否定と現実と温もりと。
「毎日私が寝るまで扉の外で見守ってくれているの……知ってる」
備え付けのソファに膝を抱えるように座っていたカズは、俺の手からカップを受け取り温かい茶を一口飲む。
両手で包むようにして、湯気のゆらめきをじっと見つめた。
「私が頼んだわけじゃないし、ミッチにはそんなことしないじゃない。だからどうして? って気になってたのよ」
自分のカップを手に、カズの隣に拳一つ分あけて座る。
「俺は……。お前がまだちゃんと現実を受け入れていないの知ってる。――まだ泣いていないだろ」
「……っ」
ぎゅっとカズは下唇を噛み、俯く。
「気を張り詰めているお前が心配なんだ」
「受け入れているわよ。だって、呪も扱えるしこうやってお菓子屋も……」
「ああ。でも根っこの部分ではまだ夢だと誤魔化してるよな」
「っ、そんなこと!」
「あるって。いいんだよそんな強がるな――馬鹿」
いつもいつも俺に対して「バカ田中」というカズの頭をくしゃくしゃっと撫でた。みるみる間に瞳が潤み、「ずるいよバカ田中……」と横に座る俺の肩にコツンと額を寄せる。
僅かに肩が震え、小さく零す溜息には今まで気を張った分の強がりが一緒に吐き出されていった。
「よく……みてるのね」
「そりゃ惚れた女だからな」
バレたのなら隠したって仕方がないので開き直る。
異世界トリップ――高校生活を無難に送っていた俺達には常識すべてがひっくり返る出来事だった。三人の中で一番冷静に事を進めてきたのがカズ。
自分の気持ちは後回しにし、とにかく生きる術を探して。その緊張を解放することなく、いつもいつも張り詰めた気配がカズにはあった。ぷつりとその糸が切れたらどうなってしまうのか……。
俺は三人で魔物の討伐に繰り出していた頃から目で追っていたカズに、解す役が自分であればいいなと密かに想いを育んでいた。
振り向いてくれるか不明だし、なによりミッチがどう思っているのかが気になるところであり。そんななか菓子屋を始め、経営者と製造者の二人は非常に上手く機能していた。つまりそういうことなんじゃないか、解す役はミッチなんだとあたりをつけ、静かに身を引こうと思っていた矢先の事だ。
「もう、戻れないのね」
「ああ」
「もう、この世界で生きるしかないのね」
「そうだな」
一つずつ確認していくカズに、俺はずっと付き合う。
これはカズにとって必要な儀式なんだ。
幾つも幾つも自分に言い聞かせるよう確かめ、そしてようやく気が済んだのか、心の奥に溜まった澱を吐き出すように溜息を吐いた。
「……よく見ているくせに、田中は私の事分かっていないんだ」
鼻をすする音が止み、俺の服をぐちゃぐちゃに濡らした張本人が照れくさそうに顔をあげて笑った。あぁくそ、可愛いじゃないか。
「うっせ、大体田中田中って! ミッチと違って俺ずっと苗字じゃねえか」
それに二人まとめて呼ぶときは大体ミッチが先だしな! 他人行儀だと思うだろフツー!
クスクス笑ってカズはカップをテーブルに置き、俺の片手を両手で包んだ。
「だから分かってないって言うのよ。その……ほら……」
顔を真っ赤にして俯くカズは、「は、恥ずかしくてっ!」と蚊の鳴くような声で告白した。
「そもそも……私、昇降口で一緒になったのは……田中に告白しようとしたからなんだもの」
「は……」
「田中が表に出る前にって焦ったからうっかり鞄忘れて、それをみたミッチが親切にも渡そうとしてくれて……」
それで、まさかの異世界召喚……。
「うーわ、ミラクル」
それしか言えねぇよ。
ってゆーか、つまり……?
「カズ、ガッコ行ってた時から――」
「……うん。好き、です」
改めて。
カズは俺の目を真っ直ぐ見ながら、直球できた。
潤む瞳で俺を見上げ、頬を染めながらの告白。
「馬鹿カズ」
「ば、馬鹿って!」
「――俺にも言わせろよ、馬鹿」
握られていた手を解き、その手でカズの細い肩を俺に引き寄せた。
「お前は、俺が一番守りたい女だ」
頭に頬をそっと寄せる。
「俺だけのものになってくれ……一葉」
ピク、と抱いた肩が揺れた。
「……進也」
肩に回した手で顎を捉え、柔らかな唇を自分のそれに重ねた。
気持ちの赴くまま愛を確かめ合った後、「ああ、そうだ……」と思い出した。
「やべぇ、ミッチになんて言ったら」
もしミッチが一葉の事好きだったら、ミッチに対して悪い気がした。勿論渡すつもりは全くないが俺は頭を抱えた。
すると一葉は俺の胸にスリスリと顔を寄せて甘い吐息を零しつつ、ふんわりと口角を上げた。
「だーいじょうぶ」
「へ?」
「ミッチは、今頃あの娘とラブイチャよ」
「ほ?」
……俺は知らなかったが、今厨房にいるミッチと近所の娘さんは菓子屋を始めたあたりから付き合っているらしい。言えよ、もっと早く!
殿下と親しくなったのは、許婚である隣国の公爵令嬢がウチの菓子をいたくおきに召したらしくて、直接カズから説明を聞きたかったからだそうだ。
つまりまあ、なんの障害もなく……。
一年後。
俺は殿下直属の、だけど自由に動かせる隠密として軍に在籍する事となり。たまに隣国へ出張するのがいい息抜きになった。
「浮気したら三倍返しよ」
ニッコリと笑う大事な一葉に見送られ、道中は魔物を退治しつつ隣国へ荷を届ける。そう、公爵令嬢へ菓子を届けに……。
「我が国でも『はろういん』? やりたいのですが……」
そんな未来の嫁の言葉に張り切りすぎているウチの殿下は二つ返事で了承した。
一葉に打診し菓子を流通させ、あとはオレンジカボチャの魔物を倒してジャック・オ・ランタンを作り……。
ウチの国と、隣国で爆発的に「ハロウィン」が流行し、それに伴い凶悪なオレンジカボチャの魔物は激減して近隣の村からは大層喜ばれた。
そしてどの家庭でも大小様々なジャック・オ・ランタンが飾られ、子供達はトリック・オア・トリートで近所の家を回り、ウチの菓子屋で作られたクッキーや飴をキャッキャと喜んで食べている。
どうしてハロウィンなのか、どうしてカボチャなのかとか理由を聞かれたことはない。楽しければいいそうで、大人も子供も好き勝手に過ごしている。
異世界菓子屋、大成功だ。
「今までお祭りらしいものなかったし、元々騒ぐネタさえあれば楽しめるこの世界の人だもん、絶対成功すると思ってた」
一葉は胸を張って次のイベントのプランを帳面に書き留めていた。
第一子をおんぶ紐で背負い、お腹の中には宿ったばかりの大事な子宝が。つわりがないとはいえ、やたらパワフルな奥さんにはもうちょっと落ち着いてもらいたいが……。
「馬鹿言わないでよ。この世界に私が色をつけていけると思ったらたまらなく気持ちがいいのよ? 胎教よ、胎教」
「そうですよシンヤさん。カズは好きなことをしていたほうが体調がいいようだし」
「シンヤが心配する気持ちは分かります。けれど僕は生き生きとしている顔を見ている方がより一層惚れ直すというか何というか……」
「やだぁ、ミッチさんたら……」
「あなたが可愛いから悪いんです」
「……」
「……」
ミッチは近所の娘さんと婚約中。目の前でイチャイチャと始められ、堪らず一葉とそそくさ退散した。
俺と一葉の寝室のベッド横にあるベビーベッドへ、おんぶで寝てしまった子供をそっと横たえ、二人で飽きることなく見つめる。
出来ればこのまま……と思うが、第一子出産後休むことなく第二子を授かったとあっては自重も仕方が無い。
何より遠い(?)異世界の地でこうして家庭を築く事ができ、幸せを噛み締める事が俺にとって――。
「ん、なぁに?」
「いや。幸せだなと思ってさ」
「あら偶然ね。私もそう思ってたわ」
そうして、すやすや寝る我が子の前で口付けを交した。
"HappyHalloween!"
てことでー。一話目はなるべく色を消し二話目は自分全開w
☆鶏 庭子でした☆
当たった?