45.ともに選び続ける光
カーン、カーンと神殿の鐘の音が遠く、静かに響く。
——あの日、『彼女』と向き合ってから、数日が経っていた。
朝の光が部屋に差し込み、私の顔を照らす。
何事もなかったように日常は進んでいくが、私は神殿が崩れた日以来、久々に「眠れた」と感じていた。寝ているのか起きているのかわからなかった感覚が、ようやく、はっきりとしてきたのだ。
何事もなかったかのように朝を迎える。それが少し怖くて――しかし、救いでもあった。
私の胸元の光の紋章は今までのようにぽうっと光ることもなく、ただ、胸に静かに『在る』だけのものになっていた。それと同時に、本当に日常が戻ってきたというほっとした感覚があった。
「ルエリア、起きたのか?」
ふっと笑うフレンの声がする。目の前にいる彼の姿を見て、今までのことが夢ではなかったことを確信する。彼は、戴冠式を控えて本当に忙しそうで、話をする時間が、あまりとれていない。
私は、ゆっくり頷き、起き上がる。
顔を合わせられるのは、本当に朝と晩だけ。それでも、彼といる時間が、私の心をじわりと暖めてくれる。
窓を開けると、空気がふわりと香る。
カラカラと、朝食が運ばれてくる音がする。
「殿下、ルエリア様。朝食をお持ちいたしました……おはよう、元気そうね」
ラヴィニアがふふっと笑う。
私とフレン、そしてラヴィニアのいつも通りの朝。
昼間は私とラヴィニアは再開された王太子妃教育。フレンは公務に忙しい。
「今日は、予定の後、お兄ちゃんのところに行ってくる」
フレンは微笑んで頷く。
「フラヴィオに、できるだけついていてやってくれ。俺はなかなか行けないからさ」
私はゆっくりと頷く。
フレンに会えない時間は、ふとした瞬間に胸の奥がずしりと重くなる。
でも、兄が回復するまでの時間、今はこのままでいいんじゃないかって、思えるようになった。
朝食を終え、部屋の外に出るとゆっくり歩き回る女官の足音が静かに響き、庭の方を見ると、手入れされた百合の花がふわりと揺れている。
治療室へ入ると、兄が体を起こして待っていた。
「ダメじゃないお兄ちゃん、無理に身体をおこしちゃ……」
ふぅとため息をつく。
兄は少し弱い声で口を開く。
「早く復帰しないといけないんだ。休んでいられるか……っ!」
兄が少し顔を歪める。私はそれを見て苦笑いする。
「ほら、無理するから」
兄は、ふっと遠くを見る。
「神殿が崩れた時……正直、怖かった。でも、オレは後悔してない。こうして戻ってこれたしな」
「……うん」
私は、ただ頷く。
「でもさ、あの場で何もしなかったら一生、後悔したと思う。助けた、ってほど格好よくない。ただ……置いていけなかっただけだ」
私の胸が、熱くなる。
「……戻ってきてくれて、よかった」
その時、両親が入ってきた。
「ルエリア、フラヴィオ。……元気そうだな」
父は多くを語らないが、私たちを信じてくれているのがわかる。
私と父は、お互い頷く。
「……お前は、よくやった」
兄も強く頷く。
「ルエリア。これからも選び続けること。誰のためでもなく、あなた自身のために」
母の目は、やわらかい。
治療室に、ふわりとしたあたたかい空気が流れる。
---
夕刻のオレンジ色の光が、裏庭を包む。
誰もいない裏庭のいつもの場所に私とフレンはいた。
「……やっぱり、ここに来ると、安心する」
フレンがふっと微笑む。
「……そうだね。なんか短い間だったのに、色々、あったね」
私は、彼を見上げる。
彼は、頷きながら、口を開く。
「ただ……君は……ここに立っている。それだけで、答えだと思っている」
私はゆっくりと静かに頷く。
「全部、終わったわけじゃないよ。でも……逃げなかった。それだけ」
遠くに修繕されていく神殿が見える。
壊れたものは、完全に元には戻らないのかもしれない。
それでも、私たちは進める場所には、立っている。
ぽわっと私の胸元の紋章が光る。強くはないが、揺れずにはっきりと。
これからも、私たちは順風満帆ではないのかもしれない。それでも、この光とともに――選び続けていくのだと思えた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次の46話からは結婚式編に入ります。
ついに結ばれるフレンとルエリアを、見守ってください……!




