はじまりはじまり
じい様が死んだ。この世界で真っ先に私を受け入れてくれたじい様が死んだ。沢山遺産はあるのに、自称親族も知人も現れない、寂しい最期だった。
手続きやら葬式やらを済ませて、私は日常に戻る。今のところの仕事は、家庭菜園の畑とアパートの維持だけだけれど。
三階建ての、北に玄関のあるアパート『だんそん』は、じい様から引き継いだ遺産のひとつだ。こんな山奥の集落に、三階建て三十部屋もあるアパートを死ぬ前に建てるとか、じい様は馬鹿だと集落のジジババは言う。
だけれどきっと、じい様は分かっていたのだ。
『世界中に、ダンジョンが出現しました!』
そのニュースが流れたのは、じい様が死んでからたった半年後、アパート『だんそん』が建ってから一年後のことで。
「流石じい様」
じい様は、これが来ることを分かっていたのだ。分かっていたから、こんな山奥の集落にアパートを建てたのだ。
『見慣れない洞窟を見つけたら、110番まで連絡を』とニュースキャスターが伝える中、私は早速受け継いだ山へと歩く。『だんそん』の玄関側向かいの自宅から『だんそん』側へと、東隣の道路を歩いてすぐ。チェーンで境界を区切られた、草の生えていない砂利道の私道へ。その登り坂を登ること五分。真新しいトタンの掘っ立て小屋が、山の斜面にくっつくように存在している。
「ようやく、私が『私』として生きられるのね」
私は念のために『権限』を発動し、集落を自分の『領域』へと組み込んだ。
「さてと、本体のここは大丈夫かな?」
掘っ立て小屋の南京錠を開け、中に入ると、農機具の棚の向こうに、洞窟があった。
黙々と洞窟を進むと。
「大丈夫、そうかな?」
そこには、偽物の太陽に照らされた湿地が広がっていた。
「【接続】」
私は、この洞窟と、このダンジョンと、私の本体と【接続】し、状況を確かめる。
「うん、大丈夫ね」
【接続】した状態で、私は本体の設定を変更していく。
「スポーンフィールド、採取ポイント、採掘ポイント、ボス部屋、全てアクティブへ。生命維持機能通常稼働へ。『氾濫』機能はノンアクティブのままでいいね」
設定変更を終え、【接続】を切り、私はダンジョンの外へと出る。
「スマホはー、家だわ」
さっさと自宅に帰り、
「1、1、0、と」
ニュースで伝えられていた通りに通報する。
待つことしばし。
『こちら△△警察署です。事件ですか? 事故ですか?』
「あのですね。ニュースで見たよく分からない洞窟を見つけたんですが」
『ダンジョンですね? 場所はどちらですか?』
よく考えたら、あの山の住所はどこになるのだろう? 分からないので、自宅近くの山と言い、自宅の住所を伝える。
『……はい。あなたのお名前をお願いします』
「奥山桐子です」
『奥山桐子さんですね? 洞窟までの案内をお願いしたいのですが、よろしいですか?』
「いいですよ。自宅前で待っていればいいですか?」
『はい。十五分程で着くと思われますので、よろしくお願いします』
「こちらこそお願いします」
電話を切り、家の前で待つことしばし。サイレンを鳴らさず、ランプは回したパトカーが二台やって来て、六人の警察官が降りてきた。どの警察官も、防弾チョッキにヘルメット、拳銃を身に付けている。
(見つかってるダンジョンで怪我人でも出たのかな?)
考えていると、一番いかつい男が、私に近付いてきた。
「奥山桐子さんですか?」
「はい」
「△△警察署からやって来ました、飯田権蔵警部補です」
その男は、警察手帳を見せながら挨拶してきた。手帳の写真の方が人相が悪いけれど、同一人物みたいだ。
「飯田さんですね? よろしくお願いします」
「では、早速現場までの案内、よろしくお願いします」
「はい」
警察官達を先導して、私の山の中の掘っ立て小屋へと案内する。
掘っ立て小屋に着き、中を開いて見せると、飯田から質問を受ける。
「どのような経緯でここに来たのですか?」
「しばらく放置してた栗園の様子を見るためにこの山に来て。で、せめて枝切りハサミくらいは持っていこうかな、とドアを開けたら洞窟がありました」
飯田の後ろの若い警察官が手帳にメモを取っている。もしかしてこれ尋問?
「なるほど。洞窟の中には入りましたか?」
「少しだけ入りました」
「危ないことをしましたね」
「すみません」
私は頭を下げてあやまる。
「まあ、気を付けてください。で、中の様子はどうでしたか?」
「中はですね、沼でした。で、明らかに山の地面の中なのに空があったので『これはおかしい』と通報したんです」
「なるほど、沼ですね?」
飯田が何やらハンドサインを出すと、メモを取っている以外の警察官四人が頷いてダンジョン内に入っていった。
「え、あの、入って大丈夫なんですか?」
「ああ。彼らはダンジョン探索の訓練を受けていますので、大丈夫です」
「凄いですね」
もうダンジョン探索の訓練をやっているのか。日本の警察は優秀だなあ。いや、情報公開の前に探索していたのか。
そんなことを考えながら少し待つと、四人の警察官が戻ってきた。
「どうだ?」
「確かにダンジョンですね」
「そうか。なら、地権者と話をしないとな」
飯田がそう言って腕を組んだので、私は言う。
「あのー、この山なら、私のものですよ?」
「ん? ああ、そうなのですね? そこら辺は、念のためにこちらで確認してからの話なので、しばらく待っていただくことになると思われます」
「分かりました」
「ただ、ダンジョンは危険地帯なので、決して入らないようにしてください」
「それだと、あの倉庫の農具はどうなりますか?」
「それは、ちょっと分かりませんね。上に聞いてから、連絡します」
「分かりました。道具と農薬買わないと不味いなぁ」
頭を抱えつつ、私は警察官達と山を降りた。




