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後編

 

 ミアの母親である王妃は野心の強いお方だった。王妃になったはいいがなかなか子どもが授からず、授かった時には既に側室が二人も子どもを産んでいた。

 王位継承順は王妃や側室など関係なく産まれた順だ。自身の子が王になるのは実質的にあり得ないことだった。それに産まれた子どもは男ではなく、女。過去には女王になった王女もいたが、実の子は王位継承順は三番目である。

 現実的には難しいが我が子が王になってほしい。そう王妃は常々考えていた。

 王妃は趣味で薔薇を育てていた。それが彼女の王宮での心の支えであったことは間違えない。


 ある日、王妃は一輪成長が遅い蕾を見つけてしまう。蕾は他と比べて小さく、いつものように小さい蕾は間引いてしまおうと考えるも、その日は間引くことはしなかった。

 代わりにその蕾に呪詛を吐き出す。我が子を王にしたい。他の王子を押しのけて王にしたい。我が子を女王にしたい。

 呪いは日々大きくなる。毎日のようにその蕾に同じ呪いの言葉を紡ぐ。

 もうその時のは既に王妃の精神状態は良くなかったのだろう。呪いを呟く度に王妃の生命は削られていくことに彼女自身は気付くことはなかった。いや、もしかしたら気付いていたのだろう。ただ、これ以上は生きたくなかった。


 王妃が亡くなった日、小さかった蕾は花を咲かす。赤薔薇だった筈だが、咲いた色は黒。赤薔薇の薔薇園の中、一輪だけ咲いた黒薔薇。




 自身が生まれたきっかけを思い出し、ギャルロンは夜空を見上げる。いつの間にか、周りにいた魔族はいなくなっていた。


「我が女王陛下であるミア様……」

「ギャルロンッ!」

「……っ、ミア様」


 タイミングよく自身を呼ぶ声が城壁の下から聞こえる。普段ならミアが近付いていることに気付くはずだが、今は声をかけられるまで気付くことが出来なかった。

 城壁の上から地上へと降り立つ。ミアの前に降り、礼をした。


「ミア様、どうかなさいましたか?」

「ううん、何でもないの。ただギャルロンがいなかったから」

「申し訳ございません、ミア様のお側を離れるなんて」


 小さく首を振るミアにギャルロンはそっと彼女の頰に触れる。触れたところから感じるぬくもりにホッと息を吐き出した。


「ギャルロン?」

「……きっとそろそろ聖女達が来ますよ。僕の所為で穢れたこの地を救うために」

「違うから」


 ミアの頰に触れていた手に彼女はそっと重ねるように触れる。


「私が穢した地だよ。ギャルロンにとって私は女王なのでしょう? ギャルロンが穢したというなら私が穢したと同じ……私はもう決めてるよ」

「ミア様……いえ、我が女王陛下」


 決心が付いてなかったのはきっと自分自身だった。






 王座から見える城外の様子は幻想的だった。色鮮やかな光が輝く外の景色は美しく魅入ってしまうほどだ。

 王座に座るミアは不思議そうにこちらと外を交互に見上げている。


「ギャルロン聞いていい? あれはなんなの?」

「あれは魔族だったものですね。聖女の力で精霊になったり、そのまま消えたりしてますね」

「えっ、魔族って精霊になることがあるの? それに消えるって」

「簡単な話ですよ。魔族は愛されなかったモノです、愛されたら精霊になることはあるのです。稀にですけど……大半は聖女の力で魔族は消えますね」


 消えるというのは魔族の死である。

 だが聖女の力は奇跡を呼ぶ。魔族が愛されて自我を芽生えた状態で聖女の力を浴びると精霊になることがある。

 ギャルロン自身も知識としては知っていたが、自我のない魔族が自我を芽生えたことはない。実際に魔族から精霊になったモノを見たことがない。

 色鮮やかな光は精霊が生まれた特有の光だ。それがあんなにも多く見えているというのは城外にいた魔族は大半は精霊になったということなのだろう。


「……でも可笑しいですね、彼らはずっと城にいたのに自我が芽生えていたのですか?」


 不思議そうにするギャルロンに対してミアは何かに気付いたのか、何かを言いたそうに口を開いては閉じたりしている。だが結局は口に出すことはしなかった。






 王座の元へと辿り着いた聖女はどこか困惑した表情をしている。聖女だけではない。ミアの兄である第二王子も、第一王子の姿をした聖剣も、森の精霊も、自我を持っていた魔族さえもどこか困惑した表情をしていた。

 なぜなら、城外で魔族から精霊になったモノ達も彼らの後ろから付いて来ているからだ。


「……ミア、もうお前達の仲間はいない。ここにいるのは精霊になった魔族だけだ」


 第二王子は聖女を守るように一歩前へと出る。彼らの仲間に魔族がいるためか、稀に魔族が精霊になることを知っているのだろう。いや、既に彼らの仲間である自我を持っていた魔族は魔族ではなく精霊にとなっているみたいだ。


「私は女王になるの……兄様」

「まだそんなことを言っているんだな。 もう王妃は死んだんだ、ミアは自由になっていいだよ」


 王妃はずっとミアに王になることを望んでいた。物心つく前からずっと教養を仕込まれてきた。だがミアには武術も魔法の才能もなかった。呪いのように紡がれる王妃の王になりなさいという言葉にミアはしばらくの間囚われていたことをギャルロンは知っている。

 王妃と同じようにギャルロンもその言葉を紡いでいた。知っていて紡いでいたのだ。彼もまた呪いを紡がれていたモノだから。


「私はお母様のために王になりたい訳じゃない」

「……それは隣の魔族のためですか?」


 聖女が第二王子と並ぶように一歩前に出る。真っ直ぐとこちらを強い瞳に苛立ちを覚える。

 苛立ちが殺気として出たのだろう。緊迫した面影で聖女の仲間が武器を構えた瞬間のことだった。

 今まで何もせずにただ聖女達の後ろにいた魔族だった精霊達が一斉に聖女達の前に出る。

 聖女を助けるために動いたのだと咄嗟に判断し、攻撃魔法を展開しようとした一瞬に見た一つの精霊の姿に途中まで展開していた魔法を止める。完成手前の魔法を止めるのはリスクがあり、未完成な攻撃魔法を術者自身が受けるというリスクだ。


「……っっ」

「ギャルロン!」


 驚いたのはミアだけではなく、聖女達もギャルロンの行動に驚きを隠せてはいない。

 床に膝をつくギャルロンにその場に駆け寄るミア。そして周りを守るように囲む魔族だった精霊達。

 精霊が動いたのは聖女を守るためではなく、こちらを聖女達から守るために動いたのだ。


「……ぎゃるろん」


 精霊の一つの個体がギャルロンの頭を撫でる。覚えたての言葉を紡ぐ精霊はプラチナブロンドの髪をしている。


「やっぱりアネモネですか。貴方も精霊になったのですね」

「そう、あねもねはせいれいになった。ぎゃるろんがあねもねを……みとめたから」

「僕が?」

「あねもねだけじゃない……ぎゃるろんといっしょにいたみんなも」


 精霊の言葉を聞いたミアはやっぱりと小さく呟いた。





「聖女サマッ! 聖女の力をあのギャルロンというヤツに使うんだ!」


 聖女の仲間である魔族だった彼は何かに気付いたように叫ぶ。

 聖女は彼の言葉通りに実行を躊躇ってしまっている。本当にいいのだろうかと、この城周辺の魔族は精霊になったが、ずっと敵対していた魔族は精霊にはならずに消滅していってしまった。元は魔族だったが精霊に愛されているギャルロンは精霊になれるのかと、魔族のまま消滅しないとは言い切れない。


「聖女様〜! チャンスは今だけだよ〜。彼が自身の魔法で動けなくなっている今だけ」


 森の精霊が魔族だった彼に同意をする。

 決心が付いたように聖女も力を使おうとするも手が震えて上手く発動出来ない。あんなに何回も使ってきたというのに今更ながら、精霊になるか消滅するかという魔族の命を預かっていることに怖気ついたのだ。

 魔族の彼は敵であって、みんなの大切な人の命を奪ってきた。それであっても彼の命を奪っていいというのは違う。聖女はミアからも魔族だった精霊からも愛されている彼を助けたいと思ってしまった。

 今まではなんとなく使っていた聖女の力が今になってやっと本当の意味を知る。これは簡単に使ってはいけない力なのだと。


「大丈夫だ……お前なら出来る」


 第一王子の姿をした聖剣が聖女の左手を支える。


「大丈夫だよ、信じて」


 第二王子が聖女の右手を握る。

 身体の震えはもうなくなっていた。後は自分自身を信じるだけだ。













 初めてミアと出逢ったのは彼女が王妃が亡くなって少し経った時だった。彼女は王妃が育てていた薔薇園に来た時である。

 もう既に枯れていた黒薔薇はかろうじて黒薔薇と分かるくらいの原型は留めていた。

 彼女は黒薔薇を見た瞬間に「枯れてしまっているの? 咲いていた時はきっと綺麗で美しかったんだよね……ごめんね、わたしが育てに来ていれば」と言葉を紡ぐ。その瞬間に薔薇園の薔薇が風に吹かれて花びらが舞う。

 花びらが舞う中、ギャルロンは彼女の側に。



 それがギャルロンとミアとの出逢いだった。因みに薔薇の花びらが舞う演出はギャルロンが魔法を使ったからである。






「ねぇ、ギャルロンはなんで一人で笑っているの?」

「おや、ミアですか……」

「そうだよ」

「ただミアとの出逢いを想い出してただけですよ」


 森の中、拓けたところには一つだけの家が建てられており、その前には畑があったり、小規模ながら薔薇も植えてあった。まだ蕾もなってないがこれから綺麗な薔薇が咲くと考えるとあの時のことを考えられずにはいられなかった。

 だが急に袖を引っ張られ、ギャルロンは面倒くさそうに引っ張られた方を見る。そこには満面の笑みを浮かべたアネモネの精霊がいた。


「アネモネは綺麗に咲いているよ、ギャルロン見て」

「ああ〜はいはい、貴方と同じで綺麗に咲いてますよ」

「ごめん、ギャルロンは女王陛下と会話中だったね。邪魔者のアネモネはどこか行くね〜」


 自由な精霊である彼はすぐにどっかに行ってしまう。はぁとため息を吐き出すとミアは嬉しそうにクスクスと声に出して笑っている。


「ギャルロンも人間味が出てきたね。あっ、これって精霊に失礼だったかな?」

「いいえ、いろんな感情を覚えるというか実感できるのはとても充実してますよ」



 あの日、聖女が力を使った際にギャルロンは魔族から精霊にとなった。だが精霊になったからといってこれまで行ってきたことを許すことは出来ない。それはミアも同じだ。大勢の人を殺してきたのだ。この世界を征服できないなら死んでもいいとそう思っていた。

 だが聖女達は死ぬことを良しとはしなかった。魔族だった精霊が精霊になれたのはギャルロンが彼らを認めたからだ。ギャルロンが彼らに愛を教えたからだ。知らぬ間とはいってもギャルロンはよく応えもないのに彼らと会話をしていたから。そこで彼らは自我を芽生えさせ、聖女の力で精霊へとなったから。


 聖女達はミアやギャルロンを殺したことにすることにした。ミアは勿論、王にすらなれなかった。

 ミアの兄である第二王子が新たな王へとなり、国を復興させ、魔族の拠点としてた隣国も逃げ延びた王子が復興させた。二つの国は同盟を結んだという。

 ミアとギャルロンはミアの故郷の国の森深くのここで、魔族に自我を芽生えさせる活動をしている。精霊になったギャルロンだが、自我のない魔族とも今まで通り通じることが出来る。

 それにここには城で精霊になった元魔族も大勢いる。ほぼ全てがギャルロンに付いてきたのだ。先程までいたアネモネの精霊もそうである。

 王女という立場じゃなくなったミアは時間は掛かったがギャルロンに呼び捨てで呼ばせることもできた。



「私は結局……ギャルロンに何もしてあげれなかったね。女王になることも出来なかったし」


 申し訳なさそうにするミアの頰に触れ、顔を近づけた。ほんのりと頬を染める彼女の唇に自身の唇を寄せた。触れる時間はほんのすこしだったが、感じたことのない感情が心を占めた。


「いいえ、ミアが居たから僕はこうやって今を生きているのです」

「そうかな?」

「はい、貴女が僕に教えてくれたのですよ。我が女王陛下」

「女王陛下はやめてっていってるでしょ。もうギャルロンの所為で精霊達も私のこと女王陛下って言うんだよ」


 ギャルロンの所為なんだからね。と頬を膨らまかして怒るミアにギャルロンは幸せそうに微笑んだ。



「僕はずっとミアに全てを捧げます。だからミアも僕に全てを捧げてください」

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