プロローグ
「お兄ちゃん、助けて」
妹を奪われてから5年。毎朝、この言葉をぶつけられて目が覚める。何もできなかった自分の無力さ、俺たちを助けてくれる温かみがない周囲の人間の冷淡さ。自責にも、他責にも、どちらか一方に逃げられる状況ではない。迷路に迷い込んだネズミのような自分の惨めさに辟易とする。
「おーい、ケン。話があるんだ。少し顔を出してくれ」
妹を見知らぬ男たちに連れされた後、一番親身になって寄り添ってくれたタケがバラック小屋の扉を叩いている。扉を開けて姿を見ると顔は相変わらずこけている。着ている服も外はこんだけ寒いというのに布一枚。服から出ている腕は皮と骨だけだ。
「朝っぱらから何ですか」
「そんなぶっきらぼうな返事はないだろう。血は繋がっていないが、俺はお前を弟と思っているんだ。そんな弟が今日で15歳になるんだ。成人祝いをしないわけにはいかないだろう」
「どうせ固形物が入った食事が一品出るぐらいでしょう」
「そんなことはない。貧しい俺たちが精一杯の力を振り絞ってお前にプレゼントを渡す。準備ができたら、いつものところに来てくれ。あんまり待たせるなよ」
タケはそういうと小走りで「いつものところ」へ向かっていった。「いつものところ」とは俺とケン、そして俺たちを慕って行動を共にしている10歳のわんぱく小僧「坊」とその妹「リン」、血縁関係にないが、彼らの世話をしているお姉様「レイ」が集まる場所だ。集会所といえば聞こえがいいが、屋根もなくゴミをどかしてつくった空き地だ。
この世界は腐っている。東の最果て第10エリアはかつて、大きな建物が立ち並び、人は食べるものに困らない、それはそれは豊かな国があったそうだ。今は西から送られてくるゴミ置き場だ。最西の第1エリアに富が集中していて、数字が増えるごとに貧しくなっていく。俺たちがいる第10エリアには仕事すらない。人攫いが第9エリアにやってきて、将来美人になりそうな小さな女の子を攫っていく。男たちはゴミから金目のものを探し出して、第9エリアへの関所に持っていき、衛兵に換金してもらう。人によっては自給自足で生活する者もいるが、ここには雑草ぐらいしか生えていない。動物もネズミやカラスなど害獣ばかりだ。
そんな土地で傷の舐め合いをしている俺たちは、必ず誕生日を祝う。正直いつが誕生日かなのか、把握しているわけでもない。ただ適当に決めて、その日を祝う。贈り物のほとんどは固形物を入れたスープが送られる。それ以外のもの見たことがない。ただタケがハードルを上げたんだ。見栄を張らないタケが。
ケンはため息を吐きながら、歯を磨き服を着た。全く期待なんてしていないように装いながら、集会所に向かう。この人生に期待をしてはいけないことを知っているからだ。期待をするから後悔する。唯一の肉親を奪い去られたあの日のように。
ゴミの山を登りきり、集会所を見下ろす。そこにいつものメンバーが集まっている。全員痩せこけており、今にも死にそうな姿でケンを笑顔で見つめている。
「ケン!早く降りて来い」とタケがぴょんぴょん飛び跳ねて叫んでいる。
「はいはい、今行きますよ」
「あの子、ワクワクしてるわ。かわいいわね」とレイが小声で呟く。
「それで?プレゼントって何ですか」
そういうとタケは改まった姿勢でケンに向き合った。急に威厳を出そうとしているタケの不器用さに笑いが込み上げてくる。
「ケン、誕生日おめでとう。お前と最初に会った日、お前がとても辛そうにしていたのを今でも覚えている。妹さんが連れされた日のことで寝れなくなっていることもな」
「タケさん、なんでそれを」
タケはもちろん、自分の寝床を誰にも見せたことはない。タケはうなされている俺のことを心配して、時折様子を見にきていたのだろう。
「お前のことはなんでも知っている。言っただろ? 俺はお前を弟と思っているんだ。これまで何も兄貴らしいことはしてやれなかったけどな」
「そんなことはないですよ。タケさんがいなかったら俺は、、、」
「まぁ、改まっていうのもあれだが、お前はやっぱり過去のトラウマに向き合うべきなんだ。お前の人生はあの日から止まっている。それは隣でそれで俺たちはお前にこれを贈ろうと思う」
タケは包みを手渡した。手に取った瞬間、これがお金であることがすぐにわかった。
「これは」
「お金だ。ケン、これで第9エリアに行け」
「ケンさん、行ってください」とリンが涙目になりながらケンを見つめる。
「ケン兄、俺たちのことは大丈夫だがら」。坊はもう泣いている。
「坊兄ちゃん、泣かないって決めたじゃない」
「だって、、、」
「ケン、これは俺たちが4人が貯めたお金だ。これだけあれば第9エリアにいけるはずだ。関所を渡った知人が言っていた額を参考にしているから、まず間違いない。そこにお前の妹がいるかはわからない。もしかしたらもっと西にいるかもしれない。俺たちができるサポートはこれぐらいだ。だからあとはお前がなんとかしろ。死んでも連れ帰ってこい」
「皆さん、本当にいいんですか」
「もちろんだ。ただ一つ頼みがある。お前に余裕ができたら仕送りを送ってほしい。どんな些細なものでもいい。パン?と呼ばれるものを一度食べてみたいんだ」
「俺はお米!」と坊が叫ぶ
「私は人形さんが欲しい」とリン
「私は香水をつけてみたいわ」。レイは手を挙げて言った。
「ケン。この中で外の世界に通用するのはお前だけだ。お前ほどの体格の良さならきっと力仕事でもこなせる。学がない俺や子供達、痩せきったレイが行っても何もできない。だから俺たちの思いを託す」
「わかった。待っていてください。必ず妹を取り戻して、皆さんに楽させますから」
これは、最貧民街に生まれた男が世界をひっくり返す物語だ。世界が変わるきっかけはいつだって辺鄙なところから始まる。




