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5話




「……みなさん、初めまして。教導科のキクリ・レーセンです。学園での授業は私を含めて三人の先生で交代しながら行います」


 その言葉を受けて、教室内の二十余人の生徒は緊張と共に居住まいを正した。

 ただし例外もいた。

 自信を漲らせて緊張感のない金髪のお嬢様、クレイ。

 興味なさげに窓の外を眺めている冷たい印象の青髪少女、ククル。

 逆にすべてを物珍しげにキョロキョロと見渡して感心するニクス。


 そして、そんな生徒たちを一瞥して小さく息を吐いたのは、教壇に立ついかにも不健康そうな黒髪の女性――キクリだった。


「……そう緊張しなくてもいいです。まだ授業は初回、肩の力を抜いて聞いてください。まあ、抜けすぎている生徒もいるようですが」


 キクリは教鞭を取り出し、背後のボードに軽く打ちつける。

 ぱんと軽い音がしてそこに文字が浮かび上がった。

 浮かんだ文字は『瘴気について』。


「……いまさら知らない人はいないと思いますが、出身国によっては瘴気について実感のない人もいるでしょう……なので、最初は瘴気に関する基礎的なお話からいたしましょう」


 え、僕、知りません――とニクスは言おうとしたのだが、それならそれでこのまま聞けばいいかと考え直し、素直にキクリの話を待つ。


「……簡潔に言えば、瘴気とは原因不明の災害です。あるとき突然発生し、周囲の生物の生命力を奪い取る黒いモヤ……モヤと言っても風の影響を受けず物理的に散らす手段はなく、やがては生き物の住めない土地になってしまう……ん、けほっ、ごほっ……失礼」


 一気に喋りすぎたのか、キクリは何度か咳をし、少し呼吸を整えてから話を再開した。


「……貴方たちの使命はそんな瘴気と、そこから生じる瘴獣を払うこと。ですが安心してください……この三年間でそのための力を授けます……手元に配られた鉢を見てください」


 言われた通りにニクスは机の上の植木鉢を見る。

 ごく普通の粘土をこねて焼いたもので、中には既に土がつめられ、その中心部分には植物の種のようなものが少しだけ顔を出している。


「……はい、では次にそれに両手を添えて、手のひらの熱を伝えるようなイメージで巫力を流し込んでください」


 キクリの指示のもと、生徒たちは鉢を抱えるようにして持ち、「ぬぬぬ」とか「うぐぐ」とか思い思いの掛け声と共に巫力の注入にチャレンジする。

 と、何人かの生徒の鉢から、ぴょこんと植物の芽が出てきた。


「……いいですね。ああ、芽が出ない人は目を閉じて、体内の血と熱の流れをイメージするところから始めてください。巫力はそこに同じように流れているのです……それから力を込めるのではなく語りかけるイメージです……そうそう、できていますね」


 教室内を歩きながら助言するキクリ。

 そしてふとニクスの横で立ち止まった。


「……どうしたのですか、ニクスさん」

「いえ、なんというか――大丈夫でしょうか、枯れたり爆発したりしないでしょうか」


 単純な計算で他の生徒の何十倍も巫力というものがあるらしい自分が、同じようにやって大丈夫なのか――それが不安で手をつけられなかったのだ。

 そんなニクスの不安に、キクリはくすりと笑って言った。


「……大丈夫。巫力に何かを傷つける力はありませんし、そもそもこの『ラディウス』は植物のように見えるだけで、実際には女神様から授かった神造遺物です……なので、心配はいりませんよ」

「そう、ですか」


 それなら――と、ニクスは先程のキクリの話を思い出しながら、巫力の操作を試みる。

 目を閉じて、全身を巡る血の流れを意識する。脈動する心臓。循環する血液。そこに載って駆け回っている自分のエネルギー。

 そして自分由来ではない、どこからか流れてくるエネルギー。


 ――きっとこれだ。


 冷たく流れる自分の力ではなく、暖かい他の誰かの力。

 その熱を確かに感じ取り、体内を思うように運んでいく。

 心臓から肩へ、肩から上腕へ、上腕から下腕へ、下腕から手のひらへ。

 少しだけ意識して少なめに絞りながら、その熱を鉢へと注ぐ。

 その熱が鉢から中心部の種に流れ込むのも感じる。


 ――あれ、全然大丈夫だ。余裕がある。


 底なしの穴にコップの水を一杯入れたような手応えのなさ。

 少しずつ注ぐ力を増やす。

 ぽん、という音がした。おそるおそる目を開けると、自分の鉢にも芽が出ていた。どころか、そのままニョキニョキと大きく育っていく。


「……これは」


 ラディウス、と呼ばれたそれは生長し、ニクスの頭を少し超えたくらいのところで小さなつぼみをつけ、そこで変化を終えた。


「ええと、これでいいんでしょうか?」

「……はい。いえ、本来は一週間かけて開花まで持っていくのですが……ニクスさん、もう少しだけ巫力を注いでみてくれませんか?」

「わかりました」


 言われた通りに巫力を注ぐ。

 けれども変化はない。ムキになって少しずつ注ぐ巫力を大きくするが、それでもダメだった。明らかに力がどこかに逃げている。


「咲きません」

「……そのようですね。ありがとう。みなさん、聞いてください」


 キクリはニクスに集まっていた教室中の注目を自分に集め直す。


「……この花はラディウスと言って、巫力を注いだ人間の経験してきたことや性格を読み取り、開花のときにその人のための武器を生み出します。神与武器と呼ばれるものです……みなさんにはこれから一週間、巫術の基礎を学ぶかたわらラディウスを育てて自分だけの神与武器を手に入れてもらいます」


 そこで、ごふっ、と一度咳をするが、構わずキクリは話を続ける。


「……前衛の騎士を目指す人、後衛の巫女を目指す人、みなさんも色々と考えてこの学園に来たとは思いますが、神与武器は女神様が貴方たちの適正を見てくださるもの……そこで改めて自分の目指すところを考えてください」

『はい!』


 生徒たちの返事が重なる。

 だがニクスの声はそこになかった。

 つぼみをつけたところで止まったラディウスの生長について考えていた。


「……大丈夫ですよ、ニクスさん。先も言ったように本来は一週間かけて育てるものなんです。きっと今貴方に合った武器をラディウス――いえ、女神様が考えているところなのでしょう。生長が急激すぎてそこが追いついていないんだと思います」

「でしょうか」


 ニクスが考えていた理由は違った。

 自分には過去の記憶がない。つまり――読み取るべきこれまでの経験がない。

 だからこの花は咲かないのではないだろうか、とそう考えていたのだ。

 そんな者に合わせた武器を選ぶのは、女神様だって大変だろう。

 もしかしたら、このまま咲かないことだって――


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ――あっ、来ました! 育ってきましたわ!」


 憂鬱になるニクスの横で、先程からお嬢様らしからぬ唸り声をあげていたクレイが、注ぎ込んだ巫力に従ってほんの少しラディウスの芽を生長させていた。


「見ていなさい! すぐに貴方を追い越して見せますわ!」

「……グレイモアさん、この授業はもう終わりです。次の授業に備えて巫力を温存するように」

「そんな、先生! もう少しだけ、もう少しだけですから!」

「……ダメです。ではみなさん。次の授業が始まる前に、自室に鉢を置いてくるように。他の人の鉢と混同することがないように注意してくださいね」

「はい……」


 しょんぼりとうなだれながら鉢を持って立ち上がったクレイは、ニクスを一瞥してから教室を出る。


「どうしたんだ、ニクス」


 と、後ろからサーラが覗き込んできた。

 ニクスはすぐに頭に溜まった憂いを振り払って、鉢を持って立ち上がる。


「いえ、行きましょう」

「うん。次の授業に遅れるわけにはいかないからな」


 小さな芽を出した鉢を抱えて、嬉しそうに笑うサーラ。

 その笑顔をなんだか眩しく感じながら、ニクスも教室を出る。

 そんなニクスをじっと見ていたククルもまた、遅まきながらに立ち上がった。


「――興味深いわね」

 

 そんなことをつぶやきながら。




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