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紅い月の下で  作者: 黒猫館長
第一章「偽」
1/5

1、泣きたいときはゲームして忘れよう。

 最初に言っておくと、これは俺の体験した話じゃない。姉から聞いた話だ。だから少々おかしなところや、脚色があるかもしれない。できる限り本人たちの心情も再現するつもりだが、文章を書くことは難しい。

 自分もおかしな体験や人生観の変わるようなことはたくさんあったけれど、この話ほど唐突で日常的で心がむしばまれるような事態にはあったことはない。どうかこれを呼んだというのなら、あなたにはこんな人生は歩んでほしくない。どうかあなたの大切な人を見逃さないで幸せに死んでいってほしい。どうかあなたの人生に幸があらんことを。

                                   FROM ~Jully Bradley~


__________________________________________________


 



 剣を振る。ただ一人、ただ一本の木を見据えて剣を振る。熱を帯びた体は冷えた朝の風に触れて蒸気を発する。強くなるためではない。剣を振るためだけに剣を振る。意味などない。戦う相手も倒すべき敵もいない。しかし、一年以上続けているとなぜだかやめられなくなった、それだけのことなのだ。五百を数えて芝生にあおむけに倒れる。涼風が心地いい。

「毎日毎日精が出るね。清ちゃん。」

 頬に冷たさを感じ目を向けるとコーラが置かれていた。持ってきたのはいつもの人物だ。残念ながら女性ではない。

「サンキュー皆夫。」

 彼の名前は山南皆夫。中学生にしても小柄な男子生徒であり、クラスメイトだ。そしてここは自分の通っている寿中学校の裏庭である。どこから持ってきたかはわからないけれど、彼は七時になるといつもこうして冷えたコーラをもってきてくれる。そして自分はそれを一気に飲み干すのだ。

「ぷっはああああ!うめええええ!!」

「おっさんくさいよ。」

「うるせ。」

 この乾いた体にしみわたる爽やかな甘さに感嘆しただけなのだ。これのおかげで今日も一日頑張れる気がする。

「それにしても、こんなに剣道好きならまた部に入ればいいのに。」

「いいんだよ。別に剣道がしたいわけじゃなかったんだ。」

 今はそれよりもやりたいことがある。

「それじゃ、今日の作戦を立てようか。」

「おう!」

 そのあともくだらない雑談を続けた。日常だ。これが日常。過ぎ去った今だから言える。俺は、「幸せだった」って。


 今までの話から分かるようにここは寿中学校。俺の名前は桑田清志という。二年生だ。ホームルームが始まる前のこの時間。俺と皆夫は「作戦」を練っている。『デビルオブファントム』の攻略作戦だ。

 デビルオブファントム略して「デビファン」は、剣と魔法の王道オンラインRPGだ。ただモンスターと戦うだけではなく、作物を育てたり、リズムゲームやらライブやら自由度が高く、まさに何でもありのゲームだ。その分不明な設定なども多くあり、情報は宝なうえにゲーム内の立ち回りも重要だ。皆夫とは同じゲーム仲間としてその相談をしている。

「よし、今日はここで戦うか。」

「そうだね。ここのボスなら何とかできそう。」

 今日の方針が決まり一息つくと、教室の前扉が開いた。入ってきたのは先生ではなくぼさぼさの長髪で整った容姿をした女生徒だ。

「おっはよー。」

「「「おっはよーー!」」」

 女生徒があいさつをするとクラスメイトの大半があいさつを返した。

「お、来たねクラス一残念な美少女。」

「…なんか言い方がとげとげしいな。」

 確か彼女の名前は八神瞳。クラス一の美少女で人気者、だがクラス一勉強ができないことで有名だ。確かにクラス一残念というのもうなづける。

「まあ残念な、と言えばぼくたちもだけどね。陰キャだし。」

「別に人気なんて求めてねえよ。」

 陰キャよというよりは、過去に色々あったことによってクラスから孤立気味だった。もともと仲良くする気などなかったのだが。

「じゃ、ホームルーム始めんぞー。席に就けー。」

 目つきの悪い担任の号令の元、ホームルームが始まった。


 そして放課後、

学校内でのことは語るまでもないだろう。ただ授業を受けただけだ。そしてこの後は至福の時間。

「よし、皆夫!〈炎竜の洞窟〉だからな!」

「はーい。17:00ね。」

 家まで本気のダッシュ。遅れるわけにはいかない。なぜならいつダンジョンは消えるのかわからないからだ。ダンジョンは誰かに攻略されると消えてしまう。特にこの〈炎竜の洞窟〉は俺たちが見つけた超レアダンジョンなのだ。ダンジョン名を検索すれば出るのだが、一語一句間違わずに検索することは難しい。ほかの人間に見つからないようにステルスをかけておいたが、気づく者がいないとも限らない。急ぐ方がよいのは明白だ。このダンジョンには貴重なレアアイテムや、ゲーム内で一人しか持てない伝説級アイテムもあるかもしれない。胸を高鳴らせながら自宅まで向かった。

 パソコンを開くとすでに皆夫はログインしていた。家が学校に近いからだろう。こっちは息切れも甚だしいというのにうらやましい。音声電話でのんきに挨拶してくる。

「お疲れーい。」

「ぜぇぜぇ…行こうぜ。」

「はいはい。」

 息を整えながらダンジョンへ足を踏み入れた。

 洞窟の中は大きな空洞の一本道。だが、エネミーの小竜たちが行く手を阻んでくる。

「くらえ蜻蛉斬り!」

 皆夫が小竜たちをどんどん倒していく。彼のジョブは「侍」、刀を使って敵を切り刻む攻撃タイプのジョブだ。副ジョブは「エクソシスト」、回復役またこのゲームのメインエネミーである「デーモン」との戦いに特化したジョブで、味方支援型アタッカーだ。

 俺のジョブは「ミラーナイト」魔法攻撃をことごとく跳ね返す、対魔法使いジョブだ。副ジョブが「ファントム」能力が30秒だけ物理攻撃を受けないというのみの特殊ジョブだ。どちらも起訴ステータスが低く不人気ジョブであるが愛用している。基本的に清志が無敵状態で攻撃を受けながらデバフを飛ばし、高ステータスな皆夫がごり押しで倒すというのが現在の戦い方だ。このダンジョンは四人用だが、あと必要なのはヒーラーとバッファくらいだしある程度はアイテムで代用できる。よってほかのプレイヤーと白向きにはならなかった。レアアイテムとられたくないし。

「あと洋子ちゃんが来てくれれば最強なんだけどね。」

「あいつは部活だから仕方ねえよ。また今度誘おうぜ。」

 小竜も大体片付いてきた。どのゲームでもそうだが、ドラゴンというのは一定のレアリティがある。どれも地味に強いがドロップアイテムがかなりおいしい。

「よし、そろそろボスの部屋だな。」

「そうだねー。…あれ?」

 皆夫が間の抜けた声を上げる。何かあったのだろうか。

「どした?」

「いま、マップに僕たち以外のプレイヤーがいた気がして…。」

「…それフラグかよ。急ごうぜ。」

「うん。」

 フラグというのはこういう時に「気のせいだろ」的なことを言って本当に三人目が出てきてすべて奪われるパティーンだ。仮に本当にいたとしてもモンスターのせいで簡単にはここまではたどり着けまい。


「ボスまで来たね。」

「じゃ、強化魔法っと。」

 ボスは攻撃するまで動かない。先に準備しておくのは当然だ。深紅の炎竜、見た目だけでもすごく強そうだ。

「いつも通りね、清ちゃん。」

「OK。」

 かけた魔法は「アタックアップⅢ」「ディフェンスアップⅢ」「スピードアップⅢ」すべての能力が1.3倍になるⅢ系魔法だ。敵が動かないことをいいことに皆夫がとっておきの攻撃をぶつける。

「斬鉄四連!」

 長刀が四撃を同時に繰り出す皆夫の十八番だ。目にもとまらぬ斬撃が炎竜を襲う。

「あわわ…。」

「マジか…。」

 その攻撃をもって巨竜は眠りから目覚める。そのHPは1%しか減っていない。

「清ちゃん、これすごい長期戦かも…。」

「そうだな。」

 安眠を妨げた侵入者に隻腕の竜は憤怒した。その巨大な口が真っ赤に燃える。

「皆夫下がれ!」

「清ちゃん頼んだ!」

 あれはドラゴンブレス、魔法攻撃だ。ならばこれを防ぐのは清志しかいない。

「カウンターリフレクト!」

 清の前に現れた鏡がブレスを反射する。竜は自らの咆哮にひるむがすぐにその尾で清志を吹き飛ばした。

「ぐあっ!」

「清ちゃん大丈夫!?」

「やっばい。HP半分持ってかれた。」

 皆夫がすぐに清志を回復する。

「竜のHPは?」

「98%」

「これは攻撃と反射を繰り返すしかないか。」

「一回で2%と考えると、あと49回かな。よし頑張ろう!」


 頑張ろうじゃない!現在の敵のHPは50%、竜の攻撃は激しくなる一方、皆夫も俺もMPが枯渇状態、つまりじり貧である。正直このままじゃ勝てない。

「ポーション飲む時間ぐらい稼げないかな?」

「どっちかが崩れたら確実に死ぬだろこれ…やっぱ洋子も一緒の時のほうがよかったか。」

「仕方ないって言ったの清ちゃんじゃん!」

「皆夫だって賛同しただろ!?」

 言い争いをしていると、二人仲良くクリティカルヒットを食らってしまった。

「「ぐっはー!」」

 そのHPはすでに二割ない。回復もしていられない。状況は最悪、そして竜の口が輝きだした。この咆哮が轟けば二人は確実に死に絶えるだろう。悔しいが今日は撤退するしか…。

「ホーリーウォールⅣ!」

 その声の瞬間、二人と竜を隔てる聖なる壁が出現した。

「「!?」」

 神に等しき力は竜のブレスを完全に防ぐ。

「ホーリーヒールフォーカスⅡ!」

 HPがみるみるかいふくしていく。MPの回復量も上がっているようだ。

「お前は?…。」

 二人の背後にいたのは青砥紫のオッドアイ、白い長髪、白黒の楕円形の面を付けた聖女だった。聖女は叫ぶ。

「二人とも前!」

 壁はすでにない。竜がこちらを見据えている。だがこちらはすでに完全回復。あのヒーラーがいれば勝機はある。

「行くぞ皆夫!」

「OK!」

 それから激闘が続いた。竜は最後まで強力な攻撃を続けたが、やっと皆夫の一撃に撃沈した。


「あーっクッソ、時間かかった。」

「え、そこ?強かったとかじゃなくて?」

「あははー。」

「嫌だって一時間だぜ?一戦の時間じゃねえよ。」

「まぁそうだけどさぁ。」

「そうだよなー。」

「…で、お前誰?」

 聖女はじっと聖女を見た。初めて会ったプレイヤーだ。全く面識がない。

「さあ、誰だろうな?声でわかってもいいんじゃないかい清志君?」

「いや、マジで誰?」

 なんか名前も知っているらしい。プレイヤーネームは確かに「セイ」だからわかりやすいはやすいけど…。聖女は続ける。

「そういえば、清志君はいいドロップあったかい?」

「え?…いいや。」

 いい素材やアイテムはあるにはあるが、レアダンジョンというだけのものは手に入らなかった。

「ふっふーん。私はほーら…。」

 聖女は自らのアイテムを提示した。それは伝説級のアイテム「災炎竜の指輪」だ。どう考えてもこのダンジョン一のレアアイテムである。

「な!?」

 こいつ俺たちが苦労して倒したのに美味しいとこだけ持っていきやがった!

「じゃあなお二人さん。また遊ぼうねー。」

 聖女は手を振るログアウトする気だ。

「おい!本当にお前誰なんだよ!」

「ふふふ、女は秘密を持ってこそ美しくなるんだよ。じゃあね。」

 人差し指を口元にあてながら聖女はあざとく消えていった。

「あのやろ…。」

「ねえ清ちゃん…。」

 皆夫は奥歯をかみしめる清志に困ったように言った。

「いや、あの子完全に瞳ちゃんでしょ。」

「え?」

「ほら、今朝話題にした。」

「…そういえばいたなそんなやつ。」

「うん全然謎でも何でもないよ。」

 確かにあの男っぽいというかボーイッシュというかな話し方は自分の知っているクラスメイト、瞳と酷似している。え?さっきの謎のヒーローっぽく帰っちゃったのは何なの?一瞬でばれちゃってるんだけど。何つうか恥ずかしいやつというか痛いやつというか…。

「…一応フレンド登録しておくか。」

「そだね。」

 なんというかこれからも色々付き合いがありそうな気がした。


「おっはよー。」

「「「おっはよー!」」」

 今日もいつも通り彼女は登校してきた。まさかあのクラス一の人気者が、よほどのオタク陰キャでなきゃ中学生ではやらないような上級者ゲームに手を出しているとは。っていうか「瞳」だからってプレイヤーネームが「アイ」って安直すぎない?じとっと二人で見ていると、瞳はこちらに気づいて手を振った。

「おっはよー。」

 二人で同時に視線を逸らす。クラスメイトはその異様な光景に驚いていた。


 放課後、今日は金曜日だ。つまり遊び放題。レベリングに素材集め、やることは多い。外で皆夫と対策を考えていると、いつものメンバーがもう一人やってきた。

「ここで会ったが百年目です。清志、皆夫。」

「あ、洋子ちゃん。百年目ー。」

「メー。」

 やってきたのは少し長めのおかっぱで人形のように大きな目をしている美少女、鈴堂洋子だ。

「明日やることは決まりましたか?」

「んー、あとちょっとかな。洋子ちゃんが来れるならもう少し大きいクエストでもいいし。」

「一日中付き合ってやるのです旦那。」

 グッと二人で親指を立てる。

「それにしても、清志は何をそんなに考えているのです?」

 清はずっと腕を組んで考えている。

「効率のいいダンジョンの発見方法を考えているんだって。」

「?何でです?」

「実はね…。」

 皆夫は今までの経緯を説明すると、どんどん洋子が憐れむような目つきになっていく。「こいつ本当にゲームしか息がいないんだな…。」という顔だ。洋子は清志の肩をたたく。

「まぁ清志、そう焦らずとも時間はあるのですから、地道に頑張りましょう。地道に。」

「おいやめろ洋子。遠い目スンナ!本気で自分が哀れに思えてくるじゃねえかよ!」

「あはは…。」

 二人そろって遠い目されるとさすがにこたえる。(やめてっ!清志のMP【メンタルポイント】はもうゼロよ!)清志は負けじと立ち上がり、今後のプランを話し始めた。その間二人は絶えず遠い目をしていて、ちょっと泣きそうになった。

この小説はフィクションです。実際の事件、人物、組織には一切関係ありません。

誤字脱字あったら教えてね。

                                    黒猫館長

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