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第21話「ソーセージ・パーラミー」

『言ってしまえば、人肉食(カルニヴァラス)というのはさほど珍しいものでは無い。



 人間(ヒト)宿森人(エルフ)矮人(ドワーフ)鬼人(オーガ)などが類する亜人種をはじめ、鳥人種、獣人種、魚人種、魔人種……世界には実に多種多様な高度知能を有した種族が暮らしており、『別人種を食べる(・・・)』という人肉食行動は、全ての人種に共通して観測されてきた。



 例えば、猛禽型鳥人(ハーピィ)は小型の獣人・蛇爬人に対して捕食行動を示すし、肉食獣人は草食獣人を襲う。淫魔(サキュバス)が亜人種の精力を吸い尽くし死に至らしめるのも、一種の捕食行動、即ち人肉食と見ることもできよう。また、鬼人(オーガ)をはじめ一部の種族には、他種族の肉を食らうことで自らの力が強くなるという人肉食信仰が存在する。



(中略)ここ数百年は人間種族による世界的な文明化が進行しており、大陸の東西を問わず数多くの国家や都市において、人肉食は違法化されている。しかし、広域文化圏から遠く離れた辺境や島嶼部では、今もなお人肉食は種の伝統的生活の一部として行われている。



(中略)ここで一つ注釈したいことがある。人肉食自体は、人間が豚や牛を切って焼いて食うことと何も変わらない行為であるということだ。人間という種族は、例え別人種であっても姿形が似ている者を食することを嫌う傾向が強く、他人種の振る舞いを強く批判するが、その人種が生存活動の中で何を食物(しょくもつ)とするかは、彼らの生物学的進化の過程、種族としての歴史の中で育まれてきた伝統文化の一部である。


 十把一絡げに人肉食行動を根絶されるべき野蛮な慣習と位置づけ、自らの種族の倫理を多種族に押し付けようという人間種族の「先進的」な態度こそ批判されるべきではないか、そういった他人種の声は決して少なくない』



──竹間新書刊『文明化する世界/される世界』より抜粋



『ところで、読者諸君は、かつて東方地域に存在した怖ろしい『人食いの迷信』をご存知だろうか?



 それは、鬼人(オーガ)猪人(オーク)牛魔(ミノタウロス)といった種族の間で広く信じられていた、『悟りを得た僧の肉には、不死の効能が宿る』という俗説だ。



 元来、人間はあまりそれらの種族の捕食対象になっていなかった種族である。それは、可食部が少なく、得られるエネルギー少量。その上固くて美味しくないと、人間の肉がとことん食べるのに適していない代物だったからだ。また、一人を食えば百人で仇討ちしにくるという人間の群れの特性も、捕食者には不人気の原因である。



 しかし、『不死』という言葉はそんな現実問題など放ってしまうほど魅力的だ。この風説が広がると、永遠の命を欲した亜人の豪族や貴族は、私兵を率いて各地で人間の街を襲うようになった。目的である僧侶の肉を手にするには、お寺を狙わなければ意味が無いのだが、人間の信仰など知る由もない彼らは、手当たりしだいに暴れまわった。これらの事件の中には、人間の王族が裏から手を引いていたものもあるというところも怖ろしい。

 


(中略)結局、この俗説は、同時期に西方から侵入したユウシャという部族が東方地域の亜人を平定したことで露と消え、不死を手にした者も遂には現れなかった。(中略)ただ、果たしてこの俗説が、魅力的な幻想が生み出した迷信であったのか、それとも、単に悟りに至った僧侶が一人も居なかったのかは、今となっては知るすべもない』



 ──竹間新書刊『アナタの知らない歴史小話』より抜粋

「ソーセージの中身は、悟りに至り遷化(せんげ)した僧の肉」



 長老は巻物を取り出すと、その中身を男に見せる。そこには、座禅を組む痩せた僧侶が描かれていた。



「宗聖寺流修行法・その終。『正説覚成定ショウセツカクセイジョウ』。この修業に入った僧は、約1年の間木の実・水のみを食べながら禅定を行う。その後、土中の廟に入り、涅槃に達するまでひたすら読経をし続ける」



 ごくり。唾を飲む音。



「木の実だけを食べて生きてきた僧は、脂肪は少ないが程よく柔らかい上質な肉質を持つようになる。修行に依って鍛え上げられた人肉(ヒト)の味は無類……特にモモが美味しいという」



 厨房はしんと静まっている。割と衝撃的な事を述べている彼の隣で、顔色一つ変えずミンサーを片付けている印奈。男はそれを妙に思いながら、長老の言葉を遮った。



「や、あの……ちょっといいか?」



「みなまで言わずともよい。『なぜ僧が不死を求めるのか』そう言いたいのだろう?確かに僧侶にとって、生への執着は克服せねばならない煩悩の一つとされる。しかし、このレシピを考案したした者は、不死を執着とは考えなかった」長老は得意げに語る。「そう、そもそも真理というのは……」



「だからちょっと待てって。そんなことよりも、このソーセージは人肉じゃ無ェだろ」



「なんだと?」



「俺を(だま)そうたって、そうはいかねぇぞ。俺だって料理人の端くれ、肉の区別くらい出来んだよ」男はそう言うと、長老の指からソーセージを掠め取って自分の口に放り込んだ。「こりゃ多分……………………羊か?」



 再び、厨房は静まりかえった。思いがけない男の行動に長老は目を開き、神妙な顔になる。しばらくすると、身体が固まってしまった彼の横で、印奈がプルプルと身体を震わせた。



「ふふ……長老、やっぱり気づかれたじゃあ無いですか。だから言ったんですよ、料理人なら絶対に分かるって」



「い、いや。しかしだな」



「印奈さん。どういうことだ?」



 訊ねると、印奈は開き直ったように肩を竦めて事の真相を打ち明けた。「君の言う通り、秘伝のソーセージは人肉じゃ無いってことさ。人肉を使う秘伝のレシピっていうのも、確かに昔は存在したけど、今はそんな事堂々とできないからね。そもそも、『正説覚成定』の修行だって今じゃあ誰もやりたがらないし」



「じゃあ、なんだって長老はそんな嘘を?」



 男が視線を長老に戻すと、彼は観念したようにため息を吐いた。「主が秘伝のレシピに相応しいか、見定める為じゃ」



「どういうことだ?俺は怕無老師の下で修行と問答をクリアしたんだぜ?なのに、なんで長老がそんなことを?」



 男は訝しんだ。これではまるで約束が違うではないか。約束を反故にした罪は重いぞ、事によってはさらなる要求をしてやろうか。例えば、俺もリゾートホテルに宿泊させてもらうとか。路銀を支払ってもらうのもいい。



 男は口を開いた。



「お主、仙人から授かった力で修行をクリアしたじゃろ」



 男は口を閉じた。



「寺内での主の行動は監視していた。先程、厨房の扉を開けるまで、ずっとな。まぁ、お主のこなした修行などは、遊びのようなものだから構わんが……どうにも、怕無の問題の真意に気づいていないように見えてな。こればかりは教義にかかる故、見過ごせん」



 長老は呆れたようにそう言うと、印奈の肩を叩いた。「だから、わざわざ秘伝のレシピに纏わる昔話を持ち出して、最後に主を試したのだ。もし儂の言葉を聞いただけで『真の(・・)秘伝のソーセージ』を理解したのなら、主はレシピを受け取ることを自ら拒否するだろう?『人肉ソーセージなど要らぬ』とな」



「まぁ、失敗に終わっちゃいましたけどね。普通の料理人なら頭で考えずとも舌で分かってしまうって私は注意したんですけど、長老がこれでいいって」



 つまり『ソーセージの中身は人肉』というのは、長老が男を試すために吐いた嘘だったのだ。しかし、男は長老が想定していた外の観点から答えを導いてしまい、なんというかグダグダになってしまった、という訳である。



「はぁ……よく分かんねぇけど、つまるところレシピは貰えるんだろ?」



「あぁ、もちろん。怕無さんの問題に答えはしたんだからね。君にはその権利がある」印奈はにこりと頷くと、調理台の下から巻物を一巻取り出して、男に手渡した。「おめでとう。あ、そうだ。このレシピは寺の秘伝だから、書いてあることは絶対守ってね?」



「おう。ありがとう」



 男は、遂にレシピを手に入れた。



 さて、彼の目的はただ一つ、『秘伝のソーセージのレシピを手に入れること』。それが果たされた今、長老の思惑や怕無の問題の真意など知ったことではない……はずだった。



 しかし、こうも事有(ことあ)な物言いで話されると、言葉の裏が気になってしまうのも人間の性。



「んで結局、問題の真意って何なんですか?」



 男は訊ねた。ついさっきまで何の関心も無かった事について。目的を果たして心に余裕が生まれたからかも知れない。



「なんだ。興味など無いのではなかったのか?」



「いやぁ、そんなことありませんよ。これで私は寺を出ることになりますし、最後に是非とも長老様に説法を頂きたいと思い立ちまして」



「ふん。口だけは達者な奴じゃ」調子のいい男の言葉に、長老は鼻を鳴らした。「しかし、そう言うならば教えてやろう……法洞。昨日まで、主は『秘伝のソーセージ』の中身はどのようなものと考えていた?」



「え?いや、まぁ……見たことも食べたことも無いし、どうって言われても」



「うむ。では、先程一口食べたときは?」



「…………羊だよ。羊のソーセージ」



「儂が中身を人肉だと言った時」



「一瞬信じかけたけど、どう考えても人肉じゃ無いと思ったからな、やっぱり羊だよ」



「そうか。では、今も……羊じゃな?」



 男は頷いた



「つまり、ソーセージの中身が『真理』ということじゃ。真理は決して絶対ではなく、それを見る人や場所、時間によって変化する。主が考えるソーセージの中身が、時の流れと共に変わっていっとることが今の問答で分かったようにな」



「では、ここで儂が言葉によって『ソーセージの中身は何だ?』と訊ね、お主が言葉によって『羊』と答えたとしよう。それは真理を言い当てたことになるだろうか?」



 男は思考した。ソーセージの中身は羊、それは確かに正しいはずだ。しかし、長老の質問に対する回答としては、恐らく正しくはない。何故?それは…………男はこれまで長老や怕無、印奈が言っていたことを思い返す。



 言い当てる。それは、答えが一つに定まっている時に使う言葉だ。しかし、彼らは言っていた。「真理は、変化する……?」



 長老は一度だけ深く頷いた。



「うむ、そのとおり。『羊』とは、たった今現在そこに居るお主にとっての『ソーセージの中身』でしかないのだ。昨日のお主にとって、羊はソーセージの中身たり得ぬ。それに、もしかしたら、本当にこのソーセージは人肉を使っているのかも知れないしのう?」



 彼は意地悪に笑いながら言葉を続ける。



「故にお主が言葉で答えた場合、儂は『そう思わぬ』と返す。では、どのようにすれば、真理を答えたことになるのか?」長老が指を鳴らす。すると、彼の人差し指と親指の間にソーセージが一本現れた。彼はそれをつまむと、男と印奈に見えるように、それを掲げた。「このように、真理を見せるほか無い。ということだ」



 以上、と長老はそこで言葉を切った。どうだ、すべて説明してやったぞ、と言わんばかりの表情。もっと言えば、説法を聞いて何かご意見ご感想はありますかと訊ねるような感じの眉の具合だ。

 

 

 だが、実に残念なことに、男は半分も理解していなかった。



「つまり…………あれだろ?」



 男は必死に言葉を探した。ここで変な答えを口にしたら、レシピを没収されかねない雰囲気がある。長老の話を総括した、それらしい答え。



「……………」



──男は、勢いでごまかすことに決めた。



「自分の信じる道をゆけッ!!!」



「……………」



 長老は下唇を噛んだ。印奈は笑いをこらえていた。



 全く言っていることと違う。しかし、ここで変に否定しても、もう男は寺を出てしまうわけだし、これ以上教義を理解できる程の知力があるようにも思えない──というか、コイツにこれ以上時間をかけるのも無駄な気がする。



──長老も、勢いでごまかすことにした。



「そのとおりじゃッ!!!」



「おっしゃぁぁぁッ!!!」



 そういうことになった。



 印奈は噴き出した。

 さて、少し時間が経過して、男がレシピを携え厨房を出た後のこと。



「あ、そう言えば。法洞君からホッドッを頂いたんですけど、食べます?」



「要らぬ。そんな得体が知れぬものは食えん」



「えぇ~、宗聖様も得体の知れないモノ。食べてるじゃないですか」



「いや……知れとるじゃろう。それよりも、まさか法洞が、『元の味が分からぬ程スパイス塗れになった』肉の味が見分けられる程の料理人だったとは」



「流石に彼を見下しすぎでは……まぁ、でも確かに、一流料理人という訳では無さそうでしたけど」



「ん?何故、そう思う?」



「今日作ったソーセージの中身、牛肉でしたし」



「え?」

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