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8話





「……現在この大陸で最も繁栄している知的種族は何か、と言えばもちろん我々人間ですが……」


 その日の授業は、キクリ教諭のそんな一言から始まった。

 歴史の授業に関して記憶を持たないニクスは無力だった。だから黙って傾聴する。


「……しかしそれは我々が他の種族より優れていることを意味しているわけではありません。かつてこの大陸には『生命の民』と呼ばれる者たちがいました。彼らは人より美しく、人より賢く、人より長命で、魔法と呼ばれる優れた技術を持っていました」


 その話を聞いた瞬間、奇妙な感覚がニクスの体を突き抜けた。知らないけれど知っている。覚えがないのに懐かしい。それはそんな矛盾した感覚だった。

 困惑するニクスを尻目に、キクリの授業は続く。


「……では、彼らではなく人間がこの大陸を覆うに至った原因はなんだったのでしょうか。人間が栄えた理由、歴史の転換期となったものはなんだったのか……わかる人はいますか?」

「はい!」


クレイが元気よく挙手をする。


「……はい、グレイモアさん」

「女神様が人間に祭器を――機械文明の元になるオリジナルセブンを授けてくださったからですわ!」


 彼女は自信満々にそう答えたのだが、キクリの表情は動かなかった。


「……残念ながら違います」

「えっ、違うんですのっ!?」

「……ええ。祭器にしろ機械にしろ、いまだ限られた人しか恩恵を受けられていませんからね……もっと普遍的で、ずっと昔の、ずっと原始的なことです」

「はい」


 そこで静かにククルが手を挙げた。


「……では、リンデンカンさん」

「二毛作による穀物の増産です」


 彼女の回答に、キクリはうなずく。


「……その通りです。早生米(わせまい)の発見と、それに合わせた小麦と米の二毛作……これが大きかった。主食となる穀物の生産量が倍増したことにより人口は飛躍的に増え、技術の進歩も一気に加速しました」


 キクリは語った。

 古来より人は食料の限界に悩まされてきた。

 ゆえにより多くの民を食べさせられる者がその地の王になり、よその肥沃な土地を奪うために戦争を繰り返した。金銀鉄を巡る戦争などは、それと比べれば遥かに歴史が浅いのだと。


「……一方、生命の民は小麦や米を食べられない種族だったそうです。そのせいで原始的な狩猟生活を続けていて、数を増やすことができなかった……結果として彼らはゆっくりと姿を消していきました……してみると、人間の種族としての強さは多くの穀物を食べられるところにあるとも言えますね」


 なかなか意外な話だった。

 人が食べられるものは他の種族でも食べられるとニクスは思っていたからだ。けれどもよくよく考えれば、人の食べる野菜野草の中には他の動物にとっては毒となるものが結構ある。

 人間というのはかなり無差別に何でも食べられる種族なのだ。それが版図を広げる一助になったのは間違いないだろう。


「……そういったわけで、人にとって大事なのはまず食料であり、大国は必ずどこかに大規模な穀倉地帯を持っています。そのほうが効率的だからですが……そこは同時に、国にとっての急所にもなってしまいます。それがどういうことかというと……」


 そこでキクリは教鞭で黒板を叩く。

 そこに浮かんだのは、どこかの小国の簡略図だった。街と川と山、そして麦畑が描かれている。キクリが再度教鞭を打つと、その麦畑に見慣れた瘴獣の絵が現れ、さらにもう一度打つと麦畑が塗りつぶされ、地図に大きなバツが書かれた。


「……被害を受ける領土がごくごく一部でも、場所によって国が滅ぶこともあるということです……農場や穀倉地帯を瘴獣に襲われ滅亡した国の例は枚挙に暇がありません……瘴獣の本当の恐ろしさはその強さではなく、むしろ一帯を死の大地と化す特性にこそあるのです」


 それが今日の話の本題らしかった。

 それはそれとして了承しながらも、ニクスには気になったことがあった。

 だから手を挙げる。


「……はい、ニクスさん」

「本筋とは関係ないかもしれませんが……その『生命の民』という人たちは結局どうなったのですか?」

「……正直なところ、わかりません。絶滅したという者もいれば、森や山の奥深くに去っていっただけで、今も生き延びているとする学者もいます……ただ、公的な記録ではもう八百年近く人間の前に姿を表していないので、生き残っていたとしてもとても少数だとは思います」

「ですか……」


 『生命の民』。そして『魔法』。

 その二つの単語は、ニクスの失われた記憶を刺激した。

 記憶を失う前の自分は、それらを知っていた気がする。であれば逆にその者たちに会うことができれば、自分の過去を知ることができるかもしれない。

 そう思ったのだが、なかなか上手くはいかなそうだった。



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