第20話「世界でいちばんのソーセージのつくり方」
怕無に連れられ男がやって来たのは、宗聖寺の厨房だった。そこでは、典座の印奈と、たっぷりと白髭を蓄えた老僧が、様々な調理器具に囲まれながら何やら話し込んでいた。
すると、二人の入室に気がついた印奈が男の方に身体を向けた。「おっと、怕無さんと、法洞君。丁度いいところに。今、準備ができたところだ」
「あれ、なんで印奈さんが?」
「そりゃあ、これから君に『秘伝のレシピ』を教えるためさ。長老と一緒にね」
「長老?」
男は視線を老僧の方に向ける。長老と言うと、秘伝のレシピを男に渡すことを認めた人物、つまりはこの寺の中でかなりの権力者であることは確実。男は出来る限りこの老僧には失礼のないようにしようと心に決めた。
長老と呼ばれた老僧は印奈に促されると、一つ咳払いをして、しゃがれた声で短く自己紹介をした。
「直接会うのは初めてだな、法洞。儂がこの宗聖寺の管主、釋宗聖。お主の修行の様子はしっかり見ておったぞ」
「あ、そうなんすか。ありがとうございます」
長老が紹介を終えると、怕無は「それでは、私の役目はここまで。失礼します」とお辞儀をして厨房を去った。話を聞くと、怕無は秘伝のレシピを知ることの出来る立場で無いという。そういえば、この寺に来た初日にも似たようなことを言っていた気がする。
若干の優越感を感じなから怕無を見送ると、印奈による『秘伝のソーセージ・レシピ』の説明が始まった。「メモ紙は無いのか?」男が訊ねると、彼は「まぁまぁ、先ずは目で見て覚えて欲しい。実際に作る時の参考になるからね」と笑いながら答えた。
残念ながら目の前の男は料理を一切しないのだが、そんなことを知る由もない印奈は、早速ソーセージづくりに取り掛かる。
「先ず、ミンチ肉には脂身の少ないモモ肉のみを使う」
「混ぜものは、無しか?」
「もちろん。儀礼にも使うソーセージに、不純物は入れないよ。これを生のまま挽く」
彼は冷蔵庫から新鮮な赤身肉を取り出し、それをそのまま肉挽き機に投入すると、ハンドルに手をかけた。
「刃は5厘から7厘、粗めに挽く」
「その単位はよく分からないけど、粗挽き刃でいいってことか?」
「ああ、構わない。穴が小指より少し細めのカットプレートを使ってくれ。このソーセージは、歯ごたえが大切なんだ」
そう言って印奈はハンドルをゆっくりと回してゆく。しばらくすると、出口からニュルニュルと、細かくすり潰された肉が出てくる。挽き肉は、まるで未だ生きているかのように身を曲らせながら、氷水で冷やされたボウルにボトボトと落ちる。
「ソーセージ作りで重要なのはミンチ肉の温度管理だ。温度が高くなってしまうと、ただでさえ少ない脂が溶けて、肉の弾力が失われてしまう。そうなると、出来上がったソーセージの食感も悪くなる」
「へぇー……そんなこと、全く気にしたことなかったな」
男は印奈の解説に感心し、頷いた。実を言うと、男も肉挽き機を使うことはできた。というより、ソーセージ自体、女オーナーの下で働いていた時に無数に作った経験があった。大量の肉を挽くという作業は中々骨が折れるもので、そういうのは下っ端の男の役割だったのだ。
だが、印奈から説明されることは、全て初耳であった。
大衆食堂では、色んなものを挽き肉にし、大量のスパイスと塩を加えた肉だねを作り、それを使った料理を客に出すのが常だ。つまるところ、ミンチにすることで肉の質や材料をごまかすのだ。当然、そんな環境では刃の大きさや肉の温度管理など気にすることなどは無い。
だが、男には気掛かりなことが一つあった。
「たしかに大衆食堂の料理に比べれば、それなりに手間はかかるけどね。その分、美味しいソーセージになるんだ」
「いや。つっても、アンタは食べたこと無いんだろ?」
儀式に使うというソーセージを、この寺の修行僧は誰も食べないという。だからこそ、男は『秘伝のソーセージ』が美味しいかどうかが、ずっと気掛かりだったのだ。それこそ、同じく分からなかった怕無の問題よりずっと。
しかし男の疑問はこの後一瞬にして氷解する。
「いいや、印奈の言っとる本当だ。秘伝のソーセージのソーセージは旨い」
そう答えたのは長老だ。細く整えられた白髭を撫ぜ、彼はその味を思い返すように目を閉じている。
「え?」男は思わず素っ頓狂な声を上げた。僧は食べないと、たしかに自分は印奈にそう聞いていた。ミンチを捏ねている彼を見ると、「『修行僧は食べない』とは言ったね。でも管主である長老は、もう修行僧では無いからね」と悪びれもせずに笑った。
「言葉の綾という奴じゃな。秘伝のソーセージは絶品じゃぞ、肉本来の旨味が失われることなく詰まっとるからな」
「なんだよ。長老が食べるようなモンなら、そう言ってくれよ、全く」
男はぶつくさ言いつつ、内心ホッとしていた。なるほど、修行僧には供物と曰っておいて、長老だけソーセージに舌鼓を打っていたという訳か。男は生唾を飲み込んだ。であれば、さぞかし美味に違いない。
「スパイスは胡椒、气湧実、芥子、香芹に物知草。事前に調合した物を使う。細かい分量はメモに書いておくよ」
さて、そうこうしている内に、印奈はミンチを捏ね終えると、出来た肉だねを専用の機械に入れて腸詰めしていく。「今回は、できるだけ新鮮な羊腸使う。パンに挟むのなら細い方が良いだろう?」
「そうだな……あれ?『ホッドッ』について話したことあったか?」
「怕無さんに聞いたんだよ。君が、その『ホッドッ』を作る職人だって」肉を詰め終えたケーシングを手繰り、手際よくソーセージを作りながら、印奈はすぐにそう答えた。「焼く?それとも、茹でる?ちなみに長老は茹で派だよ」
「んじゃあ、俺も茹でで」
「うむ。それが正解じゃ」
印奈はフライパンを取り出すと、水を沸かし、詰めたてのソーセージをそこへ放り投げる。
「燻製や乾燥はしないのか?」
「ん?ああ、そうだね。その必要は無い。だって、このソーセージの美味しさの秘訣は、ほぼ『生』なことだから」
「生?」
「そう。茹でるのはケーシングに熱と水分を与え食感を良くすることで、より中身の肉の旨味を感じやすくする為なんだ」男の頭上に浮かんだ疑問符が消える前に、印奈はソーセージを熱湯から取りあげた。「さぁ、完成だ。召し上がれ」
差し出されたソーセージは水分を程よく含み、プリプリとした感じ。香り高いスパイスもまた、食欲をそそる。
「これは……確かに美味しそうだな……」
男は喉を鳴らすと、ソーセージに噛りついた。
「……んっ!なにこれ旨ッ!?ジューシーッ!?スパイスも丁度いい!!」
「だろう?」「じゃろう?」
「こんな旨い肉、食べたことねぇぞ!?」
男の反応を見て、印奈と長老は満足そうだ。
その美味しさに、あっという間に用意された分のソーセージを平らげると、男はふとあることに気がついて印奈に訊ねた。
「しかしコレ、なんでわざわざソーセージにするんだ?生で食うならタルタロステーキでも良いんじゃねぇか?」
タルタロステーキとは、生のミンチ肉に塩やオイルで味を付け、スパイスと薬味を添えた料理。言ってしまえば生ハンバーグである。
「法洞。ソーセージが何から出来ているか、知っているか?」
すると、押し黙った印奈の代わりに長老が男に質問を返した。要領を得ない質問に疑問を覚えつつ、男は答える。
「え?そりゃあ、挽き肉だろ」
「違う。挽く前だ。元々は大衆食堂の下働きだったお主ならば、知っているだろう?」
「?……なんで長老がそれを?」
「邪無から紹介状が届いた時、お主の経歴を少々調べさせてもらったのだ。いやはや、遠い西方のことだから骨が折れたわい」長老はソーセージを一本取って食べる。パキッと気持ちのいい音がする。「『秘伝のレシピ』を渡すのだ。それくらいはいいだろう」
男は口を噤んだ。長老の口調は決して彼に追及しようというものではなかった。何か男の口から言質を取ろうというか、何かを確認しているような感じ。ソーセージの中身……大衆食堂で働いていた時の事を思い返すと、少しばかり良心の呵責を覚えるが、結局、男はそれを口にした。どうせここは遠く離れた東国、少しばかり業界の事情を話したところで直ちに影響は無いだろう。
「……そりゃあ豚や牛やらは高いからな。何だって入れるぜ。鶏とか角兎、小っこいサラマンダや蛇肉なんて入ってることもある……まぁ、動物の肉ならなんでもだな。骨やら皮やら内臓やら、ぐちゃぐちゃに砕いちまえば、元々が何なのか見た目じゃ分かんねぇし、塩と胡椒をうんと入れとけば、味の誤魔化しなんていくらでも利く」
その言葉に偽りはなかった。安い料金で客が満足出来るような食事を提供するには、どうしても安い肉を使ったり、捨ててしまうような部位を混ぜ込んで質を犠牲にするしかない。
ただ、そんなことはどの食堂でもやっているし、食べてどうこうなるものでもない。強いて言うならば、牛肉が5%くらい入っているからと言って『牛ソーセージ』を標榜するのはやりすぎていたかも知れないが、誰でもやっていることだ。精肉屋でもやってる。
男の話を聞いた長老は「その通り」と頷いた。「常々ソーセージというのは、そういうものだ。清濁様々な物が混ぜ込まれ、捏ねられ、整形され、薄い皮に包まれる。そして、スパイスにより素材の味は消されてしまう。元来、それが何から出来ているのか、分からなくしててしまう」
長老がソーセージを食べる。三本目。そして、彼はもう一度男に訊ねた。
「さて法洞。『秘伝のソーセージ』は何故ソーセージなのか、これで分かるか?」
「…………」
分かるわけねぇだろ。その言葉を飲み込み、男は眉を顰めた。それに、とても不気味な気配。嫌な予感がする。
長老は、はじめのうちは男が答えることを期待して彼を観察していたが、やがて男がじっと口をつぐんだままであることを察すると、最後の一本のソーセージを取り、食べた。
ケーシングに詰まっていた肉が弾ける楽しげな音。長老はゆっくりと味わうように肉を咀嚼し、そして十分にその味を堪能した後、名残惜しそうにそれを嚥下する。
そして、彼は男の答えを待たずに、再度口を開いた。
「人肉だ」




