これはもしや
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更新遅くなりました。
すみません。
ダンジョンに入る少し前のことだ。
「勇者様、そのまま少しの間動かないでください」
「ん? お姉さんどうかしました……」
お姉さんの声に、振り返る間もなく、お姉さんの甘い香りがして、俺の右脇の辺りがギュッと絞まる。
「革ベルトが少し緩んでいました」
「ありがとうございます。初めて着たから上手くできてなかったみたいですね……ははは……」
「いえ。入隊したばかりの騎士たちでもよくあることですので、お気になさらず」
「そうですか……それならいいんですけど」
そう俺は今、お姉さんが準備してくれた騎士の鎧を初めて身につけてみた。下には鎖帷子なんてモンも着てみた。
加護憑きと遭遇すれば、相手の数によってはこちらの加護力がなくなってしまうことが分かっているのに、その備えをせずにダンジョンなんて入れないからね。
あ、もちろん、お姉さんも今回は専用の鎧を着用している。けど、これがまた男にはうれしい仕様だった。
というのも、騎士の鎧はオーダーメイドらしく自分の身体に合わせて作られているらしいんだ。だからお姉さんが俺に既製品で申し訳ないと謝ってきた。
まあ、それは置いといて……
だからお姉さんの鎧姿は、出るところが出ているのに、スラッとした身体のラインをしていて妙に色っぽく感じる。
こんな時に不謹慎だと分かっているんだけど、ついつい視線がお姉さんに向いてしまうのは、俺が健全な男子高生だと思って勘弁してほしい。
「勇者様、身体を少し動かしてみてください」
「は、はい」
――や、やばいジッと見ていたのがバレたかも……
内心ヒヤヒヤしながらも、お姉さんが指示する箇所をひとつずつ動かしていく。
「……やはり」
お姉さんが俺の動きを見て、何やら考えているような素振りを見せると、勝手が悪く動きを妨げていた肩当てや腰部の部位をお姉さんが外してくれた。
「これって、いいんですか?」
「はい。勇者様の場合、慣れないうちはこのほうがよろしいようです」
鎧なんて着たことのない俺には、肩当てや腰部の部位はないほうがいいらしい。
「……分かりました」
でも、これは俺にとっては非常にありがいことだった。
だって俺は、身体強化の魔法が切れたら鎧の重さで動けなくなりそうで怖かった。鎖帷子だって着ているし、これも結構重い。
ほら、俺が動けなくなった姿をみんなに見せるわけにもいかないから……
――もしかしたらそれを見越してお姉さんは外してくれたのかも……
そんな都合がいいことを考えつつ、俺はお姉さんが直してくれた右脇のあたりに視線を向けてから、もう一度、他にも緩んでいる革ベルトがないかを確かめていった。
「これでよし。それじゃあ……時間もないことですし、お姉さん行きましょう」
準備に取り掛かりそれほど時間が経っている訳ではないけど、早く捜しに行かなければと焦る自分がいる。
――まずは田中たちに、ダンジョン内を案内させよう。少しは時間の短縮になるはずだ……
そんな俺を察してか知らないが、部屋から出ようとしていた俺にお姉さんが声をかけてきた。
「勇者様。焦る気持ちも分かりますが、少しお待ちいただけますか」
俺の焦りなど、普段通りに振舞っていたつもりでも、お姉さんにはバレていたようだ。
「は、はい……」
少し恥ずかしく思うも、俺はお姉さんの次の言葉を待った。
「勇者様、失礼します」
「?」
けど、お姉さんからの言葉はそれだけだった。俺が不思議に思っていると、お姉さんが俺のほうに近づいて来て俺の両手を取った。
「お、おお姉さん……!?」
剣を握っているためか、お姉さんの手は意外と硬かったけど、異性から両手を握られることなんて殆どない俺とって、お姉さんの突然の行動はまさに青天の霹靂だった。
――近い、近い。顔も近い……
「な、な、な何を……」
俺はわたわた、あわあわと何がどうしてこうなったのか理解できず困惑するだけだが、お姉さんは至って冷静。
「勇者様動かないでください」
そう言って、またお姉さんの顔が少し近づいてくる。
「は、はい」
――これは、もしかしてちぅ!? お姉さんが俺にちぅを……
お姉さんの淡々とした言葉に咄嗟に答え頷きはしたが、俺の意識は握られた両手と、近くなったお姉さんの顔と綺麗な唇だった。
「……これで少しでも……」
何かを呟いたお姉さんが無言で目を閉じる。
――ま、マジですか、マジでちぅですか?
だから俺もつられて目を閉じた。そして思う。
――はっ、そうだ。これはきっと騎士たちの間に伝わる帰省祈願か何かではないだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。
これはもう間違い無いと確信した俺は、今か今かと期待しつつお姉さんの唇を待った。
――お、俺初めてだけど、上手くできるかな……ちぅ……あれ、ちぅってどうするの……ねぇ、ちょっと、誰か教えて……
ふとそんな考えが浮かび上がると、なんだか不安になってきた。
――どうしよう、どうしよう……っ!?
考えれば考えるほど、不安は大きくなる。けど、待てども待てども俺の両手を握ったままのお姉さんの唇は近づいてこない。
それどころか俺の全身にピリッとする何かが走った。
――え、今のは何?
それもすぐに感じなくなり勘違いだったのかと思っていると、今度は温かい何かが俺の身体を包み込んでいくような感覚に襲われた。そして――
「闘気着装」
お姉さんの掛け声とともに、俺の身体は白っぽい薄い膜に覆われていた。
お姉さんは俺に闘気法を使ってくれていたのだ。
「……これは闘気法の着装……」
「はい」
――ははは……ちぅじゃ、なかったんだ……
少し、いや、かなりがっかりしたけど、よく考えなくても分かることだ。
「あ、ありがとうございます」
――お姉さんが俺にちぅなんてあるはずないもんな……
どうにか言葉を搾り出してお礼を伝えたが、期待していた分ダメージが残った。
「いえ。勇者様はお気になさらず。ただ他人への着装は、ちょっとした衝撃で剥がれてしまいますので、気やすめ程度にしかなりませんので少し迷ったのですが、今の勇者様を見ているとしないよりはマシだと思ったのです……」
――そうだったのか……
「なんかすみません。俺は、俺が思っている以上に焦っていたようですね」
――これじゃダメだよな……
「はい。でも少しは落ち着かれようですね」
「はい。お姉さんのおかげです」
「務めです」
お姉さんの変わらぬ態度に、少し冷静さを取り戻した俺は珍しく気合を入れようと――
パチンッ
両手で自分の頬を叩いた。
「つぅ……じゃあ、お姉さん行きましょう」
「はい」
――――
――
「へぇ、ダンジョンの中なのに、こんなに広いんだ。またイメージと違うな……」
ダンジョンに入った俺は、ショッピングモールのように広いダンジョン内の空間を見渡していた。
いや、二度目となる田中たち以外、皆不思議そうに見渡している。
「いいえ勇者様。これほどの空間はありえません」
「え? どういう意味ですか?」
「あくまでも私の考えで確信はありませんが、おそらくここは別の空間と考えたほうが良いかもしれません」
「やはり。ジュリアもそう思っていたか……実は私もそうじゃないかと思っていたんだ」
そうやって顎に手を当てているのはマルスさん、マルスもお姉さんと同じ考えに至っていたらしい。
「そうなんですか……あっ、でも、普通の洞窟に入ってそれほど下ってないのに、この広さはおかしいですもんね」
「はい……それに……」
お姉さんはまた、お伽話の中に、これとよく似たようなことが描かれてある物語があると教えてくれた。
「そう。ジュリアそれだ」
そして、マルスさんもそれに同意する。
「へぇ、そんなのもあるんだ」
そう、俺たちは災悪のダンジョンだと呼ばれている洞窟に入った。
見目は、ちょっとした丘にある小さな洞窟。
その小さな洞窟の中は、なぜか明るくゆるい下りになっていて、俺たちはそれを道なりに進んだ。
そして、そんなに進んでいないはずなのに、突然広い空間の通路に出てしまったのだ。
この広さだと、歩くだけなら皆が横一列に並んでも普通に歩ける。
まあ、武器を振り回すことを考えれば、横一列で進むことなんてできないけど……
「い、行きたくねぇ」
「こ、怖ぇ……」
「うっ、うう……」
「いやだぁ……」
いまだに、それぞれのメイド騎士たちに手を引かれよろよろと歩く田中たちを少し羨ましく思いつつ、その姿は、付いてきた騎士たちと変わらぬ、完全武装の重騎士の姿だった。
――あいつら……怖いのは分かるが、加護の力が切れたとしても、ちゃんと歩けるのだろうか?
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