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友との再会。男たちの本音祭り

 時は過ぎ、花たちが美しく咲き誇る季節となった。


 ある心地よく晴れた日。エレナとユーティスはヴェスタ王国近くの平原で魔法の特訓をしていた。


 紫のローブを着たエレナは、長い赤髪を一つにまとめ、大人びた雰囲気をかもし出している。歳は二十二。魔王ウーディニアとの戦いから、はや五年の月日が流れようとしていた。



「エレナさん。疲れたでしょう。そろそろ休憩されますか?」



 魔力が半分くらい減った頃、白いローブ姿に丸眼鏡をかけたユーティスが、少し離れたところから尋ねてきた。


 背中辺りまで伸びたさらさらの髪が、そよ風に揺れて繊細な光を跳ね返している。エレナは思わず綺麗だなと見とれてしまった。



「おや? エレナさん、どうされました?」


「あっ! いえその、大丈夫です! もうちょっとだけ頑張ります!」



 慌てて答えると、ユーティスは優しく笑ってうなずく。エレナが再び杖を掲げ呪文を唱えようとした時、だしぬけに後方から明るい声が聞こえてきた。



「おーーい!エレナお姉ちゃーーーん!」


「あの声は……!」



 エレナが振り返ると、はるか遠くに三つ編みの少女と黒髪の剣士の姿が見えた。



「リリー! おかえり!」


「ただいま! お姉ちゃん!」



 狩人風の服を着たリリーは猛スピードで走ってきて、エレナに勢いよく抱きつく。小柄だったリリーはエレナよりも背が高くなっていて、危うく背中から倒れるところだった。



「本当に久しぶりだね! 元気だった?」


「うん! お姉ちゃんも?」


「元気げんき! 病気一つしてないよ!」


「よっ、エレナ! 祭りに参加してほしいって言うから、ちょっとだけ帰って来てやったぜ!」



 黒緑の鎧をまとったアストラは、リリーより一足遅くやってきて、右手を振る。以前よりさらにたくましくなった彼は、昔と同じく不敵な笑みを浮かべていた。



──数週間前、エレナはポロンの発明品である通信機を使って、アストラたちと連絡を取っていた。なぜかというと、明日、古代遺跡の前にて、三国合同で『平和記念祭』が行われるからだ。


 開催の主な目的は、ヴェスタ、イスト、ノースの良好な関係を国民たちに示すためだが、戦争による死者たちの鎮魂の儀も兼ねている。五年前、世界を救うため大いに貢献したエレナたちは、三国の王から参加を強く求められていた。



「おかえり、アストラ! すごく遠いところに居るって言ってたのに、帰って来てくれたんだね!」


「ああ。三国のうまいもんが山ほど食えると聞きゃあ、戻ってこないわけにはいかねぇだろ。しかもどんだけ食ってもタダって話だしなぁ」



 アストラは目をギラリと光らせ、片方の口端を持ち上げた。謎のやる気が満ち溢れている。



 まずい。アストラ、お祭りのごちそう食べまくるつもりだ。



 悪い予感がしたエレナは、早口で釘を刺した。



「ごちそうはみんなのものだから、絶対一人で食べ尽くさないでよ!? お祭りには三国から何百っていう人が来るんだからね!!」


「いや、さすがに全部は食えねぇわ! つうかお前、どんだけおれの胃がでけぇと思ってんだよ!」


「うーん。でもアストラ兄ちゃんなら、百人前はいけるかも」


「リリー! お前はちゃんと否定しろよ!!」



 アストラが次々に言い返すと、そこへユーティスが軽やかに近づいてきて会釈をした。



「アストラさん、おかえりなさい。お久しぶりでございます」


「おう! 久しぶりだなユーティス! 相変わらず元気そうじゃん!」


「ええ、お陰様で。アストラさんもお元気そうで何よりです」


「おうよ! つうかお前、何で眼鏡なんてかけてんだ? 老眼か?」


「違いますよ。これは飾りです。エレナさんが前に私の誕生日に贈ってくださったので、毎日付けているのです。似合うでしょう?」


「何だ、またノロケかよ。聞くんじゃなかったぜ」



 アストラはあからさまに嫌な顔をする。リリーは楽しそうにエレナの腕を掴んだ。



「ねぇ、お姉ちゃん! 久しぶりにどこかでお茶しようよ! 話したいことが山ほどあるの!」


「うん、いいよ! 美味しいお菓子が食べられるお店、連れてってあげる!」



 エレナはリリーの手を引いて、ヴェスタの城下町へと駆け出した。一年ぶりの再会にはしゃぐ二人を、ユーティスとアストラは追いかける。四人は澄んだ青空の下、笑顔で暖かな風を切った。




──時間はあっという間に過ぎ、ヴェスタの城下町に夜が訪れた。



 大衆浴場で湯浴みを済ませたユーティスは、まあるい月が照らす街道を歩き、宿へ戻ってきた。


 そこへちょうどアストラが現れて、「今からおれに付き合えよ」と外をあごで指した。手に酒瓶とコップ二つを持っており、一緒に飲もうということらしい。ユーティスは宿を出るアストラに付いていった。



「む? リリーさんは一緒ではないのですか?」


「あいつはエレナと部屋に居る。今日はエレナと泊まるから、おれは別の部屋に行けってよ。全く、勝手な奴だぜ」


「でしたら私も、今日は別の場所で休まないといけませんね。お二人の楽しい時を邪魔してはいけませんから」


「お前はエレナと一緒じゃなくても良かったのかよ?」


「ふふふ。構いません。エレナさんはリリーさんを妹のように思っておられますし、エレナさんが嬉しいなら私も嬉しいですから」


「ふーん、そうか。けどおれは気に入らねぇなぁ。いきなり部屋から追い出すなんてよ。あいつ、おれよりエレナの方が好きなんじゃねぇか?」


「おや? アストラさん、もしかしてお二人の仲に妬いてらっしゃるのですか?」


「はあ!? そんなんじゃねぇし! おれはただ、あいつが理不尽なことすっから、ちょっとむかついただけだ!」



 口を尖らせプイと顔を背けると、ユーティスはそうなのですかと、穏やかにうなずいた。アストラの頬が赤くなったのに、彼は気付いていないようだ。



 そうこう話しているうちに二人は中央広場へ着いた。以前、ここには大きな処刑台が置かれていたが、今は噴水と花壇があり、街の人々の憩いの場となっている。


 アストラとユーティスは木のベンチに横並びで腰かけた。遅い時間だからか、広場はがらんとしている。二人はコップに酒をたっぷり注いで乾杯し、ちびちび飲みながら話し始めた。



「アストラさん。長旅お疲れ様でした。道中、妖精族の生き残りの手がかりを掴めましたか?」


「それがよ、この一年でいくつか妖精族の暮らしていた跡は見つけたんだ。でも生存してる奴には一人も出会えなかったよ」


「やはりそう簡単にはいきませんね。おばあ様やクラドーさんは気落ちされていませんでしたか?」


「ああ。何てことねぇさ。あいつらまだ三百年は生きられっから、死ぬまでに一人くらいは見つけられるだろって笑ってたよ」


「そうですか。なら良かったです。その後、リリーさんとはどうですか? 仲良くされているのですか?」


「まあな。時々けんかもするけど、あいつが毎日おれのこと、好きだのかっこいいだのと言いやがるから、その…………可愛くて仕方ねぇんだ」



 アストラは恥ずかしくて小声になり、うつむいて身をすくめた。珍しく素直に誉めるので、ユーティスは興味深そうな顔をして、相づちを打つ。アストラはリリーの笑う姿を思い浮かべながら空を仰ぎ、話を続けた。



「あいつ、すげぇんだぜ? 旅に出るまで武器なんてほとんど触ったこともなかったのに、『おれの足手まといになりたくないから』っつって、ネルバの姐さんから弓と槍を習ったんだ。そんで知らねぇ間にめちゃくちゃ上達してやがってよ。今じゃ中級クラスの魔物と対等に渡り合えるぐらい強くなったんだ」


「ほほう。それは素晴らしい。短期間のうちにそこまで成長されるとは、相当な訓練をなされたのでしょうね。アストラさんへの愛の強さがそうさせたのでしょうか」


「それは……どうだか知らねぇけどよ! つうかお前の方はどうなんだ? エレナとそこらじゅうでイチャついてんじゃねぇだろうな?」


「ええ。それはもう存分に。エレナさんはいつ見ても可愛らしく癒されるので、つい溢れる想いを表現したくなります」


「表現だと?」


「はい。愛していると伝えたり、ぎゅっと抱き締めたりします」


「ブッ! ゲホッ! ゴォホッ!」



 アストラは飲みかけた酒を吹いて、思い切りむせた。ユーティスの物言いがストレートすぎて、びっくりしたのだ。


 アストラは眉間に思い切りシワを寄せ、右手の甲で口を拭きつつ言った。



「お前、そういうことは人に堂々と言うな。ちょっとは隠せ」


「どうして隠す必要があるのです? 秘密にする理由が解りません。アストラさんもリリーさんに、愛していると伝えているのでしょう?」


「おま! バカ野郎! このおれが、そんな歯の浮くようなこと言うわけねぇだろ!」


「それはいけませんね。気持ちは出来るだけ言葉にして伝えないと。リリーさんに愛が届きませんよ?」


「おれのことはどうだっていいんだよ! とにかくお前ら、今後一切、人の居るとこでベタベタすんな! はたから見たらまじうぜぇから! 邪魔だから!! 目に毒だから!!」


「毒……。ううむ。そうなのですか。それほどまでに皆さんを不快にさせてしまっていたとは知りませんでした。以後、気を付けます」



 ユーティスは反省したのか、声の調子を落とす。アストラはハッとした。



 ……しまった。ちょっと言い過ぎたか?



 興奮して怒鳴ったが、傷付けるつもりはなかったので少々焦る。ユーティスの様子が気になり視線を向けると、意外にも彼の表情は明るかった。


 ユーティスはアストラと自分のコップに酒を足して言った。




「アストラさんは昔と変わらず、手厳しいですね」


「何だよ? 口がわりぃって言いてぇのか?」


「いえ、そうではなくてですね。私はアストラさんと話していると、安心するのです。あなたはこうやって常に私と対等に接してくれる」


「対等?」


「ええ。私は初めて会った時から、あなたの正直な態度に驚き、心地よく思っていました。ほとんどの方が私を畏れて本音を見せない中、あなたはどんな感情も隠さず私にぶつけてくれた。私の身分を知ってからも特別扱いしなかった」



 ユーティスはアストラを柔かな表情で見つめ、真剣な声で言った。



「アストラさんは私にとって最高の仲間であり、かけがえのない親友です。今までもこれからも、ずっとそう思っています」


「……はっ! お前はほんっとにキザだなぁ! おれにはとうてい真似できねぇわ!」



 アストラは照れ臭くて、つい怒ったみたいな口振りで返してしまう。するとユーティスは首をかしげ、「それは誉め言葉と受け取っていいのですか?」と真顔で質問をしてきた。アストラは内心ずっこけそうになる。



 んなわけねぇだろ。その天然さも、魔法で何とかしやがれよ。



 わざわざ説明するのも面倒だが、ユーティスが答えをじっと待っている。仕方なくアストラは発言の意味を伝えた。



「まあ、つまり、アレだ。おれは『最高の仲間』だとか『かけがえのない親友』とか、そういうこっ恥ずかしいセリフは吐けねぇってことだよ」


「恥ずかしい? どうしてですか?」


「言い慣れてねぇから照れるんだよ! いちいち言わせんな!」


「そうなのですか。でも私はアストラさんがもう一度旅立つ前に、この気持ちをしかと伝えたかった。また遠くへ行っても、私を忘れないで欲しい。この先もずっと親友でいて欲しいのです」



 ユーティスは長いまつげを伏せ、酒を飲み干した。整った横顔に暗い影が落ちる。深緑の瞳が不安な色をしているのに、アストラは気が付いた。



 こいつ、人よりずば抜けて強いくせに、やたらと淋しがりなんだよな。



 ユーティスの悲しい過去がそうさせるのだろうか。周りの人間が自分から離れてしまうことを、とてつもなく恐れているようだ。


 アストラは胸が苦しくなってくる。ユーティスを元気づけてやりたい。孤独感を和らげてやりたい。そんな風に思いながら口を開いた。



「おれは何にも変わんねぇぞ」



 ユーティスはおもむろに顔を上げる。アストラは静かに言葉を続けた。



「どんだけ離れてようと、どんだけ時間が過ぎても、お前とおれの関係はずっと同じだ」



 アストラは横を向いてユーティスを見つめ、力強く告げた。



「もしおれと酒を飲みたくなったら、ポロン先生の通信機でいつでも呼べよ。どこからだって会いに来てやるから。何年経とうが忘れるわけねぇだろ? お前はおれの唯一のライバルで……一番の、親友(ダチ)なんだからよ」



 最後はぶっきらぼうに言って夜空を眺めると、ユーティスはとたんに瞳を輝かせ、「ありがとうございます。アストラさん」と噛み締めるようにつぶやいた。笑顔が星に負けないくらい、きらきらしている。


 何となくばつの悪くなったアストラは、こんなこともう二度と言わねぇからな! と言い放って、前に向き直った。頭が熱い。



 あーあ。全く、酒のせいで柄にもねぇこと口走っちまったぜ。



 心の奥で舌打ちしながら、アストラは酒を注ごうとする。しかし瓶の中はもう空になっていた。早くも二人で飲み切ってしまったようだ。


「おい、ユーティス。酒がもうねぇわ。どっかに買いに行くか?」


 尋ねてみたもののユーティスが一言も発しない。おかしいなと思って隣を見ると、彼は真っ赤な顔をして肩にぶつかってきた。耳を澄ませばスースーと寝息を立てているのが分かる。そういえばユーティスは酒にあまり強くなかった。


 アストラはしょうがねぇ奴だなぁと呆れ、気持ち良さそうに寝てやがると笑って、彼を宿まで背負ったのだった。

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少女の恋と成長を描いた王道ファンタジー
*【いしのまほうつかい】~初級魔法ファイアすら使えませんが最強の大賢者目指します!~*
― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃめちゃニマニマしながら読みました……!(o´艸`) なんだよアストラぁ、ノロケかよぅ。いや、むしろツンデレ……?(酔っ払い) アストラの背中で運ばれていくユーティスを見たいですね♪…
[一言] きゃー! にやにやが、止まらない! よかった、マスクしてて! もー! こういう男同士の会話っていいですよね。全てが惚気に聞こえる。リリーちゃん、アストラお兄ちゃん呼びのままなんですね。それも…
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