3-3 赤とひと口に言っても
「というか、和馬ってちょっと単純なとこあるわよね」
「いきなりなんのディス!?」
「一生懸命で、わるい子じゃないんだけど……」
「そしてその発言はどこから目線なんだ」
リラは食卓で頬杖を突きながら、溜め息を零す。
立派なお屋敷の食堂に置かれたダイニングテーブルはやはり空間に見劣りしないようにやけに立派で大きくて、要するに普通以上に子ども向きではない。椅子に座ると上半身が全然足りないので、いつもお子様用チェアのお世話にならないといけないのはちょっと屈辱的だ。
足をぶらぶらと揺らしながら、リラは追加の溜め息も吐く。
小さい身体はまどろっこしい。全然思う通りにならない。
できないことが多すぎて、人の手ばかり借りなければならない。
「だってこれ、あんまり見え見えなんだもの。発想が、ひんこん」
取り敢えず、リラは眼前に置かれたコップにちょんと触れた。
「う、それはそうかもだけど……でもまずは見た目からって思ってだな。人間っていうのは視覚情報に振り回されてる生き物だし?」
「じゃあもうちょっと研究をかさねてほしいものだわ」
満たされるは赤い液体。だが。
「こんなに黄みよりの赤じゃないのよ?」
トマトジュースはちょっと違うのだ。
「それはその、考察が足りませんで……」
和馬の考えは読む必要もないくらい見え見えだ。吸血鬼は世の皆さんの想像にある通り、吸血行為が食事に当たる。血、つまり赤。赤、そしてトマトジュースも赤。赤だし血っぽくていけるんじゃ? ということである。
「でもまぁ、ひと口試してみれば?」
「えぇ~、なんかもうにおいからしてちがう感じがひしひしするのに?」
すん、と鼻を近付けてみたが、それだけで気持ちは萎えた。それでもまぁひと口、とお義理でリラもちょんと舌を付けてみる。
「どうだ?」
「…………思ってたのとちがいすぎてちょっと……きおくとのかいりが……」
「難しい言葉知ってるな。記憶の味については深く触れないでおく……」
口の中の味を変えたいな、と思っていると、すかさず水が差しだされる。さすが和馬だ。
こくこくと飲みながら、リラはそっと和馬を眺める。
本当に不思議な子だと思う。グウェンはとても良い人間を見つけたとも。
ちょっと口うるさくて乙女の扱いがなっていないけど、素直で熱心でお人好しで、それから根気強い。
あと本人にあまり自覚はないようだが、子ども好きなのだと思う。兄妹はいないようなのだが、リラを子どもとして扱うのは実に的確で、多分グウェンだけだったら頓珍漢なことになっていたことも、和馬がいるから人間の常識を逸脱しないでいられるのだ。
これと集中し始めると若干周りが見えなくなるようだし、手先は器用でも生き方はあまり器用ではないようなので余計な苦労はしそうだが、そう、手短にまとめるとリラは和馬を割と気に入っている。
次があったら、グウェンの他には何もいらないと思っていたけれど。
世の中には結構色んなものがあって、色んな生き物がいる。
「トマトジュース作戦は失敗かね」
どこかの誰かと電話をしていて席を外していたグウェンが戻って来た。
そう言えば、今のグウェンが具体的に何をしてるのか、リラは訊いたことがない。資産は十分持っているし、国元には古城とその周辺の土地だって所有していた。顔は広いようなので、昔の伝手というのがあれこれ使えるはずである。もしかするとそういうコネクションを今も使って、たまには人間の世で仕事なんかをしているのかもしれない。
「もう飲まないのかい?」
「よくわからない味だったわ」
グウェンがまだ中身がたっぷり残っているコップを持ち上げる。
「うーん、確かに、我々の食事とは似ても似つかないが」
そう言ったら、すかさず和馬からツッコミが入った。
「我々じゃなく、我、な。我々なのはオレとリラの方」
リラには少し不思議だが、和馬はそういう細かいところに結構こだわる。曖昧にしちゃいけないんだよ、と言う。
リラが、今は人間であることを。
「まぁ確かにちょっと変わった味だな、とは私も思う」
リラの代わりに中身を飲み干してから、グウェンはそう言った。
「へー、じーさんでもそう思うんだ」
「まぁね」
浮かべられる微笑。目尻に刻まれたシワを見て、それからリラは自分の小さな手のひらを見つめる。小さいけど、すべすべできめの細かい肌。
恐ろしいほどの年月が流れたのだなと、ふとした瞬間に突き付けられる。
「そう言えば」
そうして、その空白の時間に対して、疑問がぶわりと溢れ出す瞬間がある。今日もそうだった。
「グウェン、ごはんは?」
そう訊ねると、不思議そうに首を傾げられる。
「うん? 今朝は一緒に食べたじゃないか。お昼かね? もちろんご一緒するつもりだが」
「そうじゃないわ」
それは正式なグウェンのご飯ではない。
「身になるごはんの方のはなしよ」
吸血鬼としての、食事。
そう言えば、再会してからそういう様子を一度も見たことがない。
「今までどうしてたの」
「いや、それは適宜」
「この屋敷には、そういう存在はいないわね。こんな子どもの身になったって、そこらへんの勘はにぶってないわ。和馬は、そういう対象じゃないし」
視線をやれば、本人もぶんぶん頭を振っていた。
「オレが噛まれたのは最初の一回、契約の時だけだよ。手首、手首を噛まれて」
「そう、和馬はそういうあいてじゃないの。でも、吸血鬼は血を得なくちゃおなかがすくの。生きていけないのよ」
だから、どこかで吸血行為はしているはずだ。昔はその対象を把握していたし、時には互いが互いの首筋に牙を立てた。同族同士でも吸血は可能なのだ。
「リラ嬢?」
そうだ、でも今自分は何も知らない。
吸血行為は生きていくために必要だけど、ちょっと繊細な行為でもあるのだ。特に特定のパートナーがいる吸血鬼にとっては。
この色々と厳しいご時世に、夜そこらを歩いている人間を襲うなんてのはあまり賢い行為ではない。グウェンがそんなことをしているとは思えない。ということは。
「どこかにかこっているのね」




