第24話 成すべきこと
トリアスへと戻ったアスターは、預かっていた赤い石を手渡しながらアイリスにことのすべてを話した。リリィが聖女であること、体内に未知の奇石を宿していたこと、その奇石をラナンが狙っていたこと。そして、リリィはジュラの森で晶樹に飲み込まれたこと。
「そっか……」
力なく語るアスターに、アイリスは小さくひと言だけこぼした。
「ねぇ、アスターはこれからどうするの?」
「僕は……」
しばらく考え込むように俯いた。アスターは、リリィを助け出すためにラドロウへ向かった際にオレガノが言った言葉を思い出した。
「僕は、リリィを助け出す方法を探す」
自分自身の意思を確認する意味も含めて、力強く応えた。
迷いのない真っ直ぐな瞳を見て、アイリスは安堵した。わずかに口元をほころばせたが、アイリスの表情には、どこか寂しさに似た色も見えた。
「うん、そうだね……アスターはそうでなきゃ」
アイリスは明るい笑顔で応え、アスターもまた柔らかく微笑んで見せた。
アスターの家の前で話す二人を、二人の男女が小高い丘の上から見下ろしていた。
街を見下ろしたまま、フレアは隣にいる男に話しかけた。
「ラナンの身柄は、オルドビスの王都が預かることになったらしいわ」
「そうか」
男はさして気にもとめずに、短く答えた。
フレアの報告を受けたオルドビス公国の王都メリオネスから師団兵が派遣され、ラナンの身柄は王都へと移送された。総督不在となったラドロウは、街の師団兵や市民から人望の厚いロベリアが推薦された。だが当の本人は、その器ではないと頑なに拒否した。しかし、それでも人々の強い要望から、総督代理という形でやや押し切られるように受諾した。
「いいの? あの子が持っている石、奇石なんでしょ?」
風に揺られる長い黒髪をそのままに、フレアは尋ねた。
「ああ、あの石はまだあいつが持っていた方がいい。それに、また会うきっかけにもなる」
濃紺のフロックコートを着た男は、よく通る声で答えた。
その顔には、我が子の成長を喜ぶ父親のような表情が浮かんでいる。
「ガイ……あなた、あの子に何も伝えてないんでしょ。黙って出て行っていいの?」
「二度と会えなくなるわけじゃない。まだまだ子供だが、あいつはもう一人前の男だ。俺がいなくても大丈夫さ」
おどけたように言ってみせると、ガイラルディアは隣に佇む墓石にそっと触れた。
「お前たち、ここにいたのか」
二人は背後から聞こえた声に、振り向いた。
長身で、浅葱色のマントで身を包んだ男の姿があった。その顔には目を覆い隠すように包帯が巻き付けられている。
「セージか……」
「別れは済んだのか?」
ガイラルディアは静かに首を振り、「必要ない」とひと言だけ言った。
「そうか……まぁ、少年にはいずれ会うときが来るだろう」
「あなたの眼がそう言ってるの?」
セージの言葉にフレアが問いかけると、セージは一つ頷いて見せた。
「それじゃあ、そろそろ行くか。俺たちには俺たちのやるべきことがある」
「そうね……奇石もそうだけど、あの子も探さないと」
「あぁ」
フレアとセージは、トリアスの街に背を向けると静かに歩き始めた。ガイラルディアもまた、その後に続いた。
ガイラルディアはふとその歩みを止めて、トリアスの街を振り返った。
「アスター、忘れるなよ。お前はリリィの帰るべき場所になれ」
独り言のようにこぼすと、ガイは再び二人を追うように歩き出した。
――一年後。
地上を照らす太陽は数時間前に西の大地へ姿を消し、上空には真円を描いた月が夜の空を淡く照らしている。
アスターは、ジュラの森の深部で淡い輝きを放つ晶樹の前にいた。晶樹の森にある、そのどれよりも美しく、そして柔らかい光を発している。
リリィを飲み込んだ晶樹は、ジュラの森の南にある晶樹の森と同じように、月明かりに照らされて幻想的な輝きを放っている。その周囲は、晶樹から放たれた無数の胞子が舞っていた。
「リリィ、早いね。あれからもう一年が経ったよ」
少し大きめな濃紺のフロックコートに身を包み、その胸元にはトリアスの自警団が身に付ける石の形を模した章と、首から掛けられた父の形見である青色の奇石が煌めいている。
アスターは屹立する晶樹を眺めた。一年前とまったく変わらぬ姿を見せる晶樹は、まるであのときから時間が止まったままのように思えた。
晶樹に触れても、あのときのように晶樹の中に入ることはできず、リリィが姿を見せることはなかった。
口にしていたマスクを外して、アスターは大きく深呼吸をした。
「リリィは、ずっとここに残るって言ったけど……それでもやっぱり僕は、リリィをここから連れ出したい。僕は諦めない。いつか必ずここから連れ出してみせる。そのときこそは、一緒にトリアスへ帰ろう」
トリアスの街でリリィを連れて逃げ回ったあの逃走劇から、一年経った今でも変わらない決意を口にした。その意思の表れからか、アスターは自警団に入り、自身を鍛えることにした。いつの間にか姿を消したオレガノの後を継ぐように。そして今度こそ、リリィを自分の力で守れるようにと。
ほんの少しだけ成長したその顔には、力強さと優しさに満ちた穏やかな表情が広がっていた。
アスターは頭上から舞い落ちる晶樹の胞子を見上げた。月明かりを受けて幻想的な輝きを放つ胞子を眺めながら、やがてジュラの森も晶樹の森のようになるのだろうか。そのようなことを漠然と考えながら、静かに目を閉じた。
――リリィ、僕は君の帰るべき場所になる。
まずは最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
少しでも面白かったと思えるところがありましたら幸いです。
アスターがリリィをトリアスへ連れて帰ることができなかったことを考えると、
大団円という終わり方とは言えませんね。
タイトルに「クロニクル(年代記)」と付けているので、
この話だけで終わったらクロニクルとは言えません。
今回8種の奇石が登場しましたが、これですべてではありません。
ん、8種? 数が合わないような……。
申し訳ありませんが、今はまだ伏せさせていただきます。
(ちなみに、3頭の獣たちが持つ石は同じ物なので1つと数えます)
アスターもまだ目的を達したとは言えません。
最終話なのに新キャラも登場しています。
しばらく時間がかかると思いますが、
もう少しファネロ大陸で起きた出来事を書きたいと思っています。
それでは改めまして。
最後まで本作にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




