4話
人間の生活というのは一定のサイクルで決まった行動を取るものであり、その行動様式にはある種テンプレートのようなものがある。
例えば、朝起きたら顔を洗う。食事をしたら歯を磨く。そして一日の疲れと汚れを落とすために入浴をする。
よくはわからないがとにかくそういうものである、というのがニクスの中に断片的に残っていた記憶であり、だから自分もそれに従って行動すべきである、と思っていた。
「学生生活は協調性が大事だそうですからね」
「狭いコミュニティだからなぁ」
なので食堂に続いてサーラに案内してもらったのは入浴施設だった。
二人は揃って脱衣所に入り、服を脱ぐ。
数名いた先客は体に大きなタオルを巻きつけて奥へと入っていくところであり、ニクスもそれに倣ってカゴに収められていたタオルを胸から腰にかけて隠すように巻きつける。
そうして準備ができたことに満足してサーラの方を見ると、彼女は髪留めを外してカゴの中に置き、タオルを取り出したところだった。
「ん。ちょっと待ってくれな」
「あ、はい」
慎ましやかだが確かに膨らんだ胸部と臀部がタオルに包まれて見えなくなる。
それがなんだかとても惜しいことのように思える。
「よっし、行こう」
サーラはパンと自分の腰を叩き、ニクスを先導する。
彼女に導かれるまま脱衣所の扉を開けると、予想していたより遥かに広い浴室が二人を迎えた。湯気であまり遠くまで見渡せないが、少なくとも食堂よりずっと広い。
「広いですね」
「広いよな。なんでも三つのエリアがあるらしくてさ」
一つはお湯を張った大きな浴槽が鎮座する入浴エリア。
一つは板で一人分ずつ区切られ、天井から雨のように湯が出続けるシャワーエリア。
一つは高温の水蒸気によって体温を高める大部屋になっているサウナエリア。
そもそもは多数の国から娘たちが集まってくる神殿学園において、それぞれの入浴風習を尊重しストレスなく生活を送ってもらうための配慮であるらしいのだが、それにしたってやりすぎな感は否めない。
「あたしの故郷はサウナ式だったからそっちに行こうと思うんだけど、キミはどうする?」
「そうですね……迷惑でなければご一緒したいです」
「迷惑なもんか。行こう行こう」
手を引かれて浴室内を進む。
ときおりタオルを巻く女子たちとすれ違い、視線を感じる。
が、話しかけてくるわけでもなくすぐに視線も途切れるので、ニクスは気にしないことにした。
やがてサウナ部屋の前にたどり着く。
「お邪魔しまーす」
「します」
サーラがサウナの扉を開けると、むわっと熱気が吹き出してくる。
その熱を逃しすぎないように、二人は素早く入って扉を締める。
「ははあ。これが――サウナというものですか」
ほのかな赤い照明。
高さが段々になっている座席、その上に敷かれた厚手の布。
立ち込める蒸気と、蒸気を生み出している黒い石。
そして、その石に柄杓で水を掛けている先客が一人。
「やや、どうも。あたしたちもご一緒させてくれ」
「ああ――二十五番と、二十六番ね」
先客の少女はサーラとニクスの顔を見てつぶやいた。
「そうそう。あたしはサーラで、こっちの子はニクスだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「少し水を足すわ」
彼女はそう言って壁についている突起を軽く回し、黒石に水をかける。
ジュッと音がして、さらなる熱気が室内に広がる。
ただし、さっきより温度の上昇が緩やかだ。
先の操作で石の温度調節をしたのだろうな、とニクスは思った。
「ちぐはぐなコンビね」
「え?」
「貴方は北方の出。サナクラトスの山奥かしら。で、そっちの子はたぶん南方の、この辺の出身じゃないの? だからちぐはぐって言ったのよ」
「あれ、もしかしてキミもサナクラトスから――」
「違うわ。サナクラトス辺りのサウナは温度低めの湿度高めでしょう? だから、さっきのままだと肌に合わないのよね」
「あ、ええと、それで水を足してくれた……のか。うん、ありがとう」
疑問符をたくさん浮かべたままお礼を言うサーラ。
そこにニクスが割り込んだ。
「――今、僕の出身がこの辺だとおっしゃいましたが」
「違った?」
「ではなく。僕は実は記憶喪失でして」
「え、そうだったのか!?」
「そうだったのです。なので、貴方がそう判断した理由を知りたくて」
そう告げると、先客の少女はジロジロと上から下までニクスを見る。
そして言った。
「汗を全然かいてないから」
「汗……そういえばそうですね。僕はどうやら温度変化に強い体質らしいです」
入ってそれほど時間は立っていないが、サーラの肌にはすでに汗がたらたらと流れており、一方のニクスの肌にはほとんど水滴が浮いていない。
「あたしの出身を言い当てたのも同じ理屈なのか?」
「少し違うわ。そもそもサウナは人気がないの。ここもほとんど利用されないらしいわ。なのに入学初日に湯船に浸からずサウナに直行してくるのは、確実にサウナ文化圏の人間。その中で肌の焼け具合から土地の日差しの強さを、名前と髪の色から地方を絞ったのよ」
「な、なるほど……頭がいいんだな」
「八番よ」
「はにゃ?」
先客の少女が何を言っているのか理解できず困惑するサーラ。
一方のニクスはその意図を汲み取ってうなずいた。
「八番の部屋ですね。今度伺います」
「ええ。もう少し情報があれば、貴方の失った記憶、たどれるかもしれないから。貴方、ちょっと面白いしね」
「え? え?」
「ありがとうございます。あと、よければお名前も聞いておきたいのですが」
「ククル。ククル・リンデンカンよ。よろしく、ニクス」
水色の髪の先からぽつぽつと汗を滴らせながら、先客の少女はそう名乗った。
無表情な口元に、ほんの少しの笑みを浮かべて。




