44.『彼女』との対話
扉を閉める音がし、あたりを重い空気が包む。
私は、近くにあった椅子へ静かに腰を下ろす。
ギシ……と軋む音に、アミティエが光を失った目でこちらを見る。
小窓から差し込む光だけが、私たちをうっすらと照らす。
私は、彼女の目を見据えたまま、視線を動かさない。
躊躇うように彼女の口が小さく動く。
「……来たんだ。あたし……どうして、あんなことを、したんだろう」
彼女の光を失った虚ろな視線の奥が、わずかに揺れる。
そして、身体が小刻みに震え始める。
私はその姿に胸が締め付けられたまま、静かに声をかける。
「……あなたが、あの時、どんな顔をしていたか。それだけ、どうしても忘れられなかった」
私は彼女をじっと見つめる。
やがて彼女の目が、揺れ、震えながら口を開く。
「あたし……羨ましかった。お父様に『王妃になれ、それが我が家のためだ』って言われ続けて、それで……殿下に選ばれたルエリアが――どうして、あたしじゃないのかなって……光も……自分は持っていないって……思い込んでた……気がついたら……」
彼女が曇った顔で、俯く。
私は、見据えたまま言葉を返す。
「あなたが壊れた理由は、わかった……でも、私が傷ついたことは、消えない」
彼女の視線が、揺れる。
一瞬胸の中がざらりとしたが、私は、言葉を続ける。
「お兄ちゃんは、生きてる。さっき、目を覚ました。――お兄ちゃんは誰も恨んでいない。ただ私たちを守れたってホッとしてた――あなたを助けたんじゃなくて、ただ、庇った。それだけ」
それを聞いた彼女の目は一瞬見開かれ、目からはらはらと涙がこぼれ落ち、その場にへなへなと座り込み、子供のようになりふり構わず声を上げて泣く。
「……どうして……! ……あたし、全部壊したのに……! ……あたし、生きていて……」
彼女は、私の知っているどの『彼女』でもなかった。いつも一緒にいた親友とも冷徹な言葉を投げた敵でもなく。ただ、感情が壊れてしまったかのようにそこにいて泣き続けていた。
「私は、あなたを救えないし、許せない。でも……あなたが立ち直る場所を、壊したくはない。生きていいかどうかを決めるのは、あなた自身。生き直すなら、それを止める権利も、壊す権利も、私にはない」
彼女はただ、ガタガタと震えて、泣き崩れている。私は、彼女に触れることはできず、沈黙した時間だけが流れていく。それでも、私たちにあった引っかかったものは少しずつ解けていく、そんな予感がした。
彼女は震えた目で私を見る。その目には少し光が戻っていた。
私は、アミティエのその目を、じっと見つめる。
そして、何も言葉をかけず、静かに彼女に背を向け、部屋を後にする。
ぼうっと胸の紋章が光る。かすかな、しかし安定した灯りだった。
神殿の外に出た時、白金色の光は少しオレンジ色を含みだしていた。風はとても澄んでいて、見上げた空は高く透明だった。
私の胸の奥はずしりとしたまま、軽くはならずにいた。それでも、彼女に向き合ったこと、話ができたことで少しずつ私の中の時間があの時から少しずつ進みだそうとしていた。
私は前を向き直し、城への道を歩いていった。その足取りは軽くならない。ただ、今までとは何かが違う感情が芽生え、奥底の澱みが少しずつサラサラと流れ始める。次に彼女に会う時は、何かが変わっている。
そう思った時、私に触れる空気がすうっと変わった気がした。




