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誓い

「肝試しは終わったんですか?」


 気持ちをリセットして、こちらに向かってくる蜜葉さんたちに向かって軽く手を上げる。


「ああ、面白かったぜ。特に何もなかったけどな」


 夜の海岸の砂浜に僕と蜜葉さん、そして芽理沙さんの三人が並ぶ。


「二人で海を見に?」

「いや、ホテルのロビーで待ってたら、海にいくお前が見えたからさ、誰か女と会うんじゃないかと思ってこっそりついてきたんだよ」

「僕ってそういうイメージですか?あとそれストーキングじゃないですか。僕はいつからストーキングフリーになったんですか」

「どこかのスタンド名みたいだな」

「せっかく見張ってあげたのに、一人で海を見てるだけで私が退屈だったじゃない。どうしてくれるのよ」


 芽理沙さんがおこだった。


「ひどい逆ギレだよ」

「それで何してたんだよ」


 蜜葉さんが質問する。僕の抗議は無視することにしたらしい。


「うーん、なんですかね。まあこれからの事とかですかね」


 本当のことを言っても問題があるので、適当にはぐらかした返答をする。


「これからって?」


 しかし、意外と蜜葉さんからの追求が厳しいので、曖昧なことではなく以前から思っていたことを相談することにした。


「そうっすね。たとえば文化祭の後の事とかです。今回は大きなステージでやることを優先しすぎてしまって、アイドル部と合同開催になり、あまり芝居っぽいことって出来ないじゃないですか」


 ミュージカルといっても、通常のミュージカルに比べればかなり歌がメインであった。


「私は今回のでも大満足だぜ。やっとステージで歌って踊れるんだからな」


 蜜葉さんは元気が有り余っているのか、その場で軽くダンスのステップをする。


「うん。蜜葉さんや心は今回の方が嬉しいでしょうね。どちからといえばその二人のために企画したといっても過言じゃありません。まあそれでも僕らは演劇部であって、アイドル部じゃありませんから。文化祭が終わったらどうなるかってわりと微妙なんですよね」

「そうなんだ。私はてっきり合併したのかと」


 驚いた表情の蜜葉さん。


「いやいやいや、してませんよ。あくまで今回だけの特別イベントなんですから」


 望めば今の感触でいったらそれも可能かもしれない。しかし例えそうであっても――


「それに――僕は演劇がしたいです」

「ほう」

「これまで僕って一生懸命部活やって来ましたけど、思い返せばどれも全部人の為だったんですよね。色々な人の要望と欲望に、最大限答えられるよう頑張ってきただけで、自分というものがなかった」


 キスをする芽理沙さんのため、歌を歌える舞台に立ちたい心と蜜葉さんの為――マロンは………よくわからない。


「でも、最近。そうですね、食堂でやった『キスの温度』かな、やっぱり。あれが凄く楽しかったから。芝居というか舞台の魅力がちょっと見えたというか。

芝居ってテレビや映画とは違って、演者と観客が同じ空間を共有するじゃないですか。だから笑いが起こったり、観客が泣いたりしてくれると、舞台と観客の感情が一つになるような感覚を覚えたんですよ。あの日それを発見して、僕は凄く興奮しました。

もう一度あの興奮を味わいたいなって思うんですよね」

「私もあのお芝居は好きだったわ。他のコントもまあ嫌いではないのだけど」


 珍しく芽理沙さんが僕の意見に同調してくれた。


「だから、来年の文化祭はなんとか、体育館ほどじゃなくても、教室でいいから、ステージを確保して、そこで全力の芝居ができたらいいな……って思ってたんですよ」

「ふーん、じゃあ頑張ろうぜ!」


 蜜葉さんが元気よく僕の背中を叩いた。


「痛って、いいんですか?蜜葉さんのいう通り、このままアイドル部に合流していくことだって出来ると思いますよ……」

「あの時のお芝居が面白いって思ったのは、お前だけじゃねえぞ。私だってまたあの舞台に立てるんなら、そっちでもいいさ」

「私も同感よ。今回はアイドルの真似事に協力しているけど、このままずっとアイドルやれっていわれたら悪いけど辞めるわ」

「歌とダンスはいいんだけど、あの握手会が想像以上にきついしなー。スクールアイドルって楽じゃないわ。

それに良く考えたら私はアイドルやりたいわけじゃなく、とにかく舞台上で目立てればそれでいいんだからさ!

例えセンターであったとしても、大勢の中の一人でしかないスクールアイドルより、台詞を喋る時は、この舞台は今私一人の瞬間だって感じられるスクールアクトレスのほうが性にあってるかもしんない。

だからまたよろしくな。いい脚本期待してるぜ」

「二人とも……」


 自分を必要としてくれている人がいる、そう思った途端、目から熱い水がこぼれ落ちた。突然のことでそれが涙であることにすぐには気がつかなかったくらいだ。


「うわ、男が泣いてるのかよ、キモ!」

「みっともないわね」

「すいません。あれ何で涙が……」


 猪島のことから立て続けで、少々脳のキャパシティを越えてしまったのかもしれない。


「ま、まあ邪魔したな。それじゃ帰ろうぜ芽理沙」


 蜜葉さんはばつが悪そうにその場から去ろうとした。


「蜜葉はちょっと先に戻っていて。私この惨めな男と話があるから」

「ええ?あ、あーあー、そっか。わ、わかった!じゃあな」


 何かを察したように、蜜葉さんはそそくさと戻り始めた。


「ほら、私のハンカチ貸してあげるわよ」

「ええ?いいんですか」


 芽理沙さんに顔を拭かれながら、ちらりと蜜葉さんを見ると、僕に向かって「頑張れよ!」と言わんばかりに元気よく親指をたてる。

 芽理沙さんが僕に気があるとでも勘違いしたようだ。状況的にしょうがないが、それは全然違うだろうと思う。

蜜葉さんはその後、胸を指さし、口を閉じるジェスチャーをして去って行った。


――ええっと、胸?心臓?ああ、心のことか。心には黙っておくと言っているのか。


ありがたい心遣いだが、そういうじゃないですってば。と脳内だけで突っ込んでおく。


「落ち着いた?」


 僕の顔を心配そうに覗き込む芽理沙さん。


「ええ、すいません、みっともないとこ見せちゃって。それで、話って何ですか?」


 僕の質問には答えず、くんくんと僕の匂いを嗅ぐ芽理沙さん。


「何か知らない女の匂いがする」

「ええ?な、なんかの間違いじゃないですか~。女性陣はみんな肝試しいってたじゃないですか」


 単なる嗅覚なのか、女のするどい勘なのだろうか。必死に何でもないように取り繕う。


「猪島は行かなかったけど……まさかね……まあいいわ別に」


 芽理沙さんはハンカチをしまうと砂浜に腰を降ろした。僕もあわせて砂浜に腰かける。昼の熱さが失われた砂浜はひんやりとして心地よかった。

 芽理沙さんくらいの長髪だと、毛先が砂浜についてしまうようで、髪の毛を纏めて胸側に持ってきた。


「これだけ長いと、さすがに鬱陶しいわ。文化祭が終わったら思いきって髪切ろうかしら」

「どれくらいですか?」

「肩につかないくらいか、もっと短くてもいいかも。うなじが見えるくらいかな」

「それは本当に思いきりますね」

うなじが見えるくらいというのは、結構なショートカットだ。彼女の女性ファンは喜ぶかもしれないが、これまでとは随分印象が変わりそうだ。

「いい気分転換になるしね。蜜葉のこと諦めるのにもちょうどいいわ……」

「…………」


 突然の告白に息を飲む。

 最近は蜜葉さんへの依存度が下がっているとは思っていたが、そこまでとは想像していなかった。

 やはり食堂での芝居が関係しているのだろうか。


「二人になったのは、ちゃんとお礼を言っておこうと思って……ね。」

「お礼……?何のですか?」

「蜜葉とキスさせてくれたこと。それと諦めろって遠回しに言ってくれてたでしょ。お芝居の内容で」


やっぱりそうだったか。しかし――


「申し訳ないですが、ぶっちゃけそこまでは考えてないですよ……あくまで二人が自然にキスできるシチュエーションと、面白くなりそうな展開を重視しただけで……」


 あの日、演劇部に二人を勧誘したあの日、僕の軽率な思いつきで、何年も燻っていた彼女の想いが少なからず昇華されたことに、責任のようなものを感じる。

 さきほど猪島は、不毛な恋は諦めるべきだと僕にまたがり力説していた。

 非常に前向きで、正しい答えではあると思う。

 しかし僕自身は、報われない恋だからといって切り捨ててもいいとは思えない。

 確かに芽理沙さんの恋は、成就することのない不毛な恋だったかもしれない。それでも諦めることだけが正しいことではないとも思う。

 報われても報われなくても、恋は恋なのだ。

 あの芝居で、芽理沙さんに蜜葉さん諦めさせるつもりは毛頭なかった。それどころか蜜葉さんとキスできることで、少しでも上手くいくよう応援していたくらいなのだ。

 しかし全ては彼女が選んだことだ。諦めるというのなら、僕が何かを言う権利などない。


「正直ね。でも真意はどうあれ、あの真琴って役が自分とそっくりすぎて、重ねたくなくても、どうしたって自己投影しちゃうわよ。それを役になりきると言うのかしら。あら私女優みたいね」


 芽理沙さんは小さく笑う。

 食堂で演じた舞台、『キスの温度』――芽理沙さん演じる真琴は、蜜葉さん演じる玲美に恋をする女子生徒だ。

 しかしその恋は残念ながら上手くいかない。玲美に告白するも振られてしまう。最後はキスをして、真琴は玲美を諦める決断をする。


「なんかね……舞台を通してだけど、私蜜葉に気持ちを伝えることが出来たような気がするの。不思議ね。お芝居ってセラピーみたいな効果でもあるのかしら」


 僕は彼女の顔を見ながら黙って頷く。


「それで……気持ちを伝えた気になって……私も真琴みたいに……振られた気になって、蜜葉を……諦めようって……」


 芽理沙さんの声がだんだんと嗚咽まじりになってきた。その目には涙が溢れんばかりになっていた。


「でも、でも……私……私……本当に、本当に蜜葉のことが好きだったの!!」


 芽理沙さんの涙声がどんどん感情的になっていき、最後は叫ぶように想いを吐き出した。するとそれまでギリギリの水位だった涙のダムが決壊したようで、大粒の涙が彼女の頬を伝い始める。そんな顔を見られたくないのか、体育座りのまま顔を膝におしつけてしまう。ただその後も噛み殺したような泣き声が続く。

 僕は少し迷ったが、彼女の肩にそっと手をまわした。芽理沙さんは僕にすがるように泣き続けた。僕は何か気の利いたことも言えず、ただ彼女のそばに寄り添うくらいしかできなかった。

 どれくらいたっただろうか、泣くだけ泣いた彼女は、次第に落ち着き始めまたぽつりぽつりと話を再開した。


「……蜜葉とは違う大学に進むわ……」


 そう言うと、さんざん泣きはらし赤くなった目と鼻の顔をあげる。

 高二の夏。そろそろ本格的に進路を考える時期だ。

 いつまでも社会科準備室で二人でいられたのなら、きっと彼女もこんな悩むこともなかったのかもしれない。しかし僕らの学園生活はたったの三年だ。

 卒業後のことも考えなくてはいけない。


「学力にはだいぶ差があるから……」


 だろうなとは思う。これで蜜葉さんのほうが高偏差値だったら、ギャップで面白いがきっとそれはないだろうな。


「ずっと迷っていたけど……決めたわ」

「それでいいと思います」


 僕はそれだけ言うと彼女の肩からそっと腕を外そうとする。


「お願いがあるの。もう少しこのままでいさせて……」


 外そうとした手を再び元に戻す。罪悪感はあるのだが、この状況で言われると断るに断れない。

 不謹慎かもしれないが、急にドギマギしてきた。

 『キスの温度』では、ラストで芽理沙さんと僕が、わりといい雰囲気で終わっていた。役に感化されたというなら、まさか僕のことを?と都合のいい妄想が鎌首をもたげてくる。夏休み前のキスのこともある。

 いやいやいや、落ち着け。そんなわけがない。どうかしてるぞ。心のことを思い出せ。


「こんな泣き顔じゃまだホテルに戻れない。それまででいいわ」

「はい……」

「あーあ、明日は目が腫れちゃうわ……」


 芽理沙さんは鼻をすすりながら、目に残った涙を手の甲で拭うと、寂しげに微笑んだ。泣き腫らした目と赤い鼻程度では、彼女の美しさを損なうことはできないようだ。


「まさかこんなに大泣きしてしまうとは……ちょっと自分でもびっくりだわ恥ずかしい……」

「僕もさっき泣いたばかりです。お互いそれで帳消しというのはどうでしょうか」

「ええ、そうね。そうしましょう。でも恥ずかしついでに言っておこうかしら」


何だろうか。まさか愛の告白!?


「私がさ……コント初日にさ……その、何と言うか、ちょっと気分転換に公園に行ったじゃない?」

「はい」あの逃走を気分転換と言うか。

「あそこであなた、私に友達になりたいって言ったの覚えてる?」

「はい。言いました」

「その……私……あなたと……友達になれて、本当によかったわ」


こういうと芽理沙さんは耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに下をむいてしまう。

今の芽理沙さんは何だか素直でとても可愛らしい。こっちまで赤面してくる。

赤面する三割ぐらいは、ああーそうですか。友達かー友達ですよねー。そうか、そうか。ですよね。危ない!危うく勘違いしてしまうところだった。

友情ですね。友情!

という勘違いを訂正された気分でもあったのだが。


「あーもう暑い暑い!夏は暑いわ!いつまでもくっつかないで欲しいわね」


 芽理沙さんは照れ隠しのように急に立ち上がり、理不尽な怒りを僕にぶつけると、すたすたと海に向かって歩いていく。僕に顔を見られたくないのかもしれない。

「暑い暑い」と言いながら、波ギリギリのところで靴を脱ぐと、そのまま脛辺りまで海に入っていく。

彼女はしばらくそうやって波と戯れていた。


「もう一つお願いしてもいいかしら」


海で冷やされ冷静になったのか、いつもの芽理沙さんが僕のほうに振り返った。


「なんでしょうか。僕にできることなら」

「来年にやるというお芝居だけど……」

「はい」

「……ハッピーエンドがいいわ」


芽理沙さんが優しくどこか寂しげに微笑んだ。


「わかりました。任せてください」


僕は夜の海に向かって誓いを立てた。


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