2-6 昔の話
なるほど、これは多少聞きにくい話題ではある。繊細な部分だ。
「正しい知識か知らないけど、吸血鬼って不老不死なのかなってちょっと思ってたんだけど」
不老不死。
それは確かに吸血鬼と一緒に思い浮かべる単語だ。そして、それほど間違いでもない。
基本的に吸血鬼は途中で肉体の時間が止まるし、いくつかの正しい手順を踏まない限りはそう簡単に死なない。
「その昔、彼女の見目は人間で言う二十代半ばくらいで止まり、私自身もせいぜい三十過ぎの見目だった」
「…………でも、今は」
「基本的には不老だ。どこで見た目の加齢が止まるかにはかなり個体差があるがね」
グウェンは選んだのだ。一人変わらず永遠の時を生きるのではなく、痛みと業と終わりがあるというある種の希望を、この身に背負うことを。
「彼女は」
何と言えば分かりやすいだろうか。どの程度までなら、話す気になれるだろうか。
同族は説明せずとも状況を知っているものだし、他の誰かに説明する必要性を感じたことが今までなかったので、彼女を亡くしてから恐ろしい年月が経っているというのに、グウェンは未だに語る言葉をロクに持っていない。
「亡くなりはしたが、それは寿命ではなかったし、しかし誰かに弑された訳でもなく、不慮の事故という訳でもなかった」
「?」
「自らの意思で、それを選んだのだ」
そう言ったら、和馬は顔を強張らせた。
いけない。これは誤解させる言い方だった。
グウェンはすかさず訂正する。
「決して生きるのに絶望した訳ではない」
そうでは、なくて。
「必要だったからだよ」
残酷なくらい、彼女は上に立つに相応しい存在だった。己の望みを、エゴを捨てられる女性だった。
「他が生きるのに、自らの犠牲が必要だったから選択してみせたのだ」
「意味が、よく……」
和馬の顔が難しそうに歪む。
そうだろうなぁ、とグウェンも思う。これだけではよく分からないだろ。けれど、これ以上どう説明すれば良いだろうか。
思い返すと、段々と胸が苦しくなってきた。
そうだ。彼女は立派な吸血鬼だった。けれど、彼はそれほどでもなかった。
彼女の選択肢を頭はギリギリ理解しても、心が全力で拒否していた。彼にとって大切なのは彼女ただ一人だけで、他の吸血鬼達などどうでも良かったから、彼女の犠牲を許容などできるはずがなかった。
彼にとって、意味を持っていたのは彼女だけ。天秤にかければ、他の数多の吸血鬼など軽すぎて吹き飛ぶほどだった。見殺しにしても、見捨ててもいいと思った。皆一緒に滅びても、別に構わないのにと思った。
自分なら、喜んで彼女と共に滅びる。
「その昔、吸血鬼達にも滅亡の危機と呼べる出来事があった」
今でも彼は過去の出来事を許容できていない。それは、生涯消えぬしこりとして抱えて生きていくしかない。
「どう言えば分かりやすいだろうか。吸血鬼にだけ伝染する、病があったと言えば良いか」
そうそう起こることではない。だが、実際に起きた。不老不死の原則に慣れきった一族は、その猛威の前に為す術もなかった。人間と違って個体数もそれほど多くはない。悪い現象が流行ると、吸血鬼に限らず人ならざるもの達は簡単に滅びてしまうのだ。
「所謂特効薬などなかったのだよ。いや、なかったはずだった」
「…………」
けれど、解決策は見つかってしまった。
話の雲行きの怪しさに、和馬の顔がまた強張る。
「同族の中にいる一握りの特別から得られる、命と引き換えの解決策」
彼女は最古の吸血鬼の流れを汲む、その特別だった。
「別に、無理矢理ではなかったがね」
誰も、はっきりと彼女に対し口を開いた訳ではなかったが。
そんなことをしなくとも、彼女の方が一人で覚悟を決めてしまった。
「無理矢理ではなかったとは言ったが、だがきっと無言の圧力があった。彼女のいた立場が有無を言わさなかった。そう選択せざるを得なかったのではないかと、そう思う」
そうして、グウェンは彼女を喪ったのだ。
ただ、彼女の死によって得られた解決策を彼は享受しなかった。その弊害が不老の喪失だ。別に、後悔はしていない。
そんな予定ではなかったのに、やたらと重い話をしてしまったな、とグウェンは小さく苦笑する。全ては過去の話だ。グウェンはその過去を未だ背負い引き摺っているが、その空気を誰かと共有しようとは思わない。
けれど和馬は気にしいだから、きっと正面から受け止めてしまうだろう。もう少し話し方を考えれば良かった、もっとかいつまんで説明すれば良かったと、今更な反省をする。
「約束だった?」
「うん?」
長い沈黙の後に自分なりに咀嚼ができたのか、和馬がそう訊いてきた。
約束。
「生まれ変わりなんてものが保証されてることなのか、オレには分かんないけど。次もまたって、約束してたとか? だから、こんなところまで追いかけてきて、それがリラだった?」
最後にした、約束。
「まぁそういうことだな」
それがあったから、グウェンも無為に時間を潰して潰して潰して、そうしてまた一瞬一瞬に抱えきれないほどの意味を持つ日々を取り戻したのだ。
「それが良かったことかは、分からないが」