終章
「そうだジェイ、会誌用の原稿を印刷に回したいんだけど」
「ああ、忘れてた。ユリが監修してくれたんだっけ」
数日後、たまり場でヨウに声をかけられ、15年前の王の失踪についての原稿が書きかけだったのを思い出す。それを読んだユリに、「ジェイは王様の味方なんだね」と言われたあの原稿。
「監修ってほどじゃ…けど、うん、シロウトでもわかりやすかったよ。あ、でも書きかけのときに読んだのかな、最後のとこ初めて読む」
ヨウの手にあるプリントされた原稿を覗きながら、ユリが首をひねる。
「そこがすげえいいんだよ。大胆だけど面白い」
ヨウの絶賛に、今度はジェイが首をひねった。プリントを受け取り、ざっと目を通す。
『この国には15年前まで王がいた。国民は王室を慕っており、若い国王夫妻と一人娘の一家は国民に愛されていた』
そう、当たり障りのないことしか書いていないはずだ。
『王の失踪には何か意図があったのだと信じる者もいる。疲れ果てて逃げ出したのだと思っている者もいる。真実はわからないが、一滴の血も流さずに民主化を実現できたのは、王の失踪に寄与するものだと言えるのではないか』
そうそう、最後に私見を加えていて──
──!
プリントをめくる手が止まり、目を見張る。原稿の最後は、書いた覚えのない文章。
書いたのはきっと、
…リリー。
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この国には15年前まで王がいた。
国民は王室を慕っており、若い国王夫妻と一人娘の一家は国民に愛されていた。
王の失踪には何か意図があったのだと信じる者もいる。疲れ果てて逃げ出したのだと思っている者もいる。真実はわからないが、一滴の血も流さずに民主化を実現できたのは、王の失踪に寄与するものだと言えるのではないか。
いや、血が一滴も流れていなくとも、傷ついた者は多いだろう。人生を狂わされた者もいるはずだ。それでもなお、あのときの王の決断を私は誇りに思う。
当時幼かった姫に同情を寄せる声も聞く。しかしそれは正しくない。姫の失踪は、彼女に初めて与えられた、そして最後の、王族としての仕事だったのだから。
王位継承者として生まれ、その責務を負うことと引き換えに与えられた、恵まれた生活。ひとつも責任を果たさぬまま、ただ返上することはできない。帝王教育を始めた矢先のこと、幼いながらも彼女は自分の果たすべき役割を理解していた。
だからこの先の将来、リリー姫が姿を現すことは絶対にない。自らの存在を抹消することこそが、この国の姫として生を受けた彼女の、存在意義そのものなのだから。
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「最後の『Jに感謝する』っていうのは?」
「…ジェイ?」
呼ばれてハッと我に返る。
「あ…ああ、ジョンソン教授だよ」
「なんだ俺じゃないのか」
「なんでロブ?」
「俺、ミドルネーム“ジャック”だぜ?」
「それ言ったら俺の“ヨウ”も母国語ではスペルJなんだけど」
ユリが吹き出す。
「なに、全員Jなの?」
ジェイもまた、笑って返す。
「じゃあいいよ、お前ら全員ってことで」
あながち間違ってないよな、リリー。そうだろ?
リリー。きみいつの間にこれを書いたんだ?
けど、そうだな。ただ大人しく消えて行くなんてきみらしくない。
やっぱり忘れられないな。きみを忘れないよ、リリー。心配することないさ、ユリのことは大切にする。きみがヤキモチを焼くくらいにね。
〜完〜
じつは書き始めたのは1年近く前でした。途中で違う作品を書き始めたらそっちがすっかり楽しくなってしまい、えらい時間がかかってしまいました(楽しくなっちゃったほうの小説『サムライ・ラヴァー』もよろしければお読みください!)。
やっぱり一人称のほうが書きやすいな、というのが書き終えての感想です。
ありがとうございました!