ヴォルフ
整備された山道を辿り、裏山を登っていくと坑道が見えてきた。
坑道の入り口には、トロッコやツルハシ、スコップ、手押し車が置かれていて、少し離れた場所には、坑道から運んだと思われる石が堆く積まれていた。
「この中にいるのかな?」
俺は坑道を覗き込む。
今のところ人の気配は無い……。
「いってみるにゃ?」
「そうだな……ちょっと待って」
俺はストレージから『ウィル男トーチ』を取り出した。
見た目はオレンジ色の丸い石。
オブリビオン・ダスクの世界では『ウィルオウィスプトーチ』と言う。
ダンジョンや遺跡などを探索する際に使う照明用定番アイテムで、手に持たずとも使用者の頭上に浮き上がり、自動追尾してくれる優れものである。
「よっと……多分使えるだろ」
ウィル男トーチを宙に投げた。
するとポッ! という音と共に、僅かな煙が立ち込める。
次の瞬間には、辺りは昼間のように明るく照らし出された。
が……しかし。
「うぎゅ、ねこやしき……これは何の臭いにゃ?」
ニャベルが鼻を押さえながら訊いてくる。
「な、なんだろ? 確かに汗というか剣道部的な……」
俺とニャベルは無言で上を見上げた。
「こいつか……」
「し、仕方ない、ちょっとの辛抱だ」
俺とニャベルは鼻を押さえながら坑道の中を進んだ。
大きな猫型の影が、坑道の岩壁に映し出される。
「しかし……、こんな所で何を掘ってんだろうな?」
「わからないにゃ……」
「ふぅん、ま、でもモンスターは出なさそうだな」
「わかるのにゃ?」
「うーん、何とな……静かに」
俺は口元に人差し指を当て、ニャベルに合図した。
ニャベルは両手で口を押さえ、うんうんと頷く。
奥の方から誰かの話し声が聞こえてきた。
『っていうか、何で俺がこんなとこで拘束されないといけねぇんだよ、クソがッ! そもそも招待してきたのは運営だろ⁉ さっさと帰せよクソ運営がよぉ!』
あれ……これはもしかして……。
『だーっ! 何でログアウトできねーんだ! 信じらんねぇーわ!』
そっと声の方に近づいていく。
すると、道の真ん中にテーブルと椅子を置いて、そこに座るヴォルフらしき姿があった。
さすがに魔狼族というだけあって、どこからどう見ても狼にしか見えない。
「あー! ヴォルフにゃー!」
ニャベルが嬉しそうに駆け寄っていく。
「お、おい……」
ヴォルフは振り返り、驚いたように目を大きく開いた。
「な、なんだぁ⁉ NPCか……って、くっさ⁉ てめー何だ、何の臭いだよ⁉ 」
「ねこやしきを連れてきたのにゃ~」
「は? 何を言って……、てか、おいおいおいおい! お前、今、ねこやしきっつったか⁉」
涙目になった金色の瞳を瞬かせながら、ヴォルフが声を上げた。
すごいな、この口の形状で普通に喋れるのか……。
「まあ落ち着いてくれ、俺達は敵じゃない」
「ククク……、マジか! お前、あのねこやしきだろ? はははは! まさか、世界1位のお前がこんなゲームをやるとはな! はははは!」
一転して笑い始め、ヴォルフはテンションを上げた。
「もしかして……お前、プレイヤーか?」
ヴォルフは大きな口でニタッと笑い、
「ああ、そうとも! 俺さ、ヴォルフ・ガン・スレイヤーだ!」と胸を張った。
「……ヴォルフ・ガン・スレイヤー?」
「……」
少しの間二人で見つめ合うが、俺は目を逸らした。
くっ……駄目だ、全く思い出せない。
というか、他のプレイヤーなんて、最初のフレンド強制イベントでペアを組んでもらった『ズンポイ』さんくらいしか覚えてないな。
「おいおいっ! 何で覚えてねぇーんだよ⁉ ちょ、オブリビオン・ダスク世界ランク17位の『疾風ヴォルフ』だぜ⁉」
「……疾…風?」
速いのか……?
ピンと来ていない俺の顔を見て、ヴォルフが舌打ちをした。
「チッ、……あ、そうだ! 漆黒のナイトメア最速攻略記録三位、どうだ? これで思い出しただろ?」
と、自慢げに俺の顔を窺う。
「すまん、下のプレイヤーの事は意識していなかったんだ」
「おいおい、マジかよー……、つっら、マジでつっら……」
ヴォルフは額に手を当てて上を向いた。
その瞬間、
「うわっ⁉ 臭ぇのコイツかよ! 何だよこの光球はよぉーッ!」と、ウィル男トーチをにらみつける。
「ま、まあ、そんな気にすんなって、それより、こんなとこで何やってたんだ?」
「ずっと、NPCと話してると気が狂いそうになるからな……ここで愚痴を叫んでたんだ」
「お前以外にプレイヤーは?」
ヴォルフは首を振る。
「……アビス・ロードを見たか?」
「いや、俺は見ていない。でも、ある日を境に、突然このゲーム世界がおかしくなったな。村の奴らも様子が変だ」
「様子が?」
「ああ、急に俺のことを勇者だとか言い始めてな、訳がわかんねぇ」
ヴォルフは肩を竦める。
「そうか……」
どういうことだ?
プレイヤーは全て勇者として認定されるのか?
仮にそうだとしたら、五大陸の勇者ってのは全員プレイヤーってことになるが……。
これが運営の仕組んだことなら、一体、目的は何だ?
「そういえば、招待されたとか言っていたが……、お前も招待状からログインしたのか?」
「ああ、あの日……、オブリビオン・ダスクのルーティンが終わって、何気なくメールボックスを整理していたら、このゲームの招待状が届いていてな。普段は触らないジャンルなんだが、何となくログインしてしちまった……クソッ! 思い出しただけでイライラするぜ!」
ヴォルフは悪態を吐きながら、テーブルを叩いた。
「ていうか、ねこやしき、お前みたいな奴が何でこのゲームを?」
「……俺も疲れてたのさ」
「そうか、まあ、世界1位のプレッシャーなんてものは経験したことがないが……10位代の俺でさえ逃げ出したくなる時があるからな……。よし! これも縁だ。良い店がある、飯でも食おうや?」
席を立ち、ポケットに手を突っ込んだまま、ヴォルフは外に向かう。
俺とニャベルも黙ってその後に続いた。