昔話
「あなた、まだカラシニコフ持ってたのね。重かったでしょう。さ、そんなところに棒立ちしてないでこっちにいらっしゃい」
先ほどの騒動が何事も無かったように私を止めた彼女が手招きする。
「しかし館長!こいつは…!!」
とはいえまだレーザーサイトは私のこめかみを捉えて離さない。
「お客様に銃を向けるだなんておよしなさい。みっともないわ。」
「館長!!」
どうにもこうにも他の連中はどうしてもここで私に風穴を開けたいようである。
「何度言ったらわかるの?銃を下ろしなさい。命令よ。さ、ラフ、あなたもよ。こっちにいらっしゃい」
ラフと呼ばれたラファーガは自分のM93Rを拾い足早に階段へと向かった。ただ、依然として、私のこめかみにはレーザーが集光している。いささか眩しいものがある。とりあえず敵意が無いことを見せなければならない。マグキャッチを押してマガジンを抜き、相手の隊長と思しき人間に投げ渡す。そしてスライドを引いて排莢、空のマガジンをセットし2回スライドを引く。カラだと信じて貰うためだ。効果があったかどうかはわからない。が、少しではあるがレーザーの数は減少したようにみえた。
ホルスターに銃をしまい彼女を追いかける。
「待て!止まれ!」
カィィィンという甲高い音とともに、鉛弾が壁を伝うパイプに跳弾した。
「よせ!ビッグマムの命令だ…。くっ…しかたあるまい。」
どうやら物分りのいい隊長のようだ。助かる。
ビッグマムの部屋はとても落ち着いていた。外の無機質な金属のエントランスとはうってかわり、オレンジの電球に照らされる本棚には無数の本が規則正しくならべられ、赤茶のデスクの上にはどう使うのかPCが置かれていて、その横には山積する書類と万年筆。いかにも書斎といった風貌の部屋だった。
「遅かったじゃないの。紅茶でいいかしら?」
そこは荒れ果てた世界とは別の時間が流れているかのようで、まるで別世界だった。
進められるがままに頷き、勧められた椅子に腰をおろす。置かれた紅茶は…暖かかった。
「自己紹介がまだだったわね、私はここのボス、みんなはビッグマムって呼んでるわ。昔使ってたコードネームはバルケッタ、もう使ってないわ。そしてショーンの妻よ。」
ショーンの…妻?そうか、既婚者だったのか。
「ショーンのことも話さないといけないわね。もちろんあなたも彼がどんな人でどんな性格なのかはよくご存知でしょうけど、彼の過去は知らないはずよ。組織のことは死ぬまで何人にも話さない。それがココの掟ですもの。」
ショーンの…過去……。そう言えば知らなかった。いや、知る必要が無かったのだ。
「どこから話そうかしら、私がショーンを知ったのは今からもう二十年前くらいね。まだ世界が健全だった頃よ。まだあなたは産まれてないんじゃないかしら。二年くらい交際して、結婚したの。最初は順調だったわ。娘も産まれて、アメリカに家も買って。彼はよく山で仲間内とベアハントしてた。楽しそうだったわ。でも十二年目。そう、あの恐慌が始まったのよ。EU諸国から経済が破綻していった。次にアジア、そして私達の住んでたアメリカがその波に呑まれるのにそう時間はかからなかったわ。半年くらいね。世界中が失業者で溢れかえったの。ショーンはその中でもなんとか職を繋いでいたわ。でも収入なんて期待できないから家計を切りつめて赤字を出さないように必死だった。そんなとき、ウチに強盗が入ったの。外国人なのに職があるのはズルいっていう人間が金品を奪いに来たのね。そして真夜中に娘が鉢合わせてしまった。」
ここまで話して、彼女はゆっくりと息を吐いた。
「娘はその場で殺されたわ。左肩を1発、腹部を2発撃たれてしまったの。私が弱々しく痛いと訴える娘を抱く横で彼は銃に弾を込めていた。そして、逃げる強盗を射殺したの。怒りに任せて。この事件はアメリカが私達を追い出すには充分な理由となったわ。警察に「3日やるから国を出ろ。従わなければ撃ち殺す」って言われたの。いわれるがままにアメリカを出て、彼の生まれ故郷のイギリスの片田舎やドイツの森の中なんかを転々としたわ。そんなこんなで二年前、この場所にたどり着いたの。何度も命を狙われながら。そしてここで生きていくと決めた。汚れ仕事でもこなす「殺し屋」、「傭兵」として。そしてこの「トゥルム」の一員として。そしたら私は三年もしないうちにここのボスになったの。本当はショーンが継ぐはずだったんだけど。出て行っちゃった。」
ちょっと待って…そしたらあの時は…。
にわかには信じ難い事実にさすがに血の気が引いた。
「気づいちゃったわよね。そう、ショーン・オドネルを殺すように指示したのは私よ。」
彼女は軽く握った手を見つめながら後ろめたそうに言った。
「これに関してはどんな罵声も浴びるつもりよ。なんなら殺してくれても構わないわ。代わりにラフを殺さないでくれるなら。」
呆然とするしかなかった。思考が停止した。いくら、いくらこの世界が腐っていると言ったって、こんな聡明な女性が夫を殺すのか。いや、この女は夫を、愛した人を殺すようなクズだったのか。そうか、そうなのか。しかし、しばらくの間私はこいつを殺すことはできないだろう。ショーンが愛した女性でもあるのだから。
「でもあなたに殺される前に渡さなければいけないものがあるわね。」
思いついたようにそう言って彼女は奥に消え、帰ってきたときには埃まみれのダンボール箱を持ってきた。
「彼の相棒よ。カラシニコフの片腕とも言うべきかしら。」
「ピース…メーカー…?」
その漆黒のリボルバーを見て声が漏れる。
「いいえ、ちょっと違うわ。これはスタームルガー・スーパーブラックホークよ。簡単に言えば.44マグナム弾を使用できるようにしたピースメーカーね。彼の2番目のお気に入りよ。と言っても、これを彼が買ったのはアメリカを去るときなの。彼はそれまでずっと早撃ち競技でピースメーカーを愛用してたわ。みんな壊れるからよせっていっても聞く耳持たなかったのよ。でも、アメリカを出る時、あっさりと売り払って代りにこの銃を購入してしまったの。何が彼をそうさせたのかはわからないわ。さあ、これはあなたが持っていてくれる?多分、あなたが持っているべきなのよ。私にはもう、そんな資格はないわ。その代わり、カラシニコフの弾、1発だけ頂けないかしら。」
私は頷くと、マガジンの中から1発ボトルネックの特徴的な弾薬を抜き出し手渡した。彼女の手に初めて触れた。彼女の手は震えていた。
「さて」
彼女は仕切り直して続ける
「長話はこれくらいにしましょう。」
彼女はホルスターから銃を取り出し、グリップを向け差し出した。ワルサーP5、ドイツ人の彼女らしい銃だ。そして安全装置は外されていた。つまり、安全装置の外れた実弾が込められた銃口をこの女性は自ら自身の方へ向けているのである。彼女の目を見る。一切泳ぐことのない瞳が私を見つめた。
「さあ」
彼女の催促に従い、銃を取る。
スライドを引いて排莢し、チャンバーに弾薬が再装填されたことを目視で確認する。
「さあ」
またも彼女は催促する。今度はその瞳を閉じて。フロントサイトの向こうに彼女が見える。
大きく息を吸い込んで。
カチン
私はマグキャッチを押した。スライドを引いてホールドオープン、その状態でP5を返す。
「まだその時では無い。」
私はそう言った。




