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第4話「エルフさんは笑わない」

【前回までのあらすじ】

①王様に『品がない』と正論言われる。

②おっぱいオーナーにも正論言われる。

③王宮出禁。宮廷料理人にもなれず。

「らゃっせー。熱々の『ホッドッ』いかがースかー、っせー」



 宮廷料理人選考日から数日が経った。しかし、男は当然の如く宮廷料理人にはなれず、さらに向こう一年王宮への立ち入り禁止を言い渡された。その為、ホットドッグスタンドは今日も通常営業。ランチも過ぎ、束の間の空き時間であった。



「ね~ぇ~、プリンちゃ~ん。聞いてる~?俺さぁ~、王様に『品がない』って言われちゃったのよ~?酷くなぁ~い?」



「人を見る目がある王様じゃないスか。この国の将来は安泰スね」



 さて、ここで今明かされる新事実。ホットドッグスタンドには一人だけバイトが在籍していた。常に気怠げな雰囲気を醸しているプリン頭の色白エルフ娘、通称プリンちゃん。エルフ族の例に漏れず、すこぶる顔立ちは麗しいが、常に黒ジャージと健康サンダルという残念美人である。しかし、勤務時間内はそれなりに働いてくれるし、男のゴミみたいな軽口にも付き合ってくれる良い子でもあった。



「ちょっと~、それどういうこと~?『あらあら、うふふ……店長ったら甘えんぼちゃん。頭ナデナデしてあげるわ』くらい言ってくれてもいいじゃない?」



「頬ビンタしていいスか?」



「ごちそうさまです!!」



「……あ、お客さん来た。店長、『ホッドッ』おなしゃす」



──元々、男がバイトを雇うことにした理由は二つある。一つは、客数の急増にホットドッグ生成が追いつかなくなった為。「異能:ホットドッグ無限生成」は、なにも無敵のスキルではなく、もちろん弱点がある。それは『ホットドッグのイメージに集中が必要』だということだ。



 日々の積み重ねによって、正確なホットドッグをイメージし、生み出すのに10秒かからないほど成長していた男だが、それでもランチ時の長蛇の列をさばきながら金勘定とホットドッグ生成を繰り返すのは、なかなか神経がすり減る作業であった。かと言って作り置きはしたくなかった。客には生みたて熱々のホットドッグを食べてもらいたい。そんなジレンマの解決策として浮かんだのが、売り子バイトの雇用であった。



 もう一つは、売上げアップの為。いまさら言うまでもないが、男には品がない。見た目からして半グレである。そんな胡散臭い男からホットドッグを渡されるのと、たとえ営業スマイルと分かっていようと女性店員が接客してくれるのでは、集客率・リピート率は大きく異なってくる。このような目論見(もくろみ)もあって、男は見目麗(みめうるわ)しいエルフ娘・プリンを売り子にしていたのだが、一つ問題が発生していた。それは……。



「ありゃしたー」



「……プリンちゃん。もうちょっとスマイル作れない?」



「無理っす。これがMAXす」



 プリンちゃんの表情筋が完全に死んでいるのである。瞼も半開きで、やる気が全く感じられない。こんな無愛想な接客では、女性店員との事務的なやり取りだけが生きがいのおじさん達が悲しみに暮れてしまうし、それ以外のお客さんの受けもよろしくない。『ホッドッ』が旨すぎる為、スタンドが街でも随一の人気店であることに変わりはないが、売上の伸び率は芳しくなかった。



「まぁ、君のそのアンニュイな雰囲気も、一部の層には人気なんだけどね。やっぱり大事なのは一般受けなんだよ。笑顔が嫌いな人は居ないじゃん?」



「文句あるなら他の女の子雇えばいいじゃないスか」



「プリンちゃん以外の子は大抵3日で三行半(みくだりはん)を叩きつけてくるんだよ、理由はよく分かんないんだけど」



「その理由が分からないところが理由でスよ」



「まぁ、そういう訳で、多分プリンちゃん以外に売り子やってくれる子はもう現れないと思うから、君には最低限一般的な接客技術を身につけてほしいわけよ、俺ァね」



「めんどくせぇスね……」そう言いつつも、彼女は男の方に振り返った。なんやかんやで男の話に耳を傾ける程度のやる気と罪責感はあるようだ。「それで、人間の接客技術ってのはどんなスか?」



「接客の基本は『笑顔』・『挨拶』・『身だしなみ』・『言葉遣い』!その中でも重要なのが、『笑顔で挨拶』だ!『いらっしゃいませ』!『ありがとうございました』!言葉ははっきり丁寧に!」



「たりぃっス」



「たりくない!全然たりくない!これは俺が『サンサーラ』で働いていた時、オーナーに言われまくったことなんだから!ほら、にっこり!」



 男が白い歯を見せて、にっこり笑顔の手本を見せる。核の炎に包まれた後の世界にいる武装モヒカン集団のような、バイタリティ溢れるスマイルだ。



「店長って笑顔すらゲスいんスね」



「俺のことはいい!今は自分のことに集中するんだ!はい、にっこり!」



 男が手を叩くと、躊躇(ためら)いながらもプリンは口角を上げる。「い、いらっしゃい、ませぇ~」慣れていないので、頬の辺りがフルフルと震えている。なんともまぁ、わざとらしく、ぎこちなく、可愛らしい笑顔だ。男は思わず手で口を覆った。



「あら~、あらあら、いいじゃな~い?すっごく可愛いわよぉ!」



「いきなり口調どうした?」



「思ったとおり、ジト目キャラの笑顔は三倍増して輝いて見えるわね!」



「……あぁ、ダメ。この顔10秒もたない」しかし、慣れていない笑顔は相当キツイかったのか、彼女の顔はすぐに元の仏頂面に戻ってしまった。「やっぱり無理っスよ」



「こんなことで諦めちゃダメよ!」



 だが、男は彼女が諦めることを許しはしなかった。エルフなだけあり、彼女は非常に高いポテンシャルを秘めている。まともな接客技術と愛想を覚えさせれば、集客効果は抜群なものになると男は信じていた。



「大丈夫、屋台の接客なんて10秒もかからないから!少しずつスマイルを増やしていけばいいのよ!最初は余裕がある時だけでいいわ!でも、言葉遣いはいつも丁寧にね!」



「いや、そんだけで変わるわけないっしょ……つか店長、口調……」



「アンタの信じるアタシを信じなさい!」



「店長を信じたことは無いス」



 さて、男がこれほどまでにプリンの接客技術にこだわる理由は味王に指摘された『品位』を手に入れる為だった。傍から見れば、今のホットドッグスタンドは半グレ男とヤンキー女がクソみたいな接客で運営している品性の欠片もない屋台なのだ。



 男はなんとかそんな現状を変え、ホットドッグを味王に認められるほどの『品位』のある食べ物に仕立て上げ、こんどこそ宮廷料理人として認めさせてやろうと画策していたのである。そして、その(あかつき)にはあのたわわな双丘を……。



──それから約一ヶ月後。プリンの予想を大幅に裏切り、『ホッドッ』の売上は前月比500%を達成した。



「……ウソでしょ?」会計係でもある彼女は帳簿の金額が信じられず、なんども計算をやり直した。だが、彼女の計算は最初から完璧だった。



「やはり俺の算段に狂いは無かったようだな」



「どういうことスか?」



「男なんて可愛い女性店員に笑顔を向けられたらイチコロってことだよ」



「計算式単純すぎない?」



「いいか?神は二種類の人間を作った。単純な方を"男"。複雑な方を"女"と名付けた。聖書にも書かれている言葉だ」



「聖書って何?」



「よし、この調子で接客の質をどんどん上げて客を増やすぞ!」



「え、また何かすんスか?もう十分じゃない?」



「いや、まだまだ!こんなんじゃこの店の品の悪さは改善されない!」



「品が悪いのは9割方店長のせいでスよ」



「次に正すのは『身だしなみ』!プリンちゃんの黒ジャージ姿も、それはそれでアリだが少し野暮ったい!」



「でもウチ、ジャージ以外持ってないんスけど」そう言ってプリンは服を引っ張った。



「そんなプリンちゃんの為に!この1ヶ月間、俺はこの店の制服案を練りに練っていたのだ!」待ってましたと言わんばかりに、男は荷台から白いエプロンを取り出した。「そして、ついに完成したのがコレ!メイド・バイ・酒場のマスター!」



「思ったより普通じゃん」そのエプロンは、多少のフリルがあしらわれているものの、特段変わったところは無く、奇抜な衣装を着せられると思っていたプリンは少し安堵する。「これを着ければいいの?」



「はい!!今日からこの店の制服は、『裸エプロン』です!!」



「あぁん?」眉間に皺が寄るプリン。だが、男の勢いは留まることを知らない。



「接客の基本、最後は『言葉遣い』!であるからして、俺のことは『マスター』か『ご主人様(オーナー)』とお呼びなさい!はい、せーのっ!!」



「バイト辞めます」



 プリンはエプロンを思いっきり地面に叩きつけると、スタンドに背を向けて歩き始めた。



「お疲れ様した」



「ちょっと待ってよぉぉぉッ!!?」しかし、こういう時の男は繁華街のキャッチ並みにしつこさを発揮する。彼はプリンのジャージの裾を掴むと、素早く土下座の体勢をとった。「なんで!?何が悪かったの!?」



「だってこれもう一般向けの接客とかじゃないじゃん。ただの店長の趣味じゃん」



「でもさ、あれだよ!?俺も裸エプロンになるんだよ!?」



「だからなんなんだよ。殺スぞ」



「ちょ、プリンちゃん!言葉遣い悪くなってるわよッ!?」



「あ?」およそ、その端正な顔から発せられるとは思えないドスの効いた声とともに、彼女は地面に伏す男の頭を踏みつけた。恐らく、日頃から溜まっていた男に対する鬱憤が裸エプロンによって爆発したのだろう。嫌な爆発である。「誰が悪くしたと思ってんの?」



「ッ!!……すみませんした!お給料を倍にするから、これからもここで働いて下さい!お願いします!」



 これは予想以上に危機的状況であると察した男は、誠心誠意をもって謝ることにした。男にとって誠意とは即ち金であった。こういうところが『品がない』と言われる所以(ゆえん)であるのだが、男が男である限りそれに気づくことはないだろう。



「えっマジっ!?」だが、誠意は無事プリンに伝わったようだ。『給料倍』という単語を耳にした瞬間、彼女の顔は、今までに見たことが無いほど無垢に輝いた。



「わぁ、今までで一番いい笑顔」



 結局、男はプリンを引き止めることに成功し、給料が倍になった彼女は、いつも明るく優しいニコニコ笑顔の優良売り子(客前のみ)へとスキルアップを果たしたのであった。スマイルは無料ではなかったのである。



 しかし、接客技術は多少改善されたものの、これだけでホットドッグの認識を改めるほど、味王は甘くないだろう。女オーナーに勝つ為、男は再び次の一手を考えるのであった。

Tips10:「エルフ族はみんな目が死んでる」とプリンは主張するが、長年の風俗通いで男はそれが嘘だと知っている。ただ、どうでもいいので反論はしない。


Tips11:エルフの見た目年齢=人間の見た目年齢✕10 くらいの感覚。


Tips12:エルフは髪染めとかしない。

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