夜明.遥か遠き夜穿つ二人
そうして二人はヴァーメイユ樹海を出て、彼女の個人端末に電波が通じる場所までゆっくりと並んで歩いた。樹海の中にいたときは霧と呪いとで分からなかったがいつの間にか日が暮れかけ、空は茜色に染まっていた。
「――空から降る異形?」
「ええ」
「……漠然とした記憶しかないけど、“前”の君の元へ送り出した分体が戦ったはずだよ」
「……それって」
彼が“彼女”を探し出すため千年の間、人の世へ放ち続けていた分体のこと、そして彼らから得た記憶の話を聞く。一番最後の分体が辿り着いた“彼女”が、まさか異形と戦い続け、記録を残した勇敢な先人として尊敬していた『青月の聖女』であったとは。そんな先人と己の繋がりを知って流石の彼女も驚いた。
「今では、それがどこから来るのかも判明しているの。こちらの対応に合わせて少しずつ変化があるから、もしものために魔物を探しに来たの――結果として、貴方に再会できたのだけれど」
「……もしかして、まだ魔物を探す気でいる?」
「そうねぇ……貴方一人に重荷を背負わせたくはないし、人類全てを守るとなったら数は必要だし……」
空を眺めながら彼女がそう答えると、彼は凄く不満そうに半眼になって「やだ」とまるで子供のように呟いた。
「やだ、って貴方……」
「人外との契約は魂を結ぶんだ。僕以外のやつに君と契約させたくない。絶対やだ」
「けれど――」
「絶対だめ。人間のために世界中駆け回ることになっても僕一人にして」
「……そうすると、私と過ごす時間が減ってしまうわ」
「!!」
駄々をこねていた彼は彼女のその一言でビャッと猫の子のように肩を跳ねさせた。
「……ずるい」
「狡くて結構よ」
形の良い唇がきゅ、と不満げに尖る。硬質な美貌に似合わぬ幼い仕草が可愛くて、彼女はころころと笑った。
「……じゃあ、根本を解決するのは?」
「根本を?」
「さっき異形がどこから来るのかは判明してるって言っていたよね」
「ええ、言ったけれど……空の向こう、宇宙の遥か彼方なの。今の魔導科学力では手が届かないわ」
私だって撃てるものなら撃ちたいわ、と肩を竦める。そんな彼女をじっと見て、彼はほんの少し、得意げに微笑んだ。
「僕、千年前に星を一つ落としたんだよ」
「……!」
“君”を殺したから、彼らが一番尊んでいた星を落としたんだ、と彼は言う。柘榴の瞳に獰猛な光がちらついた。
「……『星落の禍神』」
「?」
「貴方の名として、現代に伝わっている名前よ。そう言えばそうだったわね……」
金の瞳に智の輝きが灯った。瞬く間に真剣になる横顔に、彼は「綺麗だなぁ」と呑気な感想を抱く。何かを考えているときの“彼女”は、いつの時代もとても美しいのだ。
「――やってみましょうか」
顔を上げた彼女に、彼は柔らかく笑んで頷いた。丁度そのとき、彼女の個人端末が電波の受信を通知する。パッとそれを開いた彼女は首席射手の顔で連絡ツールをタップした。
「……雪星、私よ。昇降機を白霧の国へ下ろしてちょうだい。説明はあとでするわ。ええ、座標は把握してる。ええ、頼むわ」
次席射手に昇降機の降下を申し付け、楽しそうな様子を隠しもしない彼を横目に今度は国際協働軍総司令部の通信官へ。一度浮遊天文台に戻ることを告げ、上手くいかなかった場合だけ素直にお叱りを受ける、と笑って通信を切る。
彼女は明星のようにきらきらした目で彼を再び見上げた。
「私に力を貸して」
「勿論。君の望むままいくらでも」
「ありがとう」
「うん」
この星の夜空に留まり続ける浮遊天文台がこの辺りの夜を行く際の経路を思い出し、白霧の国の上空に差し掛かる頃の座標と、端末が告げる現在地との距離を確かめる。
「ふぅん……ちょっと遠いわね……」
「地図? 僕にも見せて」
「今いるのがこの青い印の場所。目的地がこの赤い印」
「大体分かった、任せて」
「え?」
目を丸くした彼女を、彼はいそいそと抱き上げた。女にしては長身の彼女が、今世で初めてされる横抱きである。戸惑いを見せた彼女の額に冷たい口づけを一つ落として、彼はニッと小さく笑った。
「目を閉じていて。影の中の景色は人には毒だから」
それで大体を把握した彼女は、早速頼りがいのあること、と苦笑して大人しく目を瞑る。それを確かめてから、彼はとぷん、と足下の影に身を沈めた。
移動は、ほんの一瞬のように感じた。ふっと周りが冷たくなって、乾いた空気に触れたような心地がした直後にはすぐ、辺りが明るくなった。もういいよ、と囁かれて目を開ければそこは目的地近くの路地裏であった。
「……凄い」
「影は僕の手足だからね」
「助かったわ、ありがとう」
「どういたしまして」
移動中に何かしたのだろうか、彼はいつの間にか神話世界の住人らしい黒衣から、現代に馴染む黒いロングコート姿になっていた。コートの下はこれまたブラックのスリーピース。オフィス街を歩いていても違和感がないどころか、どこのモデルかと声をかけられそうなほど様になっている。
「……素敵ね」
「そう? 良かった。影の中を歩く間に現代の人間を覗き見てそれらしくしてみたんだ」
彼女は、何だか自分でも信じられないほど心臓が跳ねたのを感じて彼からそっと目をそらした。千年越しの再会の熱が落ち着いてきたからか、目の前の美しい彼に心ときめかす余裕が生まれてしまったみたいだ。彼女は元々美しいものが好きなので致し方ないとも言える。
「こほん。さ、あのビルのヘリポートよ。行きましょう」
「うん」
浮遊天文台の射手の身分証でヘリポートの使用許可を得て屋上へ。その頃には、白霧の国に夜が訪れ始めていた。藍に染まり始めた空の向こう、航空障害灯の赤が点滅しているのが見えてくる。そのまま待っていれば、昇降機の姿も目視で確認できた。
「……人間は随分進化したね」
「そうね。あくまでも、人の領分の中でだけれど」
昇降機の戸を開ける。乗り込んで、パネル操作をしながら彼を振り返った。
「だから人の領分の外のものと戦うには、貴方のような存在が必要なのよ」
彼は嬉しそうに頷いて、迷いなく昇降機に飛び乗った。
――――――
浮遊天文台の次席射手、雪星は緊張した面持ちで狙撃台を見つめていた。
そこには彼女が尊敬してやまない麗しき首席と、彼女が地上から連れ帰ってきた美しい青年の姿をしたものが立っていて、開発班員と共に何やら狙撃砲について話し合っている。
モノトーンの中に鮮烈な柘榴の色の瞳を持った彼は、首席が見つけ出した古代の魔物であるそうだ。しかも、白霧の国の禁域の主『星落の禍神』らしい。
いったいどんな風に手懐けたのかしら、と雪星は首席の手腕に惚れ惚れした。
純白の瞳を輝かせる雪星の前で、興奮した様子の開発班員が魔導式天体望遠鏡を引っ張り出してきて狙撃砲の横に並べる。
開発班員は、魔物へ向けてあれやこれやと信じがたい早口で使い方を説明し、美しい彼に半眼で見られながらも「早く早く」と急かしていた。聞いていた雪星は内心首を傾げる。あの天体望遠鏡は、異形の生まれ出るところ、つまり宇宙に浮かぶ巨大な胎児の形をしたものを見るときにしか使わない。彼にそれを見せて何をするのだろう?
開発班員に押され気味な魔物の横で、首席が天体望遠鏡を覗いて(その所作までびっくりするほど優美なので雪星は感嘆の溜め息を漏らした)不敵に微笑む。そして接眼レンズを離れた黄金の瞳が、雪星の視線に気づいてこちらに向けられた。
「雪星、私たちが何をしようとしているか気になって?」
「っ、はい。説明はあとで、と仰られていたのでそれまで待つつもりですが……つい……」
「ふふ、素直でよろしいこと。いいわ、彼がアレを見るまでまだ少しかかるでしょうから話しましょう」
そう言って首席は狙撃台を下りてきた。ハイヒールの踵が数段の階段を叩く音すらうっとりするほど完璧だ。彼女は片手の個人端末を操作して壁際の大型モニターに資料を投影した。そこには星系図と、手書きの矢印、この星と異形を生む宇宙の胎児との距離の概算が書き込まれている。
「結論から言いましょう、私は今から“これ”を撃つわ」
狙撃台に集まった者たちがざわつく中、レーザーポインターがくるり、と示すのは宇宙の胎児。異形を生み出してはこの星に送り込む謎の巨塊で、浮遊天文台の最終狙撃目標。
「彼の異名はさっき話したわね。彼の力は星に届く。古代のことだから該当の星の位置は不明だけれど、この星から“天の星”と認識できるものはどれも“これ”より遠くにある」
だから彼の力は“これ”にも届くはずよ、と首席は愉しそうに笑う。雪星は半ば無意識にごくり、と唾を飲んだ。
「射手は私。補佐は彼。この狙撃砲は壊れるかもしれないけれどそれは開発班からOKを貰ったわ」
さらり、と黒の長髪を払って首席は自信に裏打ちされた不敵な笑みを浮かべて見せる。誰も彼も魅了する、黒金剛石のような鮮烈な輝き。彼女ならやれる、そう信じさせるカリスマ。
「今日のこれを、浮遊天文台の最終狙撃にしてあげる」
雪星は、目の奥が熱くなってぐっと唇を噛んだ。周りでは胸を押さえて膝から崩れ落ちている者もいるし、我慢できずに「首席ぃ!!」と叫ぶ者もいる。世界最高峰の魔導士が、彼らの尊敬する首席射手が、今この場で! 古代の魔物を連れ、神話世界の神秘をここに顕現させようとしているのだ。こんなの、皆好きに決まっている!!
「今、急ぎで狙撃砲に概念封入式を組み込んでもらっているわ。この星と一定の距離を保ちながら公転についてきている以上、“これ”も衛星の一種と定義できる。できるだけ“星である”と定義付けて、彼の権能の及ぶものであるという概念を押し付けるの」
今は存在を確認してもらっているところ、と彼女は締め括った。その後ろで、開発班員に囲まれながら何とか天体望遠鏡を覗いた魔物の彼が「見えた」とくぐもった声で答える。
「――うん、大体分かった。星ではあると思うよ。冷えていて、命もなく、意志も宿命も持たない幽霊のようなものみたいだけど」
天体望遠鏡を離れた彼が、レンズというものに慣れなかったのか不器用な瞬きを繰り返しながらそう言って狙撃台を下りて首席の隣に並んだ。白い手が首席の細い腰にするりと回る。彼女の頭に頬を寄せて「問題ない、僕の敵じゃないよ」と笑った。
あらあら、と目を丸くする雪星の横でそれを見ていた金髪の白露が「イ゛ッ!! ナニソレェッ!!」と奇声を発しながら膝から崩れる。そんな彼女を支えようとした同期の日輪は、首席が嬉しそうに淡く微笑んで「それは重畳だわ」と魔物の頬を指先で撫でたのを見て同じように床に沈んだ。仲良し同期である。
「首席! 概念封入式、プログラム完了です! いつでもいけます!!」
額に汗を浮かべて目をキラキラさせた開発班員が狙撃砲から顔を上げた。
「流石、早いわね」
「それほどでもあります! 気前よくやっちまってください!!」
自己評価が高いのは良いことだ。首席は笑みを深めて狙撃台に歩み寄る。その隣にぴっとりと寄り添う魔物。黄金の瞳と柘榴の瞳が視線を絡めた。さあ、宇宙に浮かぶ人類への呪いを撃ち砕く時が来た。
長い黒髪をさらりと払って、首席が狙撃砲の前に座る。金の瞳が魔導式スコープを覗き、華奢な手が左右の持ち手を握った。白銀の砲身に魔物の彼が手を添える。組み込まれた概念封入式が彼の魔力で紅色に輝き始めた。
「――見えたわ」
「うん」
魔物の彼の力によってスコープの性能が跳ね上がる。首席の目には、宇宙の至極色の中にぽっかりと浮かぶ冷えた胎児がよく見えた。いつもの手順で、明け黄金の魔力が狙撃砲に注ぎ込まれ、白銀の砲身に刻まれた術式回路が金色に輝く。
集まった魔力が砲口に集束する。コォォ、と限界まで張りつめた魔力の震動が音を立てた。
「さぁ、最終狙撃よ」
全力を注いでいるからか、彼女の瞳もまた明けの日差しのように輝いている。
「――発射」
命令は常の如く淡々と。魔力の震えがふっと止む。矢を放つ直前の弓のような刹那の静止。そして一瞬の静寂の後、鋭く風を切る発射音を残して光の矢が放たれた。
反動で砲身に亀裂が入るのを感じつつも彼女はスコープを覗き続ける。冷えた胎児は睨む先で何も知らずに身を丸めていた。きっと害意など無いのだ。意味もなく、意志もなく、ただある日発生した呪いの塊。人類にとっての理不尽が形をとって宇宙に生まれたもの。恨む対象はそこにはない。理不尽とは、元来そういうものである。
魔物の彼が柘榴の瞳の瞳孔を細くして光の矢の向かう先を見据えている。至極色の宇宙の中を、遥か遥か、遠くへと翔る黄金の矢。無慈悲にも人類に課せられた呪いの夜を穿つ一撃だ。
――そして。
二人の見据える先で、ついにその矢は届いた。冷えた胎児の頭部を過たず撃ち抜き、星を落とす権能をもってその全身をゆっくりと、だが確実に崩壊させていく。
呪いの塊が完全に崩れ去り、決して戻らないと分かるまで、二人は宇宙の果てを見つめ続けていた。狙撃台に集まった誰もが、その静寂を緊迫した沈黙でもって取り囲んでいる。あれが見えているのは二人だけ、彼らは聞くまで結果が分からないのだ。ただ一つ、自分たちの首席ならやってのける、と。その確信一つで彼らは黙して待っていることができた。
やがて。
首席がそっとスコープから離れる。魔力を使い果たした疲労感でふらついた彼女を魔物の手が支えた。少し青褪めた顔で彼を見上げ「ありがとう」と微笑んだその額に「お疲れ様」と柔らかなキスが落とされる。
支えを受けて立ち上がり、首席は狙撃台に集まった浮遊天文台の仲間たちを見下ろした。期待と緊張で輝くいくつもの瞳。その一つ一つを万感の思いでもって見つめ、彼女はしっかりと頷いた。
「成し遂げたわ」
真っ直ぐな一言。直後狙撃台は爆発的な歓声に包まれた。
「やったーッ!!」
「流石首席っ!」「最高!!」
「よっ、世界最強の魔導士!」
「これでお役御免だぜ!!」
「万歳!! 首席射手万歳!!」
浮遊する天文台が揺れたかと錯覚するほどの歓声と拍手に、首席の彼女は目を丸くして、それから少し照れたように小首を傾げた。わーっと集まってくる射手たちを大人しく受け入れてもみくちゃにされる。流石に、魔物の彼も一歩引いて苦笑しながらそれを眺めていた。彼女の一番が自分だと確信があるからこその余裕である。
「やった、やりましたね!!」
「首席なら絶対いつかやり遂げると思ってたんです!」
「今年の国際魔導士賞は首席で確定だ!!」
「うおぉぉっ!!」
「分かった、分かったから、んふふ、皆のお陰でもあるのよ」
「魔力のキレが違ったなぁ!」
「……ハッ、もしかして浮遊天文台の役目が終わったってことは」
「首席の研究をする間も無く、俺たち解散、ってこと……?!」
「イヤァァァッ!!」
開発班の様子がおかしくなり始めたくらいに射手や他職員は落ち着きを取り戻し、もみくちゃは止まった。少し頬を赤くした首席は「報告書をまとめなければね」と各班長を呼び寄せて指示を始める。それを終えて皆が狙撃台を出始めてから、ようやく力が抜けた。ふっと崩れた体を、すぐ傍らに来た彼が抱きかかえる。
「頑張ったね」
「……ありがとう、貴方のお陰だわ」
「ほとんど君の力だよ。僕は定義と視界を貸しただけだ」
「助かったのは本当だもの。素直に感謝されてちょうだいな」
「……うん、分かった、そうする」
彼はちょっと照れ臭そうに微笑んでこっくりと頷いた。そのまま、彼女を掬い上げるように横抱きにして「部屋は?」と歩き始めた。
服越しの胸板に頭を預けながら、口頭で道を伝えて彼女は少し目を閉じた。心地よい揺れに身を任せつつ「ねぇ」と彼を呼ぶ。
「どうしたの」
「……何でもないわ」
「ふ、ならいいけど……それで、本当は?」
「…………好きよ、千年前からずっとね」
動揺したらしい彼の歩幅がぶれるのを感じながら、彼女は小さく笑って訪れた眠気にそのまま身を任せた。
腕の中から静かな寝息が聞こえてきて、彼は何度か瞬きを繰り返すと囁くように「しょうがないなぁ」と苦笑した。
「僕も好きだよ、この先もずっと」
――――――
魔導科学宇宙観測狙撃拠点、通称『浮遊天文台』はその日をもって役目を終えた。
国際協働軍は本拠点を空から降ろすことを決定、所属チームも解体となり浮遊天文台で日々を過ごしていた者たちは地上に降りることになった。
「うぇぇぇぇんっ!!」
「こ、こら、白露、首席が困ってるでしょ」
「ひっ、ひっく、だってぇぇぇ……!!」
「泣かないで、白露。私、貴方の笑顔が好きなのよ」
「う、うぅ、首席はずるい……すき……」
解体の決定から一月後。目映い朝日の注ぐ国際協働軍総司令部の本拠地である基地の発着場にて、久々の地上へと降り立った者たちは別れを惜しんだり新天地への展望を語り合ったりと忙しかったが、首席射手の彼女に懐いていた者たちはぴぃぴぃ泣いていた。ちなみに、彼女の魔力と魔物の彼を解析したがっていた開発班たちは降下前から今までずーっとぎゃあぎゃあ騒いでいる。
そして、今一番泣いているのが金髪の白露である。同期の日輪に宥められてもびゃんびゃん泣いていたが、首席本人に頬を撫でられてようやく泣き止んだ。
「ふふ、良い子ね。笑ってちょうだいな。別に今生の別れではないのだから、ね?」
「ふぇ……ほんとに会ってくれるの……?」
「勿論よ。当分は国に帰らずあちこち旅をして回る予定だから身軽だもの」
「しゅ、首席、なら私とも会ってほしいです」
「ええ勿論。日輪と白露と、二人とも何だかんだこの後も一緒にいそうだものね」
おずおずと手を挙げた日輪に笑いかけ、彼女はゆったりと頷いた。
『金穂の国行きのが来ましたよー、ご搭乗の方はどうぞー!』
そこへ、二人が乗る予定の飛行機の到着を告げるアナウンスがかかる。白露はまた眉をハの字にしてふやふや目を潤ませたが、それをキュッと拭いてビシッと姿勢を正した。
「お世話になりましたッ!! 首席みたいな魔導士になれるようにこれからも頑張ります!」
「私も、白露共々精進を重ねます。またお会いしましょう、首席」
「ええ、必ず。次に会うまで、元気でいてね」
「「はいっ!!」」
浮遊天文台に上がった頃から何くれとなく面倒を見ていた二人が、初めて会ったときより随分しゃっきりした背を向けて去っていくのを穏やかな顔で見送り「またね」と囁いた彼女の背後に、ふ、と気配が現れる。腰に腕が回り、頭に冷たい頬がすり寄せられた。
「これで、二人きりだね」
「ふふ、彼女たちが行くのを今か今かと待っていたのね。可愛らしいこと」
「だって、君がちゃんと挨拶したいだろうと思ったから……」
「分かっていてよ、貴方が愛らしいからつい意地悪を言ったわ。お気遣いをありがとう」
彼の腕の中でくるりと体を反転させる。くっついたまま向かい合い、至近距離でじっと見上げると彼の白い頬がじわ、じわ、と赤くなっていく。自分から密な触れ合いを仕掛けてくるくせにまだまだ初なのだ。可愛い。
「色々なところへ行きましょう。それでお気に入りの場所を見つけましょ」
「……うん」
「骨を埋める場所を定めるもよし、最期のときまで旅するもよし、ね?」
「……ふ、楽しそうだね」
「ええ。貴方にはたくさんのものを見せてあげたいわ」
「うん、君となら、どこへでも」
「ええ」
彼女はきゅっと背伸びして彼の冷たい唇を奪った。目を丸くした彼に微笑みかける。
「愛してるわ、貴方」
ぶわわ、と白皙の美貌を赤くした彼は「君はいつも容赦がないね」と苦笑する。
「僕も、愛してるよ」
彼女は満足げに笑みを深め、彼の手を引いて歩き出した。もう二度と離れることはないと確信した、軽やかな足取りだった。
朝日は眩しかった。千年の夜が明け、これからはこの輝きの中を彼女と共に歩んでいく。彼はその眩しさに目を細め、朝の光の中へ踏み出していった。
最終話までお見届けくださいました読者様、本作はこれにて完結となります。
最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございました。
ここまで読んでくださった皆様には心から感謝しております。本当にありがとうございました。
最後に、本作をお楽しみいただけたようでしたら、この下にございます☆をお気持ちの分だけ押していっていただけると嬉しいです。
また、重ねてのお願いとはなりますが、いただけるようでしたら、一言でも構いません、感想を残していっていただけると尚更嬉しく思います。
それでは、また次の作品にてお会いできることをお祈りいたしまして、終わりとさせていただきます。ありがとうございました!!