夕焼けの資料室と、世界で一番甘い『初めてのキス』
「……本当に、目を閉じちゃっていいの……?」
資料室のドア越しに聞こえる遠くの運動部の掛け声すら、今の俺たちには遠い世界の出来事のように思えた。
「ううん……やっぱりダメ。目、開けてて?」
姫宮星奈は桃色に染まった頬をさらに赤くさせながら、少し震える声でそう言い直した。
頭に付けたふわふわの猫耳カチューシャが、彼女の小さな動きに合わせて揺れている。
「目を開けて……私のこと、ちゃんと見ててほしいの。画面の中のアイドルでもない、高嶺の花でもない……蓮くんの前でだけ見せる、本当の私の顔を……」
至近距離で重なり合う視線。
彼女の瞳には、夕日の朱色と、目の前にいる俺の姿だけが鮮明に映し出されていた。
ふわりと香る、甘いイチゴのシャンプーと彼女自身の微かな体温。
彼女の細い指先が俺の首元に回され、爪が少しだけ制服の襟をギュッと掴む。
「……蓮くん。私ね、ずっと怖かったんだ」
彼女の桃色の薄い唇が、吐息と一緒に微かに震える。
「誰も本当の私を見てくれないんじゃないかって。学校では『高嶺の花』として扱われて、画面の向こうでは『完璧なVTuber』として期待されて……。どこにも『本当の姬宮星奈』の居場所なんてないと思ってたの」
「星奈ちゃん……」
「でもね……蓮くんが私を見つけてくれた。私の歌を好きになってくれて、私のドジなところも、弱いところも、全部優しく抱きしめてくれた……」
彼女の瞳から、ポロリと一粒の大きな涙が零れ落ち、夕日を浴びてキラリと光った。
「私を『一人の女の子』にしてくれたのは、蓮くんだけだよ。だから……私の初めては、全部蓮くんにあげるの……っ♡」
そう囁いた瞬間、彼女は背伸びをして、小さな唇を俺の唇へとそっと重ねてきた。
「……んっ……♡」
柔らかくて、ほんのり甘くて、バタークッキーのような味がする熱い触感。
瞬時に頭の中が真っ白になり、全身の血が一気に駆け巡るような感覚に襲われる。
彼女の小さな手が俺の背中に回され、抱きしめる力が強くなる。
二人きりの資料室の中、重なり合った唇から、甘い吐息と微かな水音が静かに響き渡った。
しばらくして、ゆっくりと唇が離れる。
「……ふぅ……っ……はぁ……っ」
顔を真っ赤にした星奈ちゃんは、上気した熱い呼吸を漏らしながら、トロンとした甘い瞳で俺を見つめてきた。
その表情は、配信で見せるどの笑顔よりも、学校で見せるどの表情よりも、世界で一番愛らしく、官能的で、そして愛おしかった。
「……蓮くん……っ♡ 私の……『特別すご褒美』……どうだった……?」
「〜〜〜〜っ! 一生忘れられないくらい……最高の褒美だよ……っ!」
俺がそう答えると、彼女は安心したように「えへへ……っ」と花が綻ぶような笑顔を見せ、そのまま俺の胸元へと倒れ込むように抱きついてきた。
「よかったぁ……っ! 私ね、心臓が爆発しそうだったんだからね……っ! でも……すごく嬉しかった……っ♡」
俺は彼女の細い腰をしっかりと抱き返し、その柔らかい体温を全身で受け止めた。
「星奈ちゃん……俺も、星奈ちゃんのことが世界で一番大好きだ。これからも、ずっと隣で支えるから」
「うん……っ! 約束だよ、蓮くんっ! 学校でも、家でも、配信でも……ずっと私の1番近くにいてね♡」
夕闇が二人を優しく包み込んでいく資料室で、俺たちは二度目、三度目と、さらに深くて甘いキスを重ねていったのだった。




