キスの温度
第二十七幕 食堂
幕があがる。食堂には幕はないから正確ではないが。
それでも僕たちの初の芝居が始まる時に、この言葉を使いたかった。
幕があがる。
演目名は『キスの温度』
舞台上に蜜葉さんと芽理沙さんが立つ。二人とも私服だ。
蜜葉さんはいつも通りだが、芽理沙さんはショートヘアのウィッグを被り、細身のズボンとライダースジャケットと、まるで男のような出で立ちだ。
しかしそれでも彼女の美しさが損なわれることはない。男装の麗人という言葉がぴったりだ。
この芽理沙さんの姿に、客席のファンの女子から黄色い歓声があがる。
僕も今回は準主役だ。私服姿で舞台に立つ。
主役は芽理沙さん扮する真琴。その友人であり恋愛対象なのが、蜜葉さん演じる玲美。そして僕。この三人の恋愛模様が主軸で物語は進行していく。
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「その人真琴の知り合い?もしかして彼氏?」
「違うよ。ちょっと通学途中にパン食べながら走ってる彼女とぶつかっちゃって」
「ふふ、変なの。私玲美っていうの。よろしくね」
「まだ名乗ってなかったね、私は真琴。言っておくけど、いやらしい目で玲美を見ないでよ」
「俺ロリコン趣味はないよ」
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「真琴のほうから話があるなんて珍しいな。俺嫌われてるのかと」
「ちょっとだけでいいの。私と恋人の振りしてくれない……別に今付き合ってる女とかいないんでしょ?」
「別にいいけどなんで」
「玲美に変な心配とかかけさせたくないの」
「ふーん、君もしかしてあの娘が好きなの?」
「ち、違うわよ!」
「図星か。顔真っ赤だぜ。俺そういう偏見ないから大丈夫だって。好きな子と友達でいたいからノーマルに思われたいってこと?」
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「本当のこと言わなくても良いのか?」
「玲美との恋が実るなんて馬鹿げたこと夢見てないわ。友達としてそばにいるだけでいい。でももしあの子に少しでも気持ち悪いなんて思われたら私生きていけない」
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「玲美ちゃんどうしたの?」
「最近彼氏と上手くいってなくて。ちょっと愚痴聞いてほしかったの」
「彼女の友達と夜に二人で会うのって、どうかと思うけど……。」
「ふふ、嘘ばっかり二人が付き合ってるなんて嘘でしょ?フェイク?ニセコイってやつ?」
「なんでそう思うの?俺は真琴のことすごい好きだぜ」
「君はそうかもね。でも真琴が好きなのって玲美だから。玲美だけだから」
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「玲美、ごめん。私、私……玲美が好きで、大好きだったの……でも気持ち悪いって思われたくなくてずっと黙ってた」
「真琴私もずっとごめん……ごめんなさい。真琴の気持ちにずっと気づいてたのに……あなたを利用してしまった」
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「終わったのか?」
「うん。最後にわがままいってキスさせてもらってきた」
「そっか。よかった……のかな」
「よくないわよ……でも卒業前に気持ちを伝えられてスッキリはした。あんたとのニセカップルもこれでおしまいね」
「そんなこといわないでくれよ……俺君のことが好きなんだよ」
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「女装?どうしたの?その格好?」
「真琴が女の子好きなのは知ってるよ。だから……」
「だから女装したの?あーっはっはっは、馬鹿だこいつ。おーいみんなここに学校に女装してるやついるぞー」
「わーやめろー」
「君の気持ちは嬉しいけど、ここまでしたんだから俺を好きなれっていうのは乱暴すぎじゃない?」
「そうだけどどうすればいいんだよ」
「とりあえずその格好で校内一周してきたら、交際を検討することから考えてもいい」
「よしいってこよう」
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「飛行機、無事に飛んだね」
「玲美ちゃん、アメリカ行っちゃったな」
「一年なんてすぐだよ。それまで答えは保留ってことでいいかな?私も君のことを好きになる努力をするよ」
「俺、じゃない私も。お化粧もっと頑張るね」
「私たちやっぱり偽物で紛い物がお似合いのカップルだね」
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幕が閉じる。
芝居が終わりを告げると、会場からは大きな拍手が巻き起こった。
僕含め女優四人が舞台上で深々と頭を下げる。
終わったのだ。
横を見れば全員泣いている。やめてくれ僕まで泣きそうになる。
アイドル部との勝負とかもうどうでもいい。
今はこの幸せな舞台を行えたことが僕らの全てだった。
幕間 鏑木薫風の独白
人気と言うのは火に似ている。起こすのは難しく、ついたとしても小さな種火は少しの風であっというまに消えてしまう。消えたらまた一からやり直し。
しかし一度大きく燃えだした火は、火から発生する熱が起こす上昇気流によって、周囲の酸素を取り込み続けるので、燃料さえあればあっというまに大きくなる。そして大きくなった炎は、火を起こした人間にすらもはや制御不可能になるのだ。
僕らの公演もまさにそんな様であった。
演劇部の勝負をかけた食堂ライブ。それは僕らの予想を越えた熱狂で迎えられた。まったく信じられないのだが、食堂が見事に観客で埋まったのだ。
用意していた食堂の椅子はあっというまに埋まり、立ち見の人が続出。
教卓を積み重ねてステージを作ったのだが、後方の人はほとんど舞台がみえなかったのではないかと思うほどに人が集まった。
こうなると人をさばくのが難しいのだが、これは生徒会長と美沢先生のおかげでなんとか抑えることができた。もう少し人が多かったら逆に混雑しすぎて公演できなかったかもしれない。それほどだった。公演も三十分以上おしてしまった。
何故これほど人が集まったのかは僕自身もよくわからない。アイドル部との対決の構造が、若者たちの野次馬根性に響いたのかもしれない。若者はいつだって体制を打ち破る革命者のほうが好きだ。つまり大人が用意したアイドルではない、本当のスクールアイドルを欲していたということなのかもしれない。
食堂にこれほどの人が集まると、この煽りをアイドル部も受けずにはいられない。
アイドル部へいくはずだった人数の多くがこちらに来たことになる。
実際に体育館はびっくりするほどガラガラだったそうだ。キャパの三分の一以下だったらしい。
さらに悪いことに、あまりの人の少なさに蝶林がステージ上で切れてしまい、途中退室者が続出。会場の雰囲気は最悪であったらしい。当然蝶林はステージ後に大人や猪島から、相当こっぴどく注意指導を受けたと鹿野からは伝え聞いている。
人気が炎のように燃え上がるのだとしたら、消えるときも一瞬なのかもしれない。
順風満帆だと思われた彼女たちの船出は、いきなり暗礁に乗り上げたようだった。
アイドル部に行かなかった人間が、すべて僕らのほうに来たとは思えない。そもそも僕らがいなくても体育館を埋められなかった気もする。これは我が校のスクールアイドルの人気の低迷を端的に表していた。
だから全て僕らの実力だ、とは言えない。それでも勝った。僕ら演劇部が初戦は勝利した。とそう宣言しても誰も異論は唱えないだろうと思えるほどに、僕たちの初の長編舞台は好評だった。
コントを売りにしてきた僕らだし、基本は笑える舞台にしたつもりだ。僕が女装して芽理沙さんにすがるシーンは、十分笑いを取れたと思う。でも今回はそれだけでなく、ハイライトの芽理沙さんの告白シーンでは、切なさに涙する女学生の姿もあり、笑って泣けると脚本は好評だった。それ以外にも芽理沙さんと蜜葉さんのキスシーンは、色々な意味で大いに盛り上がった。(もちろんちゃんと唇を重ねている)
本番だけでなく、練習の時からしっかりキスしてたし、毎日のようにキスができて芽理沙さんも本望だろう。蜜葉さんはなんか微妙な顔してたけど。
今後の二人の関係に変な影をささないと良いのだが……そこだけが心配である。具体的には蜜葉さんの貞操とか……
さて、もう一度たっぷりと言うが、この勝負は僕たちが勝利した。大勝利だ。
しかしこの予想以上の大勝利が、想定外の災厄を招き入れることになる。




