邪無は端的に説明をすると、マーガレットに訊ねた「マーガレット、また改造したのか?」



 マガ「だって、どうせなら美味しいパンの方がいいでしょう?今日はこの子の核(コア)も小豆餡(あんこ)にしてみましたの」



 マーガレットがそう言った瞬間、パンゴーレム一号は何食わぬ顔で自身の左腕を引きちぎった。血飛沫にも似たあんこが飛び散る。



アイン・ヘルツ・男「」



 一瞬のうちに起きた凄惨な光景に三人は絶句。しかし、そんな反応などお構いなしに、パンゴーレムはにっこりと微笑みながら、アインにちぎった腕を差し出した。



一号(アン)「サァ、私ノ腕ヲオ食ベ」



アイン「……いや、怖ぇよ!!」

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