第3話「王様にホットドッグを食べさせてみる」
【前回までのあらすじ】
①ホットドッグ爆売れ
②原価ゼロでウハウハ
③ついに宮廷料理人の切符を掴む
「貴公が『ホッドッ』なるパンを作るという料理人か」
「ははぁ!その次第であります、何卒何卒」
選考会当日、宮廷に招聘された男は、応接間へと通された。そこでは、既に味王が柔らかそうな椅子にふんぞり返り、料理人が来るのを待ち構えていた。
味王の風貌は、男の想像よりもシンプルだった。王様というのだから、頭には王冠を戴せ、きらびやかな色のコートを羽織り、宝飾たっぷりのマントをはためかせているものだと勝手に思っていたが、実物は違った。頭には何も載せず、まっしろな薄い衣を纏っただけの簡素な部屋着姿──というより、もうバスローブである。
「まぁまぁ、それほどかしこまらんでもよい。今日は公務ではないのだ」
聞くと、宮廷料理人の選考は100%彼の趣味で執り行っているそうだ。なんとも酔狂な王様である。彼はワインをくゆらせながら、選考の内容を説明した。といっても、それは自分が作った料理を彼が食べ、気に入ったら向こう一年宮廷料理人として雇ってもらえるという、単純なものだった。
説明を受けると、男は騎士にキッチンまで連れて行かれた。そこには海の幸から山の幸、肉、小麦粉、酒、調味料、あらゆる食材が並べられており、食器のたぐいも、どれも超高級そうなピカピカした代物だった。
「好きに使え。足りない物があれば言え。すぐに持ってこさせよう」騎士はそう言うと、キッチンの扉を守るように仁王立ちの体勢をとった。料理が終わるまで、このキッチンには誰一人入れぬと言ったところだろう。
さて、ここまでお膳立てしてもらったところで、男は、キッチンで特にすることはなかった。イメージするだけ。たったそれだけで、彼はホットドッグを生みだせるのだから。男は、産まれてこの方、包丁すら握ったことがなかった。
そんな男が、果たして宮廷料理人になど成れるのだろうか。それでも、彼は成れると信じていた。ここまでホットドッグ一本で成り上がってきたという実績が、彼の自信を裏付ける根拠となっていた。
男は適当な時間をおいてから、騎士に『ホッドッ』が完成した旨を伝えた。結局、キッチンで男がしたことと言えば、ホットドッグを綺麗な皿の上に置くことくらいだった。
「こちらが『ホッドッ』になり申します、何卒何卒」応接間に戻ると、男は出来たてのホットドッグを味王の前に置く。
「噂に聞く早さだな」味王は感心しながら、食べ物を前に姿勢を正す。バスローブ姿だと言うのに、威厳も上品さも損うことのない、優雅な佇まいだ。と、ここで王は何かに気がついた。「カラトリーは無いのかね?」
「『ホッドッ』は手づかみで食べるものでございますです」男が自信満々に答えると、味王は「なるほど、そういうものか。面白い」と微笑んだ。
おもむろにホットドッグを手に取り、一口。王は目を閉じて無言で食べ続ける。ホットドッグの味に集中しているのだろうか。やがて、一本まるまる食べきると、口元をナプキンで拭いながら、味王は男に向かって話しだした。
「なるほど、たしかにこれは美味しい。牛挽き肉の旨味と、トマトスの甘味、マスタドスの辛味、ピクルスの酸味と、それらが上手い具合に調和しておる。パンの焼き具合も見事。褒めて使わす」
「ははぁ!なんと身にあまる光栄なお言葉!恐悦至極の次第にございまする!」
勝ったッ!!男は心の中で叫んだ。話を聞く限り、味王のホットドッグに対する評価はとても良い。これほど気に入ってもらえたのなら、ホットドッグ専門宮廷料理人になれること間違いなしだ。
「が、これは宮廷に相応しくないな。品に欠ける」
「え……?」
しかし、彼の浮ついた心は、すぐに水をかけられることになる。一気に神妙な顔になる男を穏やかに見つめながら、王は淡々と説明を始めた。
「表すならば、この『ホッドッ』の美味しさとは、舌で感じるというより、脳を直接揺さぶられる感覚に近いな」そう言うと、王はナプキンで舌の先を拭う。すると、ナプキンには赤と黄色のソースがたっぷりと付着する。「恐らくはこの『ホッドッ』、油と塩をふんだんに使っているのだろう。それに、ソースもだ。それらは多量に使うことで、舌を麻痺させ、食べた人間の脳に直接満足感と快楽を与えられる……こういった料理は、大衆料理によく見受けられる。もちろん一切それを悪いと言うつもりは無いが、私も美食家を名乗る以上、食べ物は舌の上で味わいたいと思っている。晩餐に参加する他の美食家や貴族もそれは同じだ。言っている意味が分かるかね?」
言っている意味は分からなかった。ただ、ボロクソに言われているのはなんとなく分かる。それよりも、男の脳はいきなり「品に欠ける」と言われたショックでパニック状態に陥っていた。身体は緊張で冷凍ソーセージみたいにガッチガチ。冷や汗が止まらない。だが、味王の指摘も止まらない。
「加えて、貴公は『ホッドッは手づかみで食べる』と言ったが、我々のような王族貴族の行為には、常に『マナー』という作法が存在するのだ。そこでは、食事は『銀のカラトリーを用いて食べる』と決まっているのだ。今回は、貴公と、その美味しそうな『ホッドッ』に免じて、私もそちらのマナーに従ったがね。晩餐会には頑迷な地方貴族も出席する、そういった方々には、『ホッドッ』は到底受入れられぬだろうな……頬張って食べることで、口周りにソースが付着してしまう。これもよろしくない」
あれこれとオブラートに包んではいるが、とどのつまり、味王が言っているのは、大味で行儀の悪い粗野な食べ物は宮廷料理に相応しくないということだ。だが、ホットドッグはその刺激的な味と片手に持って食べられる手軽さがウリ。彼の指摘は、ホットドッグを全否定するようなものだった。
「色々と口うるさく言ったが、宮廷という場にそぐわぬだけで、貴公や『ホッドッ』が悪いというわけではないぞ。人には人の、料理には料理の、活きる場と言うものがあるという……今度はお忍びで貴公の店に出向かわせてもらおうかな」それでも最後にはフォローを入れる味王。だがその声は、男の耳には届いていなかった。すごく叫びたいが、こんなところで騒いだら処刑されそうなので男は押し黙って耐えていたのだ。男にもTPOを弁える程度の知能は残っていた。
選考が終わり応接間を出ると、またしても騎士が男を出迎えた。「結果は昼頃に通告する。それまでは王宮内で自由にしていろ」と告げる騎士だが、男の意気消沈した様子を見ると、彼の背中を優しく叩いた。
「今日は陽気が良いから、庭園を訪れてみると良い。美しい花木が癒やしをくれるだろう」ぶっきらぼうな騎士の見せた僅かな優しさが、凍えた心を少し融かした、そんな気がした。
少し頬を染めた男が庭園に向かうと、そこで思いがけない人物に出会った。
「おや。久しぶりだな」
「アンタ……なんでここに?」そこに居たのは、永遠のライバル・女オーナーであった。今日も今日とておっぱいが大きい。
「私も呼ばれたのだ。宮廷料理人候補として」
「何だって!?……って驚くことじゃないか」よくよく考えてみれば、高級料理店を経営する彼女が候補として選ばれるのは至極当然だった。むしろ、ホットドッグしか作れないくせに候補に上がった男の方がイレギュラーである。
「ここに居るということは、お前も宮廷料理人の候補として呼ばれたのだろう?お前の店、案外繁盛しているそうじゃないか」
「俺の店を知っているのか?」
「馬鹿にするな。屋台と食堂でスタイルは違うが、同じ飲食店。経営者としては当然、把握している。一度、部下に『ホッドッ』を買ってきてもらって、食べたこともあるぞ」彼女はその味を思い出すように唇を舐める。「なかなか美味しい料理だった。誰から教わった?」
「……」男は押し黙った。まさか、謎のおっさんに貰った異能だとは言えない。
「まぁいい。だが、元上司から言わせてもらうと、まだまだ修行が足らんと言わざるを得ない。あれでは肉の脂肪とソースの塩分が強すぎる。『宮廷料理』としては及第点にも及ばぬだろう。腸詰めとピクルス、パンを一口で食べるというコンセプト、トマトスとマスタドスのソースを使うというアイデアは良いが、味の面ではまだまだ改良の余地があると思うがな」
「……」男の視線が下る。ホットドッグの味についての彼女の言い分は、味王の指摘とほぼ同じだった。
「おや、図星だったか?それならば、安心しろ。味王は話題の料理を食べたいという理由だけで、宮廷料理人の選考にかこつけて、その料理人を招聘することがある。選ぶ気もないのに……王の傲慢というやつだな。どうやら、今年はお前がその枠というわけだ」彼女はふふんと鼻を鳴らした。「所詮、『ホッドッ』は大衆向けの屋台料理。どうせ今のままでは宮廷料理としては認められないのだ。結果を待つ必要もないだろう。さっさと街に帰って『ホッドッ』を売った方が、お前の為にも、客の為にもなる」
「……」男は黙って、じっと集中していた。
「おい、お前。さっきから私の話を聞いてるのか?」
「あ、すみません。久々のおっぱいに見惚れてて」
先程から男の視線は、久々にお見えした、2つの豊満なお山に釘付けになっていた──あぁ、騎士が言っていた『癒やし』とはこのことかと。
「あいかわらずのクズだな」
「でも多分ケンカは売られてたとは思う!王様にもアンタにもな!」
「まぁ……近からずも遠からず、かな。いや味王は知らんが」
「『ホッドッ』が品のない食べ物だとか、宮廷には相応しくないとか色々言ってくれるがな!俺がそんなことでへこたれると思ったら大間違いっすよ!なんたって俺の長所はあきらめない心とチャレンジ精神だからな!」
「ふん。あいかわらずだな」
やれやれ、と肩をすくめる女オーナー。しかし男は凛とした顔で、彼女に指を突きつけて宣言した。「こんどこそ、俺が勝ったらおっぱい揉ませてもらいますからね!!」
「嫌だが」
「なんでだよぉぉぉッ!!?」
「というよりそんな約束した覚えはないが。なんだ『勝ち』って。料理に勝ち負けなんてないだろう」
「アンタはいつも正しいことばっかりだッッッッ!!!」
溜まっていた鬱憤が噴き出したのか、男は涙を流して、女オーナーの前から逃げ出した。ダッシュで走り去る男を、きょとんとした顔で彼女は見つめる。
「……ダメなのか……?」
数時間後、庭園で叫び散らかしていた男は、騎士によって王宮から蹴り出され、女オーナーは晴れて宮廷料理人となった。
Tips7:味王はよくお忍びで色んな飲食店を周っている。お忍び中は「ロジンゲ・タラム」の偽名を使う。
Tips8:兜を脱いだ騎士はガチムチの伊達男。
Tips9:男はおっぱいに吸い寄せられる生き物。




