ハロウィンの日
すらりと幅広の剣を鞘から引き抜く。
目前の敵へと構え、後方に控える仲間に目配せしつつ戦闘力を推し量る。
視えた!
「カズ、足止め! ミッチ、目を狙え!」
大声で指示を出し、一足飛びに敵の懐へ入り込み弱点である箇所へ剣を振るう――!
「チッ」
あと僅かで剣先が届くという所で敵の攻撃が足へと向かった為、トンと軽く体を宙に飛ばし前方へ飛び退った。
「バカ田中! 呪が完成するまで待ちなさいよ!」
「シンヤ、焦らないで下さい」
二人の文句は聞こえない。
鞭のような攻撃を上体を逸らしてかわし、「早くしろ!」と怒鳴る。
「よし、できたわ! 『絡止縛』!」
「伏せて!」
カズが呪を放ち、ミッチが釘の形をした暗器を投げつける。
呪によって足止めされた敵は唸るような彷徨を上げるが、ピタリとその場に絡み取られて動けない。
そこへミッチの暗器がまるで吸い込まれるかの様に敵の片目に突き刺さった。
――ギャオォォォォォ!!
「後は俺が!」
自由な上体は痛みのためか暴れ回って危険極まりない。ステップを踏み、敵の弱点を一気に切り裂く。
断末魔があたり一面の空気を振るわせた。
俺達三人は学校に通う普通すぎる高校三年生だ。
ちがう――――だった。
俺は田中進也。
ミッチは、鈴木道重。
カズは、佐藤一葉。
男子二人女子一人、昇降口からグラウンドに出ようとした、ただそれだけの繋がり。
異世界トリップだといち早く気づいたのは俺。
ゲームや小説漫画、まさにそれと一致するのに興奮。
ミッチはただありえない光景に固まった。
カズは……女子ならではの冷静さをすぐに取り戻し、まずは衣食住といってのける。
考えるのは後、とにかく現実を見る――流石だ。
どうやら手違いで召喚されたらしい。
別の世界で一人の勇者を呼ぶはずが、何故か三人まとめて。
お詫びにとスキルアップの呪文を掛けられた。
すると、三人束になればその勇者に敵うレベルになった。
勇者は無事召喚され、俺たちは……。
「どうせ帰れないなら稼ぐしかないわね」
現実を見るカズの一言で冒険へ。
チートまでとは言わないが、力を合わせればレベルの高い魔物でも倒せた。
それから二年の月日が経った。
報酬などで潤って、城下町の大通り一軒家を購入。
店舗兼住宅のそれは、元は飲食店を経営していたらしい。
そこで燃えたのがカズだ。
「私、お菓子屋さんになるのが夢だったの!」
「カズ、君は不器用じゃ……」
「やあねミッチ。お菓子を作ることだとは言っていないわ」
カズは菓子屋の経営者になるのが夢だったそうだ。
ミッチは諦めが早い。溜息を一つ吐いてその先を促した。
「つまり僕が作るんですね」
カズは魔術、ミッチは盗賊、俺は戦士。そのスキルが特化している。
ミッチの器用さは料理にも生かされ、俺達の冒険の間とても助かった。
「私がオーブンの火とか制御するからさ」
「じゃあ俺はなにを?」
「シンヤは――」
「田中は――」
「「 用心棒 」」
あーそうですか。わかりますわかります。
体も顔も筋肉質な俺にはもってこいの役割だ。
こうして城下町に一軒の菓子屋が開店した。
口コミでどんどん客が増え、しまいには王城からお忍びで王族への献上品として注文が入ることも。
過剰には作らず売り切れ終いが基本な為、手伝いをあまり頼まなくて済むのがいい。
近所の娘さんを雇い、販売と製造に分かれて翌日分の仕込みと日持ちのするクッキーなどを量産する。
カズは売り上げの台帳を書き込んだりイベントを考えたりでいつも夜遅い。
異世界に男二人、女一人。
俺達に言えず色々抱えたままなのが気になったが、踏み込むには早すぎる、か。
あれやこれやと理由をつけてみるが、どれも底が浅すぎた。
黙って毎日カズの部屋の明かりが消えるまで、ドアの横に背を預け番をした。
「ミッチー! 田中ー! ただいまー!」
「わっ、カズ。何を持ってきたんですか」
「イベントの材料よ」
どうやらお菓子屋になくてはならない季節イベントを盛り込んでいくらしい。
この世界は日本と似ていて四季がある。
しかし特に祭りらしい祭りがなくそれに関連付けた便乗商品が作りにくいので、変わり映えしないのがカズの気に入らない所だったようだ。
季節は秋。
芋に似た物や栗に似た物が次々運ばれ、ミッチはいつものように諦めた溜息を吐いた。
「それで……?」
カズがミッチと俺を手招きして声を潜める。
「私ね、オレンジカボチャがないか探してみたの」
「ハロウィンの飾り、ですか?」
「そう。でもね……凶暴らしいわ」
「は?」
「えええええ? 凶暴って……」
「この世界だと魔物扱いなのよ」
大きさはコンビニ一軒分位で、蔓を使い攻撃をしてくる。
その蔓には毒があり、動きは素早い――と。
「ありえねえ」
「うん、頑張ろうね」
カズはつまり戦えといっている。
戦ってそれを手に入れろといっている。
まじか。
「んで、どうやって持って帰るん?」
俺の愛用の剣で余分な蔓を打ち払いカズに聞く。
「重さなくせばいいわよね」
そういって呪を唱え、魔物のオレンジカボチャは地面から一センチ浮いた。
軽くロープを結わえて、俺達の店に向かって歩きながらふとした疑問を尋ねる。
「カズ、こんなデカイのどこ置くんだよ」
「王宮前の広場でいいって言われたわ」
「誰に」
「殿下」
「「 はあっ!? 」」
俺とミッチの声がハモる。
誰だ殿下って――殿下と言ったらこの国の世継ぎの王子だろう!
自己ツッコミ乙。
「カズ、いつの間に?」
ミッチが尋ねると、カズはちょっと困った風に顎に拳をあて首をかしげる。
「なんかね、お菓子を直接届けるようになってから毎回会うようになって……」
暫く前までは使用人が来ていた。
それがなぜ手渡しに?
「いいじゃない。とにかくジャック・オ・ランタン作るんだから!」
明らかに追及の手を逃れようと話を畳み、カズはそれきり黙って歩いた。
カズの呪と俺の肉体労働とミッチの細工でカボチャお化けが出来上がった。
うん、上出来だ。
「ちょっとミッチ、田中、離れて? 中に明かりを灯すから」
カボチャが腐らないよう固定、そして夜でもボンヤリと照らすような呪を掛けた。
王宮前の広場――王族のお披露目時に民が集まる広場で相当広い――に、こうしてジャック・オ・ランタンが置かれた。
とはいえ、特に暦が同じというわけでもないから十月三十一日ではなく今日から二週間、みっちりハロウィンを盛り上げていこうと思う。
カズは算盤を弾き、ミッチは「トリック・オア・トリート」に使う飴やクッキーの量産に入った。この期間だけといいつつ近所の娘さんと夜遅くまで厨房で作業している。
俺は用心棒と言われたが、警備もよく機能している為出番らしい出番はない。
――――潮時、か?
俺の居場所は最初からなかった。
二人に用心棒として、とは言われたが、俺が出る場面など一つもありえないほど平和だ。
仲良しこよしでいられると思えるほど俺の頭は能天気に出来ていない。
食わしてもらっているとどこか心の片隅で小さく、それでいて抜けないトゲのように刺して痛い。
俺の役割はここまで。
幸い剣の腕はあるため、傭兵でもなんでもギルドに行けばそれなりの仕事があるだろう。
新しくパーティー組んで冒険に出てもいい。
ぬるま湯から抜け出したいんだ、俺は。
違う、俺は――。
「田中、ちょっといい?」
男の部屋を訪ねるには非常識な時間。
旅の装いをした俺にカズは目を丸くして息を飲んだ。
「え……?」
「俺、出てく」
「出てく……って、なんで!」
「店も軌道に乗ったし警備兵も定期的に巡回に来る。この世界にも大分慣れたし冒険に出よ――」
「バカ田中っ!」
どすん、と俺の胸に勢いよくぶつかる。不意を疲れた俺は尻餅をついた。
カズもそのまま引っ張られるように俺に倒れこみ、床に膝をついて抱きつくように手は首に回された。
「痛ぇ! 何すんだカズ!」
「バカバカッ! 田中のクセにバカ!」
「田中のクセにってなんだ! 全国の田中に謝れ!」
「私の事好きなくせに!」
叩きつけられたそのセリフに俺はフリーズした。
……え?
「田中、私の事好きでしょ。なのに何で出て行く必要があるの?」
「ちょ、ま、」
どゆこと?
「大丈夫両想いよ。それから働く場所も用意してあるわ」
大丈夫って何が。両想いって――。
「殿下に頼んであるの。しかるべき軍の組織に配属されるみたい」
えええええ!?
「だから、安心して?」
ゆっくりと近づいてくる唇。柔らかい感蝕にどこか納得する俺がいた。
――かなわねぇ。




