第2話「ホットドッグ売りの成り上がり」
【前回までのあらすじ】
①おっぱいから解雇通告
②謎の老師現る
③異能ゲット
「安いヨ安いヨ!遠い国からやって来た、話題の食べ物『ホッドッ』!今ならたったの50G!」
「こんな食べ物みたことあるかい!?ふんわり柔らかいパンに、まさか肉の腸詰めを挟んじまうなんて、この国の人間じゃ思い付かないだろう!なんとも間抜けな形だけど、味は全く抜かりないヨ。トマトスとマスタドスのWソースが味の決め手!」
「一口食べてみて頂戴。二口食べたら止まらない。三口食べたらもう一本。私が遠い国から持ち帰ってきた神秘の食べ物『ホッドッ』!向こうじゃ1本100Gから500Gはしたけれど、私はこの味をみんなに知ってほしいからネ!1本50Gで売ってやろうじゃないの!」
1ヶ月後、男は街の噴水広場でホットドッグを売っていた。
酒場で謎の老人から貰ったヘンテコな能力『ホットドッグ無限生成』。せっかく手に入れたこの能力を、自分が食べる為だけに使うのももったいないので、彼はそれを有効活用した商売を始めることにしたのだ。酒場のマスターから屋台を借りると、男は生成したホットドッグを売りさばくため街へと飛び出した。ここに、異世界初のホットドッグスタンドが誕生したのである。
最初のうちは誰も不審な食べ物を売る屋台などに近づいては来なかった。だが、毎日街を練り歩いている内に、男の適当な売り文句に興味の湧いた街の若者が怖いもの見たさに屋台に集ってきた。
そこからは早かった。『ホッドッ』の中毒的な味わいの虜になった若者たちは、その刺激的な美味しさを家族や友人、同僚などに喧伝した。口コミは広がり、瞬く間にホットドッグスタンドは話題の店となったのである。
さて、男にはウェイターや皿洗い、料理人の才能は無かったようだが、商売人としてのセンスは少しばかり持ち合わせていたようだ。彼はこの商機を逃さず、若者だけでなく幅広い年代の人にホットドッグを買ってもらえるような宣伝に切り替えた。
「安くて旨くて、そして早い!『ホッドッ』の良いところ!どれだけ注文されても、提供まで30秒!食堂じゃあ、そうはいかない、30秒だよ!?忙しい職業人のランチにぴったり!それがなんと今なら40Gで食べられるっていうんだから、買わない手はないだろう!?」
「小腹が空いたらいつでも食べに来てごらん!朝から晩まで私はお客さんを待っていますヨ!ささっと済ませたい朝食に、手軽に楽しめるランチに、面倒くさい時のディナー代わりに……『ホッドッ』はいつでも食べられますヨ!」
「『ホッドッ』ってのは、安くて旨いってのはもちろんだけど、片手で食べられる手軽さがあるネ。スプーンもフォークもナイフも、仰々しい貴族式マナーも要らないヨ。肉詰めをパンで挟んであって、手を汚さずに食べられるからネ。注文した『ホッドッ』をその場でガブリ……背徳的な旨さだ!」
「もし30秒以内に『ホッドッ』が出せなかったら、こうしよう!注文した『ホッドッ』を無料でプレゼント!10本買っても100本買っても無料!もちろん、30秒で私が用意できたら、ちゃんとお代を頂きますからご注意を!」
こうした宣伝も手伝ってか、一年も経つとホットドッグスタンドは街の住人なら知らぬ者の居ない人気店へと急成長を遂げた。そして『ホッドッ』は、新しくも懐かしさを感じるそのジャンキー“美味しさ”と、片手で食べても汚れないという“手軽さ”、提供までの“速さ”、そしてなんと言ってもその“安さ”から、すっかり街の名物料理となったのである。
ホットドッグスタンドの常連たちは次のように語る。
「知らない食べ物だったからね、最初はみんな渋ったよ。僕も、僕の同僚の憲兵もね。けれど、噴水広場を通る度にすごく良い匂いが鼻をくすぐるから、ある時、思い切って食べてみたんだ。そこからはもう、憲兵団のお昼ご飯は毎日『ホッドッ』だよ」
「かぶりついた時の、腸詰めのパキッとした音が最高だね。このマスタドスと、トマトスのソースの調合も良い。この前、妻に『ホッドッ』を食べさせてみたら、『もう私が食事を作る必要は無いわね』って。一瞬、頷きそうになったよ……この頬の傷?飼い猫に引っかかれたんだ……ほんとさ」
「もう一ヶ月は『ホッドッ』しか食ってないね!」
「以前だったら、旅人に『この街で一番旨い食べ物を出す店はどこ?』と訊ねられたら、迷わず『サンサーラ』の名を挙げたよ。でも、今は旅人にこう聞き返す。『旅は急ぎか?懐具合は?』って。『YES』と答えたのなら、こう返す。『それなら"ホッドッ"だ』ってね」
「『ホッドッ』最高ォォーー!!」
こうしてみると、ホットドッグスタンドは男にとって天職であった。なぜなら、自分の掌から生み出したホットドッグを屋台で売るのに、煩わしい注文も、皿洗いも、料理も必要ないからだ。客はただ欲しいホットドッグの本数分の金を出すだけ。男はその分のホットドッグを生み出すだけ。ついでに言えば、ホットドッグには原価など無いので、屋台の賃料を差し引いてもほぼ丸儲け、もうウハウハである。
いまや一日千人を超える人々が、街の内外から一口ホッドッを食べようと男の屋台を訪れる。しかし、男はまだ満足していなかった。
いつものように、ホットドッグを売る男。その視線の先にあるのは、いつか自分を解雇した因縁の食堂、『サンサーラ』。
男を解雇した後、『サンサーラ』は女オーナーの下、大衆食堂から高級食堂へと方針転換を図ると、怒涛の勢いで貴族や金持ち御用達の店へと成り上がった。そして、彼女もまた稀代のシェフとしてその名を轟かせていたのである。
「ん……ッ」女オーナーに蹴られた右臀部が疼く。男は『サンサーラ』に対し、強い対抗意識を抱いていた。それは、いくら男がホットドッグスタンドで成功しようが、大金持ちになろうが、自らの手で『サンサーラ』を打ち負かすその時まで、彼の心に安寧が訪れることは無いことを意味していた。
そんな時、一通の手紙が届いた。男には、親も兄弟も居ない。一体誰が寄越したのだろうと不審に思いながら封を開けた男は、便箋に記されたサインに目を丸くした──それは、国王からの手紙だった。
男の住む国の王は、“味王”とも称される美食家。そんな国王が、近頃巷を賑わせている『ホッドッ』なる食べ物を売る男を、新しい宮廷料理人の候補の一人に選んだ。手紙の内容は、大方このようなところだった。
便箋を握る手に自然と力が入る。宮廷料理人といえば、この国の料理人にとってこれ以上無いほどに名誉のある称号。もしも宮廷料理人に成れば、あの冷淡な女オーナーの鼻を明かしてやれるだろう。男には、迷いなど無かった。
男は掌にホットドッグを生み出すと、ホットドッグスタンドから見える『サンサーラ』を睨みつけながら、ガブリと噛み付いた。
「旨いッッ。これほど旨い食べ物を生み出せる俺が、負けるはずが無いッ!!」
それは決して奢りではなかった。ホットドッグを売り続けて一年以上、男の心には、確固たる自信が芽生えていたのである。
国王主催の宮廷料理人選考会まで、あと1ヶ月。男は、ただひたすらにホットドッグを売り続ける。
Tips4:街の人が『ホッドッ』を沢山買うようになった理由の一つは、街一番の大衆食堂だった『サンサーラ』が高級なお店に変わってお財布に厳しくなったから。
Tips5:1G=0.8円(2021年4月現在)
Tips6:味王は別に「うーまーいーぞぉぉ!!」とか言わない。むしろ静かにお召しになる方。