第19話「真・怒りのホッドッ」
【前回までのあらすじ】
「秘伝のソーセージ」って言われると美味しそうって思うけど、本当に美味しいのかどうかは分からないのでは?
男は訝しんだ。
「なんだ。お前らの方から来るなんて珍しい」
「いやね、この前話した仙人が『ホッドッが食いたい』とかほざいてまシて」
「僕が作ってあげてもいいんだけど、あいにく材料が無いし」
とある日の朝、男の下にエルフとショタが訪れた。男に力を与えた後も、彼女達は黄龍湖の仙人・道聖寧と度々会っているらしく、自分たちがホッドッ屋だという事を話したら要望されたそうだ。
「ほら、店長ってなんにも無くてもホッドッ作れるじゃないスか。最近ウチらも彼に世話になってる所あるんで、まぁそれくらいなら聞き入れてやっても良いかなって」
話を聞くと、彼女たちはこの頃仙人をガイドとして、宗聖寺周辺を色々観光して周っているらしい。何百年も仙黄山に住んでいる仙人は、周辺の地理・事情に精通しており、観光ガイドとしてはかなり優秀だという。
仙人をガイド扱いするとは、図々しいというか怖いもの知らずな二人であるが、彼女曰く「これでもwin-winの関係なんでス」だそうだ。一体仙人に何のwinがあるのだろうか、男の脳裏に一つ疑問が浮かんだが、よく考えなくてもどうでもいい事なので放っておくことにした。
「まぁ、そういうことならやっても良いけどよ。別に俺は世話になってないんだけど」
自分こそ力を貰ったくせに、彼もまた図々しいのだが全く気がついていないようだ。
「店長ならそう言うと思ってまシたよ。その代わり、良いものを貰ったス」
「良いものォ?」
プリンに言われて懐から何かを取り出したショタは、それをそのまま男に差し出した。
それは、薄桃色の一輪の可憐な花だった。
「今日ね、仙人がお花畑に連れてってくれたんだ!それで、『一輪だけなら摘んでいいぞ』って!」
「俺は花に興味は無ぇけど」
「なんでも知る人ぞ知る希少な花で、然るべき所で売れば100万Gはくだらないらしいっス」
「よっしゃ、腕によりをかけてホッドッ作っちゃるぞ!」
ホッドッを生成しようと、男はイメージを練り上げる。だが、ここ数日は公案の答えを捻り出すのに必死でホッドッを作っていなかったせいか、なかなかイメージがまとまらない。
「それより、怕無さんの問題は解けそっスか?そろそろ一ヶ月経っちゃいまスけど」
「いやぁ~色々ね~考えてるんだけどねぇ~」
そんな言い訳をしながら、なんとか男はイメージをまとめあげ、ホットドッグを生み出した。
「──!!」
出来上がったホットドッグを見た男に電流走るッ!!
掌上に生み出されたホットドッグッ!!何千、何万と繰り返し見てきたハズのそれが、今この瞬間、とても新鮮な光景として男の目に飛び込んできたのだッ!!
「『ホッドッ』は俺がイメージすることで掌に生み出される……イメージ、想像……それじゃあ、俺の想像は何処から生まれているんだ?」
イメージすることでホットドッグが生まれる。その奇妙な事実は今更疑問に思うことなど無い。だが、ホットドッグのイメージ、それ自体はどこに由来するのだろうか──しばし考え込んだ男は、かつて酒場で謎の老人に『ホットドッグのイメージ』を植え付けられたことを想起した。
それまで見たことが無かったホットドッグを、男はそのイメージによって知覚した。
そのイメージによって、男は現実にホットドッグを創造してきた。
「そうか、それが『真のホッドッ』……いや、『ホッドッの原風景』」
つまり、『真のホッドッ』とは、現実世界に存在する物質としてのホットドッグではなく、『ホッドッとして想像するそれそのもの』。
『一つの事物をとってみても、人によって見方が異なるということだよ』。確かに印奈は言っていた。それは、人によってホッドッとして想像するものは微妙に異なるという事を示唆していたに違いないッ!
答えを得た男は、喜びに飛び跳ねるように立ち上がると二人に命令した。
「お前ら!ホテル帰って身支度済ませとけ!」
「店長!いきなりどこ行くんスか!?」
「怕無のところだよ!遂に俺はトンゴしたんだよ、トンゴ!!」
そう叫ぶと、男は高笑いを上げながら襖を突き破り、いち早く答えを伝える為、怕無の下へと急いだ。
「トンゴ?……大丈夫かなぁ、店長」
「最悪、この寺に置いていきまスか」
僧堂の縁側を駆けていく男を、方や心配そうな、方や呆れたような目で、二人は見続けていた。
「……あ、あの花。店長持ってっちゃった」
──さて、男が部屋を飛び出して数十秒後。
禅堂で座禅を組む怕無を見つけた男は、飼い主に駆け寄る大型犬の勢いで、自らが頓悟した『真のホッドッ』を彼に伝えたのであった。
「つまり、『真のホッドッ』は、俺たちがホッドッとして想像するそれそのものってことですよねッ!!!???そうだよって言ってッ!!!!」
「そうは思わん」
「どチクショウがァァァァァァァ!!!!!!」
案の定、男は悟ってなどいなかった。
すると、怕無はその慟哭には眉一つ動かさず、座禅を解くと男へ向き直った。
「しかし法洞、今の答えは中々面白かったぞ」
「面白い?」
「ああ、抱腹ものだ」怕無はこほんと咳払いをした。「『正覚』とは即ち、目を開き正しく世界を見つめること。しかし、お前の言う『想像それそのもの』とは、閉じたものである。言っている意味が分かるか?『真のホッドッ』から、なんと近く、そしてもっとも遠いということだ」
「近い?遠い?なに言ってんだ……です?」
だが、男はまるで怕無の言っている意味が分からないといったアホ顔。怕無はその右手に握られた花を指差した。
「花は種から生まれる。では、種は『真の花』か?」
「いや、種は種だろ」
「では『真の花』とは?」
「待てよ。今は『真のホッドッ』の話だろ?この花に何の関係があるんだ?」
「ああ、そうだ。同じ話だ」
それだけ言うと、怕無は再び座禅へと戻った。男には彼の言葉が未だ分からなかったが、怕無にはこれ以上ヒントを教える気は無いようだ。
男は、怕無には聞こえないくらい小さくため息を漏らした。もうどんな答えを言っても正解する気がしない。何もかも否定されてしまうとさえ思える。もはやレシピを手に入れたも同然だと考えていた彼は、ついに落胆からついに肩を落としてしまった。
本当に怕無は正解させる気があるのだろうか。ふと、男の心に小さな猜疑心が生まれた。宗聖寺で修行をはじめて約一月、何度も公案の答えをぶつけた男は、その度に「私はそう思わぬ」と曖昧な返答をされてきた。
不正解ならはっきりと「間違っている」と言えばよいのに、なぜそんな曖昧な言葉を使うのだろう。そんな理由で不正解とするのなら、もはや正解でさえ「そう思わない」と否定することだってできるではないか。
そう思うと、男はまるで怕無に酷い理不尽を味わわされているような気がして、だんだん腹が立ってきた。そもそも、自分は一度も怕無に『ホッドッ』を作ってやったことが無いのだから、彼は『ホッドッ』そのものがなんなのかを知らないはずなのだ。そんな人間が何を『真のホッドッ』どうこう口にしているのだろう。
ものの数十秒で、男の腹はグツグツと煮立ってきた。厳しい修行・プリンとショタとの待遇の差・美味しいかも分からぬ『秘伝のソーセージ』……宗聖寺に来てから溜まっていた鬱憤が薪火に油を注ぐ。
「…………」
ふと、男はある一つの答えに至り着いた。
「老師」
「なんだ」
ほんの少し震えた男の声に振り返った怕無。その眼前に、男は出来たての『ホッドッ』を突きつけたのだ。それは、彼にしてみれば半ば自棄な『答え』。
「これが、『真のホッドッ』だ……食ってみろ……ッ」
決して荒々しくはない。しかし、その声には凄みがある。
「ふむ」それまで真顔だった怕無が、ほんの少し眉を上げる。「そうか」
彼はしばらく男を見つめていたが、やがておもむろに立ち上がると、男に背を向けて襖に手をかけた。
「どこに行くつもりだ……?」彼の行動を否定と受け取った男は、逃すまいと背中越しに声をかける。「食わないのか?」
「ついて来い、法洞。長老様の下へゆくぞ」
「……はぁッ!?」
それは完全に想定外の言葉。
「約束どおり、レシピを渡そう」
襖が開く。
Tips37:在れば在り、在らねば在らぬ
Tips38:一つの事物をとってみても、人によって見方が異なるということだよ。法洞君