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三つ編み少女の戦い。甘酸っぱいは恋の味(前編)

「剣の大会で優勝した?」



 ある涼しげな夕方のこと。


 三つ編みの少女リリーは、ライ麦パンを片手に驚きの声を上げた。彼女はアストラと共に、ルピスにあるエレナたちの家へ招かれ、テーブルを囲んで一緒に夕食をとっている。


 リリーの隣に座るアストラは、フォークで分厚い肉を刺してから、にやりと笑って胸を張った。



「すげぇだろ?三国共催の大会だぞ?近衛兵とか騎士とか冒険者とか、腕の立つ奴らがごろごろ居やがったんだ」


「へぇ!やるじゃない、アストラ!そんな強そうな人たちに勝てるなんて」



 アストラの向かいに座るエレナは、ポタージュに伸ばしかけた手を止め、褒め称えた。その横でユーティスもにこやかにうなずいている。



「だろ?おれの剣は三国の誰にも負けねぇ。つまりおれが最強の剣士ってことだ!」



 気分が良くなり、声高らかに自慢すると、エレナは眉を寄せ宙をしばらく見てから、アストラに尋ねた。



「待って。でもその大会、ユーティスさんは参加してないよね?」


「ああ。してねぇな。つうかお前ら、仕事でどっかに行ってたじゃねぇか」


「だったらさ、アストラが最強ではないんじゃない?だってユーティスさんとは勝負してないでしょ?」


「はあ?こいつは最近仕事ばっかで、剣の修行をさぼってやがんだろ?そんな奴がおれに勝てっこねぇわ」



 イラッとして、フォークでユーティスを差しながら言い切ると、エレナはムッとして反論した。



「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない」


「いいや!分かる!今のおれに、ユーティスは勝てねぇ!」


「なっ!じゃあこれを食べ終わったら、ユーティスさんと勝負してよ!勝ったら最強だって認めてあげるから!」


「ああ、いいよ、やってやろうじゃねぇか!その代わりぼっこぼこにしても文句言うんじゃねぇぞ!」


「まあまあ、お二人とも。喧嘩はおやめください。別にどっちが強くてもいいじゃないですか。要は大切な人を守れるだけの力があればいいのですから」



 ヒートアップしていく二人を見かねたのか、ユーティスが慣れた様子で止めに入る。リリーは興奮するエレナを見て笑った。



「あはは!エレナお姉ちゃんは相変わらず、ユーティス様びいきだね」


「そりゃあそうでしょ!ユーティスさんは強いんだよ?それなのにいつも謙虚で努力家なんだよ?かっこいいでしょ!」


「お前さりげなくノロケんなよ。鬱陶しいなぁ」


「アストラさん?エレナさんにあまり酷いことをおっしゃらないでください。でないと私は冷静で居られなくなります」


「……分かった、分かった!だから笑顔で殺気出すなっての!リリー!お前はどっちが勝つと思うんだ?」



 ユーティスから黒いオーラを感じたアストラは、強引にリリーへ話を振った。



「うーん。わたしはアストラ兄ちゃんが勝つと思うよ!だってお兄ちゃん、いつも剣の練習、頑張ってるもん!」


「ほーら見ろ!リリーはおれの味方だってさ!」


「何ですってー!リリーの裏切り者ー!」


「お姉ちゃん、ごめーん!」



 リリーが手を合わせると、エレナは口を尖らせて拗ねた。それを見たユーティスが、その顔も可愛いですねと褒める。エレナがうろたえてスプーンやらフォークやらを床に落としたので、三人は笑ってグラスに入った甘い果実水を飲んだ。




──お喋りが弾み、外はすっかり暗くなった。


 リリーとアストラは二人に別れを告げ、村の中央道を散歩している。半円の月が闇を照らしていて、木々や家を青白く染めていた。時折吹いてくるひんやりした風が気持ちいい。リリーは先ほどの楽しい時間の余韻に浸りながら、右側を歩くアストラに話しかけた。




「今日はエレナお姉ちゃんから、ユーティス様の良いとこをたっぷり聞かされちゃったね」


「ああ!まじうざかったぜ!おれ、ユーティスがあそこに居なかったら、壁とかぶん殴っちまいそうだったわ!」


「二人の家が穴だらけになっちゃうからやめてね?まあ、わたしはエレナお姉ちゃんがノロケちゃう気持ち、分かるけど」


「そうなのか?」


「うん。だって好きな人のことって、人に自慢したくなるじゃん。みんなにもその人の良さを解ってほしいし」


「おい、リリー。もしかしてお前、好きな奴いんのか?」



 何気なく尋ねれば、リリーは「え?」と反応し肩を震わせた。白い頬がみるみるうちに紅潮していく。アストラは図星なのだとすぐに分かった。リリーはアストラをちらっと見てから前を向き、真面目に答えた。



「うん、居るよ。強くて、かっこいい人。わたしより五つ年上で、背が高くて、すごく頼りになって、しかも優しいの」



 リリーは緊張した面持ちで、アストラをじっと見つめる。何かを遠回しに伝えようとしているのだ。けれど残念ながら、それはアストラに届かなかった。



「へぇー!そうなのか!お前年上が好みなんだな!」


「いや。別にそういうわけじゃないんだけど」


「好きな男が出来るなんて、お前もずいぶん成長したもんだ」


「ちょっと、子供扱いしないでくれる?わたし、もう十四だよ?」


「あはは、そうか。背も前よりでっかくなったもんなぁ。このまま伸びたら、エレナを抜かすかもしんねぇぞ?」


「そうかな?わたし、だいぶ大人っぽくなってきた?」


「まあな。でもおれにとっちゃ、お前はいつまでも小せぇガキだよ」



 アストラの他愛ない言葉に、リリーの笑顔が消える。弧を描いていた唇は引き結ばれ、両手はぎゅっと握られていた。


 アストラはそれに気付かず、片眉を上げて軽い口調で尋ねる。



「で、どこのどいつなんだ?お前の好きな奴は。この村の男なのか?」


「…………帰る」


「どうした、急に。暗いから送ってってやるぞ?」


「いい!一人で帰れるから!ほっといて!」


「あ!おい!リリー!」



 リリーは振り向きもせず、早足で歩き去ってしまった。アストラは腕組みして小首をかしげる。



「何だよ、あいつ。おれ、何か悪いこと言っちまったかな?」



 考えても思い当たる節がない。からかったつもりはなかったが、気にさわる言葉があったのだろうか。



 けど、そんな細けぇことであんなに怒るか?全く女って奴は理解不能だぜ。



 アストラはちょっとだけモヤッとしたが、まあ寝たら明日には機嫌が直るだろうと思い、村外れに建てた小さな家へと帰っていった。




──十分後。リリーは自室へ帰ろうと、孤児院の廊下を歩いていた。窓から月光が差し込んでいるが薄暗い。胸には悲しい気持ちがいっぱい広がっていて、ついしかめっ面になってしまう。すると部屋に着く手前で、本をいっぱい抱えたエレナに出くわした。



「エレナお姉ちゃん。どうしてここに?」


「リリーに本を貸してあげようと思ってたのに、さっき渡すの忘れててさ。それを持ってきたんだけど……何でそんな顔してるの?具合でも悪いの?」


「アストラ兄ちゃんが」


「アストラがどうかしたの?」



 エレナは心配そうにリリーを覗き込む。



「わたしのこと、小さいガキだって言うの。それがすっごく嫌で……」



 懸命に理由を説明しようとするも、胸がつかえて言葉がそれ以上続かない。リリーはうつむき、我慢出来ずに涙を落とした。エレナは少し驚いた顔をしてから、本を床に置き、リリーをそっと抱き締めた。



 ……あったかいな。


 エレナお姉ちゃんとこうしてると、ホッとする。いつもわたしを守って慰めてくれる、優しいお姉ちゃん。可愛くて、強くて、わたしなんかとは全然違う。



 こんなすぐに怒ったり泣いたりするから、アストラ兄ちゃんに子供扱いされるのかなぁ。



 小さい頃から同じ孤児院で暮らし、アストラを家族のように思っていたのは、つい一年ほど前のこと。それがある日突然、彼を好きだと自覚してしまった。それからはさりげなく好意を持っていることをアピールしているのだが、アストラは恋愛に関しては『超』が付くほどの鈍感で。リリーは伝わらぬもどかしさと切なさを、いつも抱えていた。



「ねぇ、リリー。そんなに嫌だったんなら、私、アストラに怒ってあげようか?」



 リリーが落ち着きを取り戻した頃、エレナが眉間にシワを寄せて聞いた。アストラに少し腹を立てているようだ。リリーは勢いよく顔を上げて断った。



「ううん!そんなことしないで!わたしが悪いの。アストラ兄ちゃんに妹みたいに思われるのが悲しくて、つい無視して帰って来ちゃって」


「ん?妹って思われたくないの?それってどういうこと?」


「だってわたし、アストラ兄ちゃんが好きだから」


「……へ?ちょっと待って。意味が良く解らないんだけど」


「だから、アストラ兄ちゃんが好きなの!恋してるの!お姉ちゃん、何度も言わせないでよ!恥ずかしいんだから!」


「え?嘘でしょ!?リリーがアストラを好」


「しーーー!!大声出さないでよ!!他の子たちに聞こえちゃうじゃん!!」



 リリーは真っ赤になって人差し指を唇の前に立てる。エレナは相当びっくりしたのか、後ずさりをして、床に置いた本の山をドサドサと崩していた。ただでさえ大きい目をより見開いている。



「ご、ごめん。ちょっと今、腰抜かしそうになっちゃった」


「もう!お姉ちゃんたら、大げさね!」


「だって相手が脳筋のアストラだよ?驚きもするってば」


「アストラ兄ちゃんをバカにしないでよね!お兄ちゃんはああ見えてかっこいいところ、いっぱいあるんだよ!お姉ちゃんが知らないだけなんだから!」



 リリーはほっぺをぷうと膨らませて腕を組んだ。怒っているぞと目で訴える。エレナはきょとんとしてから、ぼそりと呟いた。



「……リリー可愛すぎ」


「えっ。ほんと?」


「うん。すごく可愛い。恋する乙女って感じ。私、キュンときちゃった」


「そう?えへへ!ありがとうー!」



 単純なリリーが照れて腕をほどくと、エレナは彼女の両手をがしっと掴んで、強く宣言した。



「私、リリーの恋に協力する!あなたがもうガキなんかじゃないってところ、アストラに見せてやりましょう!」


「うん!ありがとう!わたし、頑張る!!」



 二人は力強くうなずきあって、満面の笑みを浮かべた。



 それからリリーは自室に戻り、エレナと一緒に『アストラ陥落作戦』を立てていくのであった。

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本編はコチラ↓↓↓

少女の恋と成長を描いた王道ファンタジー
*【いしのまほうつかい】~初級魔法ファイアすら使えませんが最強の大賢者目指します!~*
― 新着の感想 ―
[良い点] アストラとエレナの言い合いを宥めたと思いきや、サラッとエレナにつくユーティスさすがです。その、さりげない惚気具合ごちそうさまでした。 リリーちゃんの恋する乙女感がかわゆい。いろいろ大変だっ…
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