教頭との対決
第二十七幕 社会化準備室
食堂公演の翌日、僕たちは部室でまったりしていた。
食堂ライブを終えた達成感は大きく、あの日のために全神経を注ぎ込んできただけあって、その反動で全員緩みきっていた。今週は放課後ライブはお休みにして、来週、一学期最後の週から再開しようと決めていた。それでも部活は休まず、今日は反省会のようなものを話し合うつもりで部室に集まっていたのだ。
招かれざる客はそんな緩んだ空気を、消し飛ばすようにやってきた。
その男はドアをノックはしたが、返事も聞かずに開けて入ってきた。
「鏑木、という生徒はいるかね」
高級そうなダークブルーのスーツに身を包んだ男は、落ち着いてはいるがかすかに怒気を含んだ声だ。
「鏑木は二人いますが。一人は僕ですけど」
僕は立ち上がりその男を見た。
「男の方に用があるのだが、君か。少し話があるのだがいいかね」
男はがっちりとした体型。歳は四十後半だろうか、顔をまじまじと見ると小皺などが見える。しかしその立派な体躯が若々しく見せている。
「はい。構いませんが。教頭先生。場所を変えましょうか?」
男はこの学校の教頭であり、そしてアイドル部の顧問を務める実質的な学校のリーダーだった。
「いや、ここでいい。他の生徒も一緒に聞くと良い。君に一週間の停学処分を申しつける。一足早い夏休みだな」
「停学?僕が?何故ですか」
突然の停学宣言にさすがに驚きを隠せない。
「生徒手帳はあるかね。7ページ目の校則の部分だ。学校に認可されていないサークル活動の校内での活動を禁止する。この部分だ。君たちが春先から行っているのはまさにこれに該当する。そしてとうとう昨日には、食堂を私的使用するという暴挙に出ている。これは最早看過できることではない。よって鏑木薫風には一週間の停学処分。君らが行っている三文芝居のサークル活動も校内では一切禁止する。停学後も行うようなら、サークルメンバー含め、停学、もしくは退学処分とする」
あまりに突然の死刑宣告にも似た処分に、開いた口が塞がらない。まさか学校側がここまでの強権を発動してくるとは、さすがに予想外だった。
「ちょっとふざけんなくそじじい。なんで薫風が停学になるのよ。そして私たちが演劇やめなきゃいけないわけ!?」
蜜葉さんがかっとなって反論する。口だけで済んでよかった。蹴りがでたら僕らの敗北確定だ。
「口のきき方には気をつけろ!」
教頭は一喝するが、空手で揉まれてきた蜜葉さんには、ただの大声でしかないらしい。まったく怯む様子もなく教頭を睨みつける。
「お前は二年の文月蜜葉だな。その反抗的な態度、お前も停学処分にするぞ」
その様子に逆に教頭の方が気圧されたのか、彼女にまで権力を振りかざし始めた。
「なんですって」
今度は芽理沙さんが鬼の形相で立ち上がる。よく見ればマロンも心も一触即発状態だ。このままでは収拾がつかなくなると思い、さすがに慌ててこれを止めに入る。
「よせ!みんな落ち着け。ここは怒っても問題が大きくなるだけだ」
「でも……」
「それが賢い振る舞いだ。大人には逆らわずに言うことを聞いておけばいいんだ」
僕の制止に安堵したのか、教頭は再度調子に乗ってきた。これにはさすがに僕も頭にきた。突然やって来たと思ったら好き勝手言いやがって、何様なんだこいつは。
しかし今はこいつがルール。切れてもいいことはない。ここは粘り強く交渉するしか演劇部を続ける道はない。しかし交渉するといっても、こちらが圧倒的に不利な条件の時に、下手に出ても足元見られるだけだ。できるだけこちらを高く評価してもらわなくてはいけない。怒りは沈め、できるだけ平静を装いながらも自信たっぷりと切り出した。
「もしかしたらいらっしゃるんじゃないかと思っていましたが、このパターンで来るとは予想外でした。教頭先生がここに来るときは、スカウトにいらっしゃるものだとばかり思っていました」
「ふん、馬鹿な!お前らをか」
教頭は口元を歪ませて、僕を馬鹿にしきった顔で嘲り笑う。
「ここにいる四人こそが、この学校の真のスクールアイドルです。その彼女たちをスカウトせずに、逆に芽をつぶすような振る舞いは、プロデューサーとしては二流と言わざるを得ませんよ。どうですか彼女たちの輝きがわかりませんか?今からでもアイドル部に入部させませんか?」
演劇部を認めることは、教頭の立場上難しいだろう。彼にしてみれば、悪人を演じてでもアイドル部を守る必要がある。なので、演劇部を立ち上げる作戦は、取りやめて心たち四人を演劇部に移籍させる作戦にでた。苦しいがもうこれくらいしか道がない。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。調べたところによれば四人中三人はオーディション落選組じゃないか。それをちょっと校内で成功しただけで、スカウトなどあまり調子に乗らないことだな」
教頭は話にならないとふんぞり返る。交渉は失敗だ。どうしようもない。
「スクールアイドルの基盤は学校です。そこを見失うと足元をすくわれますよ」
せめてもの捨て台詞を吐くのが精一杯だ。
「言いたいことはそれだけか。終わったなら今すぐ荷物をまとめて帰宅するんだな」
「ふざけんな!!!」ここで心が切れた。「何がスクールアイドルよ。バカバカしい。そんなことでだいの大人が、生徒を停学だ退学だって脅して、恥ずかしくないんですか!それでも教育者ですか!薫風が停学っていうなら私も停学でいい!」
「まったく同感よぉ。越権行為には断固として反対するわぁ。食堂でのライブが問題だって言うなら、参加した私も同罪よねぇ。私も停学処分にしてもらおうかしらぁ」
マロンも怒りをあらわにしている。
「私もだ!」「私も同感」蜜葉さんと芽理沙さんも同じく停学を申し出た。
「みんな……」
こんな状況だというのに、僕は不覚にも少し泣きそうになった。たとえ僕らの敗北でも、この言葉が聞けただけでも報われた思いがした。その時、ドアの外からよく知る声が聞こえてくる。
「よく言ったぞ。お前ら」
凛とした女性の声――そこには美沢先生が立っていた。
「みずほ……いや、美沢先生。いつからそこに」
教頭が驚き一歩後退りした。
「一部始終拝見させていただきました。教頭先生、子供相手に停学を盾に脅すなんて少し大人気ないのでは?」
美沢先生は教頭にきつく詰め寄る。
「ルールを破った者への罰則を与えているだけだ」
一瞬たじろいだ教頭だが、すぐに尊大さを取り戻し、もっともらしいことを言った。
「じゃあ、その罰則は無効です。演劇部は正式に部として承認されました。これが承認用紙です。生徒会長のハンコと私のハンコが押されています。演劇部は正式に部活動として承認されました」
美沢先生は手に持っていた一枚の用紙を掲げた。それは少し前に提出した演劇部の申請書。そこには演劇部を認可する判子がしっかり押されている。
「しかも日付は一昨日です。ですので昨日の食堂でのライブは部活動の一環ですから、違反はありません。停学処分もなしですね」
美沢先生がにっこりと笑う。教頭は頭に血管を浮かばせつつ、憎々しげにその紙を見つめる。そして静かに美沢先生に言った。
「わかった。……私とは完全に訣別するということでいいんだな?」
「長い間お世話になりました」
美沢先生は小さく頭を下げた。
「好きにしろ。アイドル部の邪魔はさせないがな」
教頭はそう言い残すと、僕らを見ることもせずあっというまに部屋から出ていった。




