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エピローグ 『お前、間違ってるよ』

   エピローグ


「久しぶりだな、愛川」

「ああ、一年ぶりだ。懐かしいぜ――」

 語部。

 俺は彼女に向かってそう言った。

 語部了子。

 《冷笑趣戯(シズシニカル)》の語部了子。

 去年の生徒会副会長。

 俺の友達。

 好きだった人。

 愛していた人。

 大事だった、はずの人。

「どうしたんだ、一年間も? どこで何してた?」

「少し地獄に用があってね、死神とワルツを踊ってきたのさ」

「そっか。そりゃ有意義な一年だったな」

「ああ、君のほうも有意義だったみたいじゃないか。女の子と同棲して。悪魔を好きなときに呼び出して。生徒会の活動もして。まるで主人公みたいに、大活躍だったみたいだね」

「去年のお前ほどじゃないさ」

「ご謙遜を。実際カッコ良かったよ、君は。本当、どこかのマンガの主人公みたいだった。そんなわけないのにね」

 食堂の一角。

 端の端のほう。

 俺がいつものようにカレーうどんを注文し、席に座ると。

 初めからいたのか。

 それともいなかったのか。

 彼女は俺の目の前に、座っていた。

 いつもの制服姿で。

 笑って。

 冷たく笑って、座っていた。

 テーブルの上には、親子丼のデストロイハザード盛り。

「なんで生きているのか、問わないのかい?」

「この世界で、ミステリーは出来ないって言う悪魔がいたもんでね」

「ハハッ、安心してくれ。ミステリーなんかじゃない、ましてやサスペンスでも伝記でもね。伝奇ではあるかもしれないけど――まあ、驚かずに聞いてくれ」

 語部は俺にそう言うと、まるで何かを決意するようにそう言った。

「――私、魔法少女になったんだ」

「…………」

「ま、魔法少女リーベちゃん! 死神に代わってお仕置きよ!」

「…………」

「本名、語部了子。髪の色、黒。職業、女子高生。兼、死神代行!」

「……それは違うマンガだ」

「おおう、やっとつっこんでくれたね」

「収拾つかなそうだったからな」

 著作権とかに引っかかる前に止めたんだよ。

 手遅れ感は否めないけどさ。

 ……手遅れ。

 そう。

 手遅れだ。

「お前、魔法を遣ったんだな」

「……ああ」

 この一年で、魔法は少しずつ社会に浸透するようになった。

 まだ相当遠いいだろうが、いつか学校の教科に『魔術』が入るのは確実だろうと頭の悪い評論家は言っていた。

 でもさ。

 それは、人間から外れる行為だ。

 人が遣っちゃ、いけないんだよ。魔法なんて。

 いつか、それを後悔する日が来るんだから。

 俺みたいに。

 いつか、奇跡の代償を払うときがくるんだから。

「言っただろう? 私は死が怖い。そして人が怖い」

「だから死んで、死から逃れて。魔法を遣って、人間から外れたんだな?」

「その通りだよ、愛川」

 冷たく笑う。

 シニカルに笑う。

 彼女は笑ったけれど、俺は笑わなかった。

「今も――お前がいるのに周りの奴らが騒がないのも、人払いの結界を張ってるんだろ?」

 フルフルが遣っていたのと同種のものかは知らないが。。

「まあ、悪魔が遣うのとは系統が違うけどね。人間からすれば変わらないか」

「ハッ、人間からすれば……か。自分が人間じゃない自覚はあるんだな」

「勿論。言ったろう? 私は魔法少女になったんだ」

 静かに言う語部。

 その目は、確かに人間の目じゃない。

 どちらかといえば俺に近い。

 そう。

 最低な奴の目だ。

「なるほど……。で、魔法少女になるためには、一度死ぬ必要でもあったのか?」

 自殺した理由。

「うん、そう。人間としての存在を一度超越する必要があったんだ。そのためには死ぬのが一番速い」

「だからお前は、自分で自分を解体したんだな?」

「……その通りだよ」

 万全くんは、語部が自分で自身の胸を刺すところを見た。

 そして、その後、逃げ出したそうだ。

 それは当たり前の行動で、当然の模範だけれど。

 だから彼は見ていなかった。

 語部が。

 彼女が、自分で自分の体をグチャグチャにするのを。

 見ていなかったのだ。

 その後、道路に血の魔方陣を描くのも。

 彼の知るよしのないところだった。

「麻酔もなしに自分で自分を解体殺人するなんて、正気じゃないよ、お前」

 麻酔があっても正気ではないけれど。

 それよりもっと。

「仕方ないだろう? 語部了子という人間を、肉片も残らず解体する必要があったんだ。語部了子という人間の枠を外す為に、自分という存在を殺しつくす必要があった」

 その肉片が、語部了子だと認識されないくらいには、ね。

 そう彼女は言った。

 自分で自分を殺し、解体した目の前のこの女は。

 そして魔法を遣って。

 見事に復活を果たした。

「まあ確かに、お前が何の手も打たずに死ぬとは思わなかったけどな。でも、魔法に手を出すとは恐れ入った」

 それは悪魔すら怖れない行為だ。

 勿論、死神も。

「仕方がなかったのさ……私は『死』が怖かったから」

「知ってるよ」

「『人間』も怖かった」

「知ってたさ」

「その二つを回避するには魔法を遣うのが、人外の力を使うのが一番効率的だったという話しさ。それ以上はなかったし、それ以外もまた例外だった」

「分かってるよ」

 それは、俺が一番分かってる。

 人じゃないのも。

 死を怖れないのも。

 それは俺の特権だ。

「でも、万全くんを巻き込む必要はなかったんじゃないか?」

 そのせいで彼は責任を感じ、自ら牢屋に入った。

 そして死んだ。

「あのタイミングが、魔法を発動させるのにちょうど適していたんだよ。どこかの殺人鬼が同時刻に殺人を行ってくれたおかげで、近くまで死神が来ていたんだ。このチャンスを逃すのは惜しいし、あとはそうだ――。君を助けるためでもあった」

「俺を?」

「ああ、もし万全明理をあのまま行かせていたら、君を確実に殺していただろうからね。私はそもそも彼を止めにいったんだよ。あの日あの教室で話していた時、彼の不審な行動にはすでに気が付いていたからね。まあ、だからでこそ私はあの場所に行き、彼を止めようとしたんだが……」

 彼は運が悪かった。語部はそう言う。

「君のせいで不安定だったのは、彼だけじゃなかったよ。あのクラスの、それこそ全員が全員、多少なりとも君の影響を受けていた。今にも吐き出しそうな虚無感と焦燥感と戦っていた。彼が一番酷かったというだけの話だよ。……でも、私としても君を殺されるわけには行かなかったのさ」

「……なんで……――」

『彼女はあんたが好きだった!』

 俺は、万全くんのそんな台詞を思い出しながら、考えていた。

 そして、質問したくなった。

 なってしまった、と言ってもいい。

「――……それは、なんでだ?」

「ん?」

「お前は、なんで俺のことを殺されたくないと思ったんだ?」

「? 好きだからだよ、君のことが」

「それは『愛』という意味でか?」

「…………愛川」

 君は何を言ってるんだ?

 そう語部は言った。

「私が君を愛していた? いやあ、それは実に見事な傑作だ。一体誰にそんなことを言われたんだい? 哀赤ちゃんか? 万全くんか? それとも去年の生徒会長かい? それとも、君自身が……そう思ったのかい?」

「……だとしたら?」

「失望した」

 語部はそう言い、目の前の親子丼に手を掛ける。

 手に持ったスプーンで口に運ぶことなく、それは消えた。

「私は、君を愛してなどいなかったよ。愛川」

 ――そして、これからもね。

「…………」

 冷たく笑って。

 語部は言った。

 俺が愛し合っていたと思った人は。

 どうやら、俺の×××で。

 当たり前みたいに、幻想だった。

 俺は、もしかしたら彼女を愛していたのかも知れないけれど。

 彼女は、そうでもなかったらしい。

 彼女にとって、俺はただの同類だったのだ。

「君の事は好きだよ。どうやら他の人間達は×××していたみたいだけれどね。それは、『愛』なんかじゃない」

「…………×××か」

「そう、×××だ」

 でも、愛の正体がそれだと言っていたのも、またお前なんだぜ、語部?

「私が君に入れ込んでいたのは、君が悪魔と関わった人間で。また、私以上の最悪だったからさ。人間はね、愛川。自分よりもダメな奴の近くにいたいんだよ。哀赤ちゃんも、そうだったろ?」

「哀赤ちゃん……」

 それは鬼瞳の下の名だ。

 俺も彼女からそう呼べと急かされていたけれど。

 結局、その名で彼女を呼ぶことはなかった。

「あいつは、そんな奴じゃなかったよ」

 自分の罪を受け入れて、戦ってたんだ。

 一生懸命。

 ――けれど、鬼瞳哀赤は殺された。

「証拠は?」

「俺たちは、愛し合ってた」

 これだけは、自身を持って言える。

「その証拠は?」

「俺がここにいる」

 それが証拠だ。

 もし、あいつがいなければ、俺は生きていない。

 いや、殺されたのだった。

 アイツに。

 萌え殺されたのだ。

「なあ、語部」

「なんだい?」

「俺は、幸せだったよ」

「…………――あっそ」

 冷たく冷たく、凍りつくように彼女は言う。

 それは恐ろしいほどに、俺の心を凍て付かせた。

 けれど。

「うん」

 俺がそう頷けたのは、彼女の――鬼瞳のおかげだと思う。

 彼女が俺に教えてくれた。

 暖かい、心だった。

「だから、お前に復讐しようと思う」

「…………」

「なあ、語部」

「……なんだい?」


「鬼瞳を殺したのは、お前だな?」


「…………」

 語部は、俺の台詞を聞いて、しばらく黙った。

 そして静かに口を開く。

「証拠はあるのかい? それとも、またミステリーは出来ないなんて逃げるつもりじゃないだろうね?」

「……逃げないよ。証拠ならある」

 家に――俺と鬼瞳の二人の家に帰ると、そこで鬼瞳哀赤は死んでいた。

 ホワイトシチューの白いベールに包まれて。

 何てこともなく。

 特にロマンチックでもなく殺されていた。

 バラバラになって。

 グチャグチャになって。

 白と赤に塗れて。

 そんな彼女を綺麗だと思った。

 自分が壊れていることを、再確認し。

 俺はその死体にキスをした。

『ただいま』なんて。

 暢気な台詞を吐きながら。

「鬼瞳は、俺の部屋で殺されていた」

「ふうん」

「俺の部屋に入れるのは、俺と鬼瞳、それに――――」

 ――お前だ、語部。

「…………」

「合鍵、今でも持ってくれてるんだろ?」

 俺が言うと、語部は何も持たない右手をテーブルの上に出し、軽く握った。

 そしてもう一度その手を開いたとき、その上には鍵があった。

 俺の部屋の合鍵。

「持っているよ、今でも。私は君を愛してはいないけれどさ…………友達でありたいとは思ったんだ」

 魔法を遣えるようになっても。

 例え死神の代行人でも。

 友達でいられる奴が、欲しかったんだ。

 彼女はそう言った。

 そんな言葉に構うことなく、俺は話を進める。

「それが、お前が犯人だっていう証拠だよ。あの部屋に入れたのは、俺と鬼瞳を除けば、お前だけなんだ」

「だから私が犯人だって?」

「そうだ」

 断言して言える。

 鬼瞳を殺したのはお前だよ、語部。

「ハハッ、随分と探偵役が似合うようになったじゃないか、愛川。でもね、そんな言葉がこの世界じゃあ、人の証言よりも力がないことを君は知ってるだろう? 一言。そんな台詞は、ただの一言で覆る。そう――――


 ――それは魔法で説明が付く。


 ってね」

 魔法で鍵は開くし。

 魔法で人は殺せるし。

 魔法で人は生き返る。

 ――そんなトリックは、全て魔法で説明できるんだ。

 だから、この世界でミステリーは出来ない。

 そう、彼女は言う。

 ――――でも。

「なるほど、確かにそうだ。けれど、だからこそお前が犯人なんだよ、語部。いや……魔法少女、リーベちゃん」

「……恥ずかしいからその名前で呼ぶな」

「じゃあ、名乗るなよ……。まあ、だからでこそ、あえてこの名前で呼ばせてもらうよ。なんてったって、鬼瞳は『魔法殺人』だったんだから」

「…………」

「フルフルに調べてもらったよ。あれは確かに魔法によって死体製作された物体だった。つまり、お前が言ったように『魔法でしか、説明の付かない死体』だったんだ。それが何を意味するかといえば、犯人が『魔法少女』だということだよ。リーベちゃん」

「……魔法で説明が付く。だからでこそ、魔法で説明してみせる……か」

「ああ、もう好き勝手にはさせない」

 悪魔も、鬼も、死神も、勿論、魔法少女にも。

 ミステリーは、出来ない。。

 なら、俺が解決してやる。

 俺が戦ってやる。

 魔法殺人だって、バラバラ殺人だって。

 そんなのは、どっちだって一緒だ。

 だからでこそ。

「俺が。この世界で最初の、探偵役になる」

 この曖昧な世界で。

 魔法と科学の混同する、無茶苦茶な世界で。

 俺はミステリーをしてみせる。

「お前が犯人だ、語部」

 鬼瞳を殺せたのは、お前だけなんだから。

 魔法を遣える、お前だけなんだから。

 お前が殺したんだよ、語部。

「…………」

 俺が言うと、語部は再び沈黙した。

 それは考えている沈黙ではなく。

 どちらかといえば、まるでボーっと、何も考えないがための沈黙のような気がした。

 おそらく、彼女の中ですでに答えは出ているのだろう。

「ああ、そうだ。私が殺した」

 鬼瞳哀赤を魔法殺人し。

 同時に、万全明理を自然死させた。

 その犯人は、私だ。

 彼女はそう言って、笑う。

 シニカルに、笑う。

「なんで……。なんで殺す必要があった?」

 鬼瞳も万全くんも。

 殺される理由はないはずだ。

「殺される理由なら、あるじゃないか。もしくは、なくたって関係はないけれどね。殺人に理由はないし。まあ、そうだね。あえて理由付けをするのなら――ムカついたから、かな?」

「ムカついた? 何に?」

「何……ねえ……。そもそもの原因は、君だというのに、何にって。それは非道じゃないか、愛川?」

 語部の言葉に驚愕する。

 俺?

 俺が原因だって?

「そう、君が原因。今回の事件全てが、下手をしたら君のせい……とは言えないか。そこまで君は自意識的に人を殺していたわけじゃないしね。でもまあ、有意識で人を殺す人間と無意識で人を殺す人間。どちらが怖いかと聞かれたら、私は真っ先に無意識の人間を選ぶけどね。まあ、今回それは置いておこうか」

「……何言ってんだ? 俺が聞いてるのは、なんで鬼瞳と万全くんを殺したかってことだぜ?」

「だから、言ってるだろう?」

 ムカついたから殺したんだよ。

 君にね。

 語部はそう言った。

「……俺に?」

「ああ、うん。君さ、哀赤ちゃんが好きだったんだろ?」

 その質問に、無言で頷く。

「でもね、愛川。君が例えどれだけ愛そうが、彼女は殺人鬼だ。許してはいけない存在なんだよ」

「でも……あいつは頑張って……!」

「頑張って、殺人衝動を抑えてた? ハハッ、笑わせないでくれ。それがどうしたって言うんだ、愛川?」

「どうしたって……」

「そんなことで、彼女の罪は消えない」

「! それは……」

「いいかい、愛川。君が一年間愛していたあの娘は、殺人鬼だ。世界の異物だ。私もそうだし、君もそうだけれど。でも、だからといって人殺しを許容してはいけないんだよ」

「だから……殺したのか?」

 鬼瞳が殺人鬼だったから?

 人を殺したから?

 でもそれは。

 だからってそれは。

 鬼瞳が殺されてもいい理由にはならない!

「いいや、なるね」

 彼女は笑う。

 冷たく笑う。

「鬼瞳哀赤は殺人鬼だった。それだけで十二分に殺害される理由になる。最近は、漫画やアニメや小説では殺人鬼や殺し屋、殺人犯はまるで好いように好まれるようにカッコ良く描かれるけれど、私はあれは大きく間違っていると思うよ。人殺しはすべからず罰を受けるべきだ。いいかい、愛川。彼女はね、人を殺したんだ」

 バラバラにして。

 解体したんだ。

「それも、一人や二人じゃない。十人二十人。私たちの知らないところで、もっと殺しているかも知れない。それはね、愛川。決して許しちゃあいけない行為なんだよ」

「でも、鬼瞳は!」 哀赤は!

「頑張って、努力して、我慢していた? おいおい、愛川。君、本当にそれで彼女の罪が帳消しになると思っていたのか?」

「…………っ」

「ほら、思ってない。当たり前だよね。そんなことじゃあ、人殺しは許されない。救われないんだよ。君だってそう思っていたはずだ。なのに、鬼瞳哀赤に関しては、それを許容していた。いや、おそらく君は鬼瞳哀赤があのまま解体殺人を続けていたとしても、彼女を許していただろう。それは、なんでだい?」

「……お前には、分からないよ」

「私に分からないことなんてないよ」

 皮肉に笑って、彼女は言った。

 俺は笑わずに、口を開く。

 笑えないんだよ。

 もう、笑うことなんて。

 出来やしないんだ。

「愛していたから」

 だから俺は、鬼瞳哀赤の殺人を許していた。許容して肯定していた。

 彼女が好きだったから。

 彼女が大事だったから。

 失いたくないと、思えたから。

「そんな理由かよ」

 くだらない、と語部は呟いた。

「俺は、一年前とはちょっとだけ違うんだよ」

 少しは成長できたんだ。

 アイツのおかげで。

 少しばかりだけど。

 人間らしく、なれたんだ。

「そっか。ツマらなくなったね、愛川」

「褒められて光栄だぜ」

「貶しているんだよ。まあ、人それぞれか。なんにしても、私が鬼瞳哀赤を殺した理由はそれだけだよ。彼女が殺人鬼だったから。理由はそれで十全だ」

「じゃあ、万全くんは? 彼を殺したのもお前なんだろ?」

 先ほど、自分で自供してくれたことを話す。

 彼の件に関しては疑ってすらいなかった。

「簡単だよ。彼は、今でも君を恨んでいたようだからね。言っただろう? 君を殺されるわけにはいかなかった」

「……同類だから?」

「そう、友達だから」

 語部は静かにそう答えた。

 優しく、親しく。

 それは昔の語部の顔だった。

 まあ、昔からこんな奴だったと言われればそれまでだが。

 憎めない。

 恨めない。

 のらりくらりとゆらゆらと、昔からそんな奴だった。けれど、だから俺は彼女が好きだったのだろうし、一緒にいたいと思えたのだろうし、彼女を愛していたのだと思う。

 でも、それだってただの×××だった。

「×××ね。まあ、もう伏せる意味すらないんだろうけれどさ。君にとっても私にとっても、それはもう理解しきった事柄なのだから」

「……かもな。けどさ、語部。俺はたとえそうだったとしても――お前といられて幸せだったよ」

「過去形なのだね、やはり」

「ああ、それはもう終わったことだ」

 そして――。

「今日から()らは」

「敵同士」

 それは二人揃っての言葉。二人の台詞。二人の気持ち。想い。

 語部の一人称が、『僕』に戻ってしまったのも、また必然だった。

 僕っ子か。

 なっつかしいなー、おい。

 俺が感傷に静かに浸っていると、語部が「ふふ」と笑った。

「敵同士はいいけれどさ、愛川。君、まだ生きるつもりなのか? 世界がこんなことになって、君自身もそんな感じにボロボロになってしまったというのに、まだ生きるつもりなのかい?」

「? 悪いのかよ」

「悪い? いやいや悪いものか。生死与奪の権利はいつだって他人にしかないと言えど、この場合ばっかしは君の権利だろう。だから、いや、だからでこそというべきかな。君は、逃げることだって出来るんだよ、愛川」

 その皮肉な運命から。

 この理不尽な愛と憎しみから。

 逃げられるんだよ?

 語部は言う。

「確かに、俺は逃げられる。避けようと思えば、除けようと思えば、おそらく回避することくらいは出来る。けどな、語部。俺はもう、そんな段階とっくのとうに超越しちまってるんだよ。逃げるとか避けるとか、そんな考えが浮かんで、行動に移せるのはついこの間くらいまででさ。もうそんな行動には出られなくなっちまった」

「……なぜ?」

「約束だから」

「……哀赤ちゃんとの、か」

「いんや、自分で決めました」

 真剣な表情で言う語部に、何気なく返す。

「君……マジか……」

「マジもマジ。マージマジマジーロ」

「いや、マジレンジャーの呪文は唱えなくていいから。ふふっ、なんだ、そうかい。ならワザワザ僕がこうして出向くこともなかったかな」

「? 何か別の用件でもあったのか?」

「ああ、いや。哀赤ちゃんから言伝……まあ、この場合は遺言という形になってしまうのかな」

「お前が言うな」

「聞きたくないのかい?」

「そういう意味じゃない」

 分かっているくせに。こういうところは敵だろうが友達だろうが全く変わらないらしかった。

 そして、語部が口を開く。

 鬼瞳の最後の言葉を口にする。

「『あなたを殺すのは私なのだから、死んだら殺すわよ、ムッキー by鬼瞳哀赤』だってさ」

「byまでがアイツの台詞なのかよ」

「うん」

「は、はは、あははははは!」

 最後まで嫌な奴だ。

 これでは、何があっても死ねないじゃないか。無論、自殺も。それは俺に対しての完璧な千日手だった。

 終わらない。

 呪いみたいな言葉だった。

「死んだら殺す……ね。なかなかシャレが効いてるよね、哀赤ちゃんは。昔から実に聡明な子だったけどさ。いやいや、どうだい? 一生消えない呪いを掛けられた気分は?」

「最っ高」

「変態」

「魔女っ子」

「ぐ、言い返せない……」

「まあ、それにほら、それって一生消えない愛の言葉でもあるしさ」

「バカップル」

「褒め言葉でしかねえな」

「場カップル」

「その場だけのカップルみたいに言うな!」

 語部が話し、俺が突っ込む。

 まるで一年前のように、俺たちはそのまましばらくそうしていた。

 きっと懐かしんでいたのだろう。

 もしくは名残惜しんでいたのだ。

 あの頃を。

 そしてこの時間を。

 もう二度と、俺と語部が仲良く話すことなどないのだから。

 それだけは、もう二人の仲の決定事項なのだから。

「さて、じゃあそろそろおいとまさせていただこう。君の貴重な学習時間を削ろうと思うほど、僕は時間に縛られてはいないからね」

 語部がそう言い、席を立つ。

 食堂の壁に掛けられている時計を見ると、確かにそろそろ五時限目の授業開始を告げるチャイムが鳴るような時間だった。

 夢の時間は、終わるのが早い。

 そういうことだ。

 俺も席を立つ。

「ああ、じゃあな。語部。もう会うことはないだろう」

「そうだね。もう、僕たちは友達じゃないのだし」

 そう言いながら静かに拳を前に突き出す語部。必然、それは俺のほうを向く。

 コイツは、こういうところ男らしいというか何と言うか。

 まあ、そんなお前が――いや、よそう。それは無粋って奴だ。

 俺もまた、静かに拳を前に出し、語部の拳と突き当たるようにする。

 そして、その拳をお互い、コツンと当て合う。

「絶交だ。語部」

「縁がちょだよ、愛川」

 言い合い、切り合う。

 勿論、この場合切るのはお互いの縁。

 もう二度と会えないという証。

「そんなお前に、最後に最悪をプレゼント」

「へぇ、なんだい?」

「今回起こった事件は全部、魔法を遣わなくても実行可能なんだぜ? さっき『魔法殺人』なんて大層な言葉を使ったけれど、そんなモノを遣わなくても、魔法なんて遣わなくても、今回の事件すべては実行可能。実現可能なんだよ」

「…………」

「第一の事件。まあ、これは事件というか簡単なお話し。万全くんを目撃者とし、『語部了子が自殺した』と思わせれば、死体は何でもいい。誰でもいい。そう例えば、昨日の夜にどこかの殺人鬼が殺した奴の死体とか。そうすれば、警察が司法解剖とか身元の確認とか、そういったアレコレをする前に万全君が『あそこで死んでいるのは語部了子だ』って言ってくれるからな」

「…………」

「おかげで騒がれてたぜ、死体が消えたってな。あれはお前の死体が消えたんじゃなくて、殺人鬼が殺した死体が消えたってことだったんだ。お前の死体は初めから存在なんてしてなかった」

「…………」

「第二の事件。万全くんの事件。つっても、これはお前が『私が自然死させた』と言っているだけで証拠も何もない。そもそもこれは事件なんかじゃないんだ。勿論、魔法殺人でもない。これはただの偶然で、ただの自然死だよ」

「…………」

「第三の事件。鬼瞳の事件。これはまあ、事件か。けど、『魔法殺人』でなくとも犯行は可能さ。さっき話した通り、お前はまだ俺ん家の鍵を持ったまんまなんだから。ただその鍵をもってして、俺の部屋に入り、ベッドの下ででも鬼瞳を待ち伏せてりゃあそれでいい。料理してる時なんて、ほとんど他のこと気にしてねえから、ちょうど頃合いかもな。美味そうなシチューが台無しだったぜ」

「…………」

 しばらくの間、顎に手を当て考えるポーズをとる語部。

 数秒経ってから「うん」と顔を上げた。

「なるほど、良い武器を持ったね、愛川。それは『魔法殺人』の否定にはぴったりだ。しかしまあ、それがいつまでも通用するとは思わないけれどね。この世界はすでにファンタジーに侵され、犯されてしまっている。そんなミステリー、何度も言っているけど、いつまで通るかな?」

「ハッ、いつまでだって通して見せるさ。それが唯一、俺が世界に対してできる存在証明だ。それに、頑張って生きてないとどっかの殺人鬼に殺されちまうからよ」

「……そうか。君は戦う道を選んだか」

 世界と戦う道を。と語部は言った。

「ああ、俺が壊したんだ。俺が元通りにするさ」

 何もかも、全部を全部。俺が元に戻す。修正する。否定する。蹂躙する。崩壊させる。

 それが、俺の世界にできる唯一のこと。

 だから――。

「戦うよ、俺は」

「そうかい。悪くはない、止めはしないさ。君が選んだ道だ、君が歩むと良い。それじゃあ、僕はこれで失礼しよう。あまり長居しても格好が付かないだろうしね」

「ああ、じゃあな、語部。二度と会う事の無いように」

「うん、お互いの厄災と息災を祈って」

「さようなら」

「バイバイ」

 最後にそう言って、語部は霧にでもなったかのように風に吹かれ消えてしまった。まるで、初めからいなかったかのように。いや、本当に初めからいなかったのかもしれない。それこそ二年前、俺とアイツが出会った時からもう、アイツはいなかったのかもしれない。今まで見ていたのは俺の頭が生み出した幻想で、俺はまんまとそれに踊らされていたのかも知れなかった。

 しかし、そんなことを否定するかのように、それを見つける。

 テーブルの上に一つ、小さな鍵。

 それは見るまでもなくうちの合鍵で、考えるまでもなく、語部が置いて行ったものだった。

 これで、おそらく本当に俺とアイツは二度と会うことはないだろう。

 《冷笑趣戯》。

 シニカル。

 シニシズム。

 シズシニカルの語部了子。

 彼女は確かにそこにいて、そして、二度と俺の前に現れることはないのだった。

 それに、何をどう言い繕ったところで鬼瞳を殺したのは語部なのだ。

 そのことを忘れるわけにはいかなかった。

 と、そんなことをしているうちに五限目の授業のチャイムが鳴ってしまった。辺りを見ると食堂にはもう俺しか残ってはいないようだった。

 まあ、当たり前か。

 食堂で魔法少女と話しているのなんて、俺くらいのものだろうし。

 合鍵を制服のポケットの中に無造作に入れ、教室に向かうため食堂を出た。

 結局。

 俺は、また一人になってしまった。

 愛する人を失って。大切な親友を失って。同じ想いを共有する人もいなくなった。

 一人。

 結局結論。俺は今回も、どこにもたどり着けなかったのだ。

 辿りつけたと思ったのに。けれど、そこはただの通過点だったようだ。

 一連の出来事が終わろうと、一つの事件が終わろうと、俺の人生のエンドマークはまだ当分先のようである。

 しかも、自分でそれを付けることを封じられてしまった。

 永遠の呪いと、永久の愛の言葉で。封じられてしまった。

 まぁ、もう終わってしまったことは仕方がない。

 俺は戦うことを選んだのだから。

 戦うしかない。魔法も、悪魔も、死神も、魔法少女も否定して戦うしかないのだ。

「はーあ、もういっちょ、頑張りますかー」

 それは次の五時限目に対しての言葉か、それとも世界と戦う決意の言葉か。

 まぁ、どっちもだ。

 そんなことを廊下で独りグチる。

 五時限目の授業はもう始まっているので、今から急いでも仕方がないとゆっくり歩くことにした。保健室に行っていたことにでもすれば、お咎めはないだろう。

 うん、でも何にしてもこれで一件落着したわけか。

 いやまあ、一件落着というには――そんな気軽な言葉を遣えるほどの結果ではなかったが。

 少なくとも、もう鬼瞳哀赤はこの世界にいないのだし。

 改めて、失ったものの大きさを知る。

 鬼瞳哀赤。

 殺人鬼。

 俺の、愛し合った人。

 もう、彼女は帰ってこないけれど、でも、彼女と過ごした時間はしっかりと俺の中に刻まれていた。彼女はその宣言通りおそらく一生、俺の前から消えることはないだろう。

 約束は守るやつだった。

 胸が締め付けられる感覚。鼓動が速くなる感覚。考えがまとまらない。とてもじゃないが、冷静でなんていられない。そんな感覚は、今でも俺の中にある。

 俺は、まだ鬼瞳のことが好きだった。

 たとえそれが×××でも、確かに――愛川無機は鬼瞳哀赤を愛していました。

 いや、愛しています。

 今でも。

 これからもずっと。

 愛しています。

 だから――。

「俺を愛してくれて、ありがとう」

 愛とか。

 憎しみとか。

 そもそも感情とか。

 というか世界そのものが、なんだが全部平等に見えて、違いが分からなくて、どうでも良かったのだけれど。

 もう、そんなことも言っていられない。

 俺は、世界と戦わなくてはならない。世界に興味を持たなければならない。

 愛も憎も皮肉って、冷たく苦しく悪魔的に笑ってやらねばならない。

 俺は、お前が嫌いだよ、世界。

 だからさあ、戦おう。

 どんな理不尽も、どんな不都合も、どんな不条理もきっと乗り越えてみせるから。

 全部全部を否定して、全て全てを皮肉ってやるからさ。

 お前を絶対、変えてみせるから。

 この世界の、名探偵として。

 俺は閑散とした廊下を歩きながら、独り言う。



                                『お前、間違ってるよ』





《Scalping LOVE is BAD END. Thank you!!》




 足掛け一週間強。初めから読んでくれた人も途中から読み始めた人も、途中でやめてしまった人も、ありがとうございました。

 愛川君の物語はこれで終わりですが、彼はこれからもきっと不幸と不安と不利と不正に見舞われながらそれでも世界と戦っていくでしょう。皆さんも、目の前の逆境に負けず、頑張ってください。それでは。

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