7話
「本当によかったんですか?」
「ん? 何がだ?」
機械科の第一研究室。
無数の機械が空間の大半を占領し、部屋の一角にはその動力源となる羽根がガラスケースに収納されている。
そんな中、助手であるヘレナの発した言葉に、ヴェスタは手を止めて振り返った。
「もちろん、八番目のオリジナルセブンのことですよ」
「ああ。必要なデータは十分に取った。返却しても問題ないだろう」
「ではなく」
韜晦するヴェスタに、ヘレナは咎めるような視線を向ける。
「あれは、より大きな祭器の部品の一つでしかないのでは、という話です。あの話をしなくて、本当によかったんですか?」
「ふふん。理由は大きく分けて三つあるな。まず第一に、私自身があの説をそこまで信じていないということだ」
ニクスという記憶喪失の生徒が所持していた謎の祭器。
降って湧いた研究対象に、機械科の技術者一同は喜び勇んで入念な調査を行った。
その結果、一部の回路が機能に関与していないことに気づいた。巫力を注ぎ込んで機能を発動させても、その部位だけは沈黙している。そこで提唱されたのがこういう説だ。
――この祭器は、大きなパズルの一ピースにすぎないのではないか?
単体でも祭器として成立している。
だが、もっと大きな祭器に組み込むことで、その真価を発揮するのではないか。我々が文字だと思って受け取ったこれは、実は長大な文章のカケラにすぎないのではないか――そういう話が一部の技術者から提唱されたのだ。
しかしそれは、ヴェスタとしてはどうにも賛同しかねる意見だった。
「試算によれば、これを一つの部品として見た場合、本体となる祭器の大きさは大きな城――場合によっては小さな街ぐらいになると出た。祭器を作れるほどの文明を持った技術者が、そんな非効率的なことをすると思うか?」
「技術者――って、女神様のことですか?」
「ああ、いや。私は祭器を作ったのが女神様だというのには懐疑的でね。君も知っての通り、巫力で祭器を動かすと無視できないレベルのロスが生じる。元から巫力による駆動を前提としているのなら、それはあまりに美しくない」
「女神様から見たらその程度のロスは無視できるレベル、ということでは?」
「そっちの意見が通説だな。女神はあまりに強大で、人間の程度を捉えそこねている。なくはない。人間だってアリにどの程度の力があるかはわからないからな」
そこでヴェスタは、「話を戻すが」と話題を切り返す。
「いずれにしろ、人類には不可能と思えることを簡単に覆す技術力を持った誰かではあるんだ。じゃあ、そんな技術を使って、現在発見されている祭器の数万倍だかの規模の機械を作ったとして――いったいそれは何に使う祭器なんだ?」
「それは――」
「天候を操る祭器ですら運搬が可能な大きさなんだぞ。それほどに不可能なことが果たしてあるだろうか――という話だよ」
「……だから、あの場では言わなかったと」
「それが一つめだ。もう一つは単純に、刺激が強すぎる話だからだ。下手を打って争いの種を蒔くのも馬鹿らしいだろう?」
七つの祭器を独占することで、神国ラクラシアは神の国たり得ている。
女神に祭器を授けられた唯一の国、という体面がその立場を作っている。
なのに、八つめ、九つめどころではなく、そもそも今発見されている七つのほうが氷山の一角でしかないとしたら――どこかに城のような大きさの、人智を遥かに超えた祭器があるのだとしたら――それは人類同士の大規模な争いの火種にもなりかねない。
「このご時世、人間同士で争ってもいいことはない。多少技術の向上は加速するかもしれないが、損失の方が多すぎる。それゆえに我々は『銃』を封印しているくらいだからな」
「それは、確かにそうですね」
――銃。
人類が祭器から機械という分不相応な技術を手に入れて程なく、その構想は浮上した。
細長い筒に小さな金属塊を入れる。その後方で巫力を爆発力として変換し、筒内の金属塊を加速して発射する。すると、恐ろしいほど低コストで、多大な殺傷力を発生させられる。
実に単純で、そして最悪の武器の誕生だ。
少ないエネルギーで使えるのはいいことだ。単純で女子供に使えるのもいい。だが、発生するのはあくまで物理的な殺傷力。瘴気や瘴獣に通用しないのでは意味がない。
それでは人間同士で効率よく殺し合うためにしか使えない。
ゆえに技術者の総意として、その存在は封印された。
単純な構造ゆえに発想する者はいくらでも出るだろう。だが、巫力を特定のエネルギーに変換する中枢機関はラクラシアの技術者にしか作れない。
ゆえにこの大陸に銃は存在しない。
少なくとも存在しないことになっている。
「しかし、今思えばあの祭器――銃に似た形状をしていたな」
「それこそまさかですよ」
「まあ、そうか」
一方そのころ。
ニクスは部屋で割れた鉢のカケラを拾い集めていた。
傍らにはサーラもいて、同じく破片を拾っている。
「無茶しすぎだぞ、ニクス」
「はい……」
しょんぼりとうなだれながら、ニクスは飛び散った破片の中央に居座るものを見た。
ラディウスと呼ばれるその植物もどきは、変わらず傷一つなくそこにある。
「しかし……巫力には破壊力なんかないはずなのに、やっぱりデタラメな量なんだろうな、キミの巫力は」
「でも、咲きませんでした」
未だ開花しないラディウスに業を煮やして、ニクスはあらん限りの巫力を注ぎ込んだ。この惨状はその結果だ。ラディウスそのものは一切変化しなかったが、鉢の方は爆散した。
そうして入っていた鉢が爆散しても、それでも変わらず、咲かず――今も大きなつぼみをつけたまま、ただそこにある。
「それだけの巫力があったら神与武器なんてなくても活躍できると思うけどな。きっと歴代最強の巫女になれるぞ」
「サーラさんも巫女志望なんでしたっけ?」
「うん。神与武器もやっぱり弓だったしな」
一般に神与武器が近接武器で巫力に乏しいものが前衛の騎士となり、神与武器が遠距離武器で巫力の高いものが後衛の巫女になる。例外もあるが、おおよそそういうものらしい。
「やっぱり、というのは?」
「あたしは田舎育ちだからな。使ったことあるのなんて弓か斧くらいだったし、その斧だって薪割りでしか触ってないから、きっと弓だろうなって――あ、そうだ」
ぽんと手を打つサーラ。
「キミがまず思い浮かべる武器ってなんだ? もしかしたらそのイメージがぼんやりしてるからとか、そういうのもあるかもしれないぞ」
「武器――ですか」
相変わらず頭の中を探っても記憶は何も残っていない。
だが知識は別だ。意識に浮上していなくても、問いかければ答えが返ってくる。
そうして最初に思い浮かんだのは――
「銃――でしょうか」
「ジュウ? なんだそれ?」
「こういうやつです」
ニクスは集めていたカケラを置くと、腰のホルダーから金属製の道具を取り出す。
先日調査が終わったからと学園長から返却された、数少ない自分の所持品だ。
「へえ、知らないな。都会にはよくある武器なのか?」
「どうでしょう。なんとなく希少なものだった気がするのですが」
サーラはその銃を手に取り、興味深そうに観察する。
「これでどうやって攻撃するんだ?」
「ええと、これは魔法銃なので――」
そこまで情報を引き出した瞬間、急激な頭痛が襲ってきた。
体を撫でていたらちょうど指先が傷口に触れたような感覚。
ここから先はなくなっている――と理性ではなく本能が認識する。そしてその欠損部位を自覚することを、自分は無意識に恐れている。
「なんだ、大丈夫か?」
急に頭を押さえたニクスに、心配そうにサーラが問いかける。
「いえ。どうもその銃の使い方も、忘れてしまっているようです。すみません」
「なんでキミが謝るんだよ。ごめんな、あたしが変な質問したせいで」
すまなそうなサーラの声が、頭痛に対する薬のように染み入る。
優しさというのは、もしかしたら万病に対する薬になるのかもしれない。
「とにかくさ、あんまり気負うなよ、ニクス」
「……そうですね」
答えながら、先程の話を改めて考える。
自分の考える武器。自分にとって本当に必要な武器とはなんだろうか、と。




